20
マモリの家には、問題なく到着した。
ケイが発明したという魔道具について、その効力をいまいち信じ切れていなかった私は、「ひょっとすると私だけが転移することになるかもしれない」と思っていたのだけれど、どうやら杞憂に終わったようだ。
「マモリ、渡した魔道具は上手く使えた?」
「ああ。まさか本当に、俺が転移魔法を使えるなんてな。驚いたぜ」
「何か身体に変わったことはない? どこかが痛むとか、気分が悪いとか」
「強いて言うなら疲れはあるが、これは勇者も同じなんだろ? なら、何も問題はねえ」
マモリの返事を聞いて、ケイが満面の笑みを浮かべる。
「よかった。自分で試してみたことはあるけど、人間に使ってもらったことはなくて。そんなものをメテに使わせられないから、僕達は馬を使ったんだ。でも、マモリのその様子だと大丈夫そうだね」
「……おまえ、俺を実験台にしたな?」
マモリとそんなやりとりをするケイは元気そうで、私はひとまず胸を撫で下ろす。
「俺は二階のメテの様子を見て来る」
そう言ってマモリが階段を上るのを見届けて、私はケイに向かってさっそく話を切り出した。
「……で、さっそくで悪いんだけど、何があったか言えそう?」
本当は魔道具についても話を聞かせてほしいところだけれど、今は問題の解決が先だ。
私の問い掛けに対して、ケイは「うん」とゆっくり首を縦に振る。
「メテと素材の採取をしていたら、二人の男に出会ったんだ。二人ともマモリと同じくらい大柄で、逞しい男だった」
ケイによると、その二人は大型のシャベルを携えており、何かを地面に埋めている最中だったという。
「僕達とその男達の間には少し距離があったんだけど、片方の男がふと顔を上げた時、僕とばっちり目が合ったんだ。そして次にメテに視線を動かしたかと思うと、そいつは幽霊を見たかのように驚いた顔をした後で、もう一人の男に慌てて声を掛けてた」
ただならぬ気配を感じたケイは、メテと共に急いでその場を離れようとしたのだけれど、そんな二人をすぐに男達が追いかけてきたそうだ。
メテを抱え上げた状態で、なんとか男達を撒いたものの、家からすぐの場所だったこともあって、念のために馬でマモリの家に避難させてもらった……ということらしい。
ならばおそらく、男達は二人が見当たらないことに腹を立てて、八つ当たりで家を荒らしたのだろう。
「アイの反応を見る限り、どうやら僕の行動は正解だったみたいだね」
そう言ってにやりと笑うケイを、私は正面から抱きしめずにはいられなかった。
「……ケイの部屋に血が落ちてたの。怪我があるんじゃないの?」
「怪我? ああ、逃げる時に部屋に置いてた発明品を取りに行ったから。……本当だ、足が少し切れてる」
「ほら」と言って見せられたケイの足には、尖ったものが擦れてできたのであろう切り傷があった。
ケイが「掠り傷だよ」と言うように、怪我自体は大きなものではない。
けれども、今までその痛みに気づかないくらいの緊張状態にあったのかと思うと、鼻の奥がつんとした。
「後でマモリに手当てしてもらおうね」
「大げさだよ。放っておいたらそのうち治るって」
「……でも、どうして男達はそんなことをしたんだろ? ケイ、何か心当たりある?」
私がそう尋ねると、ケイはぐっと声を低めて「そのことなんだけど」と言葉を続ける。
「あいつら、見たことのある服を着てた。ちらっとだったから確証はもてないんだけど、最初に出会った時にメテが着ていた作務衣と同じだったと思う」
「……ということは、相手はヤソの集落の住民ってこと?」
「多分」
……ヤソの集落の住民が、メテを取り戻そうとしている?
それ自体は、おかしなことではない。
実際、保護者であるヤソの集落の教祖に許可も得ず、無断でメテを匿っているのはこちらだし、メテの正当な監護権はあちらにある。
けれども、いくらメテを返してほしいからといって、あれはやりすぎではなかろうか。
子どもを追い回し、身の危険を感じさせ、さらには住居をめちゃくちゃに荒らしているのだ。
彼らの目的が〝メテの保護〟だとは、到底思えない。
ケイもおそらく、私と同じようなことを考えているのだろう。
困惑と恐怖が混じり合ったどんよりとした空気が私達を包む中、部屋の扉を開いたのはマモリだった。
「ケイ、すまないがメテについててやってくれないか? 不安そうにしているし、俺よりもケイがついている方が、あの子も安心するだろう」
扉の隙間から顔を出したマモリの言葉に、ケイは「わかった」と返事をし、そのまま部屋を後にする。
部屋に残されたのは、私とマモリの二人だけ。
「……私も、メテの様子を見に行こうかな」
彼女も元気だとは聞いているが、この家に来てからはまだ一度も顔を見ていない。
それに、メテが不安そうにしているのであれば、私にだってできることがあるはずだ。
けれども、そう言って席を立とうとする私を、マモリが片手で制した。
「すまん。気持ちはわかるが、先に話をさせてくれ」
内緒話をするかのように潜められたその声と、マモリの真剣な表情に、私は背筋が伸びるのを感じる。
「ひょっとして、ケイを二階に上がらせたのはわざとだった?」
「……できれば、子どもには聞かせたくねえ話だからな」
そう言った後で「本当はおまえにも聞かせたくないんだけどな」と苦笑を漏らすマモリは、やはり私を子どもだと考えているらしい。
しかしそれは、マモリが私を軽んじているわけではなく、「年長者としてこの子を守らねば」という思いからくるものなのだろう。
そんなマモリの優しさは受け取りつつ、それでも私は覚悟を決める。
「大丈夫、聞かせて。多分、私は聞いておかないといけない話なんでしょう?」
私がそう答えると、マモリはぐっと眉を寄せ、「……ヤソの集落で魔人と戦って以来、気になっていることがあるんだ」と話し始めた。
「おまえも感じたんじゃないか? あの時の魔人はおまえやメテには目もくれず、生贄である俺にばかり攻撃を仕掛けていただろ?」
「……そうだったわね」
「ユウとマオが戦いに加わってからも、だ。……思ったんだが、あいつは俺を倒そうとはしていなかったんじゃないか?」
思いも寄らないマモリの発言に、私の口からは「どういうこと?」という言葉が漏れる。
「あいつの目的は、『生贄を最大限苦しめること』だったんじゃねえか……ってことだ。俺は今まで数々の魔族と手を合わせてきたが、〝殺そうとはしない〟戦い方をしてきたのは、あいつが初めてだった」
そう言われれば、思い当たる節はある。
「殺してやる……!」などという言葉を発しながら、マモリに攻撃を仕掛けるあの魔人からは、鬼気迫るものを感じた。
それこそ、あの時の私は魔人の様子から、「マモリ個人になんらかの憎しみを抱いているのではないか」と思わされたくらいだ。
しかし、救出したマモリの怪我は、確かに足や手に固まっていて、殺すことを目的につけられたようなものではなかったのだ。
当時のことを思い出し、黙り込む私に向かって、マモリはさらに言葉を続ける。
「それに、身体に塗られたあの塗料だ。生臭くて仕方なかったが、あれはどうやら魔族の血だったらしい」
「魔族の血?」
「ああ。おまえを迎えに行く前にケイと少し話をしたんだが、ケイはあの塗料から『魔族の血の匂いがした』と言っていた」
マモリによると、ケイはヤソの集落で私からメテを託された時にはすでに、そのことに気がついていたそうだ。
「メテの顔についてたから。あの時アイは『塗料が塗られてるだけ』って言ってたけど、きっと敵の返り血がついてしまったんだな……と思ってた」
ケイはあの塗料について、そう説明したらしい。
「最後は法具だ。俺が教祖から持たされた水晶玉、覚えてるか?」
「ええ、もちろん」
そう答えながら、私はその法具を頭に思い浮かべる。
たしか色は薄水色で、手の大きなマモリであれば片手で掴めるくらいのサイズだった。
「俺もあの時は気づかなかったんだが、あれはおそらく魔石だ。かつてユウ達と魔人を倒したことがあるんだが、その時に出現した魔石があの水晶と同じ色をしていた。大人の魔人だったから、大きさこそあれより随分大きかったが……。そう考えると、法具と言われて持たされていたあの水晶は、子どもの魔人の魔石なんじゃねえか?」
衝撃的なマモリの話を聞き終えて、真っ先に思い浮かんだのは魔草のことだった。
私はあの草が〝魔族を遠ざけるため〟に置かれていたと思い込んでいたけれど、そうじゃなかったとしたら……。
「魔草は、むしろ魔族を呼び寄せるために置かれてた……?」
「あ? なんだって?」
「ケイが魔草って呼んでる、魔族の匂いがする草があるの。私の家の周りにも植えられてるんだけど、その草が生贄のそばに置かれているのを見たの」
「魔族の匂い、か」
険しい顔をするマモリを前に、私は目の前がくらくらと揺れるような感じがした。
だって、マモリの話を繋ぎ合わせると、マモリはあの日〝魔人の子どもの魔石を持たされ、魔族の匂いを纏わせた上で、全身に魔族の血を塗りたくられていた〟ということだ。
そんなの……。
「俺はあの教祖に、〝魔人の子殺し〟の犯人に仕立て上げられたのかもしれねえな」
ぽつりと零されたマモリの呟きに、私の喉から「ひっ」という音が漏れる。
しかしマモリはそれに言及することなく、「そう考えれば辻褄が合う」と続けた。
「だからあの魔人は、最後まで俺を苦しめるような戦い方をしたんだろうな。あの魔人の目から見た俺は、自分の子どもの仇なんだから」
そんなマモリの言葉を聞いて、私は先程自宅の階段で感じた怒りを思い出す。
おそらくあの魔人も、自分の子を傷つけた相手を前にして、あの時の私と同じような気持ちを抱いたのだろう。
しかしどうしても、わからないことがある。
「でも、どうして教祖はそんなことを? あなた達と教祖は、あの日初めて会ったんでしょう? だったら、あなた自身が恨まれている可能性はないわよね?」
「さあな。そればっかりは、教祖本人に聞かなきゃわからねえな」
マモリはそう言うと、私に向かって「……行くのか?」と問い掛ける。
「ええ、もちろん。このままじゃあの子達が、安心して暮らせないもの」
「俺もついて行ってやろうか? パーティーからは抜けたが、毎日の鍛錬は欠かしてねえし、何かあればそれなりに力にはなれると思うぞ」
マモリの申し出はありがたい。
教祖の意図がわからない今、単身で敵の本拠地に乗り込むのは、正直に言えば心細い。
……けれども。
「ううん、マモリには残っておいてほしい。あなたがケイやメテを守ってくれている方が、私は安心して戦えると思うから」
「…………わかった。二人のことは俺に任せろ。何があっても絶対に守ってやる」
「ありがとう」
マモリにお礼を告げ、私は腰に剣を刺す。
装備に不足はないし、ヒップバッグにはケイお手製のポーションがぎっちりと詰まっている。
大丈夫。きっと私は大丈夫。
「二人のこと、よろしくね」
「ああ。おまえも、無茶はするなよ。やばいと思ったら、すぐに帰ってこい」
その言葉には返事をせず、私はマモリに笑い掛ける。
「……いってきます」
最後にそれだけを告げて、私は一人でヤソの集落へと向かったのだった。




