『ランド・オブ・ジャスティス ~勇者ユウの物語~』 後編「マオの離脱」
『自分が何を目指していたのかがわからなくなってしまったよ』
そう言って去って行くマオの後ろ姿を、俺は今日も夢に見る。
「……あの日から、もう一週間も経ったのにな」
まだ夜も明けきっていない暗いテントの中で、悪夢に飛び起きた俺の呟きに、返事をするものは誰もいない。
少し前までは四人で使っていたこのテントは、俺一人だと広すぎて、少し寒く感じられる。
「君とはここでお別れだ」
マオの口からそんな言葉が発せられたのは、本当に突然のことだった。
「はーあ? またそんなこと言って、今度は誰に弟子入りするつもりなんだ?」
笑ってそう返事をしたのは、ヒンジャの村への向かう道中のことを思い出していたからだ。
確かあの時も、マオは同じようなことを言って、俺達との別行動を申し出ていた。
けれどもそんな俺に対して、マオは悲しげに顔を歪めると「すまない」と謝罪の言葉を口にする。
「そうじゃないんだよ。僕はもう、君とは旅を続けることができないんだ」
そう言うマオの表情は真剣そのもので、俺は自分の顔が強張るのを感じた。
賢いマオのことだ。考えなしに発言したわけではないのだろう。
だが、「はい、そうですか」とすんかり受け入れられるような話でもない。
「……マオがそんな顔してたら、信じそうになるじゃねえか。普段真面目な人間が冗談を言うと、こんな空気になるんだな。やめた方がいいぞ、周りが困惑しちまう」
わざとへらへらしながらそう口にしたのは、俺なりの悪足掻きだった。
俺がマオの言葉を本気にしなければ、マオも自分の発言を「冗談だよ」と撤回してくれるのではないかと、僅かな期待を込めての行動だった。
しかし俺の声は誰が聞いてもわかるくらいに震えていて、俺が本心では「マオは冗談を言っているのではない」と理解していることが、ありありと感じられた。
おそらくマオにも、それが伝わったのだろう。
「ユウと旅ができて、本当に楽しかった。僕が君をこの道に引き入れたのに、最後まで面倒をみれなくて申し訳ない」
マオはそう言って、深々と頭を下げた。
「やっと勇者になれたのに、やっとマオに並び立てたと思ったのに……。俺達はここで終わりなのか?」
「……ユウが旅を続けるならば、僕はそれを止める気はない。勇者になれた君ならば、きっと一人でもやっていけるはずだ」
まるで〝俺にとってマオなど必要ない〟とでも言いたげなその口ぶりに、俺は思わず「ふざけるなよ!」と声を荒げてしまう。
けれどもマオから返ってきたのは、やっぱり「すまない」という言葉だった。
「君には本当に悪いと思っている。どうか、こんな僕を許してほしい」
「…………許せるわけないだろ」
『許すということは、過去を清算することだ』
マオを睨みつけながら、俺の頭の中にはかつてじいちゃんが言っていたその言葉が浮かんでいた。
どういう経緯での発言だったのかは覚えていないけど、じいちゃんは「だから相手を許して、おまえも気持ちを切り替えろ」と続けていた気がする。
……許すことは過去を清算すること、か。
だったら、俺が今ここでマオを許してしまえば、俺はマオと過ごした日々を清算することになっちまうのか?
それは、嫌だ。
「俺はマオを許さねえ。俺とマオとの関係の終わりを、勝手に一人で決めるなよ!!」
困ったような顔をするマオに対して、俺は叫ぶ。
勝手に離れて行こうとするなよ。
俺に悪いところがあるなら、できる限り直すから。
だから、「お別れ」なんて言うなよ。
しかしそんな俺の思いを、マオは受け入れてはくれなかった。
「でも僕は、やっぱり旅を続けることはできそうにないんだ」
「なんでだよ! 『一緒に〝平穏な世界〟を手に入れよう』って、約束しただろ!?」
俺の言葉を聞いて、マオが寂しげに笑う。
どれほど言葉を尽くして理由を説明されるよりも、疲れ果てたそのマオの表情を見て、俺は「もう無理なんだな」と悟った。
黙り込んでしまった俺に対して、マオが口を開く。
「自分が何を目指していたのかがわからなくなってしまったよ」
それだけを言い残して、マオは俺の元を去った。
徐々に離れていくマオの背中を、俺はただただ見つめることしかできなかった。
……あれから一週間。
俺はいまだに、自分がこれからどうするべきかと悩み続けている。
何もする気になれなくて、近頃の俺はマオとの思い出を辿ることしかしていない。
「転移魔法の練習にもなるしな」
声に出してそう言ってみたけれど、そんな言い訳を聞いてくれる相手はおらず、俺は自らの行動を自嘲した。
昨日行ったのは、魔獣の大襲来によって多大な被害を受けた街だった。
「王都に隣接する街だから、きっと復興も進んでいるに違いない」
そう思って訪れてみたものの、街は襲撃前に比べると酷く荒んでいるように感じられた。
物質的には、ある程度復旧している。
あれだけあった瓦礫は全て撤去されており、もうしばらくすれば街並みも襲撃前と同じようになるだろうと思われる。
しかし街中に漂う重苦しい雰囲気のせいで、街は以前とは全く別物のように見えた。
「生活の目処はある程度立ってきたよ。だが、このところ自死を選ぶ人間が増えていると聞く。……私の知り合いに、君の仲間に命を救われた者がいてね。そんな彼も、ついこの間自ら命を絶ったらしい。彼はあの襲撃以来、『なぜ家族で自分だけが生き残ってしまったのか』と、思い悩んでいたみたいだから」
たまたま話を聞かせてくれた老人も、そんなふうに言っていたくらいで、俺はなんだか虚しさを感じたものだ。
「……今日はヤソの集落にでも行ってみるか」
沈みそうになる気持ちを奮い立たせようと、俺は無人の空間に向かって宣言する。
マモリが息を引き取ったあの土地には、マモリの遺骨が埋めてある。
どこに帰すべきかもわからなかったマモリの遺骨は、ヤソの集落にある小さな高台の上に、俺達が自らの手で埋葬した。
見晴らしの良いあの高台で、マモリは俺達の訪れを今か今かと待ち侘びているに違いない。
「そろそろ手を合わせに行きたいと思っていたしな。俺一人だけど、許してくれっかな」
わざとらしく明るく発して、俺はヤソの集落へと向かう。
けれども、目的の場所に着いた俺の目に飛び込んできたのは、焼き払われた集落の跡地だった。
「は……?」
目の前の光景が信じられず、俺の口から息が漏れる。
何度か瞬きをしてみたものの、当然ながら何かが変わるわけでもなく、そこにあるのはやはりヤソの集落の残骸と、焦げたような匂いだけ。
マモリが命を賭けてまで守ろうとしたものは、すでに消え去っていた。
呆然としたまま歩き続けた俺は、どうやら高台に到着したらしい。
沈みゆく夕日が遠くの森を照らし出すその美しい光景は、あの日魔人との戦いを終えた俺達が見た景色と変わらない。
「……そうだ。確かこの辺りに、マモリを埋めたんだったな」
そう呟きながら辺りを見渡すと、墓石の代わりに置いた石が目に入る。
「こんなところに一人きりじゃ、マモリも寂しいだろ。別の場所に移してやるからな」
しかしどれだけ地面を掘ろうとも、マモリの遺骨は出てこない。
念のために周辺も掘り起こしてみたものの、遺骨だけではなく共に埋葬した法具も何も、見つけることはできなかった。
冷たい風が、頬を刺す。
素手のまま地面を掘り返していたせいで、爪は欠け、指先にはじんわりと血が滲んでいる。
けれども、不思議と痛みは感じなかった。
その代わりに、襲い来るやり切れなさに耐えられず、俺はその場に蹲る。
「俺達の今までの頑張りは、全部無駄だったって言うのかよ……!?」
メグが救った人間は、自らの意思で死を選んでしまった。
マモリが守ろうとした集落は、跡形もなく焼き尽くされてしまっている。
俺達は一体、旅の中で何を残せてきたのだろうか。
……もしもこのまま、俺が先に進むことを諦めてしまったら、本当に、本当に何も残らない。
マモリの死も、メグの献身も、全てが無駄になってしまう。
「そんなの、受け入れられるわけないじゃねえか」
高台からヤソの集落だったものを見下ろしながら、俺は拳を握りしめる。
「俺は一人でも、旅を続けるぞ! 俺達が目指した【魔界を潰す】という目標を達成して、そして俺達がやってきたことは無駄ではなかったのだと、必ず証明してみせる!!」
誰もいない暗闇の中で、俺のその声はよく響いた。
その言葉に、賛同してくれる仲間はいない。
それでも俺は、〝俺達が信じた正義〟を貫き通すため、前に進むことを決意したのだった。




