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Short story 3  作者: 怜悧
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3

その後、自分の始業準備をすませ、気になってちらちらと時計を見ながらデスクについていたが、30分前になっても御堂は戻って来ない。おはようございます、とひとり社員がフロアに上がってきたのを見て、挨拶をしたあと彼女は小さな袋を持ってフロアを出た。

休憩室は始業前だと愛煙家のための喫煙所になっていることが多いので、ここにはいないだろうと思いながら寄ってみたが案の定彼はいなかった。

(だとすると、可能性が高いのは・・・)

小会議室横の、第1資料室。

あそこには小さなソファーがあって、隠れた休憩スペースになっている。

コンコン、とドアをノックする。

扉の前で耳を澄ますが、何も返事はない。

「失礼します。」

一応声をかけてドアを開け、中へ入る。

資料室は5畳ほどの広さの、縦長の部屋だ。資料の詰まったスチールの棚の間をすり抜けて、奥へと向かう。

(いた。)

資料室には似つかわしくない2人がけの革張りのソファに、窮屈そうに体を丸めて眠っている御堂が、そこにいた。

寝顔を見るのも初めてだ。

少し近づいて、寝顔を覗き込む。至近距離で見る、これは普段なら絶対にできない。

まつげが長い。鼻梁がすっと通っている。

まだ目元のくまは残っている。ひげがうっすらのびていて、疲労の色は濃い。

気持ちよさそうに寝ているところを起こすのは忍びないけれど、そろそろ起こさないと始業に間に合わなくなるだろう。

「御堂くん、」

静かな部屋で声を出すのは、思いのほか勇気が要った。大きく響いたような気がしたけど、彼は目を覚ます様子がない。

「御堂くん。」

もう少し大きな声で呼んでみる。規則正しい寝息は続く。

「御堂くん、起きて。」

軽く肩を叩いてみるが、反応なし。

仕方ないので、しゃがんで彼に近づいて、両肩に手をかけた。

「御堂くん、9時になるよ。起きて。」

大きめに肩を揺らす。と、ピクリとまぶたが動いた。

しかしまぶたは開かず、そのまま寝そうになったので思わず両手を彼の頬に当てていた。

「遅刻するよ。」

そのとき、パチリ、と音がしそうな勢いでまぶたが開いた。

驚いて身を引こうとするが、その前に彼の手が頬に置かれていたわたしの手を捕らえた。

まだきちんと目が覚めていないのか、少し焦点が合わないままぱちぱちとなんどかまばたきを繰り返す。

その様子を見ながら――正確には彼の瞳から目が離せないまま――一気に心拍数が上がったのを自覚していた。

距離が近い。近すぎる。

彼は手を伸ばして、わたしの頬に触れた。

顔が火照っている気がする。ものすごく赤くなっているんじゃないだろうか。

彼は、寝ぼけているんだろうか。

「・・・せん、ぱい?」

ぽつり、と眠さが抜けきらない声で彼が呟く。

「起きた?」

「・・・夢、ですか?」

「なんで?」

どうしてそこで夢になるんだろう?

「だって、目が覚めたら、そこに先輩がいるなんて。」

その表現は激しく誤解を生むよ、と思った。嬉しい解釈をしてしまった。なかなか顔のほてりが引かない。早くちゃんと目覚めてもらわないとこっちの心臓がもたない。

こっちはものすごく動揺しているというのに、彼は全く動揺している様子がない。

「ごめんね、朝起こしにきたのがほかの女の子じゃなくて。とにかく、そろそろ起きたほうがいいよ。もうだいぶ人が来てる。」

声に動揺が現れないように、必死で落ち着けて言葉を出した。

そう、わたしなんかより起こしてもらうなら綺麗なお姉さんか可愛い子がよかっただろう。

「ううん、亜理紗がいい。」

そう言って、彼はふわりと身を起こしてわたしを抱きしめた。

(ええっ!?)

瞬時にパニックになる。首筋に少し触れる、のびた彼のひげ。鼻先を掠める、彼の香り。

一瞬だったか数瞬だったかののちにパニックから脱したわたしは、とにかく彼から離れないと、と焦った。

「ほーら、誰かと間違えてないで起きて。朝ごはん用意したけど、食べる?」

「えっ、もしかして、先輩が作ったんですか?」

彼はそう言ってふっとわたしの体から手を離した。その隙に、彼の手の届かない距離まで離れる。

まだ心臓はバクバク鳴っている。

とにかく気を逸らそうと、持ってきた袋から包みを取り出した。

「おにぎりと玉子焼きくらいだけど、食べる?」

「はい、いただきます。」

彼の顔は満面の笑顔だった。尻尾を振っている犬のような。

さっき抱きしめられたとき、一瞬彼が、まるで捕らえた獲物を逃さないチーターのように感じてしまったのは。

きっと彼が寝起きだったからだろう。

「じゃ、先に行ってるね。」

そういって、わたしは資料室を後にした。

パタン、と扉を閉じて、呟いた。

「でも、寝起きでわたしの名前を呼ぶのは反則だよ・・・。」

今日の自分が使い物になるかどうか、自分で甚だ心配だった。



ぱたん、とドアが閉じられた後の資料室では、御堂謙一が彼女の作ったおにぎりを口にしていた。

「亜理紗、」

名前を呼ぶと、愛しくなる。

彼女に想いを寄せて、もう2年になる。

彼女は覚えていないと思う。自分が新人の頃、彼女はよく残業をしていた。休憩のときに飲み物を余分に買っては、居残っている新人に渡したりしていた。そうして時々、わからないところを教えてくれた。自分も忙しいのに。

その優しさや仕事へのひたむきな姿勢に惹かれて、いつか彼女に認められるようになろうと頑張ってきて。

「でもまだまだだな。」

心配かけるなんて。

でも正直、昨夜一緒に残って仕事ができたあの時間は天国だった。そして彼女はわざと面倒な書類をひとつ余分にとって、仕上げてくれていた。そういう優しさに、また心がざわめいた。

そして、朝目覚めたら、彼女がいた。

本当は扉をノックした時点でもう目は覚めていた。けれど、彼女の声を聞いたら起こしてほしいと思って、ちょっといたずら心が芽生えた。

「亜理紗」

そう呼んで抱きしめたのは、本当に愛しくて。我慢できなかった。

腕の内に抱いた彼女は少し不安げに固まっていたが、鼻腔をくすぐる彼女の香りは朝から自分の性を十分に自覚させるものだった。

これで少しでも彼女に意識してもらえるといい。

後輩から、ひとりの男として。

「まずは食事、か。」

食事に行く約束ができたことでも一歩前進。

「絶対、近づいてみせますから。」

誰よりも、あなたの近くに。

亜理紗、ともう一度呟いた彼を見た人物がいたなら、やはりチーターに例えただろう。

それくらい、御堂は爽やかには程遠い笑みを口元に浮かべていた。


お読みいただきありがとうございました。

今回は男性が年下ですが、またもや黒い?

獲物を狙ってます。

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