未来の街並み
エントランスの外部気密扉が左右に開くや否や、もわっとした強烈な熱気と、肌にまとわりつくような湿気が僕たちを襲った。
ピピッ、とアイリスの左腕の腕時計型端末が電子音を立て、人工的な音声で告げる。
『現在位置、屋外。気温45℃、湿度73%』
「はぁっ!? なんなんだよこの暑さ!!」
「近年は50℃近くまで上がります。今日はまだ涼しい方ですよ」
吐き捨てるような僕の叫びに、アイリスは前を歩いたまま淡々と答えた。
息が詰まるほどの熱気は確かに感じた。けれど、身体の大部分を覆っている真っ白なコートのレギュレーターが機能しているせいか、服の内側だけは嘘みたいに涼しく感じる。
アイリスは腕時計の画面を慣れた手つきでタップし、空間にタブレット大の半透明な画面を浮かび上がらせた。
彼女がそこにいくつかのコマンドを入力すると、ロードノイズを一切立てない真っ白な流線型のクルマが、目の前へ滑らかに滑り込んでくる。
だが、おかしい。車が近づいてくるはずなのに、エンジン音がまったく聞こえないのだ。排気ガスを出すマフラーもなく、ボディ全体が継ぎ目のない一枚の滑らかな金属で覆われた、カプセルのような近未来デザインの電気自動車。それが、風を切るかすかな音だけで、まるで路面を浮いて滑るように近づいてくる。
しかも、僕はそのクルマのフロントガラスを見て、心臓が止まるかと思うほど驚いた。
「うわっ、危ないっ……! おい、誰も乗ってないぞあの車! !」
慌てて飛び退こうとした僕の前で、その無人のクルマは、寸分の狂いもなく僕たちの目の前でピタッと停止した。そして、自動で助手席のドアが上に跳ね上がる。
驚愕する僕を置いて、アイリスは何の躊躇もなく、誰もいない運転席へと乗り込んだ。
「え!? お前運転できるのか!?」
「AIにはどんなものでも操作方法がわかります。大型トラック、重機、船でも飛行機でも。……でも今はしませんよ、自動運転なので」
彼女のその言葉を聞きながら、僕は助手席のシートに深く身体を沈めた。
静かにクルマが発進する。エアコンの冷気にホッとしながら窓の外の景色を眺めていた僕は、ある異変に気づいて息を呑んだ。
あれ……? ここ、知らない街じゃない……。
道の形、遠くに見える山や建物の配置。風景はどれも無機質でハイテクなものに変わっているけれど、見覚えがあった。
間違いなく、僕が18年間生まれ育った、あの街だ。
「おい、アイリス。ここって……」
「ええ。あなたの記録にある、生まれ故郷です」
ということは――。僕は慌てて後ろを振り返り、さっきまで僕たちがいた、あの『カプセルが並んでいた不気味な建物』を見つめた。知らない最先端の研究所だと思っていた。
けれど、クルマが離れていくその建物の全景を見て、背筋にぶわっと嫌な汗が吹き出した。
「嘘だろ……。あそこ、僕が通ってた『小学校』じゃないか……」
校舎の形はそのままだ。けれど、かつて僕たちが声を響かせていた運動場はコンクリートで固められ、窓という窓はすべて黒い遮光パネルで塞がれている。
「人間が集まって非効率な学習をするシステムは、15年前にすべて廃止されました」
アイリスは前を向いたまま、冷酷に告げる。
「現在は、脳の冷凍保存と肉体移植のための、国営の『第4保管庫』として再利用されています。みなと様、あなたが他人の身体になって目覚めたのは――かつて、あなたが青春を過ごした、その教室のあった場所ですよ」
僕が友達と笑い合っていたあの教室で、今は生身の人間から脳をくり抜き、AIを植え付ける手術が行われている。思い出の場所が、完全に狂った工場の解体場に成り果てていた。その事実に、僕は激しい吐き気を覚えながら、ただ変わり果てた母校が遠ざかっていくのを拒絶するように見つめるしかなかった――。




