新しい翻訳
「私は自由がないと思い込んでいました。
でも家の本を読む自由はある。
その本の知識をもとに、人に質問することはできる。
それだけでも大きな自由があるのだとわかりました」
とメアリーちゃん。
そうか……、
散歩の場所すら限定される公爵令嬢であっても。
自由はあるのか。
「翻訳ってさ、なにも異国の言葉を、こちらの国の言葉に訳すだけじゃないんだね。
メアリーちゃんの自由の解釈っていうのも、一つの翻訳なんだ」
と僕。
「そうですね。私たちがこれまで行ってきたことは、全てが翻訳だったのですね」
とメアリーちゃん。
「そう考えると世界が面白くなるよね。人がコミュニケーションを円滑に取るには、翻訳が上手くいかないと難しい」
とカエデちゃん。
「それあるかも。世界の対立って、ほとんどが文化や考えの違いで、コミュニケーションが破綻した時に起こる」
とトマトちゃん。
「そうですね。そうか、兄は私の命を狙っていますが、私が将来脅威になると思い込んでいるからで、そうじゃない。逆に味方になると思ってもらえれば、私を守ってくれさえするかもしれません」
とメアリーちゃん。
「それはあるかもね。お兄さんの立場とか、政治的な立ち位置とかわかって、メアリーちゃんが補佐するような立場だと、状況は変わるのかもね」
と僕。
「私、家にある本をすべて読んでみます。そして色んな人と話してみます」
とメアリーちゃん。
「まったく異なるものをかけ合わせた時に、何かスゴイものが生まれる。そんな事を聞いたことがある」
とトマトちゃん。
異なるものをかけ合わせるか……。
甘いと辛いで甘辛。
じゃがいもと油と火でフライドポテト。
漫画と声優でアニメ。
世界には、異なるもの同士のかけ算が沢山ある。
学校では九九を習う。
これは数字の掛け算だ。
でも、異なるもの同士の掛け算は、習ってこなかった。
「世界にはいろんな掛け算があるんだね」
僕は言った。
「……いろんな掛け算か、もしかして私が求めているのも、かけ算の先にあるのかもしれませんね」
とメアリーちゃん。
「近代文明と超古代文明」
とカエデちゃん。
「ラノベと純文学」
とトマトちゃん。
「それを繋ぐ時、新しい翻訳が生まれる。
いや、新しい翻訳が生まれた時に、繋がるのかもしれない」
僕は呟く。
「幸福な結婚と不幸な結婚があります」
とメアリーちゃん。
「人を傷つける発明も、人を幸福にする発明に変わる。超古代文明は、その叡智を人を傷つける方向に使ったのかもしれない」
とカエデちゃん。
「悪意に恐怖を掛ける」
とトマトちゃん。
その言葉に寒気がする。
「掛け算は正義なだけじゃないんだね」
と僕。
「正義に自己顕示欲を掛け合わせ、異常な政治を行った者がいました」
とメアリーちゃん。
正義に自己顕示欲。
それは一体。
「どうなったの?」
とカエデちゃん。
「微小な犯罪すら極端な刑罰で望み、最終的には自らが、微小な犯罪で極刑で裁かれました」
とメアリーちゃん。
「かけ合わせれば良いってもんじゃないんだね」
とトマトちゃん。
「なんかでも、叡智の深淵に触れた気がする」
カエデちゃんは興奮している。
叡智の深淵。
僕も同じ実感をしていた。
異世界のメアリーちゃんと、僕たち三人が出会い。
掛け算が起きた。
異なる物質同士の化学反応。
それが目の前で発生している。
「専門バカとかいうけど、積極的に異文化を知るのがいいのかもね」
僕は言った。
「たしかにね。専門領域を学び続けるのは、深掘りにはいいけど、異文化経由で別の角度から翻訳すると、新しい展開が見えるかもしれない」
とトマトちゃん。
「そう考えると、侍女や騎士の皆との会話も、無駄ではないのかもしれませんね」
とメアリーちゃん。
「私、異世界転生物以外も読んでみよう」
とトマトちゃん。
「私も超古代とかばかりではなく、現代の科学とかの本も読んでみよう」
とカエデちゃん。
「私は、片っ端から読んでみます」
とメアリーちゃん。
「僕は……。
同じクラスの子とも話してみるよ」
そう言った。
二人とも頷いてくれた。
それからも会話は続いた。
そして、
気が付くと、外が暗くなっていた。
頭を使いすぎたのか、
急に眠たくなってきた。
身体が冷える。
僕は毛布を手探りで探すが、見つからない。
僕は眠たい目をこすり、目を開ける。
辺りは、
まっくら。
ただ家ではないのがわかる。
湿った土のニオイと木のニオイがする。
(ほーほーほー)
と怪しげな鳴き声がする。
ふと周りを見ると、
焼け焦げた焚火の跡がある。
僕は混乱しながらも、この火を絶やしてはならないと理解する。
周りを見渡し、木の枝を見つけ、消えかけた火の残骸に、投げこむ。
(ぱちぱちぱち)
音を立て、火は勢いを増す。
僕は手元を見る。
ごつごつした手。
いったい誰の手だ。
火の光を頼りに、服を確認する。
真っ黒なローブのような服。
羊毛のようにも感じるが、着心地は悪い。
近くには、使い込んだ革のカバン。
ここは。
それにこの身体は。
僕の住んでいた世界でもない。
僕の体でもない。
いた……。
頭が痛い。
僕の記憶に他人の記憶が流れ込んでくる。
どういうことだ。
いったい僕はどうなったんだ。
メアリーちゃん。
なぜか急にメアリーちゃんの事が気にかかる。
「君はなぜあの少女を見捨てたのかね」
重く沈むような声が聞こえる。
「けっけっけっけっけっけっ。このマービンのおっさんは、人を人とも思わない偏屈なのさ」
別の声が聞こえる。
「ほうほうほう。あの少女も今年いっぱいの命だろうね」
また別の声が聞こえる。
マービン?
メアリーちゃんが言っていた賢者の事なのか?
「教えてくれ。少女とはメアリーちゃんの事なの?」
僕は叫ぶ。
「おやおや。この身体、まだ息があるようだ。どういう事だ。死神が魂を刈ったんじゃなかったのか?」
声が聞こえる。
「なんにしても、我らは生者とは関りあわぬもの。ではな……」
それっきり声は聞こえなくなった。
そして僕は再び意識を失う。
「ジュン。ジュン……」
僕を呼ぶ声がする。
あぁ母さんだ。
「晩御飯食べなかったの?」
「晩御飯?」
そうか、
あのまま眠っていたんだ。
しかし変な夢だった。
(ぐぅ)
お腹がなる。
「今から食べるよ」
僕は起き出す。
そこには父さんもいた。
正月ぶりの久々の家族での晩御飯だった。
END
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この作品は完結していますが、
反響があれば続編を書く可能性があります。
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