4.青空の下
殺伐とした雰囲気の応接室から、燦々と春の陽射しが降り注ぐサンルームつきのサロンに移動してきた。
「では、改めて。レイナさん、ようこそ我がシュレイ辺境伯家へ。
私は当主のゲインだ。様々あったが、心から歓迎しておるよ」
先程の話し合いでは、口は出さないものの後ろから激しすぎる圧力を加えていたから、レイナは少し怖がっているようだ。
普通に良い父親なんだがな。
「レイナです。これからどうぞ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる様子を見ているに、あまりまともな貴族教育を受けさせて貰ってはいなさそうだ。
彼女の実家に対して腹は立つが、俺が好きなように教えられるから良しとしておこう。
「では早速だが、聖女の実力を見せてもらおうか」
「シュレイ辺境伯、申し訳ありませんが、私は見かけだけの聖女です。
聖女の癒しの力は、使えないのです」
焦って言い訳のように言葉を連ねるレイナをそっと手で制する。
「大丈夫、レイナはきっと、本当に聖女だから」
「どういう事ですか?」
まだ何も分かっていないレイナの目の前で、小型のナイフを自分の手の甲に軽く滑らせる。
「えっ、ライナーさま!? どうされたのですか!?」
当たり前だが、目の前の男がいきなり自分の手を傷つけたからレイナは驚いている。
「前と同じように、「痛いの痛いの飛んで行けー」をしてくれないか?」
「ライナーさま、無理です。私は聖女じゃありませんので、傷は治りません。気休めにしかならないと、この前もそう言いました!」
レイナは酷く焦ってまくし立てる。
「いいや、君はやっぱり本物の聖女だったんだよ。この前の足首はレイナのおかげで完全に治ったから、この傷も治せるはずだ」
「無理です、無理なんですよ! 出来ないことを言われても、困ります!」
必死で拒否するレイナは涙目だ。
きっと、彼女は目の前の病人を治せず立ち尽くす、という経験を何度もしてきているのだろう。
教会に軽く問い合わせたところ、アレスト家は聖女を取られないために、教会での教育を受けさせていないらしい。
それに、癒しの力に目覚めるのが遅い子どもも居るし、数は少ないが怪我に特化した能力者も居ない訳じゃない。
聖女の力が無いと言われたのはレイナのせいじゃなくて、周りの環境のせいで力が発揮できていないだけ。
「いいや、レイナ。この前の足首は、本当に治ったんだ。この傷も、君なら絶対に治せる」
こうして話をしている間にも、滲んだ血が珠になってこぼれ落ちそうだ。
「ライナーさま、私じゃ、出来ないと思います……」
「大丈夫だ。俺は本当に治ると体感できた。あとはレイナが出来ると信じるだけ。
この前と同じでいいし、気休めでもいいんだ。やってみてくれないか?」
「出来なくても怒らないでくれますか?」
「もちろんだ。だって、俺が自分で傷をつけたんだから、怒るはずもないだろう?」
そこまで言えば、レイナもようやく納得出来たらしい。
「痛いの痛いの飛んでいけー、痛いの痛いの飛んでいけー!」
彼女がそう言いながら小さな手のひらを傷口にかざすと、みるみるうちに傷が塞がって、すぐに跡形も無くなった。
「ほらな、やっぱりレイナは本物の聖女だろう?」
「ほんとだ、ほんとだ。なんで?なんで?」
混乱しすぎてレイナの口調がかなり幼くなっているのが可愛らしい。
じゃなくて。
「教会に聞いてみたら、能力が目覚める時期や得意な癒しは人それぞれらしい。
きっとレイナは傷を治すのが得意なんじゃないか?」
「えっ、ライナーさまは教会へ行ったんですか? ダメですよ、連れ去られて、お家へ帰れなくなっちゃいますから」
当たり前のようにそう言うレイナを見て、更に可哀想になった。
せっかく聖女として産まれたのに、家のせいで教育を受けさせてもらえず、力を全く発揮出来ない状態にさせられていたんだ。
「聖女の力を使うのに、教会は色々と大切なことを教えてくれるよ?」
「でも、ライナーさまが帰って来なくなったら、私は困ってしまいます」
やはり、幼い頃から洗脳された考え方は、すぐには変わらない。
「そうか。それなら、領地の教会へ行こう。俺の家の庭にある教会だ。それならどうだい?」
「お庭に教会があるんですか!? 大きなお家なんですね。それなら、大丈夫かもしれません」
領内というだけなので庭かどうかは微妙だが、距離も近いしまあ庭みたいなものだろう。
「分かって貰えて良かったよ」
この部屋に2人きりしか居ないかのようにイチャイチャしている俺たちの間に、呆れ返った父上がようやく割り込んできた。
「レイナが聖女だということが確定した所で、早く荷物をまとめなさい。
明日の朝一番で、領地へ向かうように」
「もうですか!?」
レイナはさすがに驚いたようだ。
婚約して10日ほどしか経っていないし、つい先程書類上で結婚したばかり。
普通に考えてもあまりにも早いが、こちらの都合上、レイナは王都に居ない方がいい。
「レイナの荷物は後から届けさせる。俺と一緒に、領地の家に帰ってくれないか?」
「分かりました!」
俺と一緒に、というのが嬉しいらしい。
元気の良いレイナの返事を聞くだけで俺も元気になった。
ここからの王都での政争は父上の仕事だ。
閉じ込めることしか出来なかったアレスト子爵なんかよりも、ずっと上手に聖女を手の中へ囲い込むだろう。
そのための婚姻届と契約だ。
家同士のドロドロしたやり取りは、かわいいレイナの居ない所でやって欲しい。
翌朝。
「ライナーさま、すごくキレイな青空ですね!」
晴れ渡った空は高く澄み切っていて、俺たちの門出を祝ってくれているかのよう。
「そうだな。綺麗だ」
まあ、俺は空よりもレイナを見ていたんだが。
朝日に煌めく銀の髪も、空を見上げる金の瞳も、世界で一番美しい。
俺たち二人が乗り込むと、馬車がゆっくりと動き出した。
「ライナーさま、本当に、大好きです」
揺れる馬車の中で、レイナの瞳は俺だけを映している。
「俺もだよ、レイナ」
ぎゅっと抱き締めてあげると、抱き締め返してくれる。それが何より、愛おしい。
この先の旅路はまだまだ遠い。
けれどレイナと二人なら、ずっと先の未来まで、この青空の下を一緒に歩いていけると思えた。




