第39話 懇親会の後
◇
「*エスペラ*フランケット***」
十人掛けのダイニングで朝食を食べた後、向かいに座るダリアに手をかざし呪文を唱えた。
私は巡礼中の聖女という設定。祝福を装って、ダリアに心を弄るエスペラの魔法をかけた。
「ディジーの暗殺計画に協力した、心当たりのある全ての人物を答えなさい。茶話会でどんな打ち合わせをしたのかも」
ダリアは暗示にかかったように、ゆっくりと語り出した。
「わたしは目星を付けた貴族たちを集め、冗談を交えてディジーの暗殺と領主の代替わりをほのめかした。わたしの真意を汲み取って提案に乗って来たのは三人。
ハドラー子爵、ミルト子爵、グストン子爵。三人は衛兵と盗賊の買収に必要な資金の提供と、盗賊の手配をしてくれた。わたしは二人の衛兵に成功報酬と出世の口添えを約束し、ディジーが乗る馬車の護衛に潜り込ませた」
話し終えると、ダリアは我に返って両手で口を押さえた。ダリアの後ろに二人の衛兵が近づき退路を断った。
「二度とディジーに手を出さないように心を弄る事も出来るけど、どうする?」
私がトマスに問うと、落ち着いた口調でダリアに言った。
「ダリア。君がディジーと比較されて、何度も辛い思いをしていたのを知っている。でも今回のやり方は間違っている。比較したのは周りの人間たちで、ディジーに全く落ち度は無かった。それは理解出来るか?」
「……はい」
「君のおかげで三人の悪党をあぶり出す事が出来た。これから気持ちを入れ替えて反省するなら、今回は不問にする。嘘をつくと次は無い。どうする?」
「ごめんなさい……わたし、大変な事を、ディジーにしてしまった……」
ダリアはテーブルのフォークを首筋に突き刺した。飛び出した鮮血がテーブルクロスを赤く染める。
私は衛兵に取り押さえられたダリアの首筋に手を当て呪文を唱えた。
「*キェルト*ネフローム***」
首筋の傷口が塞がり一命を取り留めたけど、ダリアは気を失っていた。
「あまり気は進まないけど、事件の記憶を消した方がいいわ」
私がトマスたちに目を合わせると、三人の意見はすぐに一致したようだ。
「事件の記憶を消してくれ。ついでにディジーに二度と手を掛けないように。頼む」
ゲイターが目を赤くして私に言った。
☆
夕暮れ時、増員された護衛とともにディジーを乗せた馬車がトマス邸に戻って来た。出迎えていたトマスが落ち着かない様子で眺めていた。
「お父様、御心配をお掛けしました」
ディジーが歩み寄ると、トマスは娘を抱きしめ、優しく頭を撫でた。
「無事でいてくれてありがとう。とにかく今はゆっくりと休みなさい。後の事はわたしたちに任せて」
翌日、トマスが管理する領地の有力貴族たちに緊急会合の開催が通達された。トマスはこれまでの慎重過ぎる施政を反省し、貴族たちに自治の権限を広げる方針を明らかにした。
今回の会合では、趣旨の説明と意見交換に留め、次回開催までに現状の不満点や改善すべき問題について各自忌憚なく文書にまとめて来るように伝えた。
◎
緊急会合では、公爵の了承を得たトマスが領主の座を退き、若手のパーシーに席を譲る事が発表された。トマスは相談役としてゲイターとともにサポート役にまわる。貴族たちは突然の交代劇に驚いたが、大きな改革を進める上で効果的な演出となった。
会合後に催された懇親会で、ハドラー子爵、ミルト子爵、グストン子爵の三人は、振舞われたワインで祝杯を挙げた。
「茶話会以来、ダリア嬢から連絡が無いが、結果だけを見れば成功だとも言えますな」
「ディジー嬢は襲われて、恐怖のあまり引き籠っているようだな。ダリア様は喜んでいるんじゃないか? フフフ」
「あれっぽっちのはした金で政治が動くとはな。これからは精々好きにさせてもらおう」
メイドに扮したカトレアが、三人の側に寄ってトレイを差し出した。
「ワインに合う特製の燻製チーズです。いかがですか?」
◇
懇親会が終わると、外は暗闇に包まれていた。貴族たちは各自用意した馬車に乗って、領都マートルの会場を離れて行く。三人の子爵が手配した馬車には、魔法をかけた麻紐を括りつけておいた。
「領都を出たら、一番遠い子爵から順に仕留めましょう。子爵以外は殺さないで。後で面倒な事になるかも知れないから」
私はトマスの資金で購入した駄馬にエレナを乗せて手綱を握った。
◎
グストン子爵を乗せた馬車は領都の門を後にして、暗闇の草原を駆け抜けて行った。辺りは仄かな月明かりと御者の灯したランプの光が揺れているだけだった。
背後から馬の足音が聞こえた。御者は少し速度を緩め、振り向くと、馬に跨る黒髪の女と金髪の少女が見えた。馬は何事も無く隣りを通り過ぎた後、急旋回して去って行った。
ハドラー子爵とミルト子爵を乗せた馬車の側にも、同じ馬に乗った黒髪の女と金髪の少女が現れた。御者はいずれも狐につままれた気分で馬車を館に走らせた。
館に到着し、客車を確認した御者たちは目の前の光景に体が凍りつく。
子爵の頭が床に転がり、首から噴き出した血で、天井が真っ赤に染まっていた。




