1-2 ゲームの世界に転生した
「おーい、おーい」
何やら声がする。
「こんな所で寝てたら風邪ひくぞ」
風邪ってな……。俺、それどころじゃねえんだけど、他に何か言うことあんだろ。
──って、あれ? 俺、死んだんじゃ……。
そういえば、痛みもねえ。どうなってるんだ……。
寝起きみたいにぼうっとするが、意識はある。
とりあえず目を開けてみた。
俺の前には、RPGの村人のような服を着た男が心配そうな顔をして立っている。
暗い夜だったはずだが、いつの間にか日が射していた。
体を起こして辺りを見回すと、石畳の道路に、中世ヨーロッパ風の木造の建物がいくつも並んでいるのが見えた。道行く人もみな、この男と同じような格好をしている。まるでゲームの世界のようだ。
目線を下にやり、自分の格好を確認する。今日着ていた学ランではなく、麻のTシャツに黒のズボンという服装だった。血なんて一滴も付いていない。
その格好に見覚えがあった。──いや、毎日見てる服装だ。忘れるわけねえ。
JAO内での俺のアバター、レイ=サウスの服装だ。
JAOとは、俺がドはまりしているVRMMOだ。
フルダイブ型のVRMMOが発売されて約4年。発表タイトルは数多くあれど、ほとんど外国産でその質は高くなかったので、一部のゲーマー以外には飽きられつつあった。
そんな中、今から数えて2年3か月前、『日本人の日本人による日本人のためのVRMMO』と銘打って発表されたJAOが空前の大ブームになった。
日本のゲーム技術の粋を集めて作られたJAOは、これまでのVRMMOとは比べ物にはならないほどのリアルな体験を可能にし、かつ、高い戦略性を備えていた。これでコアなゲーマー層を虜にした。
そして、日本人向けの親しみやすいグラフィックで、ヲタク層のハートも、がっちりキャッチ。
さらに、基本無料(もちろん課金を煽るのも忘れない)ということもあり、ブームに流された多くのライト層も取り込んだ。
右頬を思いっきりつねる。少しヒリヒリ痛ぇ。
痛いってことは──夢じゃねえ。ということは、現実だな。交通事故にあったのが夢か。
──でもちょっと待て。JAOはゲームだ。いくらリアルな世界だからって痛みまで再現していたら、肝心のプレイに支障が出る。痛みなんてなかったはずだ……。
不思議そうに俺を見ている男に、半信半疑で質問する。
「なあ? 今日パッチが当たって、痛みって実装され……てねえよな……?」
「何、訳わかんないこと言ってんだ? 痛いものは痛いに決まってるだろ。頭打ったんじゃねえの、お前」
怪訝な顔をして男は去っていった。
ここで一つの考えが頭をよぎる。
それを確かめるべく、人差し指で空中をタップ。何もない空間にウインドウが浮かび上がる。ウインドウをスクロールしてログアウトのアイコンを探す。
だが、どこを探してもログアウトのアイコンは無かった。GMコールもインターネットを利用する外部アプリも無い。フレンドリストは機能していそうだったが、フレンド名が全て削除されていた。
それに、課金ガチャもできなくなっていた。課金ガチャをまわすための石も48個あったはずが0個になっている。
リアルとの繋がりを示す項目が全て消えている。
っていうことは、これはひょっとすると──。
「ゲームの世界に転生したぞ~~!!」
両手を高く上げ、喜びを爆発させた。
アニメやラノベとかでは、死んでからゲームの世界に転生なんてことはよくある話らしい。でもまさか自分が転生するなんて、夢にも思わなかったな。
しかも、よく分からない異世界なんかじゃなくて、ゲームの雰囲気そのまんまの異世界だ。これってゲームをしてるのと同じじゃねえか!
うざい親に文句を言われることもねえ。つまんねえ学校に行くこともねえ。必死こいてコンビニバイトで金を貯める必要もねえ。これで四六時中ゲームができる!
現実世界に未練が全くないってことはない。でも、それ以上にゲームの世界に転生できた喜びのほうがずっと大きかった。
独り喜びにうち震えていると、俺の横を2人の男が何やら話をしながら通り過ぎていく。
「もっといい武器欲しいよなー」
はっきり聞き取れた会話はこれだけだった。
その溜息混じりの声を聞いて、独り心の中でニヤリとする。待ってろ、俺が最高の武器に巡り合わせてやる。
JAOの正式名称は『Jewel&Arms Online』だ。その名の通り、Jewel|(魔石)とArms|(武器)がシステムの根幹となるゲームだ。
様々な効果を有する魔石とそれぞれ特性が異なる武器を組み合わせて、自分だけの武器を作り世界を冒険する。これがJAOの醍醐味だ。
ゲームでは普通、最適解というものが存在する。だが、JAOではそんなものは存在しないと言われている。
魔石だけで現在100種類、武器は125種類。この組み合わせ方は天文学的数字になるそうだ。それに加えてプレーヤー個々人のプレイスタイルもある。プレーヤーの数だけ武器があるのだ。
最適解──最強の武器を決めることは非常に難しい。
このゲームを思いっきり楽しむうえでは、狩場とプレイスタイルに応じた武器を選択することが重要になる。狩場やプレイスタイルに合わない武器を使ったところで、まともに狩りすることはできない。
そのことが原因でJAOの楽しみを知ることもなく引退していった人は多い。
ゲーマーの俺からすれば、神ゲーでクソゲー以下の体験しかできないなんて、とてももったいない話だ。
一人一人のプレーヤーにマッチした最高の武器を作り、一人でも多くのプレーヤーが最高の体験をできるようにサポートする。
そんな最高の武器屋に、俺はなろうと決めている。
ウインドウを操作して鍛冶屋ランキングを見る。
鍛冶屋ランキングというのは、一か月の武器の製造数などのポイントを格付けしたもので、サーバーの上位200人のプレーヤー名とそのポイントが載っているランキングだ。
全て知らない名前だった。1位のポイントもゲームの半分弱しかない。
──はっ、拍子抜けだ。
もとより1位を目指すつもりだったんだ。そのための知識と物資、情熱はある。
異世界か何だか知らねえけど、この世界のランキング1位の鍛冶屋になってみせる!
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