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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
三年生
90/300

薬剤師とフルーツアルラウネ

オリジナル歌詞が作中で出ます。



 彼の話をしよう。

 非常勤だが学園の薬剤師で、クールで、合理的な。

 これは、そんな彼の物語。





 第二保健室に居るデルク保険医助手は毒や薬に詳しいしソレに特化しているが、ソレはソレとして学園には薬関係に特化した薬剤師が居る。

 基本的には非常勤なので、正確には時々居る、という感じだが。



「む、エメラルドか」



 灰がかった暗い青緑色の髪から覗く茶色の目でこちらを見たヴィレム薬剤師は、少し困ったように一瞬視線を逸らした後、待ち合い用のソファを指差した。



「いつもの診断に来たのやも知れぬが、今は両方共不在でな。暫し待て」


「あら、ヴィレムったら」



 簡潔に説明したヴィレム薬剤師に対し、そのパートナーであるフルーツアルラウネがクスクスと笑う。



「相手がエメラルドだったから良いけれど、これがアナタのコトをよく知らない一年生だったら泣いていたかもしれませんわよ?」



 楽しげにそう言うフルーツアルラウネは、紅白の布を服のように身に着けた女性型の植物という見た目をしている。

 ヒト型であっても植物であるコトに変わりはない為、彼女は足を鉢植えのような箱に詰まった土の中に埋めていた。



「アナタ、もう少し愛想良くしても良いのではなくて?」



 そう言ってフルーツアルラウネは長い蔦のような髪を軽く払った。

 波打つように動いたその髪にはカラフルかつ多種多様な実が生っており、ソレら全てが薬の材料となる果実である。

 ヴィレム薬剤師は彼女から採取出来る果実で薬を作っている為、混血にも効く薬を作れるというレアな人材だ。


 ……わたくしは普通に薬が効くタイプの混血ですけれど、混血によっては既存の薬が効かないヒトも居ますものね。



「フルーツアルラウネが私にナニを求めているのかは不明だが、私の仕事は薬を必要とする患者の為に薬を作り、提供するコトだ」



 フルーツアルラウネの言葉に、ヴィレム薬剤師はお茶を飲みながらそう返す。

 その表情は相変わらずの真顔だ。



「愛想を良くというのは業務に含まれていないし、この仕事で重要なのは薬を作る腕、そして安全な量を見極めた上での処方だと思っている」


「そう?けれど愛想が良くないと患者も逃げたり、言う通りにしてくれなかったりするのではないかしら?」


「ソレで苦しんだり死んだりするのはその患者の自業自得であろう。私は患者に対し適切な対応をするまでであり、言うコトを聞かずに死ぬのであれば「だから言ったというのに」と思うだけだ」


「そういう赤裸々なアレコレ、せめてわたくしという外野が居ないトコでしていただけます?」



 ソファに座っているこちらをソッコで忘れたのか、内心思っているコトを赤裸々にし過ぎだと思う。



「……ふむ、そういえばエメラルドが居たのを忘れていたな」


「察してはいましたけれど、ソレ真正面から言わなくても良いと思いますの」



 何気なくさらっとそういうコトを言われると結構辛いというのを知っての言動だろうか。

 いや、本気できょとんとしているので素だったのだろう。


 ……パッと見表情変化してませんけれど、筋肉の動きからするとアレはきょとんって感じの表情、なのでしょうね。


 というか素で忘れられているのも普通にイヤなのだが、どうして自分はこうも影が薄いのか。



「アハ、フフ、ウフフ!酷いコトを言うのね、ヴィレム?大事な生徒相手にソコに居たのを忘れてた、だなんて!」



 そう言いながら笑っているフルーツアルラウネも結構酷いと思う。



「……エメラルド、私は少し席を外す」


「あら、ヴィレムったら謝罪もせずに逃げるのですか?」


「フルーツアルラウネが私をからかおうとして機嫌が良くなると後が長いのはよく知っているのでな。カルラもアドヴィッグも帰りが遅い故、汝が落ち着くまであの二人を探しに行く。特にカルラは私が留守番をしているからと中々戻りそうに無い気がしてならぬ」


「あ、うん、ソレは多分その通りだと思いますわ」



 カルラ第一保険医は熱心なようで雑なヒトだ。

 気分によってムラがあるタイプでもあるので、休憩しに行ったと思ったらそのまま自室で寝ているというコトも時々ある。


 ……というか今カルラ第一保険医の部屋の方を()たら、思いっきりタバコを吸いながら本読んでリラックスしてるの()えましたし……。





 ヴィレム薬剤師が第一保健室から立ち去り、室内は自分とフルーツアルラウネだけになった。



「思いっきりからかって遊ぼうと思ったのですけれど……最近はソレがわかるようになったのか、逃げられるコトが多いわ」



 箱に腕を置きつつ、ふぅ、とフルーツアルラウネは溜め息を吐いた。



「まあいつものコトなので良いでしょう。さて、ソレではエメラルド。モチロン、私が退屈しないように話し相手になってくださるのよね?」


「その笑み、拒否権無いヤツですわよね」


「ウフフ」



 肯定も否定もしなかったが、その笑みには完全に肯定と書かれていた。



「話し相手って言われても……フルーツアルラウネがわたくしに聞きたいコトがあるのであれば答えますし、逆に質問して良いのであれば色々聞かせてもらいたいですわね」


「あら、私に質問があるのですか?」


「ええまあ、どうしてヴィレム薬剤師のパートナーになったのか、とか」


「ふぅん」



 フルーツアルラウネは目を細め、とても楽しそうに微笑んだ。



「私はね、エメラルドなら知っていると思いますけれど、大事に世話をされるコトでこうして実が生るのです」



 そう言って彼女は蔦のような髪を撫で、生っている実に触れた。



「ええ、知っていますわ」


「……なら、私の世話の面倒臭さも?」


「あーと……その、図鑑で読んだくらいですけれど」


「ウフフ、ならその通りよ」



 フルーツアルラウネはコロコロと笑った。

 そう、フルーツアルラウネは基本的に野生下でも生きられるのだが、その髪に生っているあらゆる薬になるという実は適切な世話をしないコトには生らないのだ。


 ……そしてその世話がまた大変なんですのよね。


 彼女は週に一度、ワイングレープの実が生る。

 その当日にその実から搾った果汁を溶かした風呂を用意し、その風呂に入れて汚れを落とさせる必要があるのだ。


 ……だからなのかフルーツアルラウネはいつもブドウ系の香りを纏っていますけれど。


 そして紅白の布を纏わせて箱に入れて、新月の日には布を変えて、と結構キチンと世話をしなくてはいけない。

 だがそうするコトで彼女はその髪に実をつけるし、その実の扱い方も教えてくれるのだと本には書かれていた。


 ……でも、実をつけたからと全部収穫すると弱って死んでしまうコトもあるとも書かれてましたわね。


 更に種族的に気まぐれで楽しいのが好きな性格というコトもあり、フルーツアルラウネの世話を全うした上で気に入られるヒトは中々居ない。



「彼……ヴィレムはね?毎日私のトコロに来たのです。毎日私に会いに来て、生ると言われる実で新しい薬を作りたい、と」



 ウフフ、と再びフルーツアルラウネが笑う。



「最近は混血が増えて、普通の薬が効かなくて困っているヒトも居るから、と……とても真剣な目で言っていたわ」



 当時を思い出すようにそう話すフルーツアルラウネの目は、優しい色を灯していた。



「それまでの間にヴィレムが真面目を通り越して生真面目だというコトは理解出来ていましたから、私を満足させるような世話が出来るのであれば、とパートナーになったのですよ」


「成る程……」


「思った通り、世話は完璧でした。まるで玄人の執事のように」



 そう言って、フルーツアルラウネは自分の手で自分の腕をスルリと撫でる。



「ただ、完璧ですけれど一つだけ。私が退屈している時に構ってくださらないのはいただけないわ。ソコだけは減点ね」


「でも他は?」


「……ソレ以外は、完璧なのです。本当にソレ以外は」



 フルーツアルラウネは、ふぅ、と残念そうに溜め息を吐いた。



「だってそうでしょう?私に対する対応や世話は完璧だというのに、私が退屈している時は構ってくださらないんですもの。薬の元となる実を、そしてソレを扱う為の知識を授けているのは私ですのに、その私よりも研究を優先するのですから」


「んー……つまり、フルーツアルラウネはヴィレム薬剤師に研究より優先してもらいたいってコトですの?」


「優先してもらいたいのではなく、こちらを優先するのが当然なのでは?と思いますわ。だって私がパートナーなのですから、私を他のナニよりも優先するのは当たり前のコトでしょう?」


「ふむ」



 当然かと言われると相手にも相手の目的とか事情があると思うのでと答えそうになるが、その返答を求めているワケでは無いのはわかる。



「ヴィレム薬剤師は生真面目な性格だから主張さえすれば構ってくれるようになるんじゃありませんの?」


「主張する前に察するモノでしょう?こういうのは」


「あー」



 フルーツアルラウネは察してタイプか。

 ヴィレム薬剤師のような生真面目かつクールな性格のヒトは言葉にしないとわかってくれなさそうなので、察してというのは結構な無理難題に思える。


 ……生真面目だからこそ、間違っていた場合が怖いから気付いてもスルーしがちなコトも多そうですし。


 あのヒトに怖いという感情があるのかはさておき、友人の中の生真面目ンバーは大体そんな感じだ。



「ソレにヴィレムってば、私がそう言っても「必要性を感じぬ」と言って無視するのですよ?」


「あ、主張はちゃんとしてたんですのね?」


「ええ、とっくに。でも彼ったら、必要不可欠な世話の中に入っていないのならやる必要性は無いだろうって」


「うーん……」



 ……ソレならつまり、必要不可欠だと判断すれば良いってコトかもしれませんわね。



「構ってもらうのは自分にとって必要なコトだと主張する、もしくは少しの言葉で良いし適当な相槌でも良いから欲しいと言うとか……でしょうか」


「適当な相槌はイヤよ?」


「ならもう構ってもらうのは必要不可欠だと主張するのが良いと思いますわ。多少の妥協はされるかもしれませんけれど、ヴィレム薬剤師は真面目な分その辺しっかりと考えてくれそうですし」


「私自身は自分をそうだと認識したコトは無いが」



 ガラリと扉を開けてそう言いつつ、ヴィレム薬剤師が戻ってきた。



「……いつから聞いていたのかしら」


「距離や歩幅、耳の内部の神経達の動きからするとわたくしが「ヴィレム薬剤師は真面目な分」と言った辺りからだと思いますわ」


「異論も出来ぬ程その通りだが、エメラルドの視界はこちらに背を向けたままでソコまで()えるのか」


「まあ、死角じゃなければそのくらいは」



 流石に大人数全員をそのレベルで把握するコトは不可能だが、ヴィレム薬剤師が戻ってきているのに気付いて注視していればそのくらいは()える。



「というか、カルラ第一保険医とアドヴィッグ保険医助手は連れてこなかったんですの?」


「アドヴィッグはローザリンデと話し中、カルラは今日は無理だと言って寝込んだ。エメラルドの診断は改めて明日にするそうだ」


「あー、昨日の夜遅くまでカルラ第一保険医の部屋の掃除してましたものね、カースタトゥー。了解ですわ」



 カルラ第一保険医の意識が眠っている間に肉体を使って掃除をした結果、肉体の疲労回復が追い付かなかったのだろう。

 こういったコトは時々あるので慣れている。





 コレはその後の話になるが、フルーツアルラウネはあの後自分が立ち去ってから、構ってもらうのは必要不可欠だと主張したらしい。



「今まで特に構わずとも問題は発生していないコトから、必要性は無いと思うが」



 もっとも、ヴィレム薬剤師はスパッとクールにそう返したそうだが。



「ああ 玉を転がすような

 ああ 鈴が鳴るよな声が

 ああ 鳥の囀りのような

 ああ どう言えば伝わるのだろう」



 診断前に一服してくるとカルラ第一保険医が席を外し、アドヴィッグ保険医助手は魔眼用の目隠しを作らないといけないからと最初から不在だった。



「美しい歌声の彼女

 話しかけたいが勇気が出ない

 どうにか話しかけたいが

 どう声を掛ければ良いんだ」



 その為ヴィレム薬剤師がテーブルに向かってペンを走らせ、退屈からか歌っているフルーツアルラウネの歌声が響く保健室内で大人しく待機しているのが現状だ。



「彼女の声はとても美しく

 オルゴールよりも心安らぎ

 川のせせらぎよりも落ち着く

 ナニより素敵な声なんだ」



 歌いながら、フルーツアルラウネは自分を見ろと言いたげにヴィレム薬剤師をじっと見つめている。



「アナタに声を掛けたいよ

 大好きだって伝えたいんだ

 アナタのその歌声に

 心救われたんだって」



 一方のヴィレム薬剤師はその視線を完全に無視し、ガリガリと紙にペンを走らせていた。



「かつては心が落ち込んでいて

 全てが灰色に見えていた

 暗闇しかない世界の中で

 アナタの歌声聞こえたんだ」



 耳の神経の動きからすると歌は一応聞いているようだが、ヴィレム薬剤師は今書いている新しい薬の調合法に集中しているらしい。



「アナタに声を掛けたいよ

 ありがとうって伝えたいんだ

 アナタのお陰で生きているって

 とにかく感謝を伝えたい」



 ……ソレにしても、相変わらず……というか、前より上手な歌声ですわね。



「ああ 玉を転がすような

 ああ 鈴が鳴るよな声が

 ああ 鳥の囀りのような

 ああ どう言えば伝わるのだろう」



 本魔からすると退屈な時の暇潰しとして歌っているらしいので、聞く度に上達しているというのは誉め言葉にならないだろうが。



「悩んでいたら音がして

 振り向いたらアナタが居たんだ

 顔を赤くしたアナタは俯いて

 小さく言った こちらこそ」



 この曲で歌っていた女の子の方は褒められたのが初めてだった為とても嬉しく、だからこそのラストだ。

 あの「こちらこそ」には、お礼を言うなら自分だってそんなに褒めてもらえて、こちらこそありがとう、という意味がこもっているらしい。


 ……この歌、作詞したヒトの実話だって話ですものね。


 ちなみにその後付き合って現在は夫婦になっているらしく、この歌は結婚記念日に作られた曲だそうだ。

 所属している劇団で歌われたコトがあるからと、ララがその辺りを教えてくれた。



「……次はナニを歌いましょうか」



 歌い終わったフルーツアルラウネは、尚もペンを走らせているヴィレム薬剤師をモノ言いたげに見つめながらそう呟く。

 すると、今までまったく止まらなかったペンの音が止まり、ヴィレム薬剤師は顔を上げてフルーツアルラウネを見た。



「フルーツアルラウネ、汝は相変わらず美しい歌声をしているな」


「……ハ?」


「伸びやかな歌声で好ましいと思う」


「……あら、そう?今まで結構頻繁に歌っていたと思うのですが、そのように言ってくださるのは初めてですわね?」



 フルーツアルラウネは笑みを浮かべているし、褒められて嬉しそうにも()えるのだが、ソレ以上に「今までナニも言ってこなかったのにいきなりどういう風の吹き回しなのか」という圧が強い。

 しかしヴィレム薬剤師は、そんな圧に気付いていないとでもいうように口を開く。



「ああ、思ってはいたが必要性が無いと判断して口にはしていなかった」


「ハ」


「だが先日汝に出来るだけ構うようにと言われたのでな」



 いきなりの直球過ぎる言葉の連続にフルーツアルラウネが動揺で口をパクパクさせているにも関わらず、ヴィレム薬剤師は続ける。



「私はそういった感情的部分の駆け引きが得意では無いのでフルーツアルラウネが望むような接し方が出来ぬだろうが、パートナーの望みだ。

言葉にするのが苦手だからと世話にじっくりと時間を掛けていたが、コレからは出来るだけソレに加えて気持ちを口にするよう心掛けようと思っている……が、汝の望みには一致しているだろうか」


「…………」



 顔を赤くしたフルーツアルラウネは無言のまま両手で顔を覆い、大きく息を吸った。



「どうして中間が無いのですかアナタは!」



 その声はまるで魂の叫びのようで、自分はソファに座りながら空気と一体化しつつ、カルラ第一保険医に早く戻ってきてほしいと天に祈った。




ヴィレム

かなりクールで合理的かつ生真面目な性格であり、言動は冷たいのにめちゃくちゃしっかり面倒を見てくれる。

フルーツアルラウネの性格が気まぐれなのもあって実は世話を外注するという手段もあるのだが、そうせずに満足させるだけの世話を自分一人でしっかりとやり切っている辺り、結構ちゃんとフルーツアルラウネのコトを愛している。


フルーツアルラウネ

気まぐれで楽しいコトが好きで退屈が嫌いで飽きっぽくて面倒臭いという自分の性格を種族皆が理解しているが変える気は一切無いという魔物。

世話を外注するという手段があるのは知っているしその上でヴィレムが一人で世話をしてくれているのもわかっているが、生真面目な分神経質で他人に任せたくないのでしょう、と思っている。


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