2 東の者
ブラウペルレ港は朝からたいへんにぎやかであった。
朝の漁業を営むものたちは魚を得て港へ戻ってくる。
町に入ると新鮮があちこちで売りさばかれていた。
魚料理店も豊富であり良い香りについ頬がとろけそうになってしまう。
それをクラウディオに指摘されては椿は顔を真っ赤にした。
頬を染め後ろへ下がろうとすると、とんと男の胸があたり椿は慌てて振り返った。
「すみません」
ぶつかった相手、ヴィルヘルムに謝る。
「人通りが多いんだ。気を付けろ」
ヴィルヘルムはただ注意しながら、人の多さ、賑わいをみてため息をもらす。
「全く。こんなところで迷子になられては敵わない。馬車で来ればよかっただろう」
「そうはいかないよ。店まで馬車で行こうとしても狭くて進めないよ」
狭い道が多いのだとクラウディオは言った。
「それに滅多にみない町の光景を楽しむのも良いじゃん」
あまり騒々しいのを好まないヴィルヘルムはむすりと口を結んだ。
「あの、よろしかったのでしょうか」
椿は申し訳なさそうにヴィルヘルムに伺った。
何がと聞くと椿は眉を寄せて答えた。
「私たちにお付き合いしてくださって……」
確か仕事も兼ねてやってきていた。
「時間が来るまで別荘でゆっくりしてもよかったのでは……」
自分を気遣う言葉にヴィルヘルムは何度目になるかわからないため息をついた。
「気にするな。それにまた迷子になられたら困る」
自分の為に時間を割いてくれるヴィルヘルムに椿は俯いた。
「クラウディオが信用できないだけだ」
「なにおー。ちゃんと手をつなぐから大丈夫だよ」
むすりと頬を膨らませたクラウディオはぎゅっと椿の手を握って前に進んだ。
店は大通りから小さな小道に入ってすぐにある場所であった。
紅い傘が置かれ、提灯と呼ばれるものが小道を飾り立てる。
中に入ってみると青を基調にした異民族の衣装を着た黒髪の男が椅子に座って煙管をふかしていた。
客人をちらりとみてこれは珍しいと驚いた表情を浮かべた。
「ここで東海人に出会うとは」
にこりと微笑んで椿の方へ近づく。
ヴィルヘルムが止めようとするが男はするりとすり抜けて椿の目の前までやってきた。
「私はシェートン。君は名前は何というのかな、美しき人」
「あの、私……」
椿は目の前に顔を赤くして後退した。
その手をとろうとシェートンは腕を伸ばすが、その前をヴィルヘルムが遮った。
「すまない。彼女は人見知りが激しいんだ」
「おや、……」
ようやくヴィルヘルムの存在に気づいたシェートンは目をぱちくりとさせた。
しばらく考えこみここは名乗った方がよいと判断した。
「失礼。私は貿易商を生業とし、この店舗の主のシェートンと申します」
「ヴィルヘルム・エーデルシュタインだ」
その名を聞きシェートンはほほうと驚きの声をあげた。
「これは、名家の旦那さまがわざわざこの店に訪れてくれるとは恐悦至極です」
恭しく頭を下げ礼をつくす。
異国人のシェートンでもこのベルランド帝国の名だたる貴族の名前は把握しているようである。
シェートンはちらりと傍にいるクラウディオに視線を移すと、応えるようにクラウディオが自己紹介を始めた。
「俺はその友人のクラウディオ・ベルモンドだよ」
「これはこれは」
シェートンは再度礼をした。
「そしてそちらのご令嬢は? あなた方のお連れさまのようですが」
「彼女は椿。叔母の縁で留学中の客人だ」
ヴィルヘルムがそう簡単に説明すると椿は頭を下げた。
「椿……東金の者ですね」
シェートンの言葉にヴィルヘルムは驚いたように目を開いた。
「音でわかります。少しだけですが、東金に商いで滞在したことがありまして」
わずかであるが、東金の言葉は知っているとのことである。
椿はふと棚に飾られている扇子に惹かれた。
話の途中であるのについそちらへ目が向いてしまう。
「ここは東金の品物も置いています。懐かしいでしょう」
シェートンが棚からいくつかの扇子を取り出し椿に見せた。
「あ、ありがとうございます」
椿は扇子をとりだしそれを見つめた。
「お花の絵だね」
後ろからクラウディオが覗き込んで、扇子の絵柄に興味を示した。
「はい。菊の絵です。こちらは桜で」
椿はひとつひとつの絵柄を説明していく。
「これは女性用の扇子です。これで殿方と話す時は、顔を隠します」
「顔を隠すのかい?」
西海の夫人も扇子を使うが、用途が微妙に異なる。
「はい。成人女性は夫以外の殿方に顔を見せてはいけませんので……こう顔を隠すんです」
扇子を広げ、それで椿は自身の顔を隠した。
しばらくそれを見つめたクラウディオはそっと扇子をずらし椿の方をじっと見つめた。
「東海の婦人は固いんだね。でも、こうして椿の顔をみないと不安になっちゃうなぁ」
満面の笑顔で言うクラウディオに椿は顔を赤くした。
奥の方の丸型の陶器製のテーブルに案内されたヴィルヘルムはそこでお茶をごちそうになっていた。
お茶を淹れるシェートンはじっと椿たちを見つめた。
「仲がよいのですね。二人は恋仲ですか?」
「違うと思うが」
確かに二人の姿は一見仲睦まじい男女にみえるだろう。
だが、クラウディオは女性に対してはいつもあんな感じである。
「では、あなたと」
「いや、違う」
何故そのようなことを聞かれるのかヴィルヘルムには理解できなかった。
「失礼しました。先ほど、ひどく大事になさっている様子と思いましたので」
先ほどというのは初対面の際シェートンが椿に近づくとヴィルヘルムが守るように前に出たときのことだ。
「まるで自分の所有物を守ろうとしているようにもみえました」
その言葉にヴィルヘルムはじろりとシェートンを見つめた。
先ほどまで見られた笑顔がシェートンから消えていた。
その視線には軽蔑の感情がみえていた。




