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【完結】貧乏令嬢は鑑定したい  作者: ましろゆきな


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第一話:オタク令嬢とサボり王子

「見ぃつけたぁぁぁーっ!!」


 王宮の裏庭に、私の絶叫が響き渡った。


 ドレスの裾? もう泥まみれだ。髪の毛? 枝が絡まって鳥の巣みたいになっているだろう。 でも、そんなことは些細な問題だ。 私の手の中にある、このスコップの先には……ずっと探し求めていた鉱脈の兆候があるのだから!


「ふふ、ふふふ……これさえあれば、明日のパン代どころか、新しい顕微鏡が買うのも夢じゃない……」


 貧乏伯爵令嬢である私が、優雅なティーパーティーを抜け出し、ハイエナのように庭を掘り返していたその時。


「……おい。うるさいぞ」


 頭上から、不機嫌極まりない低音が降ってきた。 ビクリと震えて顔を上げると――そこには、木陰で昼寝を邪魔されたらしい青年が立っていた。


 不機嫌そうに細められた、その瞳。 木漏れ日を受けて輝く、深い深い緑色。


(――嘘、なにこれ)


 私は息を呑んだ。 ただの緑じゃない。最高級のエメラルドよりも深く、ペリドットよりも鮮烈な輝き。 まさか、この国を統べる王族の証……魔力の源とも言われる伝説の『宝石眼(ジェム・アイ)』!?


「……あれ? あわわ、申し訳ありません、庭師の方かと思って……」


 青年が何か言おうとしたが、私の耳には入らなかった。 私は泥だらけの手で、思わず彼の顔を掴んで引き寄せていたのだ。


「すっごい……! この透明度(クラリティ)、内包物(インクルージョン)ゼロじゃない! 天然でこれはありえないわ!」


「は……?」


 及び腰になる彼の眼が泳ぐ。ああ、そんな風に視線を逸らさないで! 私にこの奇跡をしっかり目に焼き付けさせて!


 現実は小説を上回る。今まで見たどんな宝石たちよりも美しくて素晴らしいわ!


「他人の顔を掴んで、天然だの標本だの……変な女だな」


 警戒心を露わにして、冷静になろうと努めているみたいだった。


 顔を隠すようにして、じわじわ私との距離を開けようとする。


「あ、逃げないで! 光源を変えたいんです! 角度を変えて日陰に入るとどう色が変化するのか、協力してくださったら、お礼に新しい鉱石……じゃなくて、王宮の庭師に聞くべきこの庭の土壌の秘密を教えます!」


 彼は疲れたようにため息をつき、「もういい。どうせ、僕の目を見た者は、誰も僕を普通の人間として見ない」と自嘲気味に呟く。


「え? 当たり前じゃないですか! だって貴方の瞳は、この世界に二つとない奇跡の結晶なんですよ!」


「……はぁっ、君も他の子達と同じか」


 盛大に溜息をつかれた。どうやら、彼のコンプレックスを無自覚に刺激してしまったみたい。


「そんなに王子ってステータスが大事なの? 誰も僕のことなんて見てないんだ」


「何言ってるんですか? 貴方の瞳だから素敵なんじゃないですか? ご自分の価値を全くわかっていらっしゃらないんですね!?」


「へ? ――なんで逆ギレ?」


 アレクセイは目を丸くした。怒っているのはこちらのほうだろう。宝石のように精巧なその目には、確かに困惑と警戒が入り混じっていた。


「逆ギレ? 違います! これは糾弾です!」


 リリアはスコップを放り投げると、泥だらけの拳を震わせた。


「いいですか、殿下! 貴方の瞳の『色が定まらない』という性質こそが、どれほど奇跡的なのか、ご存知ないのですか!?」


 彼女は一歩踏み出し、今度は彼の顔を掴まず、胸元に指を突きつける。


「普通の宝石は、含まれる微量の不純物によって色が決まります。そして、そのまま固定される。ですが、貴方の瞳は――おそらく、クロムという要素が完璧なバランスで作用し、光のスペクトルと見事に調和している!」


 リリアは瞳を潤ませ、まるで神話でも語るかのように熱弁する。


「昼の太陽光の下で緑色。夜の蝋燭の下で赤紫色。この劇的な色の反転現象《カラーチェンジ・エフェクト》こそが、アレキサンドライトを『皇帝の宝石』たらしめているのです!」


 彼女は声を張り上げた。


「誰もが羨む無色透明のダイヤモンドの輝きが『王道の美』だとしたら、貴方の瞳の輝きは『奇跡の浪漫』です! 安定しない? 違います! 変わり続けることこそが、貴方の価値であり、他のどの宝石眼の王子にもない、唯一無二の最高の美なんです!」


 そして、顔を真っ赤にして締めくくった。


「それを『誰も見てくれない』だなんて……宝石を冒涜しています! 鑑定士(わたし)から見たら、貴方は最高額の札をつけたくなる、歩く国宝ですわ!」


 アレクセイは、口を半開きにしたまま、呆然と固まった。


(……歩く、国宝?)


 今まで、彼の瞳の色について語る女性は腐るほどいたが、「ロマン」や「冒涜」という単語を持ち出されたのは初めてだった。しかも、その評価は恋愛感情ゼロ。ただ純粋に、彼を"最高級の石"として断定している。


 しばらくの沈黙の後、彼は疲れ切った顔で、力なくため息をついた。


「……はぁ。わかった、わかったよ。君が変人だってことは、よーくわかった」


 アレクセイは立ち上がると、土だらけのリリアから距離を取る。


「僕の宝石眼(ジャム・アイ)が奇跡の結晶で、歩く国宝だという話は、とりあえず夜の舞踏会が終わるまで胸にしまっておいてくれないか?……まさか、こんなところで変な女に絡まれるなんて、ついてない」


 彼はそう言い残すと、背を向けて優雅に立ち去ろうとする。


「あ、お待ちください! 変な女じゃなくてアメジスト伯爵の娘リリアです! そして夜の舞踏会って、もしかして今夜の!?」


 彼は振り返らず、手をひらひらと振った。


「……どうでもいい。まあ、その泥だらけの格好で来る勇気があるなら、来ればいいさ。二度と昼寝できないような大声を出されるよりはマシだ」


 そして、アレクセイは茂みの奥へと消えていった。


 リリアは残されたスコップと、泥だらけのドレス、そして胸の高鳴りを押さえながら、呟いた。


「すごい……! 王子というステータスではなく、宝石そのものに興味を示す人間がいない世界……。夜の舞踏会で、あの瞳が赤紫色に変わるのを見たら、きっと私は死んでしまうかもしれないわ!」


 リリアの頭の中は、今夜の豪華絢爛なディナーでも、貧乏な家の研究費でもなく、『アレキサンドライトの変色効果』のことでいっぱいだった。

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