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162話 初仕事

「おー。ここがあちしたちの家か! 本当に住んでいいノダ? 追い出されたりしないノダ?」


 教会にも似た元孤児院の建物を前にして、ハミが何度も確認してくる。


「うん。正式に契約は済ませたから。雨漏りとか、壁の壊れた部分とかの細かな修繕はまだだし、色々不便な所もあるとは思うけど――」


「おーっ! 広いな! ベッドだ! ベッドがあるゾ! これも使っていいノダな? な!?」


 中を覗いたハミは、備え付けの埃まみれの粗末な二段ベッドを見つけ、嬉しそうにダイブする。


 他の子たちも、ボロさは特に気にならないようで、早速思い思いの場所に腰を落ち着けていく。


「……大丈夫みたいだね」


 僕は安堵の呟きを漏らす。


 この物件が彼女たちに合うか分からないので、とりあえずは賃貸契約にしてあるが、このまましばらく様子を見て、問題がなければ買い取っても良いだろう。


「ん? なんか言ったか? 早速仕事の話か?」


「そうだね。仕事はしなくちゃいけないけど、まずはその前の下準備といったところかな」


 それから僕は二週間ぐらいかけて、ハミたちがマニスで生活するための基盤を整えた。


 最初の二日は、主だった三人に近所や関係者に挨拶回りをさせたり、冒険者ギルドに登録を済ませたりすることに費やした。


 さらに五日かけ、テルマからマニスでの諸々の常識を、ナージャからは商売をするにあたっての、簡単な帳簿の付け方(正式な簿記ではなく、お小遣い帳程度の物だが)や諸注意(よくある詐欺や、贋金の見分け方など)を、それぞれレクチャーをしてもらった。


 ハミ自身はその辺りの細かな数字のやりとりは苦手そうだったが、幸い年長者の内の残りの二人は、適性があるようだったので、そちらに重点的に教え込んだ。


 そして、残りの一週間で、ダンジョンに潜るための諸々の装備を揃えたり、そこに出現するモンスターの習性を学習させたり、戦闘訓練――とはいえないまでも、現場での立ち振る舞いの基礎を教えたりする。


 ここら辺は、厳しい環境で生き抜いてきたハミたちなので、飲み込みは早かった。


 そもそも、彼女たちがダンジョンで成すべきことは、戦闘というよりは、他の冒険者が倒して放置したモンスターの死体を見つけ、解呪することだ。


 その場合、直接モンスターと闘うよりは、なるべく敵に見つからず、消耗を少なくして長くダンジョンに潜れるようにした方が効率的なのである。


 そういった意味では、今まで彼女たちが稼業にしてきた、窃盗団の動きとも親和性が高く、あまり訓練をつける必要はなかった。


 そして、準備が整った十五日目の朝。


 僕たちは満を持して、ダンジョンへと繰り出す。


 メンバーは、僕のパーティメンバーと、ハミに加え、年長組のもう一人――ヤムも参加している。


 ちなみに、残りの年長組――ニィというが――は、幼年組の世話役として、元孤児院で留守番している。


「おう! 『女殺』! 今度は幼女を落としたのか! この変態が!」


「いえ。僕の子どもです」


「なにィ! いつの間に仕込んでやがったんだ! こんちくしょう!」


「嘘です」


ダンジョンの入り口の前で、顔見知りの冒険者たちと挨拶代わりの軽口を交わす。


 ハミたちに対する差別的な言動は特には聞えてこない。


 知り合いには大体事情を説明してあるし、事情を知らない者は、今は装備でハミたちの魔族らしい特徴は全て隠れているので、彼女たちがハグレ者だとは外見では判別できないからだろう。


 ハミとヤムは、基本的にレンと同じような動き易さを重視した軽装をしているが、ハミの額の目は、忍者風のハチガネで覆われているし、ヤムの尻尾は服の下に隠されている。


「おー、いよいよか。なんかドキドキするゾ! な。ヤム」


 ハミが興奮を隠し切れないように、周囲に視線を走らせる。


 僕も初めてダンジョンに臨んだ時の高揚感を思い出して、何だか胸が熱くなった。


「だめデス。ハミ。リョウシュサマたちから、キョロキョロすると初心者だとバレて危ないと教わりまシタ」


 ヤムと呼ばれた少女がたしなめるように言った。


 食料事情が改善したからか、二人とも初めて会った時に比べ、肌の色艶が格段に良くなっていた。


「では、教えた通りにやってごらんなさい」


 ナージャがハミの背中に声をかける。


「わかったゾ! 降りるノダー!」


 ハミがダンジョンへと繋がる穴へ、そう呼びかける。


 返事がないことを確認してから、縄梯子に手をかけた。


 その後に続いて、ヤムが降りていく。


 ハグレ者の特性が、二人とも夜目が効くので、松明などの光源は必要ない。


 しかも、彼女たちは素で、罠やモンスターを探知する力も備えている。


 もちろん、ナージャやレンのスキルに比べると児戯に等しいレベルだが、僕たちのように前衛や後衛などの分担をしなくても良く、低層なら十分に独力でダンジョンを探索できる能力があるのは、間違いなく彼女たちの強みだろう。


 しかも、ダンジョンは魔族サイドが本領を発揮するフィールドのため、ハグレ者の彼女たちも、半分とはいえその恩恵を受けられる。


 なので、地上よりもむしろダンジョンの方が、彼女たちにとっては有利なくらいかもしれない。


「じゃあ、ウチらも行く?」


 しばらく待ってから、リロエが呟いた。


「そうだね。久々のダンジョンだから、無理せずにゆっくり行こう」


「では、露払いは吾が」


「今、光をつけますね」


「――刃は輝いている」


 僕たちもいつものように連携し、ダンジョンへと足を伸ばした。


「……一応、ハミたちの所に顔を出していいかな? やっぱり気になっちゃって」


 もうすでに何度か、解呪は試してその実効性を確認してはいるが、今日は、ハミたちが自分たちだけでやる初仕事となる。


 一応、最終確認をしておきたい。


「まあ構いませんけど。ダーリンは甘すぎますわよ。時には、突き放して差し上げることも優しさですわ」


 ナージャが、半ば呆れたように言う。


「いやいや。そこがタクマさんのいい所じゃないですかー」


 ミリアがにこにこ顔で、僕を擁護してくれた。


 ナージャのスキルの誘導に従って、ハミたちを追う。


 やがてその姿を見つけた僕たちは、遠巻きに彼女たちを見守った。


 ハミが、ビッグマッシュルームの死体の上に、呪われた短剣を載せる。シャーレ――ミルト商会から預かった品だ。


 そのままハミは瞳を閉じて、なにやら祈りを捧げ始めた。


 その近くでは、無防備になったハミの背中を、ヤムが警戒している。


 やがて、ハミが瞳を開けて、短剣を取り上げる。


「どう。仕事は順調?」


 頃合いを見計らって、僕は二人に声をかける。


「おー! 今、二本目ができたゾ! でもなー。やっぱりなー キノコはなー、『苦しみ』はあるけど、『怒り』はないからなー。『怒り』を持ってるコウモリの死体を見つけるのが大変なノダ! もうちょっといい死体が欲しいゾ! ウサギかカエルの死体でもあれば一発で解けるのニナ! 早く下に行きたゾ!」


 ハミが嬉しそうに、でも少しじれったそうに、短剣を見せつけてくる。


 『呪術』の原理を未だ僕はよく把握していないのだが、ハミたちの話を総合すると、呪いというものは負の感情という材料を組み合わせて作ったウィルスのようなものらしい。


 より高度な呪いを解くには、より複雑な感情の残った死体が必要ということらしく、ほとんど感情を持たず、単純な植物に近いビッグマッシュルームでは不足なのだろう。


 ダンジョンのモンスターは、一般に深くなればなるほど、狡猾に――つまり、知能が高くなる傾向にある。


 知能が高い生き物ほど、複雑な感情を有するという訳で、高度な呪いを解くには、より深層のモンスターの死体が必要になるという理屈らしい。


「危ないのは、だめデス。今日は、1階マデの約束デス。わたしたちが死んだら、チビたちもお腹ペコペコで死にマス」


 ヤムが冷静に言った。


 大胆なハミと、慎重なヤムでバランスが取れているので、このコンビはきっと上手くいくだろう。


「うんうん。安全第一でね。じゃあ、僕たちはもう少し深層に向かうよ。見えないと思うけど、一応、風の精霊をつけておくから、万が一の時は助けを呼んでね」


「分かったノダ!」


「頑張ってくだサイ」


 僕の言葉に、二人が頷く。


 ナージャの言う通り、あまり過干渉になりすぎるのも良くない。


 僕はそれ以上あれこれ言わず、早々にその場から立ち去った。


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