163話 現状確認
「これで41階層も攻略ですわね。一応、新記録ですわ」
下層へと続く階段が偽物でないかどうか丁寧に調べてから、ナージャがぽつりと呟いた。
「主。進むか。退くか。いかがいたしまするか」
レンが周囲を警戒しつつ、僕の顔を窺った。
「――血が血を呼ぶ」
スノーがまだ戦い足りなそうに、大剣についた汚れを荒々しく足でこそげ落す。
「みんな調子いいみたいだし、ガンガン行っちゃえば?」
リロエが階段の下を覗き込んで、気楽な調子で呟いた。
「でも、そもそも今回は久しぶりのダンジョンということで、肩慣らしの予定でしたし……」
ミリアが慎重に呟く。
「そうだね。ミリアの言う通り、今回はここまでにしておこう。まだまだ余裕があるとはいえ、想定のペースより物資の消費量が多いし。ハミたちに安全第一って偉そうに言っておきながら、僕たちが危険なことをしてたらしゃれにならないよ」
僕はきっぱりとそう決断した。
「ふーん。ま、ウチにはいくらでも時間があるからいいんだけどさ。あんたたちは年取るのが早いんだから、うかうかしてると、すぐにおじいちゃんとおばあちゃんになってボケちゃうわよ」
「そしたら、リロエに介護してもらおうかな」
冗談めかして言うリロエに、僕は軽口を返す。
リロエの言う通り、スノーという新戦力が加入した割には、ダンジョンの攻略階数は頭打ちであることは事実だ。攻略がマンネリ化して、成長が止まってしまうことを危惧する気持ちも分かる。
しかし、現時点においては、僕たちのパーティの力は、確実に底上げされているので、そこら辺は心配していない。
スノーはレベル43。レンはついにレベル40の大台を突破したし、ナージャも37で、今年中には40代に達しそうな勢いだ。
リロエは相変わらず、精霊に依存する所が大きいが、パーティの連携にも慣れてきたせいか、平均すれば、レベル30代後半くらいの実力は余裕で出せるようになっている。
中でも、ミリアは彼女のレベルに比べると、かなり深く潜っているために成長が著しく、すでにレベル28まで達している。ミリアはいくつかの新たな状態異常を治療するスキルに加え、最近では、『ヒールホール』という、複数人の傷を同時に癒すスキルも覚えた。もはや、誰も彼女のヒーラーとしての技量を馬鹿にできる者はいない。
「あなたっ! ワしゃクシのお金をどこにやりましゅたのっ! 返して! 返してくださいまし!」
「ガチっぽいからやめなさいよ! あんたって、絵に描いたような強欲いじわるばあさんになりそうで怖いわ……」
老人の声真似をしてからかうナージャに、リロエが顔をしかめた。
「タクマさん! エルフほどじゃないですけど、ドワーフも寿命が長いですから、老後のことは安心してくださいね。神殿では、奉仕活動の一環として介護の訓練も受けてますから、もし将来タクマさんが認知症になってしまっても、下のお世話もばっちりです!」
「うん。そう言ってもらえるのは嬉しいけど、なるべく迷惑をかけないようにしたいな。ボケを防止するポーションとか売ってないのかな……」
にこやかに張り切るミリアに、僕は苦笑した。
何気ない会話を通じて、適度に緊張を緩め、精神のバランスを取りながら、僕たちは帰路につく。
何度かの野営を繰り返し、20階層くらいまで戻ってきたその時――
『あっ』
風の精霊が、何かに気付いたように天井へと張り付く。
「どうかした?」
『フタバの奴が来るよ。あー、でも、あいつ弱っちいから、ここにくるまで、もうちょっと時間がかかるかな』
僕の風の精霊が、ハミたちの護衛につけていた、別の風の精霊の名を呼ぶ。
「ハミたちに何かあったのかな……。ちょっと行って聞いてきてくれる?」
『はいよー』
僕がそうお願いすると、風の精霊が上階に消えていく。
「――みんな。ごめん。ちょっと休憩しよう」
僕は仲間たちにそう呼びかけ、足を止めてもらう。
数分も経たない内に、風の精霊が戻ってきた。
『ただいまー。フタバの奴の話だと、大したことなかったよ。誰も死んでないって』
「いや、それだと、おおざっぱすぎて分からないから。もうちょっと詳細をお願い」
僕はダンジョン攻略に支障がない程度のマナを出して、風の精霊にお礼を与えつつ、先を促した。
『んー。なんか、あの半魔の子たちのピカピカした小石――キミたちの言い方だと――そうそう。カネだ。それをこっそり持って行くイタズラをした人間がいて、気付いた三つ目の子が追いかけたんだって。何とか追いついたんだけど、怒った人間が刃物を持ち出しちゃってさ。フタバの奴が止めようとちょっとしたカマイタチを起こしたって訳。あっ。でも、キミがなるべく殺すなって言うから、あいつなりに頑張ったみたいだよ。イタズラした人間はざっくりズバっと切られて、血をダラダラさせながら、逃げたってさ。ついでに半魔の子もカマイタチに触れてちょっぴり切れてケガしちゃったみたいだね』
風の精霊が、夢中でマナに集りながら呟く。
「それかなり大したことあるよね……」
風の精霊基準だと、窃盗はイタズラで済むらしい。まあ、彼らはかなりダイナミックな基準でヒトを捉えているので、生き死に以外は大したことない問題なのかもしれないが。
「そうなの? まあ、ともかく、そんなこんなで、フタバの奴は、これからどうしたらいいか、キミに聞きに来たみたいだね。キミがフタバに一番大事なこととして頼んだのは、半魔の子たちを『守る』ことだけどさ。一応、人間の住んでる所は分かってるから、半魔の子を傷つけようとした人間を殺せば、それ以上怪我をすることはないから、『守った』ことになるのかな? でも、それだとキミの『殺すな』ってお願いを守れなくなっちゃうから、あいつはあいつで困ってるみたいでさ」
風の精霊は、後輩をフォローする先輩のような口調で語る。
「……とりあえず、僕たちが戻るまで、ハミたちの周囲で警護してて。もしその間に、向こうが攻撃を仕掛けてきたら、生死を問わず、躊躇なく反撃していい。でも、こっちから相手の住居に行って殺すのはダメだ。そう伝えてくれる?」
僕は、数秒の思考の後、風の精霊に告げる。
ハミたちから金を盗んだ犯人が、個人なのか、それとも組織なのか、現時点では判断がつかない。
もし組織なら、下手にこちらから向こうに実力行使すると、報復でハミたちが危ない目に遭う可能性も捨てきれなかった。
風の精霊はもちろん強いが、ハグレ者の子たちは人数が多いので、もし多人数の襲撃を受けての乱戦になれば、全員を同時に守り切るのは中々難しいだろう。
「んー。説明するのめんどくさいなあ。ボクはキミの言っていることが分かるけど、みんながみんな、ボクみたいにデキる奴ばかりじゃないんだよ?」
風の精霊が何かを期待するように僕をチラチラ見てくる。
「いつもの二倍増しでマナをあげるから。急いで行ってきて。お願い」
「本当に? 行く行くー!」
風の精霊は声を弾ませながら、上階へと消えていく。
ヒトの強欲さに比べれば、風の精霊のおねだりなんてかわいいものだ。
「ふう。聞いたわよ。早速、トラブルを持ち込んでくれたわね。あのハグレモノ娘たちめ」
リロエがきつい口調でそう言いながらも、どこか心配そうにため息をついた。
「あの娘たちの身に何かあったでござるか?」
レンが小首を傾げる。
「それがね――」
僕は風の精霊から聞いた情報を、端的に仲間たちに伝える。
常に冷静を心掛けていても、それからの行軍の足が少々早まってしまったのは、言うまでもない。




