当て馬姫の災難
ガルシアンから話がしたいと言われたユリアーデは、黙ったままで彼からの言葉を待っていたがいつまでたっても声をかけられることはなかった。ガルシアンは、自分の顔をじっとみつめたままでその場から動こうとしない。それに、さっきまでは輝かんばかりの笑顔を見せてくれていたはずなのに、今は全くの無表情だ。
「あ、あの…。」
こちらから声をかけるのは失礼に当たるかとも思ったが、このままでは状況が変わらないような気がしたので小さな声で呼び掛けてみた、
「あぁ、申し訳ありません。淑女をエスコートせずに長い間立たせておくなんて、私は紳士失格ですね。」
「いえ、そんなことは。」
「これから挽回させてください。さぁ、こちらに。」
「あっ。」
ユリアーデの言葉を遮るように、ガルシアンがその細い腰に回した腕に力を入れ、歩くことを促してくる。突然感じるガルシアンの体温に驚き、すこしだけ体が震えてしまった。
「震えている。…私が怖いですか?それとも、この後のことを期待されておいでですかね?」
「怖くなどございません。」
「ならば良かった。さぁ、着きましたよ。こちらにお座りください。」
「まぁ。」
ガルシアンが案内してくれたのは、広いバルコニーの隅にある一画。そこには革張りのソファが用意されていて、その前には小さなテーブルがあり、小ぶりな花瓶には色とりどりの花が活けられている。自分のハンカチを敷いてくれたガルシアンにお礼を言って、ユリアーデは腰を下ろした。
「あぁ、近くで拝見すると本当にお美しい。まるで月の姫のようだ。」
「あ、ありがとうございます。」
二人で座るには十分な広さであるにも関わらず、なぜか密着してきたガルシアンに少しドキッとしたが、相変わらず顔にはでなかったようだ。ニコリと笑っていたガルシアンの顔がだんだんとひきつっていくのが分かる。
「つれない方というのは本当のようですね。ここまで無反応だと自分が滑稽に思えてしまいます。」
(そんなつもりは!)
ガルシアンにお礼を言いにきたのに、がっかりさせてしまって意味がない。心のなかで何度も練習した言葉を今こそ彼に伝える時だ。
「ガルシアン様、私は…。」
「それとも、前置きはいいからさっさとヤってくれってことかな?」
「えっ…?きゃあ!!!」
前に助けてもらったお礼を伝えようとしたユリアーデは、突然ガルシアンに肩を押されてしまった。視界にはにっこりと笑うガルシアンのみで埋め尽くされていて、数秒後にやっと自分がベンチの上で押し倒されたことに気づく。
「鉄面皮の変り者と聞いていたが、まさか好き者だったとはねぇ。顔は整ってるのに、いつも捨てられるのは性癖が歪んでるからか?」
「なっ、あっ!」
(なんなの?どういうこと?どうしてこんなことに?)
「何を初なふりをしておいでかな?もうお年も召されている。影で色んなことをされてきましたでしょう?そんなに美しいんだ、群がる虫どもはいくらでもいるはずだ。」
「私は、そんな!!」
「私の美しいレディから話を聞きました。私に会いたくて騒ぎを起こされたようですね。随分と明け透けな方だ。はしたないとはお思いにならなかったのかな?」
「っ!!」
先ほどの騒ぎのことを指摘され、すこしだけ頬が赤く染まる。確かにはしたないことをしてしまった。やったことに関しての後悔は全くないが、もしかしたら、家のものにも迷惑がかかってしまうかもしれない。
「申し訳ありませんでした。貴族の娘としてあるまじき行為です。」
「殊勝に謝られるのですね。…そんなに私に抱かれたいですか?」
「抱かれる?」
確かにガルシアンに抱き締めてもらうことは魅力的だが、まだ話すこともままならないのに、抱き締められたら頭が沸騰して倒れてしまうに決まっている。
「そんな、私にはそんなことはまだ…。」
「まだということはいつかされたいと望んでいるということですね。…それなら今でも構わないはずだ。」
「きゃあ!!!」
ユリアーデが甲高い悲鳴をあげる。ガルシアンの大きな手が、柔らかな太ももをするりと撫で上げたからだ。そんな場所を人に触らせたことなどないユリアーデは顔色を失い、体を固くする。
「色んな男性と浮き名を流しながらも長続きしない高嶺の華。あなたの方から飛び込んできてくれるなんて好都合でした。あなたの父上は王族からも覚えがいい。あなたを満足させたら口利きしてくださいますか?」
「っ!やっ、いや!触らないでください!」
必死にガルシアンの腕をどかそうとするが、びくともしない。むしろその指が内腿の際どい部分まで撫でてきてブルブルと震えてしまう。
「っ、声が大きいですよ。全くそういうプレイがお好きなのか知りませんが、少し声を押さえてください。人が来たら厄介なことに。面倒をかけさせないでくださいよ。」
(どうして、こんな!)
ガルシアンの手で口を塞がれて、声をあげることもできなくなったユリアーデは瞳からボロボロと大粒の涙を流す。きれいに結い上げてもらった髪は押し倒されたせいでぐちゃぐちゃ。ドレスも胸元がはだけて、しわくちゃになっている。化粧も涙ですっかり落ちてしまっているだろう。
「…そんなに泣かないでください。優しくされるのがお好みなんですか?全く…。」
ガルシアンが大きなため息をついてユリアーデの口から手を離し、涙で濡れた頬を拭う。
「わっ、わたっくしは、ただ!!」
泣きすぎたせいでしゃっくりが止まらず上手く言葉を紡げないユリアーデにガルシアンは迷惑そうに顔をしかめる。
「何ですか?私も忙しい。他の女性との約束もあるので手短に…。」
「た、だ、一言、お礼をと。」
「お礼?いったい何の…。」
話ですかとガルシアンが続けようとしたが、その瞬間、不意を突かれて自分の下にあったユリアーデの体がするりと抜け出ていってしまった。
「し、ひつれいしましゅ!」
「あ、ちょ!!!」
ハンカチで顔を押さえたまま淑女の礼をしたユリアーデは光のような速さで屋内へと戻っていった。
「今日の獲物が逃げてしまったな…。」
すこしだけ乱れた前髪をかきあげ、ガルシアンはニヤリと笑った。




