終わりのお話
「お前ら! 旅に出るぞ!」
「……は?」
勢い良く扉を開けて現れた誠の第一声に、エビルは思わずそんなことを言ってしまう。
部屋にいたマーチェ、獣人に神の子たちも同じような反応をしている。誠の唐突すぎる提案に呆れているようだ。
「誠さん、突然どうしたんですか? 記憶だけじゃなくて精神も取られました?」
「いやそれは酷くねマーチェさん。俺は正常だよ?」
「正常な者がいきなりそんなことを言い出すか馬鹿者め」
エビルが呆れながらそう言い、ふと思い出したように剣先を誠から逸らす。普通に会話をしてしまったことに気づいたらしい。
チラリと視線を向けると、エルシは誠に気づいていないかのように振舞っていた。視線をお茶から移すことなく、静かに飲んでいる。
そのことを確認し、ウォンターやペンシャが呆れる気配を感じながらも誠は言う。
「まあいきなりだったのは認めるけどさ、ちゃんと理由はあるんだよ。とりあえずそれ聞いて判断して欲しいんだけど」
「理由、ですか?」
「つーか、俺らは旅に出ていいのかよ。ここでくつろいでるから忘れそうだけど、俺ら獣人は人間たちの世界じゃあ目立つぞ?」
椅子に座りお茶を飲んでいた葉奈とソファに寝転がっていた真也がそう言ってくる。
「だからこそ旅に出るというか何というか……。お前らもさ、いつまでもここに居続けるってわけにはいかねえだろ?」
「……まあ、そうだな」
「……いつまでもお世話になりっぱなしではいけませんよね。あ、もしかして出て行って欲しいとかそういう……」
「違う違う。勝手に誤解すんな」
早とちりする葉奈の言葉を否定し、誠は続ける。
「要するにさ、旅に出て葉奈と真也が落ち着ける場所探そうって話だよ。獣人を受け入れてくれる人間の村なり獣人たちの村なりさ」
「そーんな所があるかね? 獣人の村なんて俺らがいた所しかもう残ってないし、人間が俺らを受け入れるとは思えねーし」
「世界は広いんだぞ真也。きっとお前らが穏やかに暮らせる場所はあるし、人間だって受け入れてくれるよ。つーか、今の台詞は俺やマーチェの存在を否定しにかかってないか?」
「あんたらは例外だろうに……」
真也は体を起こし、葉奈へと顔を向ける。
「で、どうする葉奈」
「……え? わ、私ですか? 私は別に、特には……」
「親御さんの墓放っておいて旅に出ていいのかって聞いてんだよ」
真也に指摘され、葉奈が「あっ」と気づいたように声をあげる。
真也は何か言いたげに誠に視線だけを向けてきたが、誠は口笛を吹きながら明後日の方を向いている。真也の視線に気づいてはいたが無視する。
わざとらしく咳払いをし、真也は喋り始める。
「……俺はどうこう言える立場じゃないからさ、葉奈が決めてくれ。俺は……まあ、本音を言えばどこかで静かに暮らしたいけどさ、葉奈が親御さんから離れたくないって言うなら」
「旅に出ましょう、真也さん」
「俺も同じ獣人としてここに――って、え? いいのか葉奈。だってお前……」
「良いんです。お父さんにお母さん、言ってましたから」
葉奈は自然に、無理を一切していない、とても自然に言う。
「『幸せになれ』って、言ってたんです。……それに、別に旅に出たからって戻ってこれないことはないですしね。あんまり深く考える必要はありませんよ」
「……そっか」
真也は小さく頷き、またソファに寝転がった。
「つーわけで、俺ら獣人は旅に出る。旅の計画は誠お願いなー」
「ペンシャー、ちょっと力くれない? 黒い奴召喚するから」
「「「それはやめろ(やめてください)!」」」
誠が冗談でそんなことを言った瞬間、真也だけではなくマーチェと葉奈からもストップをかけられた。やはり黒いアレは女性の恐怖の対象ということか。
両手を挙げ、何もしないことをアピールして三人を落ち着かせる。話が進まない。
「……えっと、次はマーチェさんにお話が」
「まあ、だいたい予想はつきますよ」
マーチェは若干暗めの声で、壁の向こうにある部屋に視線を向けながら言う。
「ファニーを外に連れ出そうって話でしょう? あのままにしておけないとか何とか」
「……ファニーさん、どんな感じ?」
「ご飯は食べるし、トイレやお風呂にも行きます。だけど、普段は何をするでもなくボーっとしてるんです。私が話しかけても上の空で」
「何を考えてるか分からないけどさ、考えてもどうしようもないことをずっと考えてても仕方ないと思うんですよ。だから……」
「私がファニーと話をつけて旅に出てもらおうと? すみませんが、さっきも言ったように私が話しかけても上の空で、誠さんのご期待には添えないと思いますよ?」
「それでも一応、お願いできる? この面子の中でファニーさんに声を届けられるのは、マーチェさんだけだから」
「……はぁ」
溜め息をつきながらもマーチェは部屋から出て行き、足音はファニーの部屋がある方へと移動していった。試してはみてくれるそうだ。
さてと、と言いながら誠はエビルたちに顔を向ける。エビルの剣先は相変わらずそっぽを向いていて、他二人の場合は視線を向けられているのかも分からない。杖と杯の視線なんて分かってたまるか。
「……エービールくーん?」
「…………」
話しかけてもエビルは何も反応を返さない。断固として無視を続けるつもりなのだろうがそうはいかない。キッチリとお話をさせてもらわないといけない。
エビルの柄に触れ、誠は言う。
「なあエビル、エルシ、ウォンターにペンシャ。兄弟たちに会いたいか?」
「……なんだ突然」
カタッと少しだけエビルが揺れた。話す気になったらしいエビルを触れたまま、誠は続ける。
「この国に行くって決めた時に言ってただろ? 久しぶりに兄弟に会いたいってさ。俺らは旅に出る。目的が目的だから、多分世界中を歩き回ることになる。そしたらさ、どっかで神の子に会うこともあると思うんだよ。だからさ……」
そこで一息つき、誠は若干緊張した顔で言う。
「俺らと一緒に来ないか?」
「…………」
「……あら」
「……へぇ」
エビルは何も言わなかったが、ウォンターとペンシャは反応してきた。
「おかしなことを言うのねマコトは」
「何が?」
「俺らの契約、忘れてんのか? 代償をもらう代わりに俺らはお前に力貸してんだぞ?」
「……だから、その『誘い』はおかしいぞマコト」
カタリと、エビルが動いた。エビルは少しずつ動き、誠の指先から手のひらの辺りへと移動する。
まるで、誠に掴み取れと言うかのように。
「言うならば、『誘い』ではなく『命令』だ」
「…………」
色々と言いたいことはあった。だが、それは今言うべきではないと思い、飲み込む。
エビルを掴み、机に置いてあった鞘へと納める。腰に下げながら、誠は言う。
「……俺について来い、エビル」
「……了解した」
誠はエルシの顔を見る。そこにあらゆる感情はなく、何を考えてるかは読み取れない。けれども、静かにエルシは頷いた。
あの時、エルシは誠の問いに対してこう答えてきた。
「幸せになりたい」
それは多分、誰もが求める願いで。
けれども、誰もが妥協してしまう願いで。
どこにでもありふれているのに、とても難しい願いだった。
部屋の扉から顔をのぞかせ、ファニーが言う。
「あのー、誠さん?」
「あ、やっぱり駄目だった?」
「いえ、……オーケーだそうです」
「え、マジで?」
「マジです」
神の子だなんて普通ではない存在が求めるには。
その願いは普通すぎて。
「とりあえず、旅の支度してきますね。……まあ、私たちは手荷物なんて殆どありませんけど」
「ああ葉奈。持ってくる必要はないよ。真也も時刻表探さないでいいから」
「え? 飛空艇に乗るんじゃないのか?」
けど、人間が好きな彼女はずっと見てきたもので。
彼女の思いは、自分がやるべきことを考えているうちに大きくなって。
「はい皆さんご注目。ここに空間を司る神の子がいます」
「……誠? 貴方まさか」
「おっと、割と普通に喋っててよかったよファニーさん。そしてその予想は正解」
案外、その思いが現実に現れたのかもしれないと、彼女は言う。
本来形を持っていなかった神の子たちが体を手に入れてしまったのは、自分が原因だったりするのかもしれないと。
「マコト、貴様大事な力をそんな簡単に……」
「良いじゃないエビル兄さん」
「どーせ放っときゃ回復するしな。ケチケチしないほうがいいんだよこんなの」
でも、それで良かったと今では思っている。
もし、過去に起きたことが少しでも違っていたら。
「よーし全員手を繋げ。絶対に離すなよ。次元の狭間に落ちても知らねえぞ。……なんせぶっつけ本番だから」
『はぁ!?』
見事なまでに声が重なった瞬間、辺りの空間がねじ曲がる。慌てて隣の人の手を繋ぎ出すのを見ながら、誠もエルシの手をしっかりと掴んだ。
エルシは暫く掴まれた手を凝視し、力強く握り返す。その口が少し開いたが、言葉が出ることはなかった。
「それじゃあ行くぞー。いち、ぜろ!」
――この瞬間は、訪れなかったのかもしれないのだから。
空間が歪み、誠たちの姿は消えた。
行き先は、誠もよく分かっていない。
全員に怒られてボコボコにされるかもしれないが、きっと大丈夫だろう。
それでもきっと、最後には笑いあえるのだから。
……ところで、誠が旅に出る決心をつけた理由にはこんなのがあったり。
「エルシさん。神ってさ、神の子全員と契約して力を貰ったらなるんだよね?」
「そうですけど……それが何か」
「いや、その。……だったら阻止したがってるエルシさんとの契約を切れば、神にならなくて済むんじゃあ」
「……………………ああ!」
「やっぱ無駄に長生きしてるだけじゃねえかあんたら!」




