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神子のお話

 顔に冷たい水をかけられ、誠は目を覚ました。

「ぶほっ! 眼が! 眼に水が入った! あだだだだ!」

「……うるさい奴め」

 白衣を着た男の悪態と同時に頭に衝撃が走り、額の辺りから血が流れ出す。

「〜〜っ!」

「ふん、軽く殴った程度でこれか。やはり人間は脆いな」

 誠の目の前にいる男は手を開いたり閉じたりを繰り返しながらそんなことを呟いた。

(っ……ここは何処だ? 何があった?)

 誠は頭の痛みに耐えながら状況を確認する。

(確かファニーさんたちが追いかけてきてて、それから逃げるためにエビルに飛んでもらって……)

 今いる場所が何処なのかが分からない。今いる部屋は誠が座らせられている椅子以外には何もなく、情報を掴むには目の前の男に聞くしかない。

「……誰だお前」

「僕はエリガルト。お前に邪魔されて神子を顎にできなくて困ってる獣人の博士だ」

 エリガルトはそこで一旦間を空け、誠の顔を殴る。

「がふっ!」

「お前が余計なことをしなければ、もうとっくに顎を作り出せていた筈なんだ。おかげで人間なんかにビクビクしないといけなかった。……屈辱だ、ああ屈辱だ。たかが数が多いだけの人間なんかを恐れないといけないなんて、な!」

 再度エリガルトは誠の顔を殴りつける。口の中が切れ、血の味で充満する。

「っと。こんなことをしている場合ではないか。お前に聞きたいのだが、神子たちは何処に隠れてる?」

「…………」

 黙った誠をエリガルトは殴る。誠は口の中に溜まった血を吐き出しながら考える。

(さてどうしたもんか。ここから逃げ出そうにもエビルもエルシさんもいない。葉奈たちのこと喋ったら……多分用済みで殺されるよなぁ。生かす理由はないけど殺す理由はあるし)

 部屋は木造。エビルの力があれば壁を燃やして逃げ出すこともできたかもしれないが、そのエビルの力は一切残っていない。

 後の手段は助けを呼ぶくらいだが、助けを呼ぶ方法がない。これもエビルかエルシの力が残っていれば良かったのだろうが、そんな便利な力はない。

(……とにかく今は時間を稼ぐしかないか。拷問の過程で腕や脚が無くなるかもしれないけど、まあエルシさんにでも作ってもらえばいいか)

 自分の思考が普通ではないことに気づかず、誠は口を開く。

「……葉奈を捕まえて記憶や人格を顎の物に変えようとしてるみたいだけど、上手くいくと思ってんの? 葉奈はまだ子供で、顎とかいう英雄の動きをするのは無理じゃないか?」

「質問をしてるのはこっちなんだがな」

 と言いつつもエリガルトは説明をしてくれる。どうやら喋りたがりみたいだ。

「お前の疑問点は、神子がまだ子供なのに英雄顎の記憶と人格を埋め込んだだけで顎になれるのかということだな。結論から言うと、なれるんだよ」

「……子供の身体能力で? 大人の真似してる子供の出来上がりでしかないと思うけど」

「いーや、本物の顎だ。お前は生物が普段から全力を出していないことを知っているか?」

「? ……あー、火事場の馬鹿力か」

 人間は普段は体の筋肉を二割か三割程度の力しか使っていない。これは筋肉にある筋繊維の損傷、関節の破壊や骨折を防ぐために脳が常に出力を監視し制限を行っているからだ。

 ところが人間は生命に危険がせまったとき、脳にはこの制限を解除する機能を持っている。これによって人間は普段ではあり得ない力を発揮することができる。……もちろん、筋繊維などはズタボロになるが。

「僕ら獣人は、お前ら人間以上に力を抑えている。1%か2%といったところだな」

「身体能力が高すぎて体が追いつかないと。てか、これ葉奈と何の関係が……」

「顎は、100%の力を引き出すことができる」

 エリガルトはニヤリと笑い、自分の胸を叩く。

「顎は脳のリミッターの解除の方法を熟知している。さらに、彼の体は100%の力を引き出しても壊れないほどに頑丈だった。……ここまで言えば、お前でも分かるか? 神子がなんなのか」

 誠は少しだけ考え込み、ゆっくりと答えを口にする。

「……神子っていうのは、その100%の力に耐えられる獣人を指してるのか」

 誠が答えると、エリガルトはわざと大げさに拍手する。

「正解。だから神子が女であることや子供であることは大した問題ではないんだ。100%の力を引き出した獣人には誰も敵わない。例え吸血鬼だろうと、神の子であろうとも、な」

 さてと、と言ってエリガルトはそこで話を切り、白衣のポケットから白い液体の入った注射器を取り出す。

「こっちも喋ったんだから、お前にも喋ってもらおうか」

「……一応聞いとくけど、何それ?」

「自白剤」

「ですよねー」

 直後、とてつもない速度で動いたエリガルトに薬品を注射され、誠の記憶はそこで途切れた。

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