下僕になったお話
「……おおーファンタジー」
窓から見えたのは日本語ではない言葉、空に浮く火の玉、見たことのない不可思議な生物。
「さて、貴方の名前を聞かせてもらいましょうか」
馬車の中にはもう一人、水色の髪をした青いドレスを着た少女がいた。
「ジョンです」
「それはもういいわ」
「はいはい、俺の名前は森元誠です。助けてくれてありがとうございます」
「お礼をしっかり言うのはいいことよ。私はファニスター・ルーズベルク。しかしマコトね、貴方は東洋人なの?」
「異世界人です」
「ふふっ、面白いわね」
(ま、そりゃそうだよね。……しかし)
ファニスターと名乗った少女を見て誠は思う。
(すごい綺麗な人だなー。元の世界だと水色の髪とか完全に染めてるけどこの世界では地毛なのか?)
ちなみに誠の容姿は物語の主人公のようなイケメンではなく、どちらかと言えばブサイクの部類に入っている(誠の基準)。
「それで? なんで貴方はあんな所で立ち往生してましたの?」
「通行証がいるとか言われて……」
誠がそう答えると、突然ファニスターはくすくすと笑い出した。
「……それは嘘よ」
「え?」
「人類なら王都の状況を知らない人は殆どいないし、なら知らない人はウェアウルフや吸血鬼だったということで処刑しても誰も困らないからね」
「……つまり、俺は死にかけてた?」
「まあ、そういうことね」
そう思うと偶々ファニスターが来たのは運が良かったとしか言えない。
誠は深く頭を下げて再びお礼を言う。
「本当にありがとうございました。死んだら何もかも終わってました」
「別にいいわ。ちゃんと報酬はもらうから」
ピクッと誠の身体が動いた。
「……報酬? と言われても何も持ってないし」
「欲しいのは物じゃないわ」
「……あっ」
物以外で欲しがるのといったら、一つしかない。
「拒否権は?」
一応聞いてみるがファニスターは無言で首を横に振った。
ファニスターは誠を指差して言う。
「貴方は下僕確定」
異世界の冒険は、波乱しかないのかもしれない。
「……広い」
体育館をいくつ並べたらこれに匹敵するんだ? と疑問を持ちながらせっせと窓を拭く。
服装はそのままでも問題ないと言われたのでスーツのままだ。剣は置いて来た。
下僕と言われたが、実際は普通に雇われたのと同じだった。住み込みで働かせてもらえるらしい。
ありがたい話だ。雑用をするのは嫌いではないし、行く当てなどない。
「……問題があるとすれば数かなー」
ここにいる使用人らしき人は五人しかいなかった。明らかに人手不足である。
だからこそファニスターは身元不明の誠を雇うことをしたのかもしれない。
だが誠にとってそんなのはどうでもいい。重要なのはこの世界を知ることだ。
「……そうだ、携帯」
携帯で調べ物をしようとして気づく。そもそもこの世界に電波はあるのか?
電源を入れてみるがやはり何の反応もない。無言で電源を切って仕事に戻る。
「マコト、ちょっと来なさい」
「はい?」
振り返るとファニスターが立っていた。ファニスターは微笑を浮かべながら言う。
「私について来なさい」
それだけ言うと一人スタスタと歩いて行くので誠は慌てて追う。
ファニスターの後ろを歩きながら窓を見て、あそこ汚れてるなーと思いながらなんでもう仕事脳なんだよと自分にツッコミを入れる。
そんなこんなで十分は歩くとファニスターは部屋の前で止まりノックをすることなく開ける。
「……おう」
部屋の中にはズラリと剣や槍などの武器が壁に飾られていた。
ファニスターはそれらに見向きもせずに箱にある木剣を二本手に取り、一本を誠に放り投げてくる。
誠はそれを受け取りながらファニスターに疑問をぶつける。
「あの、ファニスターさん?」
「長いからファニーでいいわよ」
「じゃあファニーさん? これから何をするつもりですか?いやだいたい想像は出来るけど……」
ファニスター、もといファニーは木剣を誠に向けて言う。
「じゃあ話が早いわ。――行くわよ!」
ファニーが木剣を構え、一直線に突撃してくる。
誠は慌てて構えるが、まさに素人丸出しの構え方だった。
「っせい!」
ファニーの上段切りを木剣で受け止める。
ジーンと、衝撃が腕に伝わってくるがそれを気にする間もなくファニーは突きをしてくる。
「っとと!」
身体を無理やり捻って避ける。その腹に木剣を叩き込まれ、胃の中身が逆流しそうになる。
「うぐぇ! ちょちょたんまたんま!」
「待ったなし!」
「ひどい!」
間髪入れずに繰り出される斬撃をギリギリの所で受け止め続ける。その度に腕が痛むがやめると顔や腹に木剣が当たるので我慢して受け止める。
「はぁっ!」
そんなことがいつまでも繋がるはずもなく、ファニーに腕を叩かれ木剣を落としてしまう。
慌てて拾いあげようとするとその顔に木剣が当たる。
見るとファニーが結構なドヤ顔をしていた。
「チェックメイトよ、マコト」
「……チェスならチェックってまず言うべきなんですけどね」
少しばかりの仕返しに言ってやるとファニーは意外そうな顔をして言う。
「じゃあルール違反ということでもう一回する?」
「勘弁してください」
誠の腕は何もしなくてもビリビリとして動きそうにない。もう一回は確実に無理だ。
「じゃあ続きは明日ね」
「はえ?」
「また明日呼びに行くから待ってなさい」
ファニーが手を振りながら部屋を出て行くのを、誠は呆然と身送ることしか出来なかった。