第二十七話 【幻】
全員が、目を疑う。校庭に辿り着いたはず。確かに校庭へ抜ける門を潜った。身体に触れる風を感じた。なのに、視界に飛び込んで来たのは。廊下。真紅のカーペットと銀の燭台が視界に飛び込んで来る。全員の脳内は混乱に渦巻いている事だろう。空間的古代魔法【螺旋】の能力が此処まで恐ろしい物だとは。空間その物を創り出し、更にその中へ対象を閉じ込めて延々とループさせる能力、と言う事だろうか。魔法の領域を遥かに凌駕した能力。常識など通用しないその空間の中、シルフ達はどうすべきか。全員がそれぞれの表情を浮かべて、立ち尽くす。先に発狂したのはダーリム。
ダーリム「んあぁぁもう...!!何なの此処マジでっ!!」
普段の気怠げな声色からは想像出来なかった、ちゃんとした怒号。舌打ち混じりの悪態が静寂を切り裂く。何とも言えない表情を浮かべるシルフと、溜息を吐いて俯く頭を手で支えるアリス。何かを考える仕草を見せるエーギルと唯一冷静さを貫いているゼイ。彼は周囲を見渡し、持ち合わせの知識で状況を打破する策を練る。ループする空間。何か一つ変化は無いか。丸眼鏡から覗く周囲を隈なく捉えようと視線を忙しなく動かす彼だが、何も変わり無い。変わりの無い景色を眺めては思考を重ね、自身の携える知識をフル活用して突破口を探ろうとする彼。
ゼイ「...何か、変わっている所は無いかい。」
アリス「変わってる所?」
ゼイ「そうだ。もし、と言うか確実にこの空間がループしている物なら、何処かが変化している可能性は拭い切れない。仮に全てが同じ空間に何度も戻されたとして、何度もループすればいずれ気付けるはずなんだ。この空間に閉じ込める程の実力者が、そんな単調な仕掛けをするはずが無いと思うんだ。あくまで私の推論に過ぎないがね。」
エーギル「Hmm...裏を掻く、と言う事ですか?面白そうではありませんか、私は好きですよそう言う推論。」
シルフ「つまりこの空間のどこかに手掛かりがある、と言う事ですかね?」
ゼイ「そう解釈してくれて構わない。だが分からない。本当に同じ空間をループしてい可能性もある。現に一瞥しただけで違和感は感じられなかった。この状況を作り出した人間は随分と陰湿かつ狡猾な策略家、又はそれに準ずる連携が取れている二人。と言うべきだろうね。あの黒髪と白髪の女子生徒は。」
彼の口から語られる現状打破の策。彼曰くこの状況が作られた空間であり、ループしているのであれば、何処かで些細な違いを見せるのではないか、という考え。ゼイは古代魔法について一定以上の知識を持つ。故に古代魔法使いとして、魔法学校の教師としての確信を持っての発言だろう。現に彼は閉じ込められた瞬間も含めて全体に違和感を感じていない。自身の持つ知識から照らし合わせた結果、生まれた結論。
アリス「とは言っても、この空間の違和感を探すなんて砂漠に落ちた指輪を探すくらい難しいと思うんだけど。」
ゼイ「勿論分かっている。更に相手方ももう一人は【幻像】使い。この空間そもそもが幻像の可能性もある。混乱する状況下に迷宮の様な空間、更には【螺旋】と【幻像】。これ以上は無いレベルで、今の私達にとって絶望的な状況に違いないだろうね。」
シルフ「本当に今までと比べ物にならないくらい厄介ですね...。一旦この空間に限って、別行動しますか。全員バラバラになって探せば、何かを見つけられるかも。」
アリス「正直バラバラの方が良いと思うのよね。でもペアで。私、シルフ。エーギル、ゼイ、ダーリム。で行動しましょ?」
エーギル「Yes! I think it's the best move. もし、仮に敵さんが私達の誰かに攻撃を仕掛けて来た場合、三人ならある程度耐えられますし、相手さんの位置も分かります。」
ゼイ「私も賛同しよう。何か異変があったら呼び掛けようじゃないか。」
ダーリム「アンタ達絶対死なない様にしてよ。死んだら容赦しないから。」
こうしてこの空間内でバラけた作戦行動が始まった。アリスとシルフが廊下の奥側へ。エーギルとゼイとダーリムが廊下の手前側へ。それぞれが自身の勘を頼りに手掛かりを探す。彼等がそれぞれ見つけた手掛かり、果たしてそれが本当に糸口に繋がる物かどうかは分からない。少なくとも彼等には分からなかっただろう。歩みを進める五人。
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?「はぁ、惨め。何にも気付かないんだ。」
?「どうせ私の幻像にやられて気付かない。気付けない。辿り着いたとしても古代魔法使いが二人。奴等には無理よ。」
?「ふっ...はははっ...ふふふっ...」
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アリス「どう?シルフ。何か見つかった?」
シルフ「いえ...全然。アリスさんは?」
アリス「私も全然。まさか何も無いとかじゃ無いでしょうね。」
シルフ「分かりませんけど、此処は多分まだ違うんだと思います。」
薄霧の中、教室の内部を散策するアリスとシルフ。周囲に存在するのは壁、時計、机、椅子。見慣れた光景だが、特に目に留まる物は何も無い。何か異変の一つや二つ発見しても良さそうな状況だが、アリスの杞憂は最悪の場合、現実と化している可能性も存在する。壁の感触を確かめ、時計の時刻は先程と同様に9:55。机を裏返し、椅子を隅まで調べるが何も発見出来ない。もし本当に何も発見出来ないのであれば、異変なんて端から存在せず、別の脱出方法を模索する他無いだろう。シルフの頬を伝う冷や汗、脳が警告を鳴らしている。絶望的な程何にも何もない状況に。シルフの視線の先には真剣な表情で椅子をひっくり返すアリス。彼女は小さく唸り声を上げながら椅子を元に戻す。
アリス「うーん、本当に何も無い。机も普通。壁も真っ平ら。窓の外は曇天。やっぱり何も無いの?」
シルフ「どうなんでしょ...ゼイ先生とかの方で何かがある可能性もありますけど、あっち行っても何も無い可能性も。」
アリス「正直言って絶望的だと思うのよ。こうなると。何も無いって分かったら。」
シルフ「ですよね...。」
どう足掻いても何も無し、虚無だけが存在する。例え本当に何も無い空間だった場合、この空間を創り出した相手方の手腕は巧妙過ぎる。一度も油断も無く、一分一秒ごとに厳重に蓋を締められている様な、そんな感覚さえ覚えてしまうだろう。それ程までに完璧な密室状況。逃げ場の無い袋のネズミ。完全なる孤立無援。そんな絶望的な状況を打破する術は存在するのだろうか。
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ゼイ「ふむ...」
エーギル「Ah...nothing to be seen...」
ダーリム「最悪。もう全部面倒臭いし、帰らない?」
二人と一人は教室の一室にて佇んでいた。隅々まで調べた結果、本当に何の変哲も無い教室という事実。最初に訪れた場所から二つ教室散策を行ったが、結果は同じだった。ダーリムは疲れと苛立ちが重なってしまったのか、床に仰向けで大の字に寝転がり、不貞腐れた様子。目を瞑り、何もせず。エーギルやゼイが教室周辺の異変を探す中、ただ彼女は怠けて時が過ぎるまで待機。他力本願と言えば聞こえは良いが、単にサボりとも受け止められる。大の字になった彼女の見詰める先は廊下。
エーギル「...Oh。」
ダーリム「は?」
エーギル「Wait!皆さん私を置いて行かないで下さーい!!」
突如、廊下にて響くエーギルの声。次いで鼓膜に届くのは軽快に走る靴音。真紅のカーペットに足音は吸収されるも、彼女が走り去る事実は確定。気が動転したダーリムは四肢を飛び起こさせ、教室内を目視で確認。内部には時計を見詰めるゼイ。息を飲むダーリム。ゼイは教室内部にいた。アリスとシルフは状況的に先を急ぐ訳が無い。
ならば、エーギルが『皆さん』と言い放ち廊下を駆けたのは何故か。何を見たのか。何を信じたのか。廊下へ飛び出たダーリムだが、エーギルの姿は既に遠くへ。忽然と姿を消した事に恐怖を覚えながらも、恐る恐る廊下の奥を凝視する。確実に霧の濃度が増した廊下、遠くで白い影を認識した瞬間、目にも止まらぬ速さで踵を返し駆け出すダーリム。
ダーリム「エーギル、エーギル!!」
駆け出すも、時既に遅し。エーギルの姿は忽然と消失。ダーリムは動揺を隠せず狼狽えるが、必死に平静を保とうと息を荒げて走る。目的地は決まっていないが、とにかく報告せねばならない。本能が彼女を突き動かす。白い影が去る瞬間を目視してからの焦燥感、異常なまでの体感温度の低下。寒い。背筋を這い寄る悪寒に身体中鳥肌を立てながら、逆方向に駆け続けたダーリムの目に飛び込んだのは、ゼイがいた教室。ダーリムは咄嗟に駆け込み、息を切らしながら後ろ手で扉を閉めた。
ダーリム「はぁっ、!!ぜぇっ...!!ゼイ、ゼイっ!!」
ゼイ「ダーリム、エーギルの事かい。」
ダーリム「多分っ、幻像に騙された。白髪のっ、白髪の女。霧が濃くなってる!」
ゼイ「...シルフ君達の方へ向かおう。彼等まで失えない。」
シルフとアリス、二人と合流すべく走り出す二人。一歩前をゼイ、その後方にダーリムが着いて行き二人が走り去った教室。二人が立ち去った後に、時計の秒針がゆっくりと時間を進める。10:00。時刻は十時となった瞬間、反時計回りに秒針が回転して。




