24 契約とお早い帰還
灼熱の炎が霧を焼き払い、冷たい湿気が晴れると、陰世界の森は静寂に包まれていた。燃え尽きた霧の残骸が淡い光となり、消え去っていく。そして、その中心に残されたのは、一つの狐面だった。白銀に輝く面は美しく、しかしその眼孔は闇の深淵を覗かせていた。
「……これが、隠神刑部の本体か」
ローランドはその狐面を慎重に拾い上げた。手に取った瞬間、面は淡い輝きに包まれ、温かい光が彼の掌から全身へと流れ込んでいく。その温もりは決して恐ろしいものではなく、むしろ優しさすら感じられた。
「主人様、それを手に入れたことで彼はあなたの眷属となります。ですが、警戒は怠らぬように」
風神が慎重な言葉をかける。だがローランドは狐面を見つめ、冷静なまま頷いた。
「わかってる。けど……感じるんだ、隠神刑部の意志を」
その言葉通り、彼の心には静かに響く声があった。
「……我が名は隠神刑部。千年の時を生き、万の知恵を蓄えし狐なり。お主は我を従えるに相応しき者と見た。ならば、契約を交わそう」
「契約か……面倒はごめんだが、お前の力は欲しい。どうすればいい?」
「簡単だ。お主が我を真に認め、我もお主を認めること。力を共にし、互いを尊重することが契約の条件だ」
「はは、随分と素直じゃないか」
「傲慢なだけの者には従わぬ。だが、お主は知恵と勇気を持ち、力を振るう覚悟もあった。ゆえにこの面はお主のものとなる」
その瞬間、狐面が光を放ち、ローランドの額に淡く刻印が浮かび上がった。それは妖の契約を象徴する文様――九尾の狐を模した紋章だった。
「これで、お前は俺の眷属……いや、仲間だ」
「ふふ……そうだな。我が主よ」
その声と共に、ローランドの前に一匹の白銀の狐が現れた。九本の尾は揺れ、黄金の瞳が彼を見つめている。
「これが本来の姿か」
「ええ。老いさらばえた妖怪ではなく、主に従う眷属として、力も姿も新たにします」
風神が驚きながらも感嘆の表情を浮かべた。
「さすがは隠神刑部。千年の力は伊達ではありませんね」
「お前も強き風の精霊だな。これから共に主に仕えよう」
「はい!よろしくお願いいたします」
ローランドは二人の妖を見渡し、軽く息をついた。
「さて、せっかく手に入れた力だ。早速その実力を試してみようか」
「どうなさるおつもりですか?」
「この陰世界、まだまだ強い妖がいるんだろう?その連中を片っ端から調伏していく。俺たちの力を試すにはちょうどいい」
隠神刑部は微かに笑った。
「ふふ、主の野心は留まることを知らぬか。よろしい、案内いたしましょう」
「そうだな。まずはこの森を抜け、次の強敵を探すとしよう」
三人は陰世界の森を進んでいった。その先には、さらに強大な妖たちが潜んでいるという。だがローランドはその闇を恐れるどころか、期待に満ちた笑みを浮かべていた。
ローランドは陰世界での激戦(?)を終え、風神と新たに眷属となったと隠神刑部を引き連れて、ようやく自宅の扉を開けた。外はすでに夕闇に包まれ、冷たい風が肌を撫でる。だが、家の中からは温かな光が漏れ、甘い香りが漂っていた。
「ただいま……」
ローランドが疲れた声で呟くと、すぐに足音が駆け寄ってきた。
「ローランド様!」
「無事で……本当に良かったですわ!」
まず飛び込んできたのはフローレンス=ペレチア。彼女はその紅い髪を揺らし、ローランドに駆け寄ると、何の躊躇もなくその腕に抱きついた。ローランドは少し面食らったものの、その温もりに思わず微笑んでしまう。
「お、おい、落ち着けって……」
「落ち着けるわけありませんわ!ローランド様があの恐ろしい陰世界で戦っていると聞いた時、私……もう心配で心配で……!」
彼女は涙を浮かべながら顔を上げる。普段は気高い王女の姿も、この時ばかりはただの少女のように見えた。
ところで……
「なんで俺が影世界にいるってわかったの?」
「それは……その……愛の力ですわ!!」
なんだよそれ……
「はあ、まあともかく!フローレンス、俺は無事だよ。風神も隠神刑部もいるしな」
「ええ、そのお二方もご無事で何よりですわ。でも、やはり一番大事なのはあなたが無事であることですわ!」
その言葉にローランドは苦笑しながらも頷いた。
「ありがとう。でも、俺は大丈夫だ。あの程度で倒れるほどヤワじゃないさ」
「……それはあなたが強いからこそ言えることですわ」
フローレンスは一歩後ろに下がり、改めてその姿を整える。だが、その頬は赤く染まり、目はローランドを見つめたままだ。
「そうだ、サンクトシリアも心配していたわ。あなたの帰りをずっと……」
その名を聞いた瞬間、奥の扉が静かに開いた。純白のローブに身を包んだサンクトシリア=フレンスが、穏やかな笑みを浮かべて姿を現した。
「ローランド様、おかえりなさい。無事で何よりです」
彼女の声は静かでありながらも、その中に安堵が滲んでいた。彼女はフローレンスとは対照的に、感情をあまり表に出さず、優雅な所作でゆっくりと歩み寄ってくる。
「ただいま、サンクトシリア。心配かけたみたいだな」
「いえ、それも仕事のうちですわ。ですが……やはりこうして直接お姿を拝めると安心いたします」
その静かな笑顔に、ローランドはふっと肩の力を抜いた。彼女がいるだけで、不思議と緊張が解ける。おそらく、彼の戦いが順調だったのも、彼女の存在のおかげだろう。
「君の祈りのおかげで、無事に帰れたよ」
「……祈りというよりも、少しばかり手を回させていただきました。風神様には支援の風を、万が一の時のためにね」
「そっか。やっぱり、君には見透かされてるな」
ローランドが苦笑すると、サンクトシリアも微笑を浮かべた。
「……ただ、これからは無茶はお控えくださいませ。特に、無謀に強敵に挑むことは避けていただきたいですわ」
その穏やかな声の中に、わずかな緊張が見えた。彼女もまた、ローランドを気にかけていたのだ。ローランドはその優しさに、再び胸が温かくなるのを感じた。
だが、そんな彼らのやり取りに割り込むように、フローレンスが声を上げた。
「ま、まあ!それはそうですけれど、ローランド様は強いお方ですから!あの程度の妖など一蹴されるに決まっていますわ!」
「確かに強いですが……油断は禁物です。彼は命を軽んじるべきではありません」
「軽んじてなどいませんわ!それに、彼が戦う姿は……とても美しかった……」
「それはそうですが、私は無事に帰ってきてくださることが一番大事です」
二人の視線が交錯し、微妙な空気が流れる。サンクトシリアは冷静さを保ちつつも、その瞳はローランドをしっかりと捉えていた。一方のフローレンスは頬を赤くしながらも、強い視線を崩さない。
「その……二人とも、まあ、落ち着いてくれ」
ローランドが苦笑しながら仲裁に入ろうとすると、サンクトシリアが柔らかく微笑んだ。
「ええ、失礼いたしました。フローレンス様もローランド様の無事を願ってくださっているのは分かっています」
「……そうですわね。ローランド様は……私たちにとって大切な方ですから」
その言葉に、サンクトシリアも小さく頷いた。
「そうですね。大切な……とても大切な方です」
二人の瞳が再び交わるが、先ほどの緊張は消えていた。むしろ、互いに微笑みを交わし、穏やかな空気が漂っていた。
「そ、そういうことで、ローランド様、どうかお疲れを癒してくださいませ!お茶を淹れますわ!」
「では、私は傷の確認をさせていただきますね」
「え?ちょっと待て……!」
しかし、二人の勢いに圧され、ローランドは再びソファに押し倒されてしまう。フローレンスは素早くお茶を淹れ、サンクトシリアは優しく彼の腕を取り、包帯を確認しながら治癒の光を浮かべた。
「うーん……これって贅沢なのか、それとも修羅場なのか……」
「ローランド様、何か?」
「い、いえ!何でもないです!」
二人の美しい笑顔を見て、ローランドは深く息をついた。戦場での激戦よりも、彼女たちとのこの平穏な日常の方が、ある意味で彼にとっては試練なのかもしれなかった。
これは間章くらいの感覚で扱ってください。
後多分これから一話2000字にします




