561.芽吹く命
ムーンリト教の象徴であるイツキと、その妻のうちの一人マーウーとの間に子供が産まれたというめでたいニュースは瞬く間に首都ミーティアを超え、あちこちのムーンリト教信徒の間に広まっていった。
首都ミーティアは数日間はお祭りムードで湧きに湧いた。
マイラの出産を祝うために本邸前にはモグサ家関係者だけでなく各地に散っていた精霊族、観光でやってくるムーンリト教の信徒、教国と同盟関係にある周辺諸国の貴族など、本邸周りの時間は暫くのうちは慌ただく過ぎていった。
その手の本邸へやってくる人達への挨拶は律儀に対応したが、嘗てのララアリスやララルージュの時のようなお披露目のパレードは行わなかった。
それはイツキ達夫婦から産まれた子と、イツキ達夫婦が保護した子との間に対応に差が出てしまうからだった。
イツキはその旨をフランク達にはキッパリと告げており、教国もその様に特別なパレードは行わないよう周知されていた。
教国歴四十二年冬の期 一日
そんなマイラの祝福で忙しくなる前の事。
この日は広場の住人全員が本邸に一同に会し、朝から賑やかに年越しを迎えていた。
しかし集まってから程なくしてジーニャとクラウスの妻であるカルミラが殆ど同じタイミングで産気づいた。
そこからララミーティアとサーラをそれぞれリーダーとし、ジーニャチームとカルミラチームに素早く別れて対応を始めた。
偶然とは言え年越しで集まっていたメンバーにかなり恵まれたお産だった。
自己解決が基本、当然お産の対応にも慣れているクラウス家の妻達。
孫の出産までも手伝ったテオドーラとルーチェ。
聖女であるララミーティア、ララルージュとララグレースの存在。
嘗てあちこちに散っていた頃にその手の対応も行ってきたというララミューズ薬局の面々。
意外な所では、ルキアとマーウーの出産の場面をジッと眺めていたペロ。
ペロの助言や指摘はサーラが舌を巻く程で、本格的にサーラが助手として接する程だった。
結果として、エステルまでペロにくっついて部屋の中に行ってしまい、本邸のリビングでは男達が引き続き年明けの宴会を続けていた。
「命を落とそうが蘇生可能な聖女が居て、ベテランが大勢居て、何というか…不安ですし心配ですが…」
ゲオルグが苦笑しながらビールを呷ると、クラウスもガハハと笑った。
「こんな全員揃ってる時にだもんな!何か起こりようがないな!後はドーンと構えて吉報を待つのみ!だな!」
「ですね。酔いつぶれないように気をつけないといけません。」
「うはは!そういう失態は事ある毎に未来永劫言われ続けるからな!」
そう言ってクラウスはゲオルグと酒を酌み交わす。
「かく言う俺もグレースが産まれた日の事は未だに酒の肴にされますよ。」
当時のテーゼウスの失態を知っている面々はゲラゲラ笑い出す。
そこからウーゴによる大袈裟な説明が始まり、クラウスは我が息子の情けない様子に腹を抱えながらゲラゲラと大笑いしていた。
そんな風にワイワイと飲んでいる男達の中にはダグやペリーヌも混ざっており、クラウスやゲオルグも何だかんだ言ってソワソワしている様子を見て、ダグは小さく微笑んでいた。
ダグの隣で酒を飲んでいたペリーヌがそんな機嫌良さそうなダグに話し掛ける。
「ふふ、ダグさんもやっぱり嬉しいものですか?」
「ん?はは、そうだな。新しい命が誕生するってのはいつだって嬉しいもんだ。」
「ですね。あともう少ししたら新たに命が芽吹くのですもの。」
「あとは…」
「あとは?」
ダグの言葉にぽてんと首を傾げるペリーヌ。
「あとは…こんな風に種族の垣根を越えてワイワイ飲み食いしてる光景を見ているとよ?ここは限り無く元の世界と似ているけど、全く別の世界なんだとつくづく思う。」
ダグはそう言って周囲をぐるりと見回す。
ダグが何か語り出す雰囲気に、自然にダグに視線が集まりだす。
ペリーヌはニコニコしたまま口を開く。
「どのような点が決定的に異なるものなのですか?」
ペリーヌの問い掛けにダグはグイッと景気良く日本酒を呷った。
空いたコップにペリーヌがお代わりを注ぎ、そんな様子を眺めながらダグは言葉を続けた。
「決定的に…そうだな、俺達魔族側のヤツらと人類側のヤツらが、みんな何のしがらみもなく楽しそうに暮らしてる点だな…」
「興味がありますね、どの様に棲み分けがあったのですか?」
近くに座っていたリュカリウスがそう尋ねると、ダグは小さく頷いてから再び口を開いた。
「人類側っつーのは大きく人間…この世界で言えば人族か?あとは獣人だ。この二種類は寿命も短いし弱い、魔力に左右されねえ。そして、とにかく頭数が多い。後は殆ど魔族側だ。寿命は長いが数が増えにくい。増えにくいうえに魔力がある程度満ちてる場所じゃねえと身体がダルくてまともに暮らせねえ。」
「なる程ですね、我々の世界で亜人と呼んでいる殆どが魔族側という訳ですね。」
「ああ、そもそも魔族側でも他種族同士で所帯を持つヤツなんざ滅多にいなかった。同族同士で固まって暮らすのが普通だ。俺の世界で言えば人間であるイツキの旦那と排他的なダークエルフであるティアさんみたいな組み合わせはまずいねえ。断言できる。」
リュカリウスは腕を組みながら興味深そうに相槌を打った。
ダグはチラリとペリーヌを見てから再び口を開く。
「この前ペリーヌに首都ミーティアへ連れてって貰ってな、俺は目の前に広がる光景がとてもじゃねえが信じられなかった。」
「ふふ、呆然としてましたね。」
ペリーヌがクスクス笑いながらそう言うと、ダグは照れくさそうに小さく笑う。
「とんでもねえ規模の大都市だぞ。そりゃ呆然とする。それも種族の坩堝だ。人族とラミアだったり獣人とアラクネだったり…そんな夫婦の組み合わせが当たり前に成り立っていやがる。母親に良く似たガキが10人とかもっと居るんだ。雄を誑かす、魔族側でも鼻つまみ者の女しかいねえ種族が当たり前に受け入れられてる。「お姉ちゃんは足が二本だけど、妹さんは足が八本なんですね」だとか「夜目が利くなんて羨ましいですね」だなんて多様性を楽しんでる。ノームみてえな剽軽なドワーフがプライドの高いエルフと所帯を持ってたりよ、夫婦の組み合わせがてんで滅茶苦茶だ。」
ダグは両手で包み込むように持っていた日本酒が入ったコップをグイッと呷ってから言葉を続けた。
「この世界は心底面白い、羨ましいと思った。俺が居た世界は…やれ種族がどうだとか、あの種族はウジ虫から産まれたロクデナシだの、つまらねえレッテルを張って、いがみ合って…何千年も一体何を争ってたんだと思った。侵略して蹂躙する事ばかりご執心なバカどもにあの光景を見せてやりたかった。種族のレッテルを剥がせばよ、こんな奴隷も盗賊もいねえ、みんな平等に豊かな大都市が作れるんだぞってな。」
ダグの言葉に、それまでキョウシロウをあやしていたトウシロウが口を開いた。
「こんな楽園みたいな国ができたのはさ、ほんの40年くらい前だよ。それまではダグ君の世界と同じくらいクソだったなぁ。」
「教国暦なんて年号があるが…それがやっぱりイツキの旦那とティアさんの影響なのか?ただの二人が…俄かに信じられないな…」
ダグはチラリとイツキに視線を送る。
視線を送られたイツキは照れくさそうにはにかむ。
トウシロウは大きく頷いた。
「だねぇ、信じられないねぇ。建国のお話もさ、何百年何千年経ったら「どうせ先人達が盛った作り話だろう」なんて鼻で笑われるだろうねえ。」
トウシロウはカラカラと笑い、言葉を続ける。
「でもそれでいい。みんなから忘れられるってのは、武力なんざに縋る必要のない、真に平和な時代が来たって証拠だもんな。ついこの前までは圧倒的な人族の国家群、あとは人族と関わりたくなくてコソコソ隠れ住む亜人、人族の都市でロクな仕事にもありつけねえで肩身の狭い思いをして暮らすしかない亜人、奴隷の亜人。奴隷の子は奴隷、鞭の痛さは知ってても戦い方を知らない子孫たちは拳の振り上げ方も知らねえってなもんだ。」
それまでジッと話を聞いていたガレスが徐に口を開く。
「父さんと母さんを旗印に革命を起こして、人が人として当たり前に平和に暮らせる世界をみんなで掴み取ろうとした。でも父さんはみんながその手を血で汚すのを嫌った。この世界に来てまともに実戦経験もない、魔物も居ない平和な世界から来たはずの父さんは単身、人族国家に乗り込んで、この神聖ムーンリト教国の建国を掴み取ってきた。俺は気まずそうに頬をポリポリかきながら「ただいまー」なんて言って帰ってきた父さんが…誇らしくて…「ああ、この人がたった今、世界の歴史を本当に変えてきてくれたんだ」と、誇らしくて…眩しくて…」
言葉を詰まらせるガレスの肩にウーゴがポンと手を乗せる。
「真っ暗な泥沼で足掻いて沈むのを待っていた俺達亜人や奴隷の導き手って訳だ。オトウサンとオカアサンが慕われてる理由はそんなトコだな。」
「その割にイツキの旦那は質素な…質素と言えるか分からねえが、金に物をいわせるような暮らししねえんだな。寧ろ国にあれこれと渡してるだろ?」
ダグの言葉にイツキは頬をポリポリとかきながら口を開いた。
「ほら、召喚で欲しい物はいくらでも手に入るしさ、家族に囲まれて暮らせればそれだけで十分だからね。」
ダグはそんなイツキの言葉に「そうか」と小さく呟いた。
先に出産を終えたのはカルミラだった。
部屋にクラウスがライヤヨヨから呼ばれると、それまでドーンと構えていたクラウスは気が動転したように椅子をひっくり返して部屋へとすっ飛んでいった。
途中テーブルでスネを強打して絶叫するクラウスの様子に笑ってしまうイツキ達。
テーゼウスも笑いながら肩を竦めてクラウスの後をついて行く。
「はは、何だかんだ心配だったんだ。無事に産まれたようで良かった。」
イツキは手を腰に当ててホッとした顔で笑う。
ゲオルグも困ったような顔をしながら口を開く。
「どんなに万全だと言われようと心配なものは心配ですよ。ましてや自分の血を引く我が子、俺もずっと天から見守ってくれているであろう嘗ての仲間達に祈っていますよ。」
そんな風に小さな笑いながらそう言うと、ジーニャの方の部屋も扉が開いた。
「ほら!産まれたわよー!さあいらっしゃい?」
ララミーティアがひょっこり顔をのぞかせて手招きする。
ゲオルグは胸のあたりで両手を組みながら天を仰いで微笑むと、ジーニャが待つ部屋へと歩みを進める。
「はは、俺達もジーニャのやや子を見に行きますか!」
イツキの言葉にリビングで待っていた男達はのっそりと腰を上げる。
ダグとペリーヌはそんなめでたい様子を見守りつつ酒を酌み交わしていた。
カルミラが産んだのはミノタウロス族ではなく、ハイオーガ族だった。
そしてジーニャはジーニャそっくりな配色の三つ目族の女の子を産んだ。
いつまでもおいおいと男泣きするクラウスとは対称的に、ゲオルグは幸せそうに微笑みながらジーニャとエステルと新たな命の誕生を喜んでいた。
なお、クラウスとカルミラの男の子はカルニウス。
ジーニャとゲオルグの女の子はシンシアとそれぞれ名付けられた。
本邸の周辺は次々に産まれる新しい命に活気づいてゆく。





