560.君の笑顔
「ありがとうございました。」
「さて、これは見事なる逸品を手に入れたものだ。貴店の品々は我が目にも適う。ダグ殿か…次の訪問を約束するぞ。待っているがよい。」
「勿体ないお言葉です。どうぞまたお越し下さい。」
ペリーヌは貴族の男にそう言って深々と頭を下げる。
ペリーヌの隣でぼさっと立っていたダグも小さく頭を下げた。
貴族の男は満足そうに大勢の従者を引き連れて馬車へと向かっていった。
その一団にはサーラの一族のポピーやフランクとセシーリアの長女で来年成人のリリアナなど、教国関係者が同行している。
今日はランブルク王国からわざわざ足を運んできた貴族の接待の日だった。
「ねえ、あれペリーヌがつくったやつだよ?あのおじさん、ダグが作ったのと勘違いしてたよ?」
一団が遠ざかると、エステルと手を繋いでいたペロが不思議そうに尋ねる。
それにはエステルすらも「そうだよ」と言ってコクコク頷く。
しかしペリーヌは一団を眺めつつクスクス笑ってから口を開く。
「ふふ、一応ダグさんの審査は通っていますからね。あの程度で大満足なら、あの程度の武器がお似合いという事ですよ。」
「謙遜するな。悪くねえ仕上がりだったぞ。」
ダグは小さく笑ってペリーヌの頭をポンと叩くと、再び工房の中へ入ってゆく。
「ペリーヌ褒められたね!」
ペロはそう言ってペリーヌに満面の笑みを浮かべる。
ペリーヌははにかみながら微笑んでみせた。
ダグは自分が認めるような実力を備えていない者には、いくら金を積まれようと決してカタナを売らないと断言。
そこでペリーヌがカタナ作りをダグに教わりつつ、もとい目で見てその技を盗みつつミスリルで作っていた習作でも、ダグが認めたものをこうして露払いとして販売していた。
いくら習作とは言えペリーヌの鍛冶の腕もなかなかの物で、実際品質は超一流。
今回お買い上げしていった貴族の目が節穴という訳ではなく、実際誰が見ても「逸品」なのだ。
ちなみに今回買い物に来ていた貴族の男も目利きの利く者で、正当な評価額より多少上乗せした価格でペリーヌの習作を買っていったので、金で物をいう嫌みな類の貴族ではなかった。
その夜、ペリーヌ作のカタナがなかなか良い値段を付けた件が夕食の話題にのぼり、マーウーがダグに疑問を投げかけていた。
「ねえねえ、どーして実力がない人には売りたくないの?」
マーウーの疑問にダグは暫くフォークを持つ手を止めて考え、やがて口を開いた。
「いくつかある。技術と時間を注ぎ込んで作ったモノだ。…その価値の分からんヤツに乱用されたくない。だが、俺の打った物は何より力のないヤツにでも物凄い力を与えてくれる。」
「凄い切れ味だったもんね。」
ルキアがそう言うと、ダグはゆっくり頷いた。
「そうだ。大して強くもねえヤツに「自分は強い」と錯覚させちまう。その錯覚は鍛錬を遠ざけ、やがて死を招く。だからこそ、おいそれと適当に渡す訳にはいかねえ。」
「ふーん、ミスリルの武器とはワケが違ったもんね。職人の信念ってヤツだね。」
マーウーが感心したようにそう言うと、ダグはビールを一口呷ってから再び言葉を続けた。
「…前の世界で、俺の作った武器を手に戦争に行って、散っていった命が大勢あった。実力を伴わないヤツが使うことで俺の作った武器は敵に奪われ、今度は俺達の同朋を殺す武器になった。ありゃ地獄だった。同等の武器や防具じゃねえと裸同然。地獄だ。」
「そうですね。千年前の古代の遺物がまさにその状態を引き起こしています。回収には途方もない労力とお金を必要とします。」
サーラの言葉に一同はコクコクと頷く。
翌日、ダグとペリーヌが工房に籠もり、ペロやエステルがダグの工房で過ごしていると、ダグの工房にズカズカとニルツェツェグが入ってきた。
「おいっ!!打ってきたよ!!」
そんなニルツェツェグにダグは深いため息を吐き、ペリーヌはニコニコしながらニルツェツェグを出迎える。
「あらあら、いらっしゃい。」
「なんだいペリーヌ!あんたいつからこの失礼なのっぽの奥さんになったのさ!?」
ニルツェツェグの言葉にブスッとしていたダグは顔を赤くしながらそっぽを向き、ペリーヌも顔を赤くして慌ててニルツェツェグの両肩をガシッと掴む。
「のっぽって失…お、奥さんっ!?そ、そんな関係じゃないよ!!ダグさんに失礼だよ…!!」
「のっぽに失礼だって!?馬鹿言ってんじゃないよ!!ペリーヌに失礼だよ!!」
ニルツェツェグとペリーヌのやりとりにペロとエステルはワクワクした表情で見つめている。
ダグは半ば呆れ気味に口を開く。
「なんだ?お前さんわざわざ冷やかしに来たのか?」
「そ、そうだ!違うよ!あれからさ、あんたを「あっ!」と言わせたくて色々打ってきたんだよ!ちょっと見とくれよ!」
そう言ってテーブルの上にガラガラと剣を並べるニルツェツェグ。
中には見慣れた刀も混じっている。
「あ!カタナ!」
エステルが真っ先に刀を指差す。
それに気がついたダグは興味深そうに刀を手に取る。
ニルツェツェグは自慢気に口を開いた。
「それは嘗て何百年も前にトウシロウさんが里にオーダーしたカタナを参考に作ったもんだよ!ふんっ、吠え面かくんじゃないよ!」
「ほう…確かにトウシロウの旦那から借りたもんと良く似てるな。」
「確かにそうですね。でもこれ…」
ペリーヌが言い淀むとダグはペリーヌに話し掛ける。
「ペリーヌが言いたいことは分かる。ペリーヌ、あれを出して見ろ。」
「え、ええ…」
そう言ってペリーヌはアイテムボックスから一本の刀を取り出した。
ダグはニルツェツェグに受け取るよう向けて顎でしゃくってみせる。
ニルツェツェグはペリーヌから刀を渡された。
「そりゃペリーヌが作ったもんだ。それを見ても違いがわからんのなら、お前さんはまだまだだ。」
そんなダグの言葉にニルツェツェグは刀に穴が開くほどジッと見つめる。
「ペリーヌには何も教えてねえ。ただ俺の仕事を見てただけだ。」
「これ…ちょっと暫く借りてもいいかい?」
刀を眺めたままニルツェツェグがそう呟く。
ペリーヌは申し訳無さそうに「うん」と一言返事を返した。
それからニルツェツェグは無言のまま出した武器を全てアイテムボックスに収納し、あっと言う間に帰ってしまった。
教国歴四十一年秋の期 85日
ジーニャもマーウーもとっくに臨月を迎えていて、本邸は出産の準備で何かと慌ただしくなり始めていた。
ゲオルグも牧場は全面的にニコに任せており、ニコがゲオルグに成り代わる要員をアサインしてどうにかそつなく回せていた。
そしてこの日の未明、ついにマーウーのお産が始まった。
ロロの時はフライヤによる騒動の最中で非常に大変なお産となったが、今回は万全の体制で望むお産。
イツキも初めからひたすらマーウーに付き添い、マーウーから魔力を吸われ続けていた。
当のイツキは時々魔力回復の水を呷る程度で済み、魔力を全く気にする必要のないマーウー自身もかなり楽そうな様子だった。
朝方になるとララミェン達と寝ていたペロが部屋にやってきて、ジッとマーウーの様子をひたすら観察していた。
未だ本邸前の広場で暮らしているララルージュやララグレースは聖女の巡回を取り止め、有事の為に待機することに。
ララミェンに次ぐ二人目のエルフであり、そしてイツキ・モグサの子供の誕生目前というニュースは瞬く間に首都ミーティアを駆け巡った。
「何だかさ、ロロの時に物凄い苦労したから心配してたけど、全然へっちゃらだよ。」
マーウーはそう言ってクスクス笑う。
そんなマーウーの様子を見てイツキもホッとしたような表情を浮かべてマーウーの額に口付けを送る。
「そりゃ良かったよ。魔力の心配がないからかな?」
「イツキとマーウーとの間で魔力をシェアしている状態ですので、超長命種が陥りがちな魔力枯渇による身体への負担がありませんからね。」
サーラはそう言いつつもマーウーの額の汗を手拭いで拭った。
ベルヴィアは眉を八の字にしつつサーラに話し掛ける。
「でもさ、流石に汗をかくくらいにはしんどいんでしょー?」
「まー痛みはどうしてもあるけどね。でもこれくらいなら大丈夫そうかなー?」
「ふふ、そんな余裕ぶっていられるのも今のうちよ。」
ララミーティアはそう言ってマーウーの額をピンと弾いた。
とは言えマーウーはおどけたり笑ってみせたりと、終始余裕のある様子だった。
それでも直前になると悲鳴に近い叫び声をあげていた。
イツキはマーウーの両手を掴み、ベルヴィアもイツキの隣ででひたすら励まし続けた。
そしてララミーティアとサーラの手によって取り出されたのは、ララミェンと同じ真っ白なエルフの女の子だった。
時刻は既に昼下がり。
元気な産声が響き渡る。
ララミーティアによって洗浄魔法を施され、サーラによっておくるみに包まれたエルフの女の子は目を閉じたまま泣き声をあげ、マーウーの手に渡された。
先程までおどけたりして周囲を安心させていたマーウーだったが、我が子を腕に抱くと、涙が止まらなくなった。
嗚咽混じりに微笑みながら我が子を見つめるマーウーにイツキ達は順番に労いと感謝の言葉をかけてゆく。
「マーウー!おめでとう!」
ペロもパッとマーウーに駆け寄って赤ちゃんをジッと見つめる。
「ありがとね、ペロ。ペロはこの子のお姉ちゃんだよ。」
「ペロ、この子のお姉ちゃん。ねえ、お名前は?」
マーウーがペロに微笑みかけると、イツキ達に向けて口を開いた。
「この子の名前なんだけどね?私が決めてもいい?」
「女の子ならマーウーがって決めてたしね、当然だよ!」
イツキの言葉にマーウーはニッコリ笑う。
「この子はね、マイラ。マイラ・モグサ・ミーティア」
「マイラか。良い名前だね、マイラ。うん。」
マーウーの言葉にイツキ達は納得の様子で頷き合う。
マーウーは再び口を開いた。
「ずっとずっと昔、本当に昔ね、私が初めて加護を授けた女の子の名前がマムラだったの。空を飛ぶのと歌を歌うのが好きな有翼族の女の子。」
マーウーはそっと腕の中のマイラと名付けられたばかりの我が子の頬を撫で、言葉を続ける。
「いつかマムラに子供ができたら「マイラ」にしようねって二人で決めたんだ。」
「って事は…」
ベルヴィアがそう言うと、マーウーは切ない笑みを浮かべて頷いた。
「魔物溢れのせいで死んじゃった。弱くない、むしろ強い方だったけどね、それ以上にドラゴンとかワイバーンの大量発生でね。」
「そうか、じゃあそのマムラさんの分も精一杯愛そう。マーウー、改めて本当にありがとう。」
イツキはそう言ってマーウーに口付けを送ると、そのままマーウーの腕の中のマイラの頬をそっと撫でた。
「そしてマイラ、ようこそモグサ家へ。マイラの笑顔が、きっとこれからのモグサ家を一層明るく照らしてくれるだろうね。マーウーの血を引く子供だもんね、きっとみんなを幸せにするお日様みたいな笑顔だ。始まる長い長い人生、どうか末永くよろしくね。」
イツキの言葉に幸せそうに涙を浮かべるマーウー。
ララミーティアはマーウーに治癒魔法を改めてかけ、マイラの御披露目の為に部屋を出ることに。
扉をガチャリと開けると、リビングでは今か今かとモグサ家の面々、ララアリスとルキウス、ララルージュ一家、テオドーラ達引退組夫婦、ジーニャ一家にルキア一家、ララルルディとカミラ、そして天界から優子達と勢揃いだ。
そしてそんな一団の中にリーフィ達夫婦も駆けつけて待っていた。
イツキが代表して声を上げた。
「みんな!エルフの女の子が産まれました!母子ともに健康です!名前ですがマーウーの方から発表…」
そこまで言ってチラリとマーウーに視線を向けると、マーウーの腕の中に居るマイラが無作為に洗浄魔法や治癒魔法をそこかしこと乱発し始める。
生後間もなく魔法を乱発するマイラの様子にイツキ達夫婦だけでなく、本邸に居た全員が言葉を失ってしまった。
「凄い凄い!マイラ魔法使ってるよ!凄い!」
「魔法つかってるの!?凄いんだね!?マイラちゃんっていうの!?」
唯一ペロとエステルだけは大興奮でピョンピョン跳ねていた。
マイラの魔法、そしてペロ経由での名前バレに、やがて本邸の中には笑い声が響き渡った。





