556.ドワーフどうする
教国歴四十一年夏の期 60日
この日、朝からニコがゲオルグの牧場の柵に組んだ腕を乗せたままボンヤリとしていた。
常に生き生きとして忙しそうで、退屈そうにする様子など滅多に見せないニコだけに、イツキ達夫婦は不安になってニコに話しかけた。
「ねえニコー、何かあった?そんなボンヤリしちゃって珍しいじゃない。朝から羊をボケッと眺めるようなタマじゃないでしょ。」
ベルヴィアが代表してニコの背中にそう声をかけると、ニコはゆっくりと振り返ってイツキ達を一瞥。
そのまま力無く笑ってみせた。
「ああ…皆さんおはようございます。ボンヤリもしちゃいますよ…」
普段からは想像もつかない元気のないニコに益々不安を覚えるイツキ達。
「あー…はは、頑固親父みたいなドワーフの鍛冶屋が見つからないってか…まぁカズベルクにもそんな人居なさそうだもんなぁ。」
イツキは苦笑する。
ニコの目下の悩み事は天界からの「頑固で偏屈そうなドワーフが営む鍛冶屋」という要望にマッチした人材がまるで見つかりそうもないというものだった。
ドワーフと言えばバトサイハンやボルドのような底抜けに陽気で気のいい者か、オチルのようにハーフリングの血が色濃く商売っ気のある人当たりの良い者。
基本的にその二択しか見つからないと頭を抱えていた。
「あの辺は何もカズベルクだけじゃ無いんですよ?アランニヤも、ボーヴィッツも、ジャムブもあります。」
「名前くらいなら聞いた事あるけど、ドワーフの里が他にもあるんだもんね?」
ニコの言うとおり、カーフラス山脈には他にもドワーフの里が点在している。
いずれもカズベルク程の規模はないが、里の雰囲気はカズベルクと全く一緒であるとイツキもララミーティアも話を聞いていた。
「ええ、それだけあれば一人くらい偏屈な頑固者が居ると思うでしょう?」
「まぁ、ドワーフもいっぱい居るものね。」
ニコの質問にララミーティアがそう言って肩を竦める。
ニコは頭をグシャグシャとかき始めた。
「それが信じられない事にっ!一人も居ないんですよっ!?「芝居!?任せとけ!がはは!」なんて豪語しても酒がチラついたらすぐ陽気で気さくになっちゃうんですよ!?そんなやりとりばかりばっかですよっ!!「うまい酒をくれるなら何だって作ってやるぞ!?」なんて言う良い人たちしか居ないですよっ!!」
「ドワーフの人って大抵そんな印象だもんねー。天界の人達のドワーフのイメージ間違ってるよ。」
マーウーはそう言って頭の後ろで手を組んだ。
うんうんと頷くララミーティアとサーラを見てイツキは苦笑しつつも口を開く。
「実際この世界はそうっぽいけど、確かに俺の居た世界のドワーフのイメージは天界寄りだったかなー。」
「そうねぇ「俺が認めたヤツにしか武器は作ってやらん!」みたいなねー。」
ベルヴィアがそう言って顰めっ面を作ってみせると、イツキが笑いながら頷いた。
「そうそう、そんな感じ。その辺の有象無象の冒険者にはなまくらな武器しか売らないみたいなね。」
「ふふ、そんな商売をしていたら鍛冶屋なんて成り立つわけないじゃないですか。天界のイメージも地球のイメージもあくまで創作の中の設定でしかないですよ。」
サーラはそう言って右手で口元を抑えながらクスクス笑った。
ニコも大きな溜め息をついてから口を開く。
「本当にね、その通りなんですよ。鍛冶って趣味じゃなく、あくまで商売ですよ?他にも同等の品質の物が作れる鍛冶屋がゴロゴロ居るのに、そんな商売をしてたら鍛冶屋として成り立たないでしょう?」
「劇団に頼んだらー?」
マーウーがそう言うと、ニコは苦い顔をしたまま首を横に振る。
「それも考えましたが、それではリアリティに欠けます。ドワーフの役者は非常に少ないうえ、何より「頑固な鍛冶屋をずっと専属で演じてくれ」なんて要求、芝居を志している人が飲むわけないですよね?」
「そっかぁ、色んなお芝居したくて劇団入るんだもんね?無理かー」
マーウーは小さく笑う。
「大人しく「この大陸にはそんな頑固で偏屈なドワーフは居ませんし、鍛冶を生業にするようなドワーフにそんな芝居など器用な真似は出来ません」って言うしかないわね。」
ララミーティアが肩を竦めながらそう言うと、ニコはがっくりと肩を落とす。
「はぁ…何とかなりそうな要求だったのになぁ…まさかここまで見つからないなんて…悔しいなぁ…」
結局ニコの溜め息が増えるだけで、何の解決策も見つからなそうな雰囲気は変わらない。
しかしイツキがハッとした表情を浮かべる。
ニコはそんなイツキの表情を見逃さなかった。
「な、何か妙案が浮かびましたかっ!?」
「め、目聡いなぁ。ちょっと閃いたかも。」
イツキの言葉にニコはピョンと跳ねてイツキに抱きつく。
「是非聞かせてください!是非聞かせてください!」
「わーっ!言うから落ち着いて!ねっ!?」
ニコの豹変ぶりにイツキ達は苦笑してしまう。
そして暫くして本邸にて。
本邸の中にはイツキ達夫婦とニコ、デーメ・テーヌにウーラガン、その上司のアラスが集まっていた。
「ふむふむ。イツキの提案は特に問題無いな。ふむ。」
アラスは腕を組んでじっくりと考え込むような仕草をみせる。
イツキの提案はズバリ「別の世界から頑固で偏屈なドワーフを転生させれば良い」というものだった。
この大陸に住まうドワーフに天界側の要望を満たす頑固で偏屈なドワーフは不思議なくらいに皆無。
とは言え天界側の要望について気持ちは良く分かるイツキ。
それならば別の世界から要件を満たすドワーフの魂を引っ張ってくれば良いだけの話ではないか?とイツキは提案した。
「魔力がある世界から魔力がある世界への転生は確かに世界に対して影響をもたらさない。世界の運営に利がないからあまり前例がないだけで、特に禁じられている処置でもない。ふむ…」
ウーラガンもそう言って顎に手を当てる。
ララミーティアが呆れ顔で口を開く。
「ねえ、ちょっと。流石にそこまでする必要はあるの?そんな観光の為だけに他の世界から魂を引っ張ってくるなんて倫理的にどうかなって思うし、やり過ぎよ!別に陽気で気さくなドワーフで別に良いんじゃないかしら?」
ララミーティアの意見に賛成なのかマーウーも眉間にしわを寄せたままコクコクと頷く。
しかしデーメ・テーヌがばつの悪そうな顔で口を開いた。
「そこまでする価値がある程ではあるのよねぇ。」
「そーなのー?私もちょっと拘りすぎだと思うよ!なんかそれで死んだ人を引っ張ってくるなんて変だよ!」
マーウーはそう言って隣に座っていたイツキの太ももをパチンと叩いた。
「実際観光ツアーは大好評なのよ。「ドワーフの鍛冶屋が見たい」って要望も無視できないくらい貰ってるし…とは言えこの世界のドワーフだと確かにイメージが違いすぎるかなって。」
デーメ・テーヌの言葉にウーラガンとアラスはこくっと頷く。
「ま、まぁこの世界のドワーフの印象はどちらかと言えば「何故か鍛冶が出来るノーム」なのだ。「そういう世界なんです」と説明すれば良い話ではあるが、どうも違和感が拭いきれなくてな…」
ウーラガンの言葉にデーメ・テーヌだけでなくアラスも頷いている。
イツキは苦笑しつつも口を開いた。
「何となく倫理的にどうなの?って気持ちは分かる。分かるけど、例え天界側にどんな事情があるにしても、人生をもう一度やり直せるってのは死んだ側の人からしたら魅力的なのも分かるんだよね。」
イツキはそう言って天井から透けて見える青空を見上げた。
「志半ばで倒れた人、やりたい事が満足に出来なかった人、そんな人が救われるなら俺は割と有りな選択肢じゃないかなって思うんだよ。」
「かく言う私もイツキと同じ口だからさ、それでも鍛冶がしたいって人なら転生させてもいいかなーって思うわね。」
ベルヴィアも小さく手を挙げてそう意見を述べた。
サーラも苦笑しつつ頷きながら口を開く。
「私もですね。私の場合はユーコの命も関わってましたから、例えどんな思惑があろうと全力で縋りますね。」
「ふふ、みんなにそれを言われると悪くない気がしてくるわ。」
ララミーティアはそう言って眉を八の字にしながらイツキに視線を送った。
「だねー、そっかぁ。そうだよねぇ。」
マーウーもそう言ってイツキに纏わりつく。
イツキによる一見強引そうな提案はこうしてアッサリと受け入れられた。
アラスとデーメ・テーヌが天界へ帰って行ったのと入れ違いになって優子とラバゥが本邸へとやってきた。
「やほー、マーウーはお腹の赤ちゃんは順調?」
優子とラバゥの登場にマーウーはパッと優子に駆け寄る。
「スッゴい順調!早くイツキの子供の顔が見たい!」
幸せそうに微笑みながらお腹を撫でるマーウー。
「ふふ、私は母親なマーウーの姿も早く見たいですね。」
ラバゥはそう言ってマーウーの頭を撫でた。
マーウーは嬉しそうにラバゥにも抱きつく。
「えへへ、でもお腹の赤ちゃんが本当に無事に産まれるかちょっと心配。」
切ない笑顔をみせたマーウーに優子はウインクしてみせる。
「その辺は大丈夫。あの人ったらね、毎日のようにマーウーの状態をチェックしてるからさ!」
「わぁ、お義父さんそんな事してくれてるのー?」
急に話を振られたウーラガンは頬を赤らめながら咳払いをする。
「そ、それは…なんせ孫が産まれる訳だしな…」
「へぇ、父さんそんなマーウーのチェックまでしてくれてたんだ?」
イツキが向かいに座っているウーラガンにそう言うと、ウーラガンは観念したように穏やかな笑みを浮かべた。
「確認出来る手立てがあるのだぞ?確認したくもなるだろう。」
「ふふ、優しいおじいちゃんで良かったわね。これから産まれる子はみんな幸せ者よ。」
ララミーティアが悪戯っぽくクスッと笑う。
優子とラバゥもソファーに腰を下ろし、ララミーティアが紅茶を用意していると、イツキのお腹の辺りからヌッとタイキが姿を現した。
「おっ!お目覚めかー?ほら、おじいちゃんとおばあちゃんが遊びに来てるよー?」
イツキはそう言いつつ、タイキを抱きかかえながらウーラガン達へタイキを見せる。
タイキはイツキに抱かれながらジッとウーラガン達を見つめている。
「おお、なんと愛らしい事か!」
「あらー、やっと会えたー!わぁ、君がタイキだね?」
ウーラガンと優子は目尻を下げながらタイキを見つめる。
ラバゥもニコニコしながらタイキの様子を見ていた。
「魔力をイツキから貰っているからでしょうか、思った以上に成長が早いですね。」
「そーなんだよ。絶え間なくイツキの魔力を貰ってるからっぽいよね。」
マーウーもラバゥの意見に賛成なようで、そう言いながらタイキの頬をぷにっと指で触る。
イツキは腕の中のタイキを眺めながら優しく微笑む。
「タイキの成長もキョウシロウの成長も、マーウーのお腹の中の赤ちゃんも、ジーニャの赤ちゃんも、楽しみが多くて幸せだよ。」
「やっぱり賑やかなのが一番ね。」
そう言ってララミーティアもイツキの腕の中のタイキを覗き込む。
その時、本邸の中にペロとエステルがなだれ込んでくる。
「イチュキ!ジュース!」
「パパー!のど乾いた!」
ペロとエステルは汗だくでイツキの腕の中にいるタイキを眺める。
ララミーティアが汗だくの二人に洗浄魔法をかけると、ペロとエステルはすっかり整った身なりに戻る。
「はいはい、二人ともリンゴジュースだね?」
イツキはグラスに入ったリンゴジュースを2つ召喚し、ペロとエステルに差し出す。
「おばあちゃん達まだラヤとリオの子供見てないでしょー?」
ペロはリンゴジュースを飲みながら優子にそう尋ねると、賺さずエステルも口を開く。
「4匹いるの!かわいーよ!」
「あらー!おばあちゃん犬大好き!この後見に行こっと!」
「はは、そうだな!折角だ。ラバゥも見に行くか?」
ウーラガンの言葉にラバゥもニコニコしながら頷く。
「ええ、そうしましょう。エステルもペロも、この後案内してくださいね?」
そんなラバゥの穏やかな問い掛けにペロもエステルも元気よく答え、エステルはピョンとラバゥの膝の上に座った。
平和な昼下がりはすぎてゆく。





