第9話 能力名
月曜日である今日から本格的に学校生活が始まる。
特隊高校は普通の学校と違い、午後は選択クラスを受ける事になっている。
逆に言うと午前中は普通の学校と同じで国数理社の4教科を勉強する。
なので通常授業を受ける時のクラス分けも存在するのだ。
「やりましたね、お兄様! 楓と同じ3組ですよ!」
「え……あぁ。よろしくな、楓」
楓は子猫のようにぴょんぴょんしていてとても喜んでいるようだ。
俺は楓と同じ3組。
会長は……どうやら違うクラスみたいだ。
凄く落ち込んでるのが顔に出てる……。
「颯太さんと同じクラスだなんてずるいわよ! 大体、星宮さんは中2じゃなかったの?」
「確かに楓は13歳です。でも、楓はお兄様が高校に入る事を聞いて飛び級してきたのです!」
そっか……何で同じ学年なんだろうって思ってたら飛び級だったのか。
さすが日本に10人しかいないSランクの一人だ。
そう思いながら俺は、自分のクラスに向かうのだった。
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さて、高校に入ってから初の授業が始まる訳だが……今日は1、2、3時間目は全て現代社会のようだ。
「~~~であるから、特隊は内部の犯罪にだけ目を向けて~~~~」
先生が色々語ってくれてはいるが、この辺は既に予習済みだ。
既に予習していて暇なので、全部予習できていたかどうか頭の中で整理でもしてみるか……。
◇
詳しくは分からないが、能力者と呼ばれる者たちが誕生したのは1000年以上も前だとされている。
突如として現れた彼ら能力者の並外れた強さは、世界の均衡を壊し、各地で争いを勃発させた。
その戦いの規模は時間と共に膨れ上がり――今日では第三次世界大戦と呼ばれるほどである。
この戦争は、『アラン』という人物が世界の頂点に君臨することでようやく終結した。
それから、世界は大きな変貌を遂げた。
アランは、第3次世界大戦で多大なる戦績を誇った仲間6人を、ヨーロッパ州、アフリカ州、オセアニア州、北アメリカ州、南アメリカ州、そしてアジア州の6つの州に<州の長>として人ずつ配置した。
つまり……今の世界は、アランにより支配された世界と言っても良い。
だが、かつて南極大陸が存在した場所に存在する<未開大陸>、完全に独立していて外界と閉ざされている<最後の科学>などと言った、アランに支配されていない地域も存在する。
しかし、それらの地域の者達は外とは関わりを持たない。
つまり……この事から言いたいのは、現在では国と国との戦争と言う概念は存在しないという事。
当たり前の話だ。今の「国」はアランの所有物のような物だからな。
凄い分かりやすく言うと、日本をアランだとすると、今の「国」は「群馬県」のような県みたいな物。さすがに「群馬県」と「埼玉県」が戦争なんてありえない。
もし、国が独自で戦争を起こそうとすれば、反逆とみなし<州の長>、酷ければ今でも世界の頂点に君臨するアラン直々に消されてしまうだろう。
だがしかし、国同士の戦争が消えても、国内での犯罪などが消える訳ではない。
だから……そんな国内での犯罪に対処する為にできたのが特隊なのだ。
◇
取り敢えず、頭の中で整理してみたけど抜けは無さそうだな。
これなら今日の授業は受ける意味ないかなぁ、と思い寝てたら午前中の授業が既に終わってた……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
昼休みは楓の作ってくれたお弁当を会長、楓と一緒に食べて終わった。
楓の料理がおいしすぎて、つい食べ過ぎてしまったな……。
そして、次はいよいよ午後の授業だ。
特隊学校の1年生の午後の授業は選択性。
俺は、メインで武力クラスを選択している。
楓と会長も武力クラスなので、3人で一緒に教室に向かっていのだが……
「やぁ、き……颯太君。もう学校で1,2の美少女二人を落としているなんてさすがだね~」
げっ……無駄に顔だけはイケメンの秋月に出会ってしまった。
そういえば……こいつも武力クラスを選択するって言ってたなぁ。
「お兄様、何なのですか……この人?」
楓は不審そうに秋月を見ながら、目を紫色に光らせる。
楓は初対面の人と会う時は、能力で相手が過去に見た映像を見る癖があるのだ。
相手がスパイだったり、不審な人物でないか確かめる為に。
「おっと、僕が過去に見た事を見る気ですか? あー少し恥ずかしいですね。僕が毎晩お世話になってるエロ動画とか見られちゃうじゃないですか~」
え……何こいつきもい。
と言うか楓にそんな物見せる訳には……
「楓、ストップ! 秋月の過去なんて見るな! 楓には早すぎる!」
そう言って俺は急いで楓を秋月から遠ざけさせる。
はぁ……危なかった。
秋月に文句を言ってやろう。
「おい、秋月! うちの妹に何してくれる!」
「はぁ……。僕、何かしましたか?」
凄い……いらつく……。
確かに楓が勝手に過去覗こうとしただけどさぁ。
まぁ、こいつとは関わらないのが一番だな。
「楓、秋月には関わるなよ。後、過去も未来も見ようとするなよ!」
「え……まぁ、お兄様がそう言うのなら……」
俺は今一度、楓に念を押して、秋月から逃げるようにその場を離れる。
楓と会長も同じ事を思ったらしく、俺と一緒にその場を離れた。
うん、こういう奴は無視するのに限る。
その後、その場に残った秋月は呟く。
「嫌われちゃいましたね~。僕としては如月……如月颯太君と仲良くなりたかったんですけど」
そして彼はポケットの中からスマホを取り出し、操作する。
「でも……過去・未来を見る能力ですか~。結構面白そうな能力ですね~」
そう呟きながら。
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「さて、今日は自分の能力の能力名を決める授業とする」
筋肉ムキムキ、坊主刈りで男前のある、武力クラス担当の東郷先生がそう告げる。
今は武力クラスの授業なんだけど……能力名を決める……?
金曜日の見学で説明を受けずにさぼったからよく意味が分からん。
ちなみに金曜日にさぼった事については、この学校は放任主義なので怒られたりはしなかった。
「能力名は一生使うから真剣に考えろよー」
先生はそう言った後、その場で筋トレを始めてしまう。
えぇ……特に説明とかないのか……。
仕方ないので、俺は隣に座っている会長に聞いてみる。
「能力名を決めるって何ですか、会長?」
「何って……特隊は皆、最初に能力名を決める事になってるのよ」
「何でですか?」
「戦闘中の通信とか作戦会議とかで能力名があると便利だからよ」
あ……そっか。
確かにその通りだ。
例えば俺の【死淵】で例えてみると、作戦会議の時に【死淵】って名称が無いと
「俺の、5分間だけ『生きる』を全て戦闘に向ける事で人間としての100%の力で戦う事ができる奴で○○を倒す!」
みたいな感じで長くて面倒だけど、【死淵】という名称があれば
「俺の【死淵】で○○を倒す!」
という感じで簡潔に言う事ができる。
そういえば温恩デパートにいたBランクの奴も《時を刻む魂》って能力名付けてたなぁ。
まぁ、意味は分かったけど無能力者の俺には、この授業はやる事ないな……。
そんな俺を気遣ってくれたのか、会長は俺に話し掛けてくれる。
「そういえば、【死淵】って颯太さんが考えたの?」
「いえ、あれは師匠から貰った代々引き継がれてきた名称です」
俺はそう答える。
【死淵】とは1800年程前、まだ能力者の存在しない鎌倉時代の頃から如月によって引き継がれてきた物。
俺はただの継承者に過ぎないのだ。
会長は続けて質問してくる。
「【死淵】って私にでもできるの? 後、颯太さんが飲んでた猛毒薬について少し調べたら、国の許可を貰った薬に猛毒薬なんて無かったのだけど……少し見せてくれないかしら?」
あ……猛毒薬の事について触れられてしまった。
この前は国から許可取ってる、なんてでたらめ言ったけど、実は許可なんてもらってないんだよな……。
そもそも猛毒薬の許可を国から貰うなんてできないと思う。
取り敢えず、話を逸らそう。
「えっと……【死淵】は能力者に使う事はできません。それより会長は能力名決まりましたか?」
「まだ決まってないわ。結構難しいのよね。一生使う物だし……」
「遅いですね、生徒会長さん! 楓はもう決まりました!」
楓が子猫のようにするりと話に加わってくる。
どうやら能力名を決めたようだ。
確か楓の能力は……見た物が過去・未来に見る映像を見る能力だから……
「どんな能力名にしたんだ?」
「……楓の能力名を聞いても凄すぎて驚かないで下さいね、お兄様! 楓の作った能力名は《混沌する視界》です!」
「…………」
何というか反応に困る至って普通で簡単な能力名だな……。
凄い中2っぽい……というか楓は年齢的には中2なのか。
「暇なので、楓が生徒会長さんの能力名も決めてあげます! 《凍てつく冷気》でどうですか?」
「……ありがとう、星宮さん。折角だしそれにするわ」
えぇ……それで良いんだ……。
と、まぁこんな感じで楓の能力名は《混沌する視界》、会長の能力名は《凍てつく冷気》と決まって、今日の授業は終わった。
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そうして学校も終わったので俺と楓と会長は一緒に下校をしている。
会長も途中までは帰り道が同じみたいだ。
それは良いのだけど……何故か楓の隣には、6歳くらいの可愛い女の子、ニーナがいる。
「えっと……楓? 何でニーナもいるんだ?」
「……すいません、お兄様。家で一人だとかわいそうだと思い、学校に連れてきてしまい……職員室に預けていました……」
楓は怒られた子猫のようにしゅんとしている。
別に怒った訳ではなにのに……などと思っていたら
「……かいちょー、おしっこしたいー」
ニーナがトイレに行きたいと言い出した。
「あ、じゃあ私がニーナちゃんの事をトイレに連れていくから、颯太さん達はあそこの公園で待っててくれると嬉しいわ」
「お願いします、会長」
そう言って会長はニーナをトイレに連れて行った。
残った俺と楓は公園のベンチに座って、会長の事を待っていたのだが……突然楓が俺の方に倒れ掛かってきちゃった!
そのせいで楓の小さくて柔らかい胸が……俺の肩に当たって来ちゃってる!
「え、ちょっと、楓……さん? 何をして……」
俺がパニクって楓の方を見たら……
楓は疲れた子猫のようにはぁはぁと疲労困憊した様子で両目を金色に光らせている。
確か楓の目が金色に光っている時は……未来を見てる時だったな
でも……確か楓は片目で数秒間未来を見るだけでも疲れるのに……それを両目でずっと発動させるなんて……
「楓! 何でそんな無茶してるんだ! 一回、能力を止めろ!」
俺は楓に怒鳴って注意をする。
何かしら事情があるのかもしれない。
でも……多分……こんな風に妹が無茶な事をするのを止めるのが兄としての俺の役目だと思うから……。
だから俺は、例え楓に嫌われようと怒ってやらなきゃいけないんだ。
「…………すいません、お兄様……」
そう言って楓は能力を解除する。
と、それと同時に楓は慌てて叫ぶ。
「お、お兄様! ニーナちゃんは何処に!?」
「え……ニーナなら、さっき会長とトイレに行ったけど?」
「な……急いで行かないと!」
楓がそう言って、ニーナの所へ行こうとした瞬間──
頭上の木から突然、楓と同じくらいの年齢の少女が
「キキッ、行かせる訳ないっしょ!」
と言いながら木から落ちてきた。
腕には『A』と書かれた腕章を付けている。
「だ、誰だお前?」
「キキッ、特隊学校の制服着てる癖に私の事知らない??」
「あなたは……琴葉さんですね……?」
「楓、知ってるのか?」
「…………彼女は日本一のプロの特隊の部隊<棘穴無光>の一人です」
「日本一……?」
「はい、お兄様。4人編成の部隊でSランク、Aランクが2人ずつ、そして……日本最強のSランク、八神がリーダーを務めている部隊でもあります……」
な……日本で10人しかいないSランク。
更にその10人の中で一番……つまり日本最強のSランク……だと?
何でそんな奴が俺達を……という疑問に答えるかのように楓は言う。
「お兄様、向こうの狙いはニーナちゃんです。早くニーナちゃんの所へ行かないと……」
さっきは無茶してまで未来を見ていたし、楓は既に何かを知っている感じだな……。
どういう事か教えて貰いたい所だけど、取り敢えず今は……
「ここは俺が食い止める! 楓は先に行ってニーナの事を助けてくれ!」
「……分かりました、お兄様」
そう言って、楓はこの場を去る。
心配ではあるが、事情を知らない俺よりは楓の方が適任だろう。
「キキッ、お前がこの場を食い止める? お前、無能力者っしょ? 無能力者なんて瞬殺して楓とやらを追ってやるっしょ!」
こいつも俺を無能力者としか判別してない……か。
俺はポケットから毒薬を取り出し、口に放り込む。
カリッ
そうして俺は【死淵】を発動させて告げる。
「やれるものなら…………やってみろ!」