叱る
「なあトール。いきなり来たのは俺が悪いんだから、何て言うかその……ゆっくりシテてもいいんだぜ?」
「いや、そういうのじゃないですから。そもそもリリンは男の子ですし」
「そうなのか? まあ男色趣味は別に珍しくも無いし、これだけ容姿がいいなら……」
「だから違いますって! 僕は普通に女性が好きですし、そもそも子供相手にそんなことしないですよ!」
ジェイクさんに必死に抗議する間、リリンは横でニコニコと笑顔を絶やさない。きっと子供故に内容が理解できないんだろう。是非ともそうであって欲しい。
「まあそんなことはどうでもいいさ。で、俺に用事ってのは何なんだ?」
「僕としては全くもってどうでも良くはないんですけど……用事って言うか、ちょっと依頼がありまして」
「依頼? 何だ?」
「僕たちに……正確にはこの子をメインに、剣を教えて欲しいんです」
そう言って、僕はリリンの背をポンと叩く。するとリリンがその場で立ち上がり、「よ、宜しくお願いします!」と90度腰を折る。
「あーん? 話が見えねぇな……こうなった経緯を聞かせてみろ」
顎に手を当ていぶかしそうな目で僕とリリンを交互に見るジェイクさんに、僕は魔王と呼ばれていきなり襲われたことや、リリンが勇者に憧れていることなどを話す。が、話せば話すほどジェイクさんの表情が険しくなっていく。
「いきなり斬りかかってきた様な奴を弟子にしたのか?」
「え、ええ。まあ、子供のやることですし……」
「子供ったって、12だろ? 十分に分別のつく年齢だし、そもそもコイツがちゃんと鍛練を積んだ剣士だったら、お前自分がどうなってたか想像がつくか?」
「それは…………」
確かに、今回の問題はひとえにリリンの実力が圧倒的に低かったから大した問題にならなかったということでしかない。もし実力があったなら、例え練習用の剣であったとしても僕はボコボコに叩きのめされていたかも知れない。そう考えれば、それはとても怖いことだ。
でも、『威圧の絆』を結んでしまった僕としては、あまり強く出る気にもなれない。現実的な被害が何も無いに等しかったのもあって、どうしても「子供がやったこと」という意識が強いのだ。
ただ、なあなあで済ませちゃいけないという事もわかってる。わかってるけど……僕自身もまた子供なせいで、どうしていいのかがわからない。
「はぁ……おい、リリンとか言ったか? ちょっとこっちに来い」
言葉に詰まってしまった僕を見て大きくため息を吐いてから、ジェイクさんがリリンを手招きする。それに従い、緊張した面持ちでリリンがジェイクさんの前まで歩み寄る。
「いいか? お前がやったことは辻斬りだ。実力が伴わなかろうが剣の刃が潰してあろうが、他人を一方的に悪人に仕立て上げて斬りかかるなんざまともな人間のすることじゃねぇ。斬りかかった相手によれば、もっと小さな……それこそ5歳とか6歳のガキだったとしても、そのまま返り討ちで斬り殺されても文句は言えねぇことをしたんだ。その自覚がちゃんとあるか?」
「ボ、ボクは、勇者に……」
「うるせぇ。テメェの都合なんざどうでもいいんだよ。お前にトールを魔王だと吹き込んだ奴だって、だから殺せと言ったわけじゃねぇんだろ? なら責任はお前自身にある。今のお前は勇者どころか犯罪者だ。それをまず自覚し、どうすればいいか考えろ」
「うぅ……ぐずっ…………」
ジェイクさんの容赦ない責めに、リリンの目からみるみる涙が溢れてくる。下を向いて拳を振るわせ……でも、ジェイクさんの態度が緩むことは無い。
「泣くなとは言わねぇ。だが、泣いてどうする? ここで泣くだけなら俺もトールもお前に同情なんてしねぇぞ? それとも泣いて帰るか? だったら止めねぇ。精々家で親父にでもぶん殴られて来い」
「親父に」の部分で、リリンの体がビクッと跳ねた。でも、それに気づいてもジェイクさんは何も言わないし、僕もまた何も言えない。ここで下手に手助けしたり同情の横やりを入れるのは、誰よりもリリン自身のためにならないと思うから。
「ひっく……師匠……トールさん……」
嗚咽に震えながら、リリンが僕に向き直る。その顔はぐしゃぐしゃだけど、その瞳は真っ直ぐに僕を見ている。
「ごめんなさい……斬りかかってごめんなさい。魔王って言ってごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…………」
「……うん、許すよリリン」
泣きながら下げられた頭を、僕は手を伸ばして優しく撫でた。柔らかいキャラメル色の髪が、くしゃくしゃになって僕の指に絡む。
「いいのか?」
「はい。僕は……許せる人でありたいですから」
人は誰でも間違いを犯す。それは些細なこともあれば、取り返しのつかないことだってあるだろう。軽い謝罪で笑って済ませられることもあれば、土下座して腹を切ってみせられても収まりがつかないことだってあると思う。僕には想像もつかないけれど、相手を八つ裂きにして尚許せないなんて恨みがあるということは、歴史が物語っている。
それでも、僕は許せる人でありたい。真摯に謝り、心から悔いているなら、その人には救いがあってもいいと思いたい。それはいつか過ちを犯すかも知れない自分に対する免罪符かも知れないし、あるいは他人を許すことで自分の優位性を示す偽善的な心かも知れない。でも、それでも、許される人の心を少しでも軽くできるのであれば、僕は許せる人でありたい。
「そうか。まあお前さんがいいならそれでいい。元々関係無い俺が首を突っ込むようなことじゃないしな。だが、俺が剣を教えるなら話は別だ。俺の教えた剣で辻斬りなんてされたらたまったもんじゃねぇからな」
「え? 教えてくれるんですか?」
話の流れ的に、正直断られても仕方ないと思っていた僕は、驚いて思わず声をあげてしまった。
「何だよ、お前さんが教えろって言ったんだろ?」
「いや、それはそうですけど。あ、じゃあ、報酬とかは……」
「あぁ、いらねぇいらねぇ。お前さんにはだいぶ借りもあるからな。まあその代わり1日つきっきりみたいな指導はしねぇぞ? そうだな。時間は大体今日ぐらいから日が落ちるまで、期限は3ヶ月くらいでどうだ?」
「あ、ありがとうございます! ほら、リリン?」
「ぐじゅ……あ、ありがどうございまず、ジェイク先生……」
「先生!? 先生か……はっはっ。何だオイ。ケツが痒くなっちまいそうだなオイ」
先生と呼ばれるのがまんざらでも無いのか、ジェイクさんが照れくさそうにそっぽを向いた。それはジェイクさんがリリンを受け入れてくれた証のような気がして、僕の胸に何とはなしに温かい気持ちが宿る。
「にしても、トールが師匠ねぇ……お前さん自身は何を教えるんだ?」
ジェイクさんの問いは、僕が一番悩んだことだ。師匠と呼ばれても、僕にはリリンに教えられるようなことがない。農業とか料理にしても『威圧感』の存在が前提だから、他人に教えられることなんて精々折り紙のバリエーションくらいしか思いつかない。
流石にそれを教えられてもリリンも困るだろうから、とりあえず剣に関してはジェイクさんを紹介することで体裁を……と思ったら、リリンに「だったら一緒に修行しましょう!」と言われてこの流れになった。なので、僕が教えられることは――
「えーっと……格好いい見栄の張り方、とか……?」
「ぷっ……くっはっはっ! そうかそうか! そいつぁいいな! お前さんが教えるのにピッタリだ!」
お腹を抱えて笑うジェイクさんに対し、リリンは「勇者は見た目も大切ですよね」と健気なフォローをしてくれる。くそぅ、何か言い返したいけど、手持ちの札が何も無い……まあ実際笑いを取りにいったようなものなので、そう言う意味では成功ではあるけど、それでも何だか釈然としない。
頭の上から「相棒らしくて俺は好きだぜ?」と控えめな……あるいは笑いをこらえるような震えを感じることに憮然とした表情を浮かべつつも、僕の家の中には、みんなの笑顔が満ちていた。





