やらかしドミノ
やらかした。完全にやらかしてしまった。眷属化とか言われて、何となく「対魔物専用スキルかな?」と思っていたのが間違いだった。そもそも『威圧感』が普通に人間にも効くんだから、こうなることは予想して然るべきだった。
僕の横には、凄くイイ笑顔で僕を見上げている少年がいる。身長は150センチくらいで、キャラメル色の柔らかそうな髪が肩より少し下くらいまで伸びている。はしばみ色の大きな目には溢れんばかりの好意が乗り、健康と不健康の狭間でギリギリ踏みとどまっているような白い肌は、今は興奮によってか僅かに赤みを増している。
端的に言えば、凄く綺麗で可愛い子だ。もう少し大人になれば、さぞかし女性にもてることだろう。むしろ今は今で、違う層にはモテモテかも知れない。そんな美少年と僕は手を繋いで歩いている。引き続きえっちゃん達はお留守番中で、目的地は、さっき出てきたばっかりの冒険者ギルド。つまり町中を歩いているというわけで……
うぅ、周囲の視線がいつもよりガンガン刺さってくる気がする。魔王なんて言われたせいでどうしても意識が切り替えきれなくて、こうしてる姿も魔王に連行される生け贄の少年、みたいに見えるのかなぁなんて思いが頭を過ぎる。まあ本当に生け贄だったらこんなニコニコ笑いで手を繋いだりはしないだろうけど……
「ねえねえ、師匠?」
「ん? なんだリリン」
「師匠の手、温かいですね」
「そ、そうか……」
何だろうこの感じ。嫌とか不幸とかそう言うのでは全く無いけど、個人的にはこういうやりとりはミャルレントさんとしたかったなぁという思うがひしひしと……
「……お父さんは、ボクと手とか繋いでくれないので……」
「……そうか」
少しだけ、繋ぐ手に力を入れた。痛くないように優しく。離れないように強く。
「師匠?」
「手ぐらいいつでも繋いでやるさ。ほら、行くぞ」
「はい!」
心底嬉しそうに返事をして、リリンが僕の腕に抱きついてくる。ちょっとだけ歩きづらくなるけど、まあこのくらいはいいか。
「暑くないか?」
「……実はちょっと暑いです。でも、何か楽しいので我慢します」
「そうか……無理はするなよ?」
「はい!」
そんなたわいの無い会話を交わしつつ、僕たちは冒険者ギルドへと辿り着く。
「いらっしゃいま……トールさん? どうしたんですか?」
さっきの今で戻ってきた僕に、ミャルレントさんがいつもの挨拶を中断して不思議そうに言う。
「ちょっとジェイクさんに用事ができてな。彼は今は何処に?」
「ジェイクさんですか? 依頼で町を出てるので……予定だと、今日の夕方には帰ってくるみたいですね。もう数時間で戻られると思いますけど」
「そうか。それじゃ、時間を見計らってもう一度来ることにしよう。一応私から用事があると言伝をして貰って構わないだろうか?」
「わかりました。ではそのようにお伝えしておきますね。ところでトールさん……」
一端そこで言葉を切ると、ミャルレントさんの視線が僕から横のリリンへと移る。
「リリンちゃん……いえ、リリン君とは随分仲が良いんですね?」
「うむ。いつの間にか懐かれてしまってな」
「師匠はボクの師匠ですから!」
「師匠? トールさんが何か教えるんですか?」
「あー、いや、その辺はまあ、適当にな」
ミャルレントさんの問いには、正しく適当にお茶を濁すしかない。僕にしてみれば本当に「いつの間にか懐かれた」としか思えない感じで、気づいたらこうなっていたとしか言いようが無い。でも、他人にそれを説明しても理解しては貰えないだろう。自分を殺しに来た……今となってはそれも疑問符がつくけど……勇者が、その日のうちに弟子になって手を繋いで歩いているとか自分で考えていても意味がわからない。
強いて言うなら神様の固有技能が勤勉に働いてくれた結果なんだろうけど、それを最初から説明するのはそれだけで一仕事だしね。
結局ジェイクさんへの言伝だけ頼んだら、僕たちは再び僕の家へととんぼ返りだ。5分10分ならともかく、いつ帰ってくるかわからない相手を何時間もギルドで待ってるのは時間が勿体ない。
「ふぅ。ただいまー」
家の扉を開ければえっちゃんがぴょいんと頭に乗ってきて、「お疲れさん」と癒しのプルプルマッサージを頭皮に施してくれる。色々ありすぎて疲れた頭に、ひんやりした感触が気持ちいい。
「あ、今お茶入れますね」
「ああ、ありがとうリリン……いや待て。何でリリンがお茶の場所とかを知ってるんだ?」
「え? それはその辺にいるスライム達が教えてくれたので……」
「ああ、そうか」
言われてみれば、インドア派のスライムたちは基本家の中で何やらずっとプルプルしてる感じだから、そりゃ何処に何があるかくらい把握してるだろう。当然僕の眷属だから、全員意思疎通ができるし……あ、そうだ。リリンの固有技能とかもチェックしておかないと……
リリンがお茶の用意をしている間に、僕はこっそり眷属リストを開いてリリンの項目を調べる。名前、年齢、性別……うん、特に変わったところは無い。では問題の固有技能は……うーん?
「どうしたんですか師匠?」
首を傾げながらコップを差し出すリリンに、僕は「何でも無い」と答えながらそれを受け取り中身を一口。リリンもまた僕の目の前の席に座り、手にしたコップから中身を飲んだ。
「うわぁ、美味しいですねこれ」
「そうだろう? 先日知人にご馳走して貰ったのが美味しくて、自作してみたんだ」
僕たちが飲んでいるのは、僕の畑で威圧栽培した自家製ハーブを使った水出しハーブティーだ。レモングラスとかいうぱっと見雑草にしか見えない感じの草を使ってるんだけど、『威圧感』を駆使することで乾燥と抽出の手間と効率が大幅にあがり、簡単に作れるのになかなかの味になるので気に入っている。香りはレモンっぽいのに味はスッとする感じで、夏に飲むには最適だ。
そうやってお茶を楽しみつつ、僕はさっき見たリリンの固有技能を思い出す。と言っても、何か変な物があったわけじゃない。むしろその逆で、リリンには何の固有技能も追加されていなかったのだ。
スライム達には『威圧感・』が追加されたのに、リリンには何も追加されないのは何でだろう? 種族の違い? 実力とか才能とか、その他の差? 考えたところで答えが出るわけでは無いけど、少なくとも眷属化したからといって必ずしも僕の影響を受けるわけでは無いみたいだ。まあ人間であるリリンに下手に『威圧感』系統の固有技能を追加したりしたら日常生活で困るだろうから、これはこれで良かったのかも知れない。
「あ、師匠!?」
「ん? おっと」
考え事をしていたせいか、カップを傾けすぎて口元からハーブティーがこぼれてしまった。
「大変! すぐに拭かないと染みになっちゃいます!」
「ああいや、僕の服はそんなに簡単に汚れないから大丈夫だよ?」
「そういうわけにはいかないです! じっとしててください!」
僕の制止を振り切って、リリンが近くの棚から適当な布を取り出すと、ハーブティーがこぼれた場所……股間の辺りをポンポンと叩き出す。その光景に「あ、これってひょっとして……」と嫌な予感が走ったけど、それをどうにかする前に、家の扉が豪快に開かれた。
「おう、トール! 用があるって話だが…………」
僕の股間に顔を埋めている(様に見える)とても可愛い感じの(男の)子の姿を見て、ジェイクさんが入り口で固まる。
「あー……すまん」
「えっちゃん、GO!」
清々しい程のテンプレ展開にジェイクさんが扉を閉めようとするのをえっちゃんがその身をもって阻止し、変な勘違いをされる前に僕はそのままジェイクさんを部屋に招き入れることに成功した。





