衝撃の出会い
「そういうことだったら、畑の野菜で良ければ採ってこよう。少々待ってもらえるかな?」
そう言って僕は家の畑へと歩き出す。「そんな、悪いですよ!?」と「トマト多めでお願いします」という二人の声が背後から聞こえたけど、どっちがどっちかは言うまでも無いだろう。にしても、リタさんもトマトが好きなのか……優勝賞品の野菜はすぐ食べて美味しいものは少なめに、日持ちしそうなのは多めに入れるバランスで考えていたけど、そういうことならトマトを少し増やしてみようかな?
そんなことを考えつつ歩けば、家の畑はあっという間だ。そもそもほんの100メートルとかその程度の距離でしかないからね。振り返れば二人の人影も普通に見えるだろう。そこで僕は野菜を収穫しようとして、畑の周りの柵にへばりつく小さな人影を見つけた。
猫だ。猫である。それも猫っぽい人はなく、人っぽい猫だ。小さな猫人族の子供が二人、柵越しに僕の家の畑をじっと見つめている。
「おい、子供達よ。こんなところで何をしているのだ?」
「んー? ひっ!?」
「フニャッ!?」
僕が声をかけると、振り返った子供達から悲鳴があがる。茶色い毛並みの男の子の方は表情をこわばらせつつ両手を顔の横で構えて威嚇するようなポーズを取り、それより小さい真っ白な毛並みの女の子は、男の子の後ろに隠れるように体を小さくし、怯えた目でこちらを見てくる。
……うん、最近は慣れてくれた人が多くなってきたから忘れかけてたけど、始めて僕を見たらこうなるよね。わかってる。わかってるけど、それでもやっぱり心にクるなぁ。
「私は別に怖くないぞ? この家の主だ。それにほら、スライムだっているぞ? なあえっちゃん?」
僕の呼びかけに答えて、えっちゃんがぴょいんと頭から飛び降りる。子供のハートを掴むなら、えっちゃん先生にお任せだ。じりじりと子供達ににじり寄っていく様は一見するとホラーゲームで獲物を追い詰めた魔物みたいな感じだけど、プルプルと愛らしいえっちゃんに恐怖要素は微塵も無い。実際子供達も魅惑のプルプルに好奇心が恐怖に勝ったのか、少しずつ近づいてきてえっちゃんをつんつんつついたりしている。具体的には男の子の方が腕を伸ばしてつつき、女の子の方はそれを後ろから見守っている感じだね。
「お兄ちゃん、怖くない?」
「オウ、大丈夫……大丈夫だな。オマエ、言葉はわかるのか?」
ぷるるーん!
えっちゃんがその身を震わせ「当然だぜ!」と答える。それを聞いてこわばっていた男の子の表情が和らぎ、「見ろよ、ファーガストと同じだって」と女の子の手を引いてえっちゃんに触れさせていた。うん、流石えっちゃん先生だ。僕が町の子供たちとまともに会話できるまでにはかなりの時間がかかったんだけどなぁ……まあ今は落ち込んでる場合じゃ無い。
「それで、君たちは何故こんな所にいるんだ? ファーガストを知ってるなら、ミャルレントさんの知り合いか?」
「な、なんだよ。そっちこそレン姉の知ってる人か?」
僕の方を見る男の子の目には、未だ警戒の色が浮かんでいる。それでも会話が成立するなら十分だ。話さえ聞いて貰えない状況から会話出来る関係まで持っていくのが一番難しいので、そこをクリアできたなら後はゆっくりやればいい。
「ん? ちょっと待て。レン姉の知ってる人で、馬鹿みたいに全身真っ黒で、何か怖い感じの人……オマエがトールか?」
「あ、ああ。私がトールだ」
男の子の口から出た「馬鹿みたいに真っ黒」の一言に、僕は思わず膝をつきそうになったけど、ギリギリで踏みとどまって辛うじて名前を言えた。うぅぅ……いや、きっとミャルレントさんは「黒が好きな人」とかそのくらいの表現をしたんだと思う……思いたい……そして次の能力ではやっぱり色換えの力が欲しい……
「そっか、オマエがトールか! へぇー……凄い強そうなのに、凄い弱そうだな? 変なの」
「お兄ちゃん、その人怖くない……?」
「ああ、大丈夫だぞミャリア。リタ姉ちゃんが言ってたろ? ヘタレのトールだって!」
ぐっふぅ……さっきから子供達の無邪気な言葉がグッサグサ僕の心に突き刺さってきているよ。狂戦士の魂を持つリタさんの効果で、僕のライフはもうゼロだよ……
「お兄ちゃん、怖くない……?」
今度こそ膝をついてしまった僕に、おっかなびっくり女の子が近づいてくる。短くて真っ白な毛並みに、瞳は綺麗な赤色をしている。そんな子がちょいちょいと手を伸ばして触ってくるのは、何とも言えず微笑ましい。
「うむ。怖くないぞ。ほら……」
僕はゆっくりと女の子の方へ手を伸ばす。一瞬ビクッとした女の子がそれ以上反応しないのを確認して、ゆっくりゆっくり手を動かして……その頭に触れる。優しく撫でてあげたら、女の子が小さく笑ってくれた。それがとっても嬉しくて、つい日本で猫を可愛がっていた時のように手を下ろして頬を撫で、そのまま下がって顎をくすぐるように撫でたりしていると――
「お、おいトール! オマエ俺の妹に何エロいことしてんだよ! オマエ変態か!? 変態なのか!?」
焦った感じで男の子が僕の腕を取り、体重をかけて女の子から引きはがそうとする。撫でるのを強制終了させられた女の子の方は少しだけ残念そうな顔をしていたけど、男の子の方はそんなことを気にする余裕も無いくらい必死で……
え、これエロいの? そんなつもり全く無かったけど、これはそう言う行為なんだろうか? あれ? それヤバくない? これがそういう行為だっていうのが「常識」なんだったら、こんな小さな女の子にそれをやったって、相当ヤバイんじゃない?
僕の顔からサーッと血の気が引いていくのを感じる。自覚が無かったなんて理由が通じるかどうかわからないけど、とにかく何かヤバイことを実際にやってしまった以上、通報とかされたら逮捕されたりするんだろうか? ヤバイ。とにかくヤバイ。ヤバイけど、でもどうしたら……
「俺の娘に何してんだテメェ-!!!!!!」
「ぐはぁっ!?」
戸惑う僕に遠くから怒声が浴びせられ、一瞬にして距離を詰めた人間の男性と思わしき人影が放った膝蹴りが僕の肩に命中。苦痛の叫びを漏らしつつ、僕は地面を転がりながら横に吹っ飛ばされた。
痛い。凄く痛い。ジェイクさんに剣の稽古をつけて貰った時より痛い。つまりこの人もまた、僕の『威圧感』の影響をほとんど受けてないってことだ……何てことを気にする余裕も無いくらい痛い。
「うぉぉ!? 父ちゃん何やってんだいきなり!?」
「トールお兄ちゃん、大丈夫?」
痛みをこらえつつ体を起こして見ると、そこには鬼の形相をした30代くらいの男性が立っていた。その脇では男の子が驚きの声をあげており、女の子の方は僕の方へと歩いてきて心配してくれた。そんな女の子に僕は肩を押さえつつも「大丈夫だ」と答えてお礼を言っておく。
「何ってお前、その変態野郎が俺の娘に手を出してるのが見えたから、そしたら成敗するしかねぇだろう? てか何でミャリアはそんな変態野郎の心配をしてるんだ?」
「トールお兄ちゃんは怖くないし、変態じゃないよ? 撫で方凄く優しかった」
「俺のマイスイートハートを優しく撫でるだと!? ちょっとお前そこを動くな。今すぐぶっ飛ばして――」
「待てよ父ちゃん! コイツ、レン姉が言ってたトールだよ」
「こいつが、か……? ふむ……」
そう言うと、未だ地面に腰を据えたままの僕と目線を合わせるように男性もまた腰を下ろし、ニヤリと笑みを浮かべてからこう言った。
「初めましてだな変態糞ロリ野郎。俺はガラルド。ミャルレントの父親だ」
……グッバイ初恋。





