ジャンクフードは母の味
さて、それじゃファッションショーの会場へ……と行く前に、僕は飲食物の屋台の方へと足を運んでみることにした。もうお昼をとっくに回っているし、スライムレースから休憩無しだからね。ファッションショーの開始はまだ時間があるし、この辺で少し腹ごしらえをしつつ、ふれあいスライム広場の方も見ておきたい。あそこで興味を持ってくれた人がいたら、また縁結びをしてあげることもあるだろうからね。
「いらっしゃーい! いらっしゃーい! おやトールじゃないかい」
「おお、おばちゃんではないか。相変わらず売り上げは良さそうだな」
笑顔で僕に声をかけてきた顔見知りの串焼き屋のおばちゃんに、僕も気軽に手を上げて答える。
「そりゃそうさ! なんたってウチの串焼きはタレが違うからね。それにほら、アンタに紹介して貰った子も頑張ってくれてるからね」
そう言うおばちゃんの視線の先には、店のカウンターの隅で体を震わせ愛らしさをアピールしているプルタの姿がある。その可愛い姿に魅了され思わず指でつついてみると、ぷるぷるぷるんと絶妙な震え具合でリアクションを返してくれるので、今日も彼は大人気だ。
「プルタも元気そうだな。楽しく働けているようで何よりだ」
「そうだねぇ。ウチの子供はすっかり手を離れちゃったから、こうして一緒にいて話し相手になってくれるのは凄く助かってるんだよ。それにほら、今日はスライムのお祭りなんだろ? 来る人はみんなスライムに興味がある人ばっかりだからプルタの集客能力も倍増で、今は休む暇の無いくらいさ」
話ながらも、おばちゃんの串焼きを焼く手は止まらない。ここで僕が料理系のチートがあったりすれば「少し代わりましょうか?」とか言えるんだけど、完全に素人の僕がおばちゃんの代わりになることはできない。とはいえ凄く生き生きした顔をしているから、下手なことをして邪魔しないのが一番だろう。
「そうか。なら私も売り上げに貢献させて貰うとしよう。串焼きを……そうだな、5本ほど貰えるか?」
「あいよ! 串焼き5本ね。すぐ焼き上がるからちょっと待ってな」
僕の目の前でおばちゃんの手が踊るように動き、クルクルと串焼きが回っていい具合に肉が焼けていく。この肉は日によって種類が違うらしく、この世界の動植物や魔物の知識がほとんど無い僕には何の肉だかわからない。聞けば当然教えてくれるだろうけど、その教えてくれた名前がどんな動物や魔物なのかがわからないから、基本的には聞かないことにしている。正体が何であれ美味しければいいのだ。
肉の表面から脂が垂れ落ち、その度にジュウっという音がしてお腹に響く匂いの煙が立ち上る。表面に軽く焼き目がついてパリッとなったところで、ハケでおばちゃん自慢のタレを豪快に塗りたくる。そこで垂れ落ちた分もジュウっとなって素晴らしい匂いになり、まだかまだかと僕のお腹が急かしてくる。あえてタレを付ける量を変えることで肉の中央は綺麗な飴色なのに周辺部分が軽く焦げて、この僅かな苦みとタレの甘みがまた絶妙にマッチするんだよなぁ……ああ、口の中で涎が止まらない。
「ほいできたよ! 串焼き5本ね。包むかい?」
「1本はそのまま食べるから、残り4本を包んでくれるか?」
僕の言葉におばちゃんが「あいよ」と答え、焼きたての1本を手渡ししてくれ、残りの4本はでっかい葉っぱで包んでくれた。紙はそれなりに安価で普及しているけど、流石に串焼き屋台で使い捨てに出来る程には安くない。僕は葉っぱに包まれた4本を小脇に抱え、熱々の1本を受け取ってから反対の手で財布を出そうとして……
「ああ、今日はいいよ。サービスだ」
「うむ? いいのか?」
「構わないさね。アンタのおかげで随分儲けが増えてるからね。その代わり、これからもごひいきに頼むよ?」
「勿論だ。何せおばちゃんの串焼きは……」
そう言って、手に持った1本の肉にかぶりつく。今日の肉はやや固めだが、その分囓ると肉汁が溢れてくる。甘めのタレが肉の臭みを消しつつコクを演出し、端っこの焦げ目のパリッとした食感と僅かな苦みが丁度良いアクセントとして口の中に広がる。何度食べてもおばちゃんの串焼きは……
「最高に美味いからな」
自然に溢れた笑顔で答える僕に、おばちゃんの顔もニコニコだ。お礼を言って立ち去る背中に「また来なよー!」と声をかけられ、口だけじゃなく心まで幸せになった。
ちなみに5本も買ったのは、僕が2本食べるのとスライム広場に昼またぎでいるであろうリタさんへの差し入れに2本、残りの1本は、まあ言わずもがなだ。
ぷるるーん!
頭の上で「早く俺にも食わせろ!」とえっちゃんが震えているので、僕は串焼きから肉を1つ外してえっちゃんに差し出すと、大きめの肉の塊がとぷんとえっちゃんの体に入っていく。透けているスライムだったら中で肉が溶けていく様が見えるんだろうけど、えっちゃん達は不透過なスライムなので、体に肉を取り込んでしまえば見た目には食事中かどうかはわからない。まあ頭の上でグルメ漫画の食レポみたいなことを小さな震えで呟き続けているから、僕には丸わかりだけどね。
肩にいるさっちゃんにも、1つ外してお肉をシュート。大好物はひまわりの種だけど、勿論肉も嫌いじゃない。むしろこの串焼きは好物なので、さっちゃんもまたご満悦だ。体をプルプル振るわせて「おーいーしーいー!」と叫んでいる。そんな二人を見届けて、僕もまた手にした串焼きをパクリ。ああ、本当に美味しいな……
そうやってみんなで串焼きをぱくつきながら、僕たちはふれあいスライム広場へと辿り着いた。そこには予想通りちっちゃな子供や、可愛いものが好きそうなお姉さん、そしてそれなりの歳をしているであろう男性……ここでもそう言う人達に需要があるんだね。いやスライムが幅広く愛されるのは嬉しいからいいんだけど。
そしてそう言う人達の面倒を見る人が二人……そう、リタさんの他に何故かミャルレントさんもここにいた。
「お疲れ様です」
「あ、トールさん。お疲れ様です」
挨拶をした僕に、ミャルレントさんが答えてくれる。リタさんの方は、丁度他のお客さんと話をしている最中だ。
「何故ミャルレントさんが? リタさんと交代で休憩のはずですが……」
「ああ、それは私が無理を言ったんです。少しでもお役に立ちたかったのと、意外とお客さんが多かったのでリタ一人じゃ大変かと思って」
「そういうことでしたか。気が回らなくて申し訳ない。これ差し入れです」
そう言って、僕は串焼きが2本入った葉っぱの包みをミャルレントさんに渡す。ここに来るまでに僕の分は2本ぺろりと食べきってしまったので、今手に持っているのはえっちゃん達の分だけだ。
「ありがとうございます。わっ、串焼き! これってあの広場の角の屋台ですか?」
「うむ? そうだが……何か問題があったか?」
「いえいえ。あそこはとっても美味しいって評判ですから、凄く嬉しいです!」
そう言ってミャルレントさんが串焼きを1本手に取ると、小さな口でハクリと囓る。その瞬間ヒゲがふにゃっと垂れ下がり、とても幸せそうに目を細めた。
「うみゃー……あっ!? ごほん、凄く美味しいです!」
何故だか恥ずかしそうに顔を伏せつつも、ミャルレントさんが笑う。はじける笑顔に僕も幸せ一杯だ。
「そんなに喜んで貰えるなら、もっと買ってくれば良かったかな」
「いや、そんな悪いですよ! それに私は女の子ですから、このくらいで十分なんですよ?」
「私はもっと欲しいですね。出来ればもう2、3本」
音も無くスッと現れたリタさんが神速の動きで串焼きを手にすると、大きめに口を開いてもぎゅもぎゅと肉を食べる。うーん、リタさんは相変わらずだな。そしてもう3本って、僕でもそこまで食べたらお腹がパンパンになると思うけど……まあリタさんだしな。
「ちょっ!? リタ!? 差し入れを足りないって言うなんて失礼でしょ!?」
「ふっ。私は飾らない女なのよ。譲らず飾らず妥協せず、それが私の生きる道だわ」
……うん、まあリタさんはこういう人だよね。正直ギルドの受付嬢としてしか知らなかった頃はもっとクールな人だと思ってたけど、実際交流してみると割とすぐわかったしね。
「そもそもミャーは足りてるの? 乙女を気取ってるのはいいけど、腹の虫でも鳴ったらその方が恥ずかしいんじゃない?」
「ニャッ!? そ、それは……そうかも……」
お腹を鳴らして照れるミャルレントさん……凄く見たい気がするけど、それは流石に紳士じゃないな。ここは男の甲斐性を見せるところだろう。





