心の友
うーん。どうしようかなこれ……
今のところ攻撃しては来ないけど、周囲を渦巻くスライムの壁とすら言える物に対し、僕は頭を抱えていた。
何かもう、固有技能を駆使したらどうにかなるとか、そう言う感じすらしない。武術の達人でも3、4人に囲まれたら負けるとかって聞いたことがあるし、一般人である僕が8匹に囲まれたらどうしようもないのは、むしろ必然だよね。まあ、僕を囲んでいるのは最弱生物であるスライムの、しかも16分の1の個体なんだけど……
というか、もの凄く今更だけど、このスライム弱くないよね? 明確に知性っぽいものを感じるし、『威圧感』が無かったら、今の倍以上の速さで跳ね回るんだよね? え、強くない? こんな勢いで跳ね回れるなら……跳ね回る? 跳ねてるだけ?
あっ!?
僕は気づいた。ここにきてやっと、とても重大な事実に気づいた。気づいたので……まずは、僕に体当たりしてきたスライムをがっしりキャッチする。
そう、別に跳ね回ってるのを剣で叩き潰す必要はなかった。体当たりを食らっても溶けたりしてないんだから、普通に素手で捕まえられるのだ。
勿論、ぷにょぷにょボディのスライムを捕まえ続けるのは至難の業だ。周囲から雨あられと他のスライムの体当たりが来るので、すぐに手から逃げてしまう。だが、それで問題無い。一瞬の隙があれば、『威圧の楔』を刺すには十分だ。
楔を刺されたスライムは、すぐに僕の手元から脱出して地面に転がった。即座に高速移動を開始すべく跳ねようとして……だが、その体はフルフルと震えるだけだ。これもまた気づき。スライムは跳ねることで高速移動をしている。つまり、跳ねなければズリズリと地べたを這いずる移動しかできないのだ。
かつて魚を威圧したとき、肉が固くなって不味くなったことがあった。威圧されると固くなる。スライムの跳ねる速度の減衰は、むしろそっちの効果がメインだったのだ。そして今、僕は『威圧の楔』に、とある対象を指定した。それは……スライムの「皮膚」だ。中身がどうなってるのかはわからないけど、あの表面の皮膚が伸び縮みしなかったら、跳ねることなんてできないだろう。威圧の対象を皮膚に絞ることで、スライムの「跳ねる力」のみを効果的に削ることができる。これこそが、今さっき気づいた僕の勝利の方程式だ。周りがどれだけうにょーんと体当たりしてこようと、ターゲットが地を這うだけとなれば、『威圧の剣』で叩くことはたやすい。
「食らえぇぇ!!」
パシーンと音が鳴り、スライムがはじけ飛ぶ。かなり邪魔は入ったが、何とか1匹倒すことができた。そして1匹倒せたなら……今度こそ時間の問題だ。敵の戦力は減り続けるだけなのに、僕の勝ちパターンは最早揺るがないのだから。
1匹、また1匹と、スライムたちが減っていく。それでも奴らは諦めること無く、僕に向かって体当たりを繰り返した。時々いいのを貰って地面に倒れたりもしたけど、ここまで来たら多少の打ち身程度で辞めるわけにはいかない。5匹、6匹、7匹潰し……8匹目は楔を刺すことなく、渾身の力を振り絞って正面から体当たりしてきたのを、カウンターで叩き潰した。これで残るのは、最後の1匹のみ。
そいつは、僕の頭からぴょいんと飛び降りた。そいつは楔を刺さずとも飛び跳ねることなく、僕の目の前でプルプルと体を揺らし続けている。
「……なあ、何で最初から全力を出さなかったんだ?」
僕の口から、知らずに言葉が漏れた。それはずっと思っていた疑問。最初から全力を出されていたら、きっと僕は早々に諦めてこの遺跡から立ち去っていただろう。順を追って、段階を踏んで戦ってくれたからこそ、僕は最後までこいつと戦い、勝つことができたのだ。
「……なあ、何で逃げ出さないんだ?」
スライムに人を殺す力が無かったとしても、逃げられないわけじゃないだろう。あれだけの速度で跳ね回れるなら、僕から逃げ切るなんて簡単なことだ。なのにこいつはいつもここで待っていた。僕のことを待っていてくれて、会えばプルプルと体を揺らしていた。こいつの気持ちは結局全部僕の妄想かも知れないけど、それでもこいつが僕と出会い、逃げること無く相対し続けていたことは紛れもない事実だ。
「……なあ、死ぬのは怖くないのか?」
スライムが恐怖を感じるのかはわからない。そもそも生死の概念があるのか、それすら想像することしかできない。それでも自分の一部が次々と叩き潰されることに、こいつは何も感じなかったのだろうか? それとも、感じていて尚それら全てを受け入れたのだろうか?
スライムは何も言わない。声など出せないのだから当たり前だ。ただ静かに、プルプルと震えるのみ。
こいつを潰せば、僕はやっと魔物を1匹倒すことができる。この世界に来て初めて魂の力……経験値を稼いで、自分を強くすることができる。まあ最弱と言われるスライム1匹分の経験値なんてたかが知れてるだろうけど、それでもこれが記念すべき第一歩だということは間違いない。
だから、一度だけだ。もし万が一、こいつがちゃんと僕の意思を理解してくれているなら。一度だけ聞いてみたかった。
「なあ、僕と友達になってくれないか?」
この世界に来て、一番長く一緒にいた。この世界に来て、一番辛く苦しい時期を共に過ごした。言ってしまえばただそれだけだけど……たったそれだけでしかない友達が、たかだか雑魚モンスター1匹分の経験値に劣るとは、どうやっても思えない。
僕の出した手に、スライムがぴょいんと乗った。よじよじと腕を登った後、またぴょいんと跳ねて、いつもの僕の頭の上に、スライムが乗った。ひんやりした感触が、今は心地いいと感じる。
死力を尽くして戦った相手と友達になるとか、何ともテンプレ的な展開だ。でも、テンプレも悪いものじゃない。印籠を出したらひれ伏してくれるという安心感は、何物にも代えがたい信頼の形なのだ。
僕はスライムを頭に乗せたままその場を後にし、階段を上る。僕が帰るときはいつもここでお別れだったから、きっとこの先の光景は、こいつにとって生まれて初めてのものだろう。僕の知らないところで普通に外出して散歩とかしてる可能性もあるけど、そこはまあ気分の問題だ。
遺跡から、外に出る。太陽の光が、僕とスライムを全力で出迎えてくれる。初めて見る太陽の光に、こいつは何を思うのだろう? 頭の上でプルプル震える友人の思考は、僕の知るところでは無い。だがまあ、遺跡の中に逃げ戻ったりしないのだから、少なくとも外では生きられないとかではないのだろう。まあ普通のスライムは外にいるらしいしね。見たこと無いけど。
「あー、何か名前を考えてやらないとなぁ。何がいいだろう? スラリン、スラ次、スラ太郎……スラッペ、スラ丸……スライムから離れるべきか? もちぷよ、ふるふる、うーん……」
色々名前を挙げてみるも、何となく頭上からお気に召さない感が伝わってくる。となると、可愛い系より格好いい系の方がいいのかな?
「ふむ。そうだな。それなら……緑玉の王とかどうだ? でっかかったし緑色だし」
頭上でプルッとスライムが震えた。どうやら心の琴線に触れたらしい。スライムにもそういう方向が好きな奴とかいるんだな。まあ気に入ってくれたなら何よりだ。
「じゃ、それで決まりだな。これから宜しくな、えっちゃん」
ぷるーんっ!
「違う、そうじゃない!」みたいな強めの震えが来たけど、そこはあえて無視してみる。これはもう決定事項なのだ。決して僕が人前で緑玉の王とか呼びたくないだけではないのだ。
「よしよし。えっちゃんは元気だなぁ」
ぷるーんっ! ぷるーんっ!
元気に震える友達を頭に、僕は久しぶりに清々しい気持ちで町へと帰っていった。





