招かれた人(ミャルレント 後編)
今回もミャルレント視点です
「小骨!?」
トールさんの言葉に、アタシはびっくりしてまたも声をあげてしまう。とってもお行儀が悪いけど、これはもう仕方ない。だって、お魚の小骨は宿敵なのだ。あいつはアタシがせっかく美味しくお魚を食べてるのに、お口の中に刺さって痛い目に遭わせてくる極悪人だ。なのに、あの宿敵がこんなに軽快にプチプチはじけるなんて!
いつもならちょっと慎重に小骨の有無を確認しながら食べてるけど、今日は思い切り噛みしめられる。その度プチプチと小骨がはじけて、お魚なのに歯ごたえが楽しめる。勿論味も美味しくて、これならきっと100匹だって食べられる。
そこからはもう、止まらなかった。お肉もお魚もサラダも何もかもが美味しくて、アタシは夢中で食べた。一口ごとに精一杯味わってるのに、手は次々と次の一口を運んできて、ゴクンと飲み込むその度に、次の幸せがやってくる。やめられない止まらない。でも、いつまでもそれが続くわけじゃない。少しずつ料理が終わりに近づき、それに伴って手の速度も遅くなる。食べ終わってしまうのが寂しくて、一口を噛みしめる時間が延びた。
「最後に、こちらをどうぞ。特製ミックスジュースです」
そんなアタシの気持ちに気づいてか、トールさんが木のカップに入った飲み物を持ってきてくれた。じゅーす? という言葉に聞き覚えは無かったけど、匂いからするとお酒ではなく、果実水のようなものだろう。一口ゴクンと飲み込むと、スッキリした甘酸っぱさがアタシの喉を滑っていく。お腹の中まで洗い流されるようで、満腹感はそのままなのに、お腹の重さが少し減った気がする。これなら最後の最後まで、トールさんの料理を美味しく食べられそうだ。
「ふぅー。美味しかったニャー」
目の前のお皿を綺麗に平らげて、アタシは椅子の背にもたれ掛かり、夢見心地でお腹をさすった。ぼーっと天井を眺めながら、今食べ終わったばかりだというのに、料理の味を反芻してアタシはさらなる幸せに浸る。
「お気に召していただけましたか?」
「すごーく大満足だニャー。トールさんは料理が……トールさん?」
言葉にして、サッと意識が戻ってくる。そうだ、ここはトールさんの家で、今はトールさんにご馳走になっていたんだ。つまりトールさんは目の前にいるわけで、だらしなく足を広げ、しっぽを垂れさせてお腹をさする姿が丸見えなわけで……
「ニャッ!? ち、ちがっ、すいません! はしたない姿をお見せして……」
隙間があったら入りたい。子供のように丸くなって、誰にも見つからないように小さく丸く消えてしまいたい……そう思っても、無理な話だ。姿隠しの魔法道具でも使えば本当に消えることができるだろうけど、食事のお礼もしないで透明になって帰るなんてできるわけ……いや、そもそもこんなことを本気で考えること自体がおかしいニャ!?
恥ずかしすぎて、トールさんの顔を見ることが出来ない。きっと今のアタシの顔は、ワンピースと区別が付かないくらいに赤くなっていることだろう。むしろ赤面し続けたせいで、もっと真っ赤になってるかも知れない。失敗した。失敗した……初めてのお誘いだったのに、いくら何でも緩みすぎだ。何でトールさんの前だと、こんなにユルユルなんだろう……
「はっは。気にしてないので、大丈夫ですよ。むしろ自然体でいられるほどリラックスしてくださっているなら、私としては嬉しいくらいです」
「うれ!? 嬉しい、ですか!? あの、その、うぅぅ……」
トールさんの笑顔は、繕っているようには見えない。だから、きっと本当にそう思っているんだろう。だとしたら、どうなんだろう? ああ、こんなことならもっとリタに色々聞いておくんだったかな……
「ところで、どうでしょう? もしまだ小腹が空いているようでしたら、一応甘いデザートも用意しているんですが……」
「……デザート……」
これ以上失態を見られないためには、ここで断って帰るのがきっと一番いいと思う。でも、アタシの中のアタシが、甘いデザートが食べたいと叫んでいる。というか、甘いデザートを断るなんて選択肢は、女の子には存在しない。デザート……恥ずかしい、でも甘いの……トールさんの美味しいデザート……
「お……お願いします……」
「はい、わかりました」
結局食欲が恥ずかしさに勝り、アタシはデザートを頼んでしまった。だって仕方ないじゃない。デザートだもん。あれだけ料理が美味しかったんだから、デザートだって美味しいに決まってるニャ。それを食べないで我慢なんて、できるわけないのニャ!
「はい、どうぞ。フレンチトーストです」
差し出されたお皿に載っていたのは、四角くて黄色い何か。卵焼きに似ている気がするけど、あれはこんなに厚くないし、こんなにいい匂いもしないし、こんなにプルプルしていない。
「フレ……? えっと、これはどういう?」
「食パン……いや、白パンですか。それに卵、牛乳、砂糖で作った液を吸わせて、バターで焼き上げたものです。甘くて美味しいですよ?」
卵……また卵だ。つまり、これもどれだけ美味しくても、トールさんじゃないと作れない料理なんだろう。本当に、トールさんって何者なんだろう? 冒険者なのに野菜を育てたかと思ったら、干物を作ったりお貴族様と交流があったり、今度はこんな美味しい料理まで……何度考えても不思議すぎる。せめてもうちょっと冒険者らしく依頼を受けてくれたら、アタシと会って話す機会だって増えて、そうしたらもっとお互い色々知れて仲良くなれると思うのに……
いけない。今は目の前のデザートだ。卵に浸すのもそうだけど、ふんわり焼き上げた白パンをもう1回焼くというのも、不思議な発想だ。焼いたというから固いのかと思ってナイフを入れたら、蕩けるような感触でスルッと切れてしまった。切れたところをフォークで刺して口に入れると……
「うみゃー」
甘い。とっても甘い。プルプルでトロトロで、幸せなフワフワがお口全体に広がって、アタシのおヒゲがヘンニョリしちゃった。幸せすぎて力が抜けた時もヘンニョリするってことを、今初めて知った。
大きく切って口いっぱいに頬張りたいけど、これが正真正銘最後の料理だ。大事に大事に味わって食べないとすぐに終わってしまう。アタシはお姫様みたいなおちょぼ口で、ちょっとずつちょっとずつ食べる。でも、口に入れたそばから蕩けて消えてしまうので、手が休まることは無い。結局あっという間に食べきって、今度こそ本当にお食事は終了。トールさんに一杯一杯お礼を言って、何かお返しをしたいと伝えたら、「ではミャルレントさんの手料理が食べたい」と言われて、アタシは思わず固まってしまった。
アタシは、料理があんまり上手じゃない。家にいればママが作ってくれるし、外にいればギルドに併設された酒場のマスターや、ご近所の食事処で食べてしまう。例外として焼き魚にだけはこだわりがあるけど、トールさんの焼き魚を食べた後で、アタシの焼き魚をご馳走する勇気は無い。
アタシはとりあえず曖昧な笑顔で誤魔化した。トールさんは残念そうな顔をしていたけど、仕方が無い。だって、時間が必要なのだ。帰ったらさっそく、ママに料理を教えて貰おう。そして、トールさんにご馳走出来る腕前になったら、改めてアタシから誘うのだ。でも、そしたら、今回はトールさんの家にお呼ばれしたから、その時はアタシの家にトールさんが来るのかな? ママははしゃぎそうだけど、パパはきっと凄く面倒くさい感じになりそう。今から根回しが必要かな? いやいや、その前にまずは料理の腕だ。やることが沢山になって、楽しみも沢山になった。だからトールさん。アタシからお食事に誘うまで、もう少しだけ待っていてくださいニャ。





