仲良し大集合
「それじゃ、パッピー君。トールさんの匂いのチェックお願いしますね」
「了解ですぞ!」
ミャルレントさんに元気に答えて、パッピー君が鼻をヒクヒクさせながら僕の体に顔を近づける。
「フンフン……これは臭い。臭いですぞ……フンフン……ここも……おぉ、こことかだいぶ臭いですぞ……」
…………何だろう。パッピー君は凄く可愛いんだけど、匂いを嗅ぎ回られたうえで臭い臭いと連呼されるのは、何かこう……恥ずかしい? のかな? 良くわからないけど、何とも落ち着かない。
「フンフンフン……この辺は結構……いや、こっちの方が? ここら辺も……」
「ちょっ!? パッピー君!? そこは辞めて! 嗅がないで」
頭や足や、胸やら背中やらは問題無い。脇を嗅がれるのはちょっと恥ずかしいけど、それもいい。でも股間とお尻は辞めて欲しい。そこに鼻をつけてフンフン嗅がれるのは、いくら何でもいたたまれない。
「わふぅ? ああ、大丈夫ですぞ! ちゃんとブルートファンガスの胞子の匂いだけを嗅ぎ分けておりますから、他の匂いは嗅いでいないのですぞ!」
「あ、そうなの?」
「それが出来るから、今回パッピー君にお願いしたんです。あの匂いの元はブルートファンガスの胞子なわけですから、それが残ったまま下手に町を歩いたりしたら、何処かで新しいブルートファンガスが生えてしまう可能性がありますからね。
半端な対応をして誰も気づかないような場所で成長してしまうのが一番怖いですから」
「え、そんなに危険な物だったんですか?」
単に臭いだけかと思ったら、どうやらバイオハザード的な危険があるらしい。
「ああ、いえ。言うほど深刻な物ではありませんけどね。ブルートファンガスの成体はあの大きさですから、胞子を吹き出せるようになる前には大抵気づけます。そうしたら火事にならないように気をつけつつ焼却処分するだけなので、多少手間はかかりますけど、それだけです。
パッピー君みたいな人の協力もあれば、成長前に駆除するのは特に難しいことでもないですからね」
「あ、そうなんですか。良かった……」
知らずにとは言え危険物を持ち込んだとなれば、普通は処罰されるところだ。まあよく考えれば、冒険者ギルドで食べようって言ってた時点で罰せられるような物じゃ無いのは当然なんだけど。
「フンフンフン……よし、オッケーですぞ! 胞子の残り香はありますが、胞子そのものの匂いはありません。トールさんのステータスは、『臭くてヤバい人』から『臭い人』に格上げですぞ!」
「はぁ。どうも……?」
うーん。格が上がった気が全くしない。と言うか、まだ臭いんだ……
「今頃ファルさんがお家を綺麗にしてくれてるはずですから、そこで過ごせば残った匂いもそのうち消えますよ」
「はは。そうですね……」
苦笑いを浮かべるミャルレントさんに、僕もまた同じ苦笑いで返すしかない。爽やかな笑顔は「臭くない人」になるまでお預けだ。
と、そんな僕の目の前で、パッピー君が何故かじっと僕を見つめている。つぶらな瞳をキラキラさせて、何だかそわそわ落ち着かない感じで……ああ、これはあれだろうな。
「ありがとうパッピー君。お仕事お疲れ様」
「わふー! パッピー君頑張りました! 頑張りましたぞー!」
くしゃくしゃと頭を撫でられるパッピー君の尻尾が、ちぎれんばかりに振られている。うん、やっぱり犬だな。そして超可愛い。何だこれ抱きしめたい。
「あー、そうだ。そろそろお昼ですし、ミャルレントさんもパッピー君も、一緒にお昼でもどうですか? 勿論ファルさんもお誘いします」
「そうですね。外で軽く食べてからギルドに戻るつもりでしたから、トールさんが良いなら、喜んでご一緒させていただきます。パッピー君はどうしますか?」
「良いのですか? パッピー君も一緒で良いのですか?」
「勿論。臭いのを我慢して頑張って嗅いで貰ったから、そのお礼だよ」
「わふー! 嬉しいですぞー! ああ、タモツ君。トールさんは良い人ですぞ。まだちょっと怖いけど、でも凄く優しいですぞ!」
ぶるるーん!
はしゃぐパッピー君の足下では、タモツ君が「そうであります! ご主人は優しいのであります!」とプルプル震えている。とはいえ、食事に招待したくらいでこんなに喜んで貰えるとは……
「ふふっ。あのですねトールさん。犬人族でも猫人族でもそうなんですが、長毛種の獣人は食堂とかでは歓迎されないんです。どうしても体毛が抜けますからね。私達にしても食べ物に毛が混じったら嫌ですから、お店側の人の気持ちもわかりますし……
だから、長毛種の獣人にとって『食事に招待される』というのは、凄く嬉しいんですよ。そういうことを笑って済ませられるくらいに仲良くなった証ですから」
「あ、そうなんですね。うーん、そんな深い考えは全然無かったんですけど……」
「それは無意識のうちにトールさんがパッピー君を受け入れたってことですよね? だったら、それでいいと思います。理由も何も無く、気づいたらお友達……それはとっても素敵なことだと思いますよ?」
そう言って、スススッと近寄ってきたミャルレントさんがプニッと鼻を押しつけてくれた。その意味を知っている僕としては嬉しいけど恥ずかしくて、思わず周囲を見回してしまう。
幸いにして、パッピー君はタモツ君とはしゃいでるからこっちを見てないし、他にこの辺に居る人は……っ!?
ちょっと離れたところで、もの凄くニヤニヤした顔でファルさんがこっちを見ている。そしてその腕の中では、えっちゃんがプルプルしている。
「あの、ミャルレントさん。あそこにファルさんが……」
「ニャッ!?」
僕が指さした方向を見て、ミャルレントさんが思わず声をあげる。その間にもファルさんがこっちに近寄ってくるけど、そのニヤニヤが収まる気配は無い。
「ふーん。ミャルレントったら、仕事中にそんなことしちゃうんだ……意外と大胆なのね?」
「いや、ちがっ!? 違うニャ! これはほら、あの、えっと、ウニャー!」
「ミャルレントさん。落ち着いて!」
「あら、トールも大胆ね? でもそういうのは日が落ちてからにした方がいいわよ?」
「はっ!? ファルさん、何を!?」
「ヴニャー!」
アワアワと不思議な踊りを踊ってしまうミャルレントさんをなだめるべく僕が彼女の肩に手をかけると、それを見てファルさんが更に煽る。そのせいで僕までアワアワしてしまって――
「おぉ? 何をそんなに楽しそうにしているんですぞ?」
「ああ、パッピー君。あのね、トールとミャルレントがとっても仲良しだってお話してたのよ」
「仲良しですか? それはとても良い事ですぞ! パッピー君もみんなと仲良しになりたいですぞ!」
「そうね。仲良しは素敵だわ。ねえトール。貴方も私と『仲良く』したい?」
「ふぁっ!? え、ええ。そりゃまあ仲良くしたいですけど……」
「ちょっ、トールさん!? それはどういう意味でニャッ!?」
「意味!? 意味って、仲良くは仲良くじゃ!?」
ああ、駄目だ。暫く人と会っていなかったから、多人数でクルクル話題の変わるこの状況に頭が全然追いつかない。
「わふー! パッピー君も仲良くするですぞー!」
「あら、じゃあ私も仲良くしちゃいましょ」
ぷるぷるぷるるーん!
「うぉぉ!? 何故みんなで抱きついて!? てか、マモル君とかタモツ君とか、他のスライムのみんなまで!? ちょ、待って! 苦しい! 埋まる!」
ぷるるーん!
人に揉まれスライムに埋もれ、全身をモフモフとプニプニに囲まれた僕の耳に最後に届いたのは、えっちゃんの「モテモテだな相棒」という気楽な震えだった。
「た、助けてえっちゃーん!」





