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彩色の魔女  作者: 唄海
2章 英国の闘い
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救済

「ん⋯⋯」


 少しだけ冷たい風が頬を撫でる。その冷たさで俺は微睡みの中から引き戻され、閉じた瞼をゆっくりと開く。


「くぁ〜ッ!」


 眠気覚ましに伸びをして、それから体を起して周囲を見渡す。ふと、ベッドの横に誰かの気配を感じた。


「小夜?」

「⋯⋯⋯⋯」

「寝てる⋯⋯」


 すぐ横で小夜が椅子に座りながらすやすやと寝息を立てて眠っていた。寝顔も可愛い。ヤバイ。


「あれ、治ってる」


 そういえば、と右目が異常なく見えることに気がつく。右目も左腕も痛みがない。傷のあった場所に触れてみても、跡形も無く傷は消えていた。小夜が治してくれたのだろう。


「悪いな⋯⋯疲れただろうに」


 起さないように、静かに感謝する。


「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯悪いな」

「う!」


 少しだけ開いた入口の隙間に、ちらりと紫色の髪の毛が見えた。すかさず言葉をかけると、バツが悪そうな顔のライヴがしぶしぶと言った感じで部屋に入って来た。


「お前がいなかったらどうなってた事か。本当にありがとう」

「はぁ⋯⋯無茶するんだから⋯⋯」


 やれやれと呆れ顔のライヴ。その表情には、隠しきれていない安堵と隠しきれていない疲労の色が見える。要するに、全く隠せていない。


「本当にありがとうな」

「分かったわ。あと、小夜にも起きたら改めてお礼しておきなさいよ。何でもアンタ、左腕の骨の他に肋骨(ろっこつ)が数本折れていてとんでもない事になってたらしいから」

「マジで?!」


 そりゃあフラフラになる訳だ。骨なんて一本折れただけでも大惨事だと言うのに、それが何本も折れていたと思うと恐ろしくて今更ながら足が震えてくる。


「あとサリィには特にお礼と、あと死ぬほど謝っておきなさい。あの子かなり凹んでいたから」

「何でだ? アイツ、そんなにぶん投げられたのが痛かったのか?」

「そんな事じゃない。アンタと一緒に戦えなかったのが悔しいの」

「何で⋯⋯?」

「知らない」


 肝心な所でそっぽを向かれてしまった。


「誰だって痛い思いするのは嫌だろ。だったらむしろ、戦わずに済んで良かったじゃないか」

「アンタそれ、自分自身に言ってみなさいよ」

「────あ」

「分かった? 一人で全部背負うなんて馬鹿な事は程々にしときなさい」

「はい⋯⋯」

「それじゃ。アタシも疲れたから休むわ」


 踵を返して、ライヴは部屋から出ていく。


「⋯⋯でもライヴ。俺の為に誰かが傷つくのは嫌だよ」


 閉まりきった扉に、ポツリとそんな事を呟いてみる。

 俺一人で済むならいい。他の誰かが傷つくくらいなら、まとめて俺が引き受けてしまいたい。


「⋯⋯⋯⋯ん」

「あ」


 小夜が目を覚ました。今のを聞かれてないかとハラハラしたが、どうやら大丈夫なようだ。


「おはよう」

「あれ、起きてたの。おはよう真、痛む所は無い?」

「お陰さまで完全回復、元気満々だ」


 左手をプラプラと振りながら見せつける。少し動かしただけで激痛が走った腕は、もう完璧に治っていた。


「にしても、まさか二人目の聖人が来るとは思わなかったよ」

「えぇ。それにあの男、まさか聖人だったなんて」

「⋯⋯多分アイツ、聖人の中じゃかなりマトモな部類だと思う」


 あの時対峙した大男の言葉を思い出す。戦わなければならないから戦う、と。戦うしかないと。

 次に俺は、あの鉄槌を振り回していた幼女の姿を思い出す。どこか生気のない、欠けた表情。まるで人形の様に無機質な彼女は、何を思って戦っているのだろう。


「あの大男に言われたんだ。俺は戦う必要が無いって。さっさと日常に戻れって」

「真は、なんて答えたの?」

「お断りだって言ってやった。俺は、俺の意志で戦うって決めたんだ」

「⋯⋯⋯⋯真」

「心配すんなって」


 ニッコリと、少しだけ不安が残る心を隠すように笑う。


「手を貸して」

「手?」

「えぇ。アナタの、左手を」

「ん」


 言われた通りに、左手を差し出した。小夜はその手を、自分の手と重ね合わせた。


「なななななにを⋯⋯」

「少しだけ我慢して」


 爆発してしまいそうな胸を必死に抑え、俺は無心に徹した。何かの拍子に少しでも意識してしまったら、心臓が破裂してこのまま窓から飛び降りて海にアイキャンフライしてしまいそうだ

 何が言いたいかイマイチ分からないが、とにかくそれ程までに小夜の手は優しく艶やかで妖艶だった。あ、色白でめちゃくちゃ美肌ですね。


「アナタは私の為に戦うと言ってくれたわ。戻れなくなるかもと知ってもなお、私の手を握って助けてくれた。なら、私はその決意に応えなくてはならない」


 彼女の美しい瞳には、強ばった顔の変な男がしっかりと映っている。金縛りにあったように俺は、微動打にせず彼女の目を見つめ返すしかない。


「魔法使いとしてじゃない。真、アナタ自身にお願いするわ。どうかずっと、私を守って下さい」

「────」


 きゅっと、小夜の手に力が入る。彼女の鼓動が、腕越しにしっかりと伝わってきた。この鼓動を守る事が出来るならと思うと、嬉しさと恥ずかしさで顔から火どころかマグマすら出せそうだ。


「⋯⋯あの、真。返事を聞きたいのだけれど」


 あまりにも俺が黙りこくっていたので、小夜が不安そうな顔で俺を覗き込んでくる。はっとした俺は、慌てて言葉を紡ぐ。


「い、今更なんだけど俺なんかでいいのかってかなんかこうめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど⋯⋯えーと⋯⋯」


 このヘタレが、と心の中で自分自身をぶん殴る。ここでくらいビシッと決めたらどうだ、黒峯真。

 


「──喜んで。全身全霊、俺の魂を賭けて君を守るよ」

「ありがとう、真」

「ははっ」

「うふふふ」


 からからと笑い合う俺たち。そう、やっぱり小夜は笑った方がいい。この笑顔を守れるなら、俺は何とでも戦える。

 あぁ──どうかずっと彼女が笑っていられるような未来でありますようにと、心から祈る。神がいなければ、自分自身に祈ればいい。祈り、誓い、命を賭して成し遂げる。これが俺が俺自身にかけた呪いで、祈りで、魔法なのだ。


「そうだ真、アイス食べましょうよ」

「いいね」

「取りに行ってくる!」

「慌てるなよー」


 バタバタと慌ただしい様子で、小夜は部屋を駆け出していく。その背中を見送ると、俺は窓の外へと視線を向ける。

 三日月よりも細い、鎌のような月がひっそりと浮かんでいたのが見えた。明日あたりは、きっと新月だ。


「サリィ」

「⋯⋯何ですか」

「ごめんな、お前を頼らなくて」

「⋯⋯ご主人様のッ⋯⋯バカ⋯⋯! 心配したんですよ、怖かったんですよ! 一人で勝手に背負い込んで、いなくなってしまうかと思って!」


 ずっとサリィは傍に居てくれたのだ。そんな大切な相棒を俺は、頼らずに一人で勝手に背負い込んでしまった。置いてきぼりにして、心配をかけてしまっていた。


「ワタクシはご主人様と繋がっています。でも、ご主人様が死んでしまえばワタクシは一緒に逝くことは出来ないんです。残されて⋯⋯置いていかれる寂しさをずっと味わっていかなきゃならないんですよ」

「⋯⋯あぁ」

「せっかくご主人様に逢えたんです。だから、どうか一人で勝手に死ぬような真似は絶対にしないでください⋯⋯」


 彼女の声はいつになく真剣で、悲しげだった。聞いてるだけで心が痛くなってくる。


「ご主人様が死んだら、きっと小夜もライヴも悲しみます。ワタクシだって、悲しくてきっと泣いてしまいます。女の子を泣かせて喜ぶような変態なんか、ご主人様じゃありません」

「⋯⋯あぁ。ありがとう、サリィ」


 言い方はどうあれ、サリィは本気で俺を心配してくれている。他人を思って傷つくのは、自分自身を傷つけるよりも遥かに痛い。

 もう二度と、サリィにこんな思いをさせる訳にはいかない。背中を預けて、背中を押してくれる大切な相棒なのだ。


「ご主人様が小夜の為に戦うなら、ワタクシは戦うご主人様の為に戦います。だから絶対に、一人で背負い込むなんて事はしないでください。約束です」

「約束だ」


 サリィの姿は見えない。けれども彼女は、誰よりも俺のそばに居てくれる。言葉すら要らない程、彼女は俺の心にひっそりと寄り添っている。


「では、ワタクシは休みます。お邪魔になる訳にもいきませんので」

「邪魔⋯⋯? 何がだ」

「何でもないです」

「??」


 最後にそう言い残して、サリィは喋らなくなってしまった。

 首を傾げながらうんうんと唸っていると、突然部屋の扉が開け放たれる。


「小夜⋯⋯じゃ、ねーのか」

「すまないな」


 アルクリアが、何やら大きな包みを抱えてやって来た。


「君に救われた魔法使い達から、僅かばかりだがと預かって来たものだ」

「俺に?」


 包みを受け取り、開封してみる。


「色々入ってるな⋯⋯これ、缶詰? と、これは羽根ペンか。よく分からない本に、瓶のジュース。そして安定のレトルトカレー」


 他にも謎の液体の入った小瓶やら、見た事も無い輝きを放つ金属で出来たフォーク等が入っている。はっきり言って、どれも何に使えばいいのか検討もつかない。かろうじてわかることは、多分この物体達の大方は食事関連という事程度だ。


「ってこの缶詰、かの有名なミートスパ缶じゃねぇか」

「あぁ、それは食べなくていい」

「⋯⋯やっぱり?」

「うん」


 こっそりと、缶詰を包みの奥に戻す。なんでも不味すぎて、生産国の方達も口をそろえて食いたくないと言うらしい。また別の話では、調味料を加える事が前提であってそのまま食うものではないとも。


「これは⋯⋯帰ったら桐山と倉﨑と一緒にチャレンジしてみよう」


 日本にいる悪友共からすればたまったもんじゃないが、よくよく思えば昔からあの二人も似たような事をしてきたしお相子だろう。と、勝手に納得して更に物色を進めていく。


「テセネの魔法使い達が、救援に来てくれたお礼にだそうだ。聖人相手に、一人で挑んで時間を稼いでくれたと」

「なるほどね」

「色々とチョイスはおかしいが、そこは文化の違いと思って我慢して欲しい」

「我慢するけど、おかしいって気づいてるなら止めてよ!」

「すまない」


 何故かもう一つ出てきたミートスパ缶を戻しつつ、俺は頭を抱えながら狂乱する。もしかして、実は嫌がらせなんじゃないかなと思い始めてきた。


「⋯⋯まぁいいや。んで、決闘は明日でいいんだよな」

「君さえ良ければいいのだが、大丈夫なのか? 戻ってすぐ倒れる程の重症なら、もう一日程度なら休んでもいいだろうに」

「いいさ。俺は休みたくて戦ったわけじゃないし」

「しかし⋯⋯」


 アルクリアはどこか釈然としない態度を取って食い下がる。


「アンタは一体どっちの味方なんだ⋯⋯」

「う、む」

「大変だな、アルクリア」


 痛いところを突かれてもなお、アルクリアは俺をすぐに決闘に駆り出そうとはしないでいた。

 きっとこの人は、お人好しで優しい人なのだろう。命を取り合う魔女狩り相手ならともかく、仲間と言う括りの中にいる俺に対しては非情になれない。干渉を禁止したのがいい例だ。


「娘も嫁も、娘の婚約者とその敵にも優しいなんてな」

「そうだな。俺は指導者には向いてないかもしれん」

「そうか? 冷酷無比な指導者ってのも、最近は流行らない物だぜ」


 小を捨て、大を得る。そんな合理的なやり方が出来る程、俺の心は強くはない。

 でも、心は強くなくてもいいんだ。人は、弱いが故に人でいられる。そして、弱ければ周りに頼ればいい。こうして人は、弱くても大を得て、もしかすると捨てようとした小すら得ることが出来るかもしれないのだ。


「まぁ要するにアレだ。自分がやりたいと思うなら、素直にやればいいと思うんだ。あ、犯罪はダメだけど」

「君は⋯⋯随分と大人なのだな」

「大人ねぇ。人間、大人も子供も大して変わんない気がするけど」


 そもそも大人と子供の違いなんて、基本曖昧なものでしかない。何を定義としてかで、その判断は全く別のものとして扱われる。いくら頭が良かろうが、いくら立派な価値観を持っていようが、結局は見る人基準で決めるしかない。


「とにかく俺は大丈夫だ。明日は予定通り、俺はアンタとベル相手に戦う」


 全ては小夜の為に。どれほど格上だろうが、俺は彼女の為に死力を尽くして奴を打ち倒してみせる。


「俺が負けたらアンタ達の好きにしろ。魔女狩りとの戦いに参加させるなり、雑用なりメイドさんなり自由に使え」

「そして君が勝った場合、小夜の婚約は破棄。小夜の結婚相手は、君になる」

「⋯⋯あぁ」


 本当は、小夜の婚約を無くすための方便だ。いつか小夜が本当に好きな人と結ばれるまでの仮の相手。

 それでもいい。彼女が幸せになるのなら、俺はその時まで戦い続ける。それに俺は、もう何人か救われて欲しい人物がいるのだ。


「それにもう一つ頼みが有る」

「何だ?」

「俺が勝ったら」


 寂しそうに笑った、オッドアイの少女。乱暴な言動とは裏腹に、実は優しい彼女の願いを叶えてあげたいと思った。


「日本に、魔法使い達の組織を作る。その為に、ライヴとガルを日本に呼ぶ」


 これは俺が俺の為にする戦いだ。自分でも、ワガママで傲慢な考えだと思う。でも、これが俺の出した答えだ。


「魔女狩りの奴らが日本にも来てしまった以上、またいつ来るか分からない。それに備えて、少しは人手が欲しい。それに日本には、俺の他にももう一人魔法使いがいる」

「確かに君の年ならば、本来は学生だろうな。ずっとこちらにいると言う訳にもいかないだろう」

「それに俺なら、転移魔法を使えば一瞬でこちらへ来れる。戦うにしろ守るにしろ、ここよりは幾分マシだ」


 理由や目的なんて、本当はどうでもいい。ライヴの寂しそうな顔を見るのが嫌だから、俺はこの作戦を何としても成し遂げたいと思った。それ以上の事は、何も無い。


「彼女は⋯⋯⋯⋯」

「頼む、大切な友達なんだ。俺は、彼女に救われた」


 あの幼女に殺されかけた所を助けられた事じゃない。もっと以前に、俺はアイツに救われた。

 理由も無いのに、見ず知らずの俺に優しくはない手を差し伸べてくれた。身の程をわきまえない俺の事を、罵りながらも笑うことなく押してくれた。彼女は自分の意思で俺の味方をしてくれたのだ。だから俺は認めない。彼女が、彼女自身の為に生きる事の出来ないカビの生えた古臭い掟など。


「⋯⋯⋯⋯」

「────」


 永劫の様な時間が過ぎていく。アルクリアにとっては気にもとめない様な数秒だったが、俺にとってはその遥か何倍にも感じる。しかし、やがて待ちわびた答えが返った。


「わかった。君が勝ったなら、そう手配しよう」

「⋯⋯本当か」

「ただし、相応の覚悟が必要だ。君が彼女と関わるなら、いずれ君は彼女の歪みを知る事となる。それを背負う覚悟があるか──それも、明日は心に留めておいて欲しい」


 楔のように心に突き刺さる決意。何を今更躊躇う必要があるのか。

 俺はもう二度と後悔はしたくない。見える事なら、俺はその全てを良い方向に向けてやりたい。


「──俺は、背負う」


 困ったことに俺は、一緒に背負うと言って聞かない悪魔に魅入られてる。

 だから決して、押しつぶされそうになるなど無い。


「歪みだろうと何だろうと、全部受けとめてやる」


 その返事に、アルクリアは安心したような表情でゆっくりと頷く。


「君に、全てを託そう」

「まだ勝ったわけじゃない。託されるのは、アンタ達に勝ってからだ」

「⋯⋯そうだったな」

「そろそろ戻ったほうがいい。小夜が帰ってくる。今のアンタじゃ、会うのは気まずいだろ」

「それは困るな。小夜の前では、あくまでも対立してる様に見せなければ」

「大変だな⋯⋯ホントに」


 こそこそと、足音を殺してアルクリアは部屋を出ていく。去り際に何かを言いたげにこちらを振り向いたが、俺はもういいとそっぽを向いて聞かないようにした。

 ここからはもう、争うべき敵であって悪意を向ける対象で無ければならない。いつまでも馴れ合っていては、大事な所で見落としてしまうからだ。


「⋯⋯一体誰が悪なのかね」


 ふと、包から出てきた三つ目のミートスパ缶を見つめて俺は呟いた。それは無意識の内に心から漏れ、自覚することも無く闇夜へと溶けていった。

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