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彩色の魔女  作者: 唄海
2章 英国の闘い
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戦うべき者、戦わなければならない者

 剣よりも速く、槍よりも鋭い一撃。だがその一撃は、喉元へと達する前に大男によって受け流される。


「⋯⋯は?」


 気づいた時には遅く、俺の体は宙を舞っていた。あの野郎は俺の攻撃を待っていたと言わんばかりに軽くいなすと、そのまま反撃へと転じていたのだ。

 地面に思い切り打ち付けられ、肺の空気が無理矢理叩き出される。


「は、かはっ⋯⋯!」

「もう貴様がそちら側についた以上、加減はしない」


 大男は冷徹に俺を見下している。俺は痛みに耐えながら跳ね起き、なんとか距離を取って一息つく。

 魔法によって打たれ強さは上がっているが、体の作りは変わっていない。人間である限り、急所を狙われれば魔法使いであろうとも一撃で意識を刈り取られてしまう。


「かと言って、魔法は⋯⋯」


 牽制の意を込めて真槍を打ち出した。が、真っ直ぐに飛んでいった真槍は大男の前に来ると急激にその方向を変え、あらぬ方向に進路を変えてゆく。やはり聞いた通り、魔法は通じないらしい。


「私に魔法は効かぬ」

「チート野郎が」


 それでも退く訳にはいかない。ここで退けば、取り返しのつかない何かを失ってしまう気がする。


「諦めろ、貴様の行動は無意味だ」

「知るかよ。無駄だと分かってても、それでもやらなきゃならないんだ!」


 これは、意地だ。小夜を傷つけたコイツには死んでも屈してなるものかと、強力な意志が俺の意識を強くする。


「小夜は何も悪いことなんかしてねぇだろうが。それだってのにテメェは、魔女って理由だけで小夜を傷つけた。そんな奴に俺は負けない」

「粋がるのはいいが、それでは私には届かないぞ」


 不用意に出した腕を弾かれ、大きく体勢を崩してしまう。その一瞬の隙を突いて、大男の岩のような拳が腹を突き抜ける。


「が、あァ!」


 血と臓物を吐き出しそうになりながらも、どうにか踏みとどまる。あれだけ大見得切って飛び出したのだから、こんな簡単に倒れたら小夜に顔向けができない。


「たまるかよ!」


 負けじとボディーブローをかます。かなりの手応えと共に、奴の顔が苦悶の表情を見せる。


「黒色、貴様は⋯⋯」

「うるせえ。頼むからさっさと⋯⋯あ?」


 だらりと、視界に真っ赤なカーテンがかかる。どうや、目の上を切ったらしい。


「最初に投げられた時か、クソが」


 乱暴に血を拭い、必死に拳を振るう。コイツを倒す、その思いを支えにしてなんとか歩を進める。


「黒色、お前は何の為にそこまで戦う。お前は魔女達とは無関係のハズだろう」

「知るかよ」

「今ならまだ間に合う。全てを忘れて、元の生活に戻れ。貴様はまだ、普通の人間だ」

「⋯⋯⋯⋯」


 唐突にこの男は、こんなことを言い出した。俺を見逃すと、戦わないで済むと停戦の申出をしてきたのだ。

 この男の言葉には重みがある。敵はなるべく少なく、戦いはなるべく傷つかず。確かに聖人と呼ばれるだけの道徳心と信仰心はある様だ。まだ一般人と魔法使いの狭間にいる俺を、一般人の世界へと送り返そうと呼びかけている。


「なぁ、聖人様よ。アンタの方こそなんで戦ってるんだ?」


 だからこそ、不思議でならない。そんなにも戦いたくないならば、戦わなければいい話だ。だけれどもこの男は戦ってきた。


「私には戦う以外の道は無い。お前も魔法使いになった以上、それは避けられることの無い道になるぞ」

「そうかよ」


 戦う手を止めて、俺はその場に佇む。流れる血を拭う事もないまま、ただただ大男を見つめていた。


「私を憐れむか?」

「いいや。仕方ねぇ事なら、それまでだろうよ。それしか出来ないなら、それをやるしかないんだからな」


 戦わなければならない者と、戦うべきではない者。

 口だけならいくらでも言えるが、実際に対峙して分かる事もある。争う事の辛さ、相手の持つ正義。間違っているとするならば、きっとそれはこの世界が根本から間違っているのだろう。なら、きっとこの間違いは正せない。


「でももし、ここで俺が退いてもお前は魔女狩りを続けるんだろうな」


 そして小夜やライヴ、ガルやベル達はコイツらとの戦いに身を投じる。もしかして、誰かが死んでしまうからもしれない。俺の知らない所で。


「知らないまま平穏に暮らせたらいい、か。確かにそれはそうだよ。けどな」


 この胸にある気持ちが、間違いは無いと教えてくれている。平穏なんかよりも、小夜が大切なんだと思うことが出来る。


「大切な人のためなら、俺は平穏も普通も要らない。俺はお前とは違う。俺は俺の意思で戦うんだ」


 ならばやるべき事は一つ。この力を、この魔法を小夜の為に使う。小夜の邪魔をする者、小夜の身を脅かす者を一つ残らずに叩き落とす。


「俺は黒色の魔法使い。お前達魔女狩りを喰らい尽くす、バケモノだ」


 脳髄がチリチリと火花を散らし、全身に魔力が駆け巡る。裂けるように笑う口元は、獲物を前に舌なめずりをする獣だった。


「もう、言うべき事はあるまい。貴様がそうなった以上こちらは全力で貴様を殺す」

「死ね、聖人」


 互いに体を硬直させ、今か今かとその手に隠した爪を研ぎ続ける。

 獲物を殺すのは一撃で仕留めなければならない。恐らくは、互いに骨を断たせ命を刈り取る事になるだろう。俺は脳裏に、一筋の線を思い描いた。


「侵喰──塗りつぶし、喰らい尽くして自らを広げる能力。つまり俺の転移魔法は歪めるんじゃなく⋯⋯」


 引き絞られた弓が放たれる様に。撓みに撓んだ鉄塊が弾け飛ぶ様に。両者は同時に互いの喉元に致命の一撃を放つ。

 研ぎ澄まされた刃が、何よりも早く俺の喉笛を食い破ろうと迫るのがハッキリと分かった。理解した、それならば俺の勝ちだ。


「──喰らえ」


 ぞぶり、と俺は『空間』の中へと手を突っ込む。剥がれ落ちるメッキを必死に貼り直しながら、ゆっくりと死神の鎌を奴の首に掛ける。


「な⋯⋯に⋯⋯」

「残念だったな。こっちには、死神様も憑いてるんでな」


 意識の外からの攻撃は、人間にとって最も耐え難い衝撃となる。どれだけ強い攻撃も、視野内に捉え認識すれば耐えられないことは無い。

 だから俺は、奴の死角から死の一閃を叩き込んだまで。転移魔法を応用した、不可視の一撃。意識の外から意識を刈り取る、死神の一振り。


「地獄にも神の加護は届くのか、機会があったら教えてくれて」

「き⋯⋯さま⋯⋯」


届くはずだった刃は折れ、その破片は跡形も無く風に散る。

 糸の切れた操り人形の様に、大男はその場に崩れ落ちる。死んだのだろうか、その後はピクリとも動かなくなった。


「ハァ、ハァ⋯⋯クソが」


 膝が崩れ落ちる。立ち上がろうと力を込めても、膝はケタケタと俺を嘲笑う様に震えるばかりだ。


「少し休もう」


 諦めて、少し離れた場所に腰を下ろして一息つく。地面の冷たさが、妙にハッキリと伝わってくるのがわかる。

 これが、命をかけるという事。互いの命を刈り取る為に、自身の命を差し出す戦い。そこにあるのは、あまりに大きな恐怖。


「うわ、酷い汗だ⋯⋯」


 だらりとした感触が頬を伝う。拭っても拭っても、後から後から湧いて出てくる気持ち悪さ。


「ってこれ血じゃん!」


 真っ赤に染まった手に驚き、思わず立ち上がってはまた崩れ落ちる。傷は意外と深いようで、中々止まりそうにない。


「ご主人様、無事ですか? 無事ならサリィを愛してると念じてください」


 ふと、やかましい声が響き渡った。もう聞き慣れたこの声は言うまでもない自分の使い魔だ。


「割と真面目な方で無事じゃないから愛してない」

「ヒドイ! ていうか、大丈夫じゃないのはそれはそれで駄目じゃ無いですか」

「いやまぁ、聖人は撃退したから大丈夫ではある。そっちは?」

「こっちはご主人様の活躍で、テセネの人達を助けることが出来ました。少々負傷者が出たので小夜が治療に回ってるところですけど、皆さん無事なようです」

「そいつは良かった」


 どっと肩の力が抜ける。張り詰めた体が急激に緩み、しばらく立てそうにない。


「痛てぇ⋯⋯」

「ちょ、本当に大丈夫ですか。なんなら迎えに行きますよ」

「悪い、頼む」


 ここは大人しく、サリィを頼る事にしよう。どうせ隠したところで、アイツは何かと理由をつけてこちらへ来そうだが。

 そんな訳で、痛む額を抑えながらぼうっと待つ事にした。


「絆創膏でも持ち歩いておくか」

「お待たせしましたー!」

「早!」


 驚いて顔を上げると、目の前にはサリィが立っていた。相変わらず騒がし奴だが、今はどこか安心してしまう自分がいた。


「んー、結構切れてますね」

「おかげで視界の右半分が真っ赤だ」

「うぉおおーおお、うぉおおーおお、だっだららだったー」

「何も言わねぇからな」


 突っ込んだら負けな気がする。


「とりあえず帰りましょう、ご主人様。立てます? 手を貸しましょうか?」

「悪い、借りる」


 差しのべられたサリィの手を掴み立ち上がる。相変わらずおぼつかない膝だが、歩けない事は無い。


「あっ」

「どうかしましたか?」

「聖人の野郎、放置したままだ⋯⋯」


 ふと、先程大男が倒れていた場所に目をやる。するとそこには、有り得ない光景が映っていた。


「───いない」


 あいつが、いない。倒れていたはずの巨躯は、跡形も無く消えていた。

 途端、全身に寒気が走る。止まっていた冷や汗が再び噴き出してきた。


「サリィ!」

「は、はい!」

「逃げるぞ!」


 考えるよりも早く体が動いた。サリィの手を引きながら、俺は全力で駆け出す。

 次の瞬間に、直前まで俺達が立っていた場所が地面ごと吹き飛ぶのが見えた。

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