逃走の果て
「逃げるぞ!」
サリィの手を引き、全力でその場から走り去る。何かが追ってくる気配を感じるが、それ以上に振り返ったら死ぬと全身が直感している。
「これが逃避行の果てのラブ・ロマンス⋯⋯ていうかご主人様速い速い速い!」
「うるせぇちょっと我慢してろ!」
「ひえぇー!」
ピッチャーの投げるボールの如く、サリィを遥か前方にぶん投げる。そのまま空中のサリィをジャンプして抱えると、再び走り始める。
「お姫様だっこ、お姫様だっこ!」
「騒ぐ暇があったらちょっと後ろの奴見てくんない?」
相変わらず、後ろから何か巨大なものが迫ってくるのが分かる。先程の一撃から推測すると、恐らくは大質量で叩きすぶす攻撃をしてくるパターンだ。だというのに俺の全速力と並走できる程の早さとなれば、追いつかれた瞬間にハンバーグにされるだろう。
全く、パワーキャラのクセにスピードも有るなんてのは格ゲーなら絶対嫌われる奴だ。
「幼女です! 幼女がデカいハンマー持って追いかけてきます!」
「てめぇふざけてると置いてくぞ!」
「ホントなんですって!」
「クソが!」
ちらりと、脳裏にサリィの見た風景が映る。どうやら、アニマとは視覚すら共有出来るらしい。
サリィの見た風景には、自分の何倍もあるハンマーを引きずりながら追ってくる可愛らしい幼女がいた。
「魔女狩りの奴ら狩った方がいいんじゃないすかね」
「てかご主人様、このまま逃げたら皆さんとあいつが鉢合わせに」
「それはダメだ!」
あの場所には小夜達がいる。そこにこいつを連れていくわけにはいかない。
かと言って、方向を変えればその瞬間に叩き潰されかねない。転移魔法を使おうと試みるが、いかんせん逃げる事に意識を割かれて集中が出来ない。
「⋯⋯⋯⋯」
何時までも迷ってはいられない。ぐずぐずしていると、すぐに小夜達の場所に到達してしまう。
「サリィ、頼みがある。戻ったらアルクリアにすぐに撤退しろと伝えろ」
「え⋯⋯ご主人様は?」
「転移魔法がある、一人でも帰れるさ。悪いがもう一回ぶん投げるぞ」
「待って────」
答えを待たずに、サリィを再び遥か前方へと投げる。先程よりも若干優しく。
「ご主人様の、馬鹿!」
「はいはい」
頭に心底恨めしそうな声が響く。あぁ、あいつの罵倒する声も悪くは無い。
「さてと」
これで、失うものは何も無い。もしここで俺が死んでも、サリィや小夜達は逃げられるだろう。
足を止め、速度を急激に落として行く。背後から、大質量に速度を乗せた一撃が放たれる。恐ろしいが、やるしかない。
「うおおぉぉ!!」
その一撃に向かって、真っ向から真槍を使って受け止める。しかし、受けた衝撃はあまりにも大きかった。
「が、は⋯⋯」
殺しきれない勢いが体をゴム毬のように吹き飛ばし、俺は何度も地面を跳ねながら転がり回る。
「冗談じゃねえ!」
何とか体制を立て直すと、すかさず幼女に向き直る。幼女は俺に向かって、二撃目を放っていた。
確実に胴体を吹き飛ばす、横薙ぎの一振り。かろうじて横へ飛んで威力を殺そうとしたが、どうやら無駄な努力の様だった。
「あ⋯⋯ぅ」
吹き飛ばされた俺は、空中を錐揉み二回転捻り程してから叩き落ちる。
一瞬意識が落ちかけたが、何とか遠のく意識を手繰り寄せる。
「⋯⋯⋯⋯」
ふらふらと立ち上がると、左腕が動かない事が分かった。無理矢理動かそうとすると激痛が走る。
「折れたか、クソ⋯⋯」
本格的にマズイ。右目の出血と、左腕の骨折。動く右手で、何とか奴の一撃を弾く。
「⋯⋯⋯⋯」
幼女は無言のまま、苛立たしげに俺を殺そうとハンマーを何度も何度も振り下ろす。
その目には、何の感情もこもってない。人形の様だ。
「はっ、はぁ」
開いた体に、鋭い蹴りが突き刺さる。とても幼女とは思えない一撃に、思わず俺は膝を着く。
「ぁ⋯⋯」
切れた。致命傷を受けたわけでも、意識が落ちたわけでもない。けれども、体を支えていた何かが切れた。───俺の負けだ。
「クソが⋯⋯」
サリィはちゃんと報告してくれただろうか。小夜達はもう行っただろうか。時間を稼げたなら、それでいい。どうせ人は死ぬんだ、ここで死ぬならそれまで。
あぁ、でもこれじゃあ決闘が出来ないじゃないか。
「ッ!」
何を諦めているんだ俺は。誓ったはずだ。小夜の為に戦うと、小夜を守ると。
ここで死んだら、それが果たせない。
「死ぬかよ!」
脳天に振り下ろされた致命的な一撃を、全力で受け止める。もう右手も軋みをあげて今にも折れそうだったが、お陰でまだ生きている。
「なんで⋯⋯」
初めて幼女が口を開いた。機械のような無機質な声だが、その声色には明らかに困惑の色が見える。
その一瞬が、俺にとっては何十秒に感じられる。何秒でも構わない。少しでも集中出来るなら、俺はまだ動ける。
「喰らえ──」
ゆっくりと、手を伸ばす。何か出来るはずだ。まだ俺は動ける。まだ、生きている。
「────馬鹿!」
「へぇ?!」
突然襟首を掴まれると、ズルズルと物凄い勢いで引きずられる。幼女も俺も、困惑して動けないでいた。
この場で動いているのは、いるはずのない彼女だけだ。
「ライヴ⋯⋯?」
「黙って! じゃなきゃぶっ殺す!」
周りの景色が歪み始める。幼女がやっと動き出すが、もう遅い。俺はその場から、ライヴのおかげで何とか離脱した。




