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彩色の魔女  作者: 唄海
2章 英国の闘い
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歪み

 綺麗に整えられた清潔感溢れる部屋の中、俺はサリィとライヴから無言の圧力をこれでもかというくらいにかけられていた。

 少しでも気を抜くと潰されてそのまま戻れなくなりそうだ。


「何か言い訳はある?」

「無いです、私が悪うございました。どうか命だけはお許しください」

「ライヴ、慈悲はないです。こんなのご主人様じゃありません、すぐに追い出すべきです」

「サリィお前後で覚えとけよ⋯⋯」

「喋っていいって言ってないよ?」

「はいすいません!」


 清々しい程の笑顔を向けてくるライヴ。笑顔だと言うのに、俺には般若か悪魔像の顔にしか見えない。しかもとびきり恐ろしい顔の。


「それで、着替え中にも関わらず部屋に入って来る程重要な話って何?」

「あー、うん。ちょっと頼みたい事があってだな⋯⋯」


 なるべくライヴを刺激しないようにゆっくりと、簡潔に話を進める。下手に怒らせてしまえば、間違いなく今俺は再び気を失うだろう。もっとも、気を失うだけならまだマシだが。


「転移魔法を教わりに来た」

「え、何。黒色って転移魔法使えるの?」


 ライヴの表情が変わる。


「まぐれだけどな。だから、ライヴに教えてもらおうと思って」

「ていうか待って。なんでアンタ、アタシが使えるって知ってるの」

「ガルから教えてもらった」

「⋯⋯そ」


 知られたくなかったのだろうか、ライヴはあまり浮かない顔で俺から目を逸らす。


「⋯⋯ごめん、何か」

「いいの、気にしないで。いつまでもトラウマ引きずるほど臆病者でもないし」

「トラウマ、ねぇ⋯⋯」


 何があったのか気になったが、あまりいい思いで語れるような事では無いが分かる。なら、追放するのは無粋と言うヤツだ。

 本人が語ろうとしたら聞いてやればいい。


「それで、何を教えればいいの? 正直黒色って事例が無いからあまり参考にならないかもしれないけど」


 いつも通りに戻ったライヴは、特に拒む事もなく俺の頼みを引き受けてくれた。


「使い方、って言えばいいのか? とりあえず一通り転移魔法ってのを見せて欲しい。それから疑問になった所をお前に聞いてく感じで」

「ん、わかった」


 そう言うとライヴはさっと立ち上がり、目の前に手を突き出す。


「⋯⋯おぉ?!」


 突然、その手の周囲の空間がグニャリと『歪む』

 歪みは渦になり、やがてライヴの手の周囲は陽炎のようにゆらゆらと揺らぎ始めた。


「ほっ、と」


 ライヴがその歪みから手を引き抜くと、陽炎はすっと元通りになった。


「はいこれ」


 引き抜いた手を差し出される。その手には、見覚えのある銃が掴まれていた。L96A1──初めて会った時に向けられたあまりいい思い出じゃない銃だ。


「アタシの魔法、紫色は簡単に言うと『歪み』を操る魔法でね。転移魔法はこの応用で、空間を歪ませて物を移動させるの」

「すげー⋯⋯」


 目の前で起こった手品のような出来事に、思わず口を開いたまま呆然とする。何も無かったはずの空間から銃が出てきたのは、それこそ魔法としか例えようが無いものだった。


「そう言えば小夜が言ってたな。転移魔法ってのはかなりの魔力を使うって」

「確かに効率はあまり良くないかな。転移させる物が大きければ大きい程、歪ませる空間の量も多くなるか。だから、あまり大きな物には使えない」

「それも聞いたな。人一人転移させるもんなら、魔力消費が多過ぎてぶっ倒れるとかなんとか」


 あれは確か大男に転移魔法をかけた時だ。あの時小夜は、俺が平然としていた事に驚きを隠せないでいた。


「アタシの魔力量だとせいぜい大人一人でギリギリ動けるくらいだけど⋯⋯どう? アンタはどのぐらい転移させられる?」

「試した事はないから分からないけど、少なくとも大男一人を転移させた後でも普通に動けるくらいには」


 薄々気づいていたが、俺は魔力量は人より多い。そのお陰で、転移魔法を使ってもそれほど失速はせずに戦える。


「なら、奥の手として使えば有効打になるんじゃない?」

「奥の手かぁ⋯⋯」


 はぁ、と大きくため息をつく。この手の攻撃は相手が初見なのを前提とした物なので、一度躱されてしまえば間違いなく警戒される。しかし相手はあのベルだ。真正面からやり合って部が悪いのはガルとの戦いで十分体感した。


「何、卑怯な手は使いたくないとでも言うつもり?」

「いやいや、そんな事は無い。ただ、1回限りだとすればかなーり難しい」

「どうして?」

「エリクサー病なんだ」


 エリクサー病、その単語を口にした瞬間ライヴは不思議そうに首を傾げる。


「エリクサー病⋯⋯何それ、症状は?」


 病とついてるからか、ライヴは意外と心配そうな声でエリクサー病について聞いてきた。


「今はまだ使うべきではないって思うだろ? それがずっと続くせいで結局最後まで使わずに終わるって事だ。それを日本ではエリクサー病って言う」

「あぁ、なるほど。確かにアンタはそう言う決断は下手そうね」

「理解出来るならお前にも素質はある。エリクサー病予備軍だ」


 この病気の恐ろしい所は、使わなかったが故に失敗してしまう事が稀によくある事だ。そのお陰で何度泣きを見たことか。


「ならいっそ、最初に使っちゃえば?」

「つまり短期決戦を狙うってわけか」


 出方を伺う前にさっさと決着をつけるという手は確かに有効かもしれない。何しろ真槍は当たれば無条件で相手の手を封じることが出来る。


「ま、とりあえずどう戦うかは後にして、今はアンタが転移魔法を使いこなせる方が重要じゃない?」

「あ」


 そもそも俺は転移魔法が使いこなせないからライヴに教えてもらいに来たのだ。


「エリクサー病は知らなかったけど、いまのアンタを表す言葉なら知ってる」

「何?」

「取らぬ狸の皮算用」

「お見事」


 まさかの諺に、俺は思わず手を叩いて賞賛を送った。

エリクサー病は治らない

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