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彩色の魔女  作者: 唄海
2章 英国の闘い
22/115

引いてダメなら押してみな

扉の前に立つ。

木製の大きな扉だ。


「はぁ……疲れる……何もしてないのに……」


俺は扉の前で立ち止まる。

この扉を挟んだ向こう側に争うかもしれないがいる。

もしかしたら今頃は俺について色々問答が起きているのかもしれない。


「……ちくしょう、怖い。出来ることなら今すぐ帰りたい」


全身に恐怖が駆け巡る。

何をすればいいか。

何が起こるのか。

小夜は俺を何と言うのか。

先程の決意が簡単に崩れさる。


「……今更何ビビってやがる。小夜の為なら何だってやるって決めただろうが」


自分を奮い立たせる。

大丈夫、あの部屋の中には小夜もいる。

一人じゃない。

俺は再び決意を固め、扉へ手をかける。


「失礼、入らせてもらう!」


勢いよく叫び、扉を引く。

…………あれ、開かない。


「あれ? 部屋間違えた?」


もう一度扉を引く。

扉は張り付いたように動かない。


「……あれ?」

「バカ野郎! 押すんだよ!」


中からガルの声が聞こえる。


…………あぁ、やっちまった。



──────────────────────────



「し、失礼しまーす……」


俺は扉を押して中へ入る。

中には大きなテーブルとそれを挟んでソファーが二つあった。

そのソファーの片側には小夜、小夜の母。

もう片方にはガル、深緑色の髪の男性、金髪青眼の男性。


「真、こっちよ」


小夜が自分の座っている隣を指して言う。

俺は言われるがままにそこへ腰掛ける。

途端、部屋が肌を刺すような空気に変わる。


「あぁ、ちくしょう。こりゃ完全に敵地だ」


俺は向かい側の二人を見ながら思う。

心なしか睨まれてる。


「どうしたら……どうしたらいいんだ? 自己紹介か?」


俺は視線を二人の男性の丁度間に固定したまま考える。

目は合わせられない。合わせたくない。

奥歯の震えを噛み殺す。

膝の震えを拳で押し止める。

大丈夫、弱気になるな。

大きな呼吸を一つする。

……よし、落ち着いた。


「君は、何色の魔法使いなのかい?」


最初に口を開いたのは深緑色の髪の男性だった。

髪の色からして恐らく彼がガルの兄であり、小夜の婚約の相手だろう。


「……『黒色』です。」

「『黒色』 まさか実在するとはな。いやまさか…」


隣の金髪の男性がまさか、と言う表情を浮かべる。

この人が恐らく小夜の父親だろう。


「名前は何と言うんだ?」

「真……黒峯 真です」

「真……不思議な響きだな」

「アナタは?」


俺は深緑色の男性と視線を合わせる。

……あれ、ガルと似てない。

目つきも普通だ。


「これは失礼した、俺の名前はベル。ベル・ウィリディスだ。ガル・ウィリディスは俺の弟にあたる」

「これは御丁寧にどうも」


普通の口調だった。

いや、場によって口調は変わるだろうが、この男性は普段からこの口調なのだろうと断言出来る程に自然な口調だった。

ますますガルと似てない。


「黒峯君、君は本当に黒色なのかね」


金髪の男性から喋りかけられる。

その声には疑いの色が混じっていた。


「はい。と言ってもまだ使い方はよく分からないですけど」

「……黒色はまだ一人しか存在していないからな」


小夜も言っていた事だ。

そしてその一人もよく分からないと。


「ちくしょう、なかなか本題に入らねぇ。何をやれば小夜の婚約を消せる?」


娘さんを僕にください! とか言ったらいいのかな。

ダメそう。


「…………私」


突然小夜がぽつりと話し始める。


「私、この人と結婚したい」

「何だって?!」

「は?!」

「え?!」


小夜の父親とベル、そして俺が驚きの声をあげる。

まさか説明してないのかよ。


「日本から連れてきた同盟の相手じゃないのか?!」

「えぇ、同盟よ。そして小夜のお婿さん。別に間違ってはないでしょ?」

「ガル、お前なんで黙ってたんだ」

「聞かれなかったし、別に兄貴に教える必要はねぇだろ」

「貴様ベルの弟だろう! 兄の味方をしないのか!」

「命令されなかったんでな」


どうやらガルは兄とも小夜の父親ともあまり仲良くは無さそうだ。


「黒峯君と言ったかな。君は何故小夜さんと結婚したいのかね?」


ベルが穏やかな口調で聞いてくる。


「え、えーと……」


焦る。

何と言えばいいのだろうか。

ちらりと小夜を見る。

彼女は不安そうな表情のまま俯いていた。

…………そうだ、俺はさっき決めたばかりじゃないか。

小夜の為にこの婚約を潰すと。

相手が何であろうと小夜の味方だと。


「…………人と」

「?」

「……好きな人と結婚したいってのは普通じゃないですかね」

「ーッ!」


小夜が赤面する。

数秒後、俺も自分の言った事が恥ずかしくなり赤面する。

無意識の内に言葉が出てしまった。

だが今はそれどころではない。

相手に流れを掴まれる前に優勢に持って行く!


「小夜のお父さんに聞きたい。何で勝手に小夜の婚約なんかきめてるんですか?」

「それは魔法使いの家系同士の結び付きをだな……」

「……は?」


呆気にとられる。

つまり小夜は政略結婚をさせられるって事だったのか。

娘思いとか考えた俺が馬鹿だったぜ。


「ベルさん……いや、あえてベルと呼ばせてもらう。ベルはそれでいいのか? 自分の好きでも無い相手と結婚しちまうんだぜ」

「まぁ……確かにそれは……でも」


ベルは目を細める。

細めた目は少しガルと似ていた。


「ここ最近の魔女狩りの組織は過去のそれより強大になっている。魔法使い達は皆様々な手段で対抗するしかないんだよ」

「だからって小夜を……」

「君は知らないだろうが、この前大規模な魔女狩りが起きてね。何百人と言える程の魔法使い達が捕まってしまったよ」

「…………」

「あいつらは最近力をつけている。だからこちらも対抗するしかないんだよ。わかってくれ」

「だからって!」


だからって小夜がこんな思いをしなくちゃならない理由にはならない。


「つまり戦力がいればいいんだな?」

「単純に言うとそうだね。奴らから魔法使い達を守れる戦力が必要だ」

「……ならいい考えがある。いや、正解には今思いついたが」


俺は賭けに出てみる事にする。

このままでは埒が明かない。


「俺がその役、やってやろうじゃねぇか」


黒色の力。

まだ未知数だが、強力な力があるのは変わらない。

なら、それを利用すればいい。


「その代わり小夜は俺が貰う!」

「ダメだ! 素性も力量も分からん奴に娘は渡さん!」

「素性はただの日本人だよ! 力量は……」


言葉に詰まる。

転移される前、ガルにやられっぱなしだったのを思い出す。

ベルはおそらくガルより数段上だろう。

だったらベルの方が相応しい。


「ちくしょう、もう少し魔法について知ってたら戦い方も工夫出来るのに!」


悔しい。

賭けのカードが不足していた。

これでは小夜の為になれない。


「真は初陣で魔女狩りを圧倒してたわ。真なら大丈夫よ」


小夜がフォローしてくれる。

これで少しは考えてくれるといいが。


「……そこまで言うなら見せてもらおうか」

「何を?」


ベルが真っ直ぐ俺の瞳を射抜く。

何を見せればいいんだろうか。


「決闘をしよう」

「は?」

「決闘だよ。君と私、どちらの力量が上か一番わかりやすいだろ? それでいいですよね、青原さん」

「……いいだろう。ベル君と真君、君達の力を見させてもらうよ」

「では決闘は三日後にしましょう。いいですかね、黒峯君」

「ちょ、ちょっとまて」


確かに、これは一番わかりやすく力を示せる。

だが俺が負ければ……


「ふん、負けるのが怖いのか?」

「なんだよガル、急に何を」

「俺がてめぇと戦った時はブチ切れてたじゃねぇか。 しかも自分じゃなく小夜の為にな。痛がってたのに気にせず突っ込んできやがって」

「あ、あぁ……よく覚えてるな」

「なら、なんでビビってんだよ」

「…………」


そういうことか。


「ははっ、そうだな」

「ふっ」


ガルが笑みを浮かべる。

なるほど、そういう訳か。

相手の強さも知らずに突っ込むなんて普通じゃない。

それでも俺は小夜の為ならできる。

今更何を怖じ気付く必要があるのか。


「いいぜ、受けて立とう。三日後だな」

「それまではここに滞在するといい。対策や情報収集も自由にしなさい」

「あぁ、そうさせてもらう」


そう言うとベルと小夜の父親は部屋から出ていく。


「……なぁ、小夜」


俺は小夜の方を向く。

もうひとつ、やらなければいけない事があった。


「小夜、俺は小夜の為にならいくらでも戦う。そう決めたんだ。だから小夜は笑ってて欲しい」

「……え」

「小夜が泣くのは嫌なんだ。だから俺は小夜の為に戦うって決めた」

「……」

「小夜が何か俺に責任を感じるようならそれは違う。俺は俺が決めたから行動する。小夜のせいで巻き込まれたなんて思ってねぇよ」


小夜は言っていた。

私が悪い、と。

巻き込んでしまった、と。


「俺は勝手に小夜の為にやるんだ。だから、何かあっても自分を責めないでくれ」

「で、でも……」

「迷惑か?」

「う、ううん……嬉しい。でも、なんでそんなにも私を助けてくれるの? 私は何も真にしてあげられないのに……」


なぜ小夜の助けになりたいか。

それは───


「それは……」


そこまで言って俺は言葉に詰まる。

なぜ俺はそこまで小夜の為になりたいと思うのか。


「それは?」

「わかんねぇ」

「え?」

「わかんねぇけど、とりあえず小夜の為になりたいって思ったんだ」

「そう……でもありがとう、嬉しい。」

「だからさ、心配すんなって!」


わからない。

確かにそうだ。

でも、彼女の泣き顔は見たくないし、笑っていて欲しい。

それだけでも十分な理由だった。

小夜の為になら戦える。


「そういえばガル、さっきはありがとうな」

「あ? 何がだよ」

「決闘の件、あれで決心がついた」

「へっ、俺は兄貴達の負ける姿を見たいだけだ」

「……なら、見せてやらなきゃな!」


俺とガルは悪い顔で笑い合う。

最初の印象は悪かったが、いつの間にか友情のような物が出来ていた。

共通の敵も出来たし。


「よし! そうと決まれば早速決闘に向けて準備しなきゃな!」

「兄貴の魔法の使い方については任せろ。俺が教えてやる」

「……真、無理はしないでね。ガルもあまり喧嘩になるような事しないで」


そうして俺達三人はよく分からない物で結ばれた。


「ふふっ、若いっていいわね」


その様子を真のお母さんは楽しそうに眺めていた。






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