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第0話 誰も知らない話 (6)

 

 ーーひどい話だと激怒した。本当に残酷でどうしょうもなくて、どこにぶつけようもなくて。只々、悲しかった。悲しみが分かったから。

 

  紫色の稲光りが走ったかと思うと、耳をつんざくような轟音が鼓膜を震わせる。

  近くの森にでも落ちたのだろうと、男は思った。

  男は窓辺に置いたイスに座り、窓ガラスを叩く雨粒をぼんやりと眺めながら物思いにふけっていた。

  ーーもう随分と昔の話だ。だが、ずっと考えている。忘れるはずもない。

  せめて自分だけでも……と。


  トントンッというドアをノックする音で男は我に返る。

  返事を返すと、聞きなれた声が耳に届く。

  部屋に入る許可を与えるとその人物はドアを開けた。

  黒い燕尾服に身を包んだ初老の紳士が深々と頭をさげる。


  「クドラクか。どうかしたか?」


  男が感情を込めず、淡々とした口調で言った。


  「坊ちゃん、昨日はこの老いぼれの頼みを聞いて下さり、誠にありがとうございます。坊ちゃんはお嫌いだと存じておりますが、改めて感謝を申し上げたく、お伺い致しました」


  頭を上げたクドラクが恭しく言った。

 

  (分かってるなら来るなよ……)と、男は思ったが、口には出さなかった。

  代わりに鬱陶しそうに相手をじっと見るが、当のクドラクはどこ吹く風と言わんばかりに涼しげな表情を浮かべている。


  「まぁ、冥土の土産みやげぐらいになったのなら、良かったよ」


  男があざるような口調でわざとらしく言ったが、クドラクの表情は相変わらず変わらない。


  「ありがとうございます。坊ちゃん」


  クドラクが再度、頭を下げる。


  「しかしながら、坊ちゃん。冥土に持参するにしては少々、ショボいですなぁ。じじいはスプライト家の今後が気がかりで、死んでも死にきれませんよ」


  頭を上げたクドラクが穏やかな笑みを浮かべ、言う。

  砕けた口調だが本気で心配しているのは明らかだった。

  それを見て男が面倒くさげに、ため息をつく。


  「冥土うんぬんは言い過ぎだったな。気を悪くしたのなら、謝るよ。ごめん」


  男が嘲るように言う。外の雨は激しさを増すばかりで、窓を打ち付ける雨音がうるさいくらいだ。遠くで雷が落ちたらしく稲光が走り、かなり遅れて雷鳴が届く。

  クドラクが面白おかしそうに笑う。


  「今日の坊ちゃんはお優しいですな。ーーまるで昔に戻ったかのようで」


  クドラクが急に真顔になる。しかしすぐに寂しげな表情を浮かべ、男は少しバツの悪そうに目を泳がせる。

  それを見たクドラクが微笑ましそうに笑みを浮かべ、昔を惜しむかのように懐かしげに目を細めた。


  「昔の坊ちゃんは本当にお優しくて、絵に描いたように優秀な少年でしたね」


  クドラクが穏やかな声で語る。

  それが面白くないのか、男が不快そうに顔をしかめた。だが、すぐに自嘲ぎみに笑う。


  「ほぉー。つまり今は優しくも無ければ、優秀でもないと」


  そんな風に自虐する男が面白いらしく、クドラクはどこか嬉しそうに笑う。


  「いえ、そうでありませんよ、坊ちゃん。今も昔も坊ちゃんはお優しく、優秀でありますよ。ただ賢くはないだけです」


  「ーー前々から思ってはいたんだが、お前も結構、酷いこと言うよな」


  「オーキュペティー殿に比べれば、私など手ぬるい方だと自負しております」


  クドラクがわざとらしくお辞儀をする。


  「最近、歳のせいか夢に見るのです。坊ちゃんが高熱を出されて三日間、目を覚まさなかったあの時を……」


  クドラクが苦しげな表情を浮かべ、声を詰まらせる。


  「坊ちゃんが目を覚ました日は今でも鮮明に覚えております。皆、一様に喜んだのですよ。ーーまぁ、その後の騒動は坊ちゃんが一番、ご存知でしょうが……」


  クドラクが何か思い出したかのように苦笑する。

  男は何も応えない。


  「坊ちゃん。妄執に囚われてはいけません。じいは……いえ、皆、坊ちゃんの幸せを願っているのです。昔も今もこれからも」


  クドラクは一旦、言葉を切り、目を閉じた。そして何か決心したのか、再び、目を開け、男を見据える。


  「昔のあなたも今のあなたも同じなのだと私は思います」


  クドラクの目をじっと見つめる男。

  言葉から目からその意味を読み取る。

  何が言いたいのか、男は理解して頷く。


  「ーーまぁ、つまり、アレだな。冥土に行くにはまだまだ土産みやげが足りんという訳か」


  わざとらしく戯ける男に対し、クドラクはしょうがない人だと言わんばかりに微笑を浮かべる。


  「左様でございます」


  クドラクがわざとらしくお辞儀をした。

 

  「本当にじいはいやしいヤツだな」


  男が嬉しそうに笑う。クドラクもだ。


  「長生きしてくれよ、クドラク。その分、土産みやげ話をたっぷり持たせてやるから」


  「楽しみにしております」


  クドラクが丁寧にお辞儀を返し、応えた。


  「ーー久々にクドラクと話せて面白かったよ。退がっていいぞ」


  「では失礼させて頂きます」


  「ああ」


  クドラクは丁寧に挨拶をしたのち、部屋から出て行った。


  「ーー同じ……か」


  部屋の扉を見つめながら、男がぼそりと呟く。

  しばらくボーっとしていたが、気を取り直そうと思い、イスから立ち上がる。そして部屋から出ようと、扉に向う。

  男が扉の持ち手に手をかけた際、ふと、振り返って窓を見る。外は雨。しかも土砂降りだ。暇を潰すのに外に出るというのは得策ではないだろう。

  なら、どうするか。

 

  『昔のあなたも今のあなたも同じなのだと私は思います』


  クドラクの言葉が過ぎる。

 

  (まぁ、久しぶりに童心に帰るのも悪くないか)


  昔のように倉庫に篭ってガラクタ弄りというのも悪くない。あの騒動以来、倉庫には入ってはいないのだから。

 

  (暇つぶしには丁度いいかもな)


  廊下を歩く男の足が無意識に急ぎ足になる。

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