第29話 魔力の視える青年
先月は更新しなくてすみません!
2月は28日までだというのをすっかり忘れていました。次からは気をつけてますので今後とも宜しくお願いします。
ーー真っ白だ。眩しい光に思わず体がよろける。が、寸前のところで足を踏ん張り、なんとか耐えた。
あぁ、よかったと、胸をなで下ろす。
何故なら……。
「貴様!ウォセホウケウの四肢はどうした!まさか置いてきたのではあるまいな!」
(ーーそのまさかに決まってるだろうアホタレが!)
激昂する相手に毒づきたくなる気持ちをぐっと抑え込む。
こっちは命からがら逃げ帰って来たんだぞ!あの時、コイツらが来なければ俺は捕虜。ウォセホウケウも五体満足のまま拿捕。最悪の筋書きだってありえたんだ!
ウォセホウケウの操縦士、ルー・セーンラオブは奥歯を噛みしめる。
「なんたる事だ!ラメトクの片腕も無くなっておるではないか!」
先程から激昂している銀髪の男が今度は悲鳴に近い叫び声をあげた。
「急げ!直ちにウォセホウケウ、ラメトク、エッグノットの修理、点検、整備に取りかかれ!」
怒号が響く。それを聞きつけた魔術師たちがあっという間にロボット三体とルー達を取り囲む。
頭からつま先まですっぽりと覆う黒いローブの魔術師たちはフードを目深に被り、顔が一切、見えない。
魔術師たちが呪文を詠唱すると、三体のロボットの足元に魔方陣が現れた。魔方陣が白い光を放つ。白い光は足元から徐々に迫り上がり、あっという間に三体のロボットの機体を包み込むと、シャボン玉のように弾けて消えた。
残されたのは人のみ。
フードを被った魔術師たちがそそくさと部屋の奥へと消え行った。
呪文以外は一言も話さないまま撤退した魔術師たちの背中をルーは睨む。
ーー分かっている。彼らは悪くない。
彼らは彼らの命じられた仕事をするのみ。
いくら魔力量が多いとはいえ、いくら治癒魔法に優れた魔法使いがあの中にいるとはいえ、いくらあの中に平民がいるとはいえ、奴らは俺たち《どぶネズミ》を助けてはくれない。
途端、ルーはどっと疲れを感じた。
ーー当たり前だ。あの奇妙なロボットとやり合うのにどれだけ魔力を使ったと思っている。
カカラとルオットもそうだ。
特にカカラは戦闘だけではなく、転送魔法陣の術式発動までやったのだ。
術式は魔術師たちが事前に魔弾に仕込んでいるとはいえ、発動の際、かなりの魔力を消費する。
ウォセホウケウの転送にラメトク、エッグノットに加え、人間、三人の一気転移。
……等の昔に限界は超えている。
ルーは右隣にいるルオットに目をやる。
少し長めの白い髪にライトグレーの瞳に褐色の肌をした華奢な少年。つぶらな目に小さな鼻と口といった顔はどことなく人なっこい仔犬を思わせる顔立ちをしている。
服装は深緑色の大きめのシャツにゆったりとした黒いズボンに黒い靴といった格好だ。
華奢だが背だけがやたら高く、ルーが見上げるかたちになっている。
魔力の枯渇に加え、肉体的にも精神的にも疲れ切っている。ルオットの体が風に吹かれ、佇む案山子のようにユラユラと揺れる。
ルオットがなんとか倒れまいと自分と同じように耐えているのが目に見えて分かる。
気を抜けば気絶してしまいそうなほどの疲労感に苛まれているのであろう。
ーーさぞかし辛いはずだ。
ルーは思わず奥歯を噛みしめる。自分の力が足りないばかりと、拳を強く握り締める。
ルオットから顔を背け、左隣りを見ようと顔を向けた瞬間、その人物の体がぐらりと揺れた。
ーーカカラ!
ルーは咄嗟に腕を伸ばす。カカラの腰に腕を回し肩を抱く。腕にカカラの重さが掛かるしっかりと支えなければと力を込める。
が、カカラの顔を見た瞬間、手が震え、その場にへたり込んだ。
血の気が引いた青白い顔。
目の下には濃いクマが出来ている。
唇は青色を通り越して青紫色だ。
「カカラ!カカラ!」
揺り動かしても返事はない。
脈はあるのかと、手首を掴んで計る。
ーー脈はある。が、やけに、ゆっくりだ。
一刻も早く治療しなければならない。ルーはカカラの手握る。
いつも温かい手は氷のように冷たい。
「カカラ!」
ルオットが叫び、カカラの顔を覗き込む。両肩を掴み、揺さぶるが返事は無い。
「レオニール少佐!今すぐ医療魔術師を呼んでください!お願いします!」
ルーが銀髪の男に向かって叫んだ。
銀髪の男、レオニール・ミヤ・コーネインは面倒くさそうにルーを見ると、ルオット、カカラの順で一瞥してから、自分の靴へと目線を動かした。
よく磨かれた艶のある革のブーツ。レオニールは靴底にへばりついた汚れを落とそうとしているかのように床に擦り付ける。
一つに結った長い銀髪がクリスタルの灯りに照らされ上物の絹糸の束のように輝いている。白い肌に彫刻を思わせる品のある顔立ちは一目で上流階級の貴族の出なのであろうと多くの人間が思うはずだ。
スラリと背が高く、体格にも恵まれており、軍服すら華麗に着こなしている。
「馬が二十四本、鹿が六十四本」
レオニールが感情を込めずに淡々とした口調で言った。
意味が分からず困惑していると、レオニールが苦々しげに顔を歪める。
「貴様らが狩って来た角の数だ。二百、狩るまで戻って来るなという命令だったはずだ。それだけではなく、あまつさえロボットを破損させるという大失態」
レオニールは心底馬鹿にしたようなため息をつく。おもむろに腕組みをすると、イライラしげに右手の人差し指で自分の肘のあたりを何度も叩く。
「よくぞ、おめおめと戻って来れたものだな。その精神に感服するよ。私ならとてもじゃないが耐えられない」
自分たちの苦労も知らず、嘲笑うレオニールにルーは激しい怒りを覚え、怒鳴りつけたい衝動に駆られたがグッと堪える。
「仰せの通りでございます。全ては私の不徳の致すところ。カカラとルオットは任務遂行の為、全力を尽くしました。責任は全て私が取ります。どうかカカラに治療をーー」
「諄いぞ!」
レオニールが声を荒げ、ルーの言葉を遮った。ルーが押し黙る。
「貴様ごときの下民に責任など取れるものか!」
レオニールはフンッと鼻を鳴らし、吐き捨てるように言った。
イライラ度が増したらしく、一層、強く指で肘を叩く。
「ーーとはいえ、それは貴重なエッグノットの操縦士だ。目標数に及ばなかったとはいえ、一応、角の収集は出来た訳だからな」
蔑むような目で三人を見据え、レオニールは語る。
「ーー特別に治療を許可する」
十分に間を空け、随分と勿体ぶった口調でレオニールは言った。
「ハッ!お心遣い頂きありがとうございます!」
ルーとルオットが頭を垂れる。
それを見たレオニールが面倒くさそうに一瞥してから、部屋の奥へと姿を消した。
レオニールの姿が見えなくなるまで頭を下げたまま、ルーとルオットは動かなかった。
目の前にカカラの顔。
さっきよりもさらに青白い。
握り続けている手も温めているはずなのに冷たい。
くりくりとしたまんまるの目を半月のように細めてキャキャと声をあげるカカラの姿を思い浮かべ、目の奥が熱くなる。
そばかすだらけの顔に小さくて低い鼻。大きな口を開けてケラケラと笑うカカラのくしゃっとした笑顔。
女の子ぽい格好よりも動きやすいからとか、スカートは嫌いだからとか言っていつも少年みたいな服装だったカカラ。
案の定、よく男児に間違われていたが、本人は嫌がっている様子は無く、それどころかまんざらでもない感じだったカカラ。
ーー必ず助けるからな。
ルーのカカラを握る手に力がこもる。
「アニキ!」
ルオットにシャツの裾を引っ張られ、顔をあげる。
黒いローブ姿の人物が目の前に立っていた。
ルーが周りを見回す。
だだっ広く薄暗い部屋。高い天井には巨大なクリスタルが取り付けられており、淡く青白い光を放っている。
足音一つ、聞こえなかった。
と、なると……。
(転移魔法か。ならコイツがカカラを)
治してくれるのか、と、ルーは思いゴクリと唾を飲む。
「お願いします!どうかカカラを!カカラの治療をお願いします!」
ルーが悲痛に満ちた声で叫んだ。
ローブの人物はフードを目深に被っており、顔が一切見えない。
一体、なに考えているのかと、もしかしたら自分達、下民出身の傭兵などゴミ同然だと考えている輩なのかもしれない。だとしたら治療などしてはくれないのではないかと、不安が募る。
するとローブの人物が膝をついて座り込み、カカラに手をかざす。
手の平から白い光が溢れ出し、カカラの全身を包む。
しばらくするとカカラの手が少しづつ、温かくなってきた。
顔もほんの少し赤みが戻ってきている気がする。
黒いローブの人物が手をかざすのを止め、手を叩く。
すると床に箱が現れる。木製の白い箱だ。
蓋には医療機関の紋章が刻まれている。
黒いローブの人物が箱の中から赤いガラスで出来た小瓶を取り出す。
カカラの額に手を当て二、三回撫でた。
「ウッ……」
カカラが小さな声を漏らし、薄っすらと目を開ける。
「カカラ!」
ルーとルオットが同時に声をあげる。
だが、カカラの意識は朦朧としているらしく、返事は無い。
黒いローブの人物が小瓶の栓を開けた。
キュポッという気が抜けそうな間抜けな音を立てる。
黒いローブの人物はカカラの頭の後ろに手を当て支えると、小瓶の飲み口を唇に押し当て、少しづつ含ませる。
カカラは朦朧としているがなんとか飲む。
時間をかけながらも全部飲ませきった。
ルーとルオットがほっと息をつく。
カカラ自身も安心したように薄っすら顔を綻ばせると、再び気を失った。
「カカラ!」
ルーとルオットが声をあげ、揺り動かす。
「ご安心ください。眠っただけです」
二人は顔を上げ、その声の主を見る。
俯いた黒いローブの人物のフードから三つ編み状に編んだ薄紫色の髪が溢れ落ちる。
黒いローブの人物は手を伸ばし、カカラの頭を撫でた。
華奢な指がカカラの黄色い髪を優しく撫でる光景にルーは自分の目を疑った。
(魔術師が俺ら下民に触るなんて……)
見間違いでは無い。このローブの人物がカカラを触るのを見るのは二度目だ。
一度目はカカラの意識が戻ったことに気を取られて気がつかなかったが、今ので間違いない。
おそらく黒いローブの人物は自分達を『卑しいネズミ』だとは思っていない。
でなければ、この場で施せる治療は治療魔法をかけ、回復薬を飲ませた所で終わりであろうから。
軍所属の魔術師ならば、平民以上の身分のはずだ。平民ですら下民の自分達を賤しい奴らだと蔑む者が多いというのに。
ーーなのに。
ルーは言葉に詰まる。
なんと言えばいいのか、なんと言えるのだろうか。
少ないがいるのだ。養父のように高潔な魂を持つ者が。
ルーが食い入るようにその光景を見ていたが突然、黒いローブの人物がカカラの頭から手を離し、顔をあげた。
アメジストみたいな色をした紫色の瞳。
褐色の肌に整った目鼻立ちに小さな顔。
どこか儚げな若い女性。
「あなた方にはこれを」
黒いローブの女性が箱から青い回復薬の小瓶を二つ取り出し、ルーとルオットに一本づつ渡す。
二人は礼を言って受け取ると、一気に飲みほした。
独特の薬草臭さが口の中に広がり、食道を通って胃に流れ込む。と同時に体の痛みと怠さが少しだけ和らいだ。
「ありがとうございます!おかげかなり回復しました」
ルオットが明るい声をあげ、立ちあがる。
それを見た黒いローブの女性が嬉しそうに微笑んだ。
「礼には及びません。調合した回復薬が良く効いたようで良かったです」
黒いローブの女性が明るい声音で言った。
穏やかな微笑みを絶やさない彼女にルーは己れの中にあるわだかまりがほんのりほぐれたように感じた。
「ありがとう」
ルーが心の底から礼を言った。もっと気の利いたことを言いたかったが、言葉に詰まって中々出てこない。
黒いローブの女性が嬉しそうにルーに笑いかける。
「完全に回復するには休息が大切です。栄養のある物を食べて、ゆっくり休んで下さい」
そう言って立ち上がり、一礼すると、神に祈るように胸の前で指を組み、小声で詠唱を始めた。
すると足元に魔法陣が現れ、全身を白い光が包む。
再び、一礼すると、光と共に黒いローブの女性は消えた。
「……ありがとう」
黒いローブの女性が立っていた所を見つめながら、ルーは呟いた。




