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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第5章「森の隣人たち」

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第82話「美人だが怖い」

「そこの人間。その木に触れるな」


 頭上から、声が降ってきた。

 氷のように冷たくて、透き通った声。見上げると──長い金髪が、木漏れ日に透けていた。


 昨日、ルナが嗅ぎ取った「怒ってるにおい」の正体を確かめるべく、俺たちは再び西の森の縁に来ていた。

 木に触れて【効率化】を使おうとした、その瞬間。


 ざわり、と枝が揺れた。


 太い枝の上に、女が立っていた。

 長い金髪が腰まで流れている。翡翠色の瞳が、まっすぐ俺を射抜いていた。

 そして──耳だ。人間の倍はありそうな、先の尖った長い耳。


「この森はエルフの領域。人間が立ち入っていい場所ではありません」


 女が片手を振ると、足元の地面から蔦が這い出した。

 まるで生き物のように蔦が俺の腕に巻きつき、体を締め上げる。


「うおっ……!」


 動けない。蔦の力は想像以上に強い。

 締め付けられた腕に、蔦の青くさい匂いが染みてくる。頭上で枝がみしりと軋んで、驚いた鳥が羽音を立てて飛び去った。


 ──美人だ。だが怖い。


 反射的に【効率化】が蔦を分析する。


『蔦の強度──引きちぎれる範囲。ただし、切断すると術者の怒りが推定40%上昇。拘束に従う方が効率的』


 ……スキルが「おとなしくしてろ」と言っている。珍しく同意見だ。

 めんどくさい。力ずくで抜ける選択肢もあるが、ここで暴れたら話がこじれる。


「あの、俺は別に森を荒らしに来たわけじゃ──」


「黙りなさい」


 冷たい声が落ちてくる。翡翠の瞳に怒りが揺れている。

 エルフ。物語や伝承では聞いたことがある。長寿で、森に住み、人間嫌いで──なるほど、伝承通りだ。


「あなたたちは昨日もここに来ていた。森の木に触れ、根元を調べまわった。この森はわたくしたちの領域。一枚の葉にも──」


「ユウトさんっ!」


 茂みの向こうから、銀色の影が飛び出してきた。

 ルナだ。少し離れた場所で匂いを嗅いでいたはずが、俺の声を聞いて駆けつけたらしい。


「はなして! ユウトさんを、はなして!」


 ルナが蔦に掴みかかる。銀色の耳がぴんと立ち、尻尾が逆立っている。

 エルフの女が一瞬、目を見開いた。


「……獣人? なぜこんなところに獣人が」


 獣人とエルフ。住む場所も文化も違う。滅多に顔を合わせない種族同士だと、どこかで聞いた気がする。


 ルナが蔦を引っ張りながら、ふと顔を上げた。

 エルフの女の顔を見て──動きが止まった。


「……おみみ、ながい!」


 ルナの目がきらきら輝いた。


「きれい! かみも、きれい! きらきらしてる!」


 蔦を引っ張る手が止まり、ルナはぽかんとエルフの女を見上げている。

 完全に警戒モードから興味モードに切り替わっている。


「……は?」


 エルフの女が面食らっている。翡翠の瞳が大きく見開かれ、整った顔に困惑が浮かんだ。

 怒りに満ちていた表情が、一瞬だけ崩れる。


「な……っ、変わった獣人ね。人の話を聞いて──」


「ねえねえ、さわっていい? おみみ!」


「駄目に決まっているでしょう!」


 フィーネ──いや、まだ名前は知らない。エルフの女が、一歩後ずさった。

 蔦の締め付けが、わずかに緩んだ。動揺しているのが蔦にまで伝わっている。


 腕に巻きついていた蔦の締め付けが、ふっと緩んだ。


「あなたの名前は?」


 ルナがまっすぐ聞いた。相手がどれほど怒っていようが、ルナには関係ないらしい。気になったら聞く。それがこいつのやり方だ。


 エルフの女が唇を引き結んだ。答えるつもりはない、という顔。

 だが──ルナの目はきらきらしたまま、微動だにしない。


「…………フィーネ」


 ぽつりと、名前が落ちた。


「フィーネさん!」


 ルナが花が咲いたみたいに笑った。

 フィーネの長い耳が、ほんのわずかに揺れた。


「……っ。名前を教えたからといって、何も変わりません」


 フィーネが手を振ると、俺の体に巻きついていた蔦がするすると解けていった。

 腕に蔦の跡が赤く残っている。めんどくさい……蔦で縛られるとか何のプレイだ。


「警告です。二度目はありません」


 フィーネが俺を見下ろした。翡翠の瞳は、再び冷たい光を取り戻している。


「この森に手を出すなら──相応の覚悟をなさい」


 金髪が翻り、フィーネは木の枝を伝うようにして森の奥へ消えていった。

 音もなく。影のように。


 ……速い。そして静かだ。あの身のこなし、戦っても勝てる気がしない。いや、戦う気もないけど。めんどいし。


「ユウトさん、だいじょうぶ?」


 ルナが駆け寄ってきて、蔦の跡を心配そうに見つめる。


「ああ、平気だ。ちょっと縛られただけだ」


「しばられた……?」


「忘れろ。何でもない」


 腕をさすりながら、フィーネが消えた森の奥を見つめた。


 エルフの領域、か。西の森がまるごと誰かの縄張りだったとは。

 ルナが前に嗅ぎ取った「木の匂いと花の匂い」──あれはフィーネだったのか。ずっと前からこの森にいて、俺たちの集落を見ていた。


 木材は欲しい。だが森の持ち主が激怒している。

 力ずくは論外。説得はめんどくさい。かといって放置すれば集落の拡張が止まる。


 ……何で楽に暮らしたいだけなのに、次から次へと厄介事が来るんだ。


「ユウトさん、あの人……」


 ルナが西の森を見つめている。耳がゆっくりと揺れている。


「怒ってた。すごく怒ってた。でも……さみしいにおいもした」


 さみしい、か。


 あの怒り方は、ただの縄張り争いじゃない気がする。

 もっと深い──何か古い理由がありそうだ。


 理由が分かれば、対処のしようがある。

 対処できれば、木材が手に入る。

 木材が手に入れば、集落が広がる。

 集落が広がれば、俺の仕事が減る。


 ……回りくどいな。でもそういう段取りでしか、楽にはなれない。


「ルナ、帰るぞ。腹減った」


「うん! ……でも、フィーネさん、またあえるかな」


「さあな。あのエルフが来たいなら来るだろ」


 ルナの耳がぴこりと動いた。


「さみしいにおいの人は、また来る。あたし、わかる」


 根拠のない確信。だが、ルナの鼻は嘘をつかない。


 美人だが怖い。怖いが──さみしい。

 めんどくさい相手が、増えた。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


本日から一旦100話まで【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励み(と睡眠時間の確保)になります!


【挿絵あり】

戦闘態勢のエルフを完全無視して、耳に見惚れるルナ。空気、読まない。

「きれい……」「な、なんだ貴様……触るな!」——フィーネの耳、ちょっと赤くなってます。

蔦で拘束されたまま見守るユウトの「……もう好きにしてくれ」感よ。


挿絵(By みてみん)

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