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第7話「快適すぎる遭難キャンプ。料理係の誕生」

「なによこれ……下手な村より、よっぽどちゃんとしてるじゃない……ッ!」


 赤毛の女──マーレンが、俺の拠点を見て絶句している。

 他の三人も同様だ。気絶した青年テオを担いだまま、ぽかんと口を開けて立ち尽くしていた。


 石を組み上げた煙突付きのかまど。木と葉で組んだ雨よけの傾斜屋根。水はけを計算した排水溝に、飴色に光る燻製肉が吊るされている。

 森の中の遭難拠点としては、まあ、やりすぎた自覚はある。


「あんた、本当にここで一人で暮らしてたの?」

「暮らしてたっていうか、楽をしたくて色々やってたらこうなった」

「楽をしたくて……?」


 嘘は言っていない。全部、怠けるための努力の結果だ。

 だが今はそんな話をしている場合じゃない。五人中一人が気絶、残りの四人も擦り傷だらけだ。


「そいつを寝床に運べ。地面より一段高くしてあるから、冷えにくい」


 俺はかまどに火を起こし、備蓄していた薬草を取り出した。


 『この草の根に殺菌作用がある──煮出せば傷口の消毒と軽い治癒の促進が見込める』


 以前、自分の切り傷で試した時に鑑定済みの草だ。石の鍋に水を張り、薬草を放り込んで火にかける。


「ほら、飲め」


 しばらくして、木の器に薬湯を注いで配った。テオの口にも少しずつ含ませる。

 マーレンが恐る恐る口をつけ──目を見開いた。


「……温かい」


 その一言で、堰が切れた。

 四人が一斉に目を赤くし、がぶがぶと薬湯を啜り始める。


「う……温かい飲み物なんて、何日ぶりだ……」

「生き返る……もうダメかと思った……」


 泣くな。頼むから泣くな。

 俺は居心地が悪くなって、かまどの火を突きながら目を逸らした。感謝されるのが一番苦手だ。どう反応していいか分からない。


 話を聞くと、彼らは海の向こうの旧大陸から渡ってきた開拓民だという。上陸早々に魔物の群れに襲われ、本隊とはぐれて数日間さまよっていた、と。


 深入りはしない。他人の事情に首を突っ込むほど面倒なことはない。

 ただ、ここまで五人が辿り着けたのは、あの赤毛の姉御が仲間を庇い続けたからだろう。化け猪の前でも前に立っていた女だ。


「──ねえ、あんた」

 マーレンが薬湯の器を両手で包んだまま、真剣な顔で俺を見た。

「あの燻製肉、私にちょっと触らせてくれない?」

「……は?」

「旧大陸で炊事をやってたの。その辺に生えてる草、見せてほしいんだけど」


 返事も待たずに立ち上がり、拠点の周囲を歩き回り始めた。疲労困憊じゃなかったのか、この女。

 一分もしないうちに、数種類の草を束にして戻ってくる。


「これ。旧大陸じゃレッドルートって呼ばれてた草に似てるわ。根っこに防腐の効果があるのよ」


 俺はその草を受け取り、スキルに通した。


 『赤根草──根に強い防腐作用を持つ。燻製に塗布した場合、保存可能な期間が大幅に延びる。殺菌の効果もあり、食あたりの危険を軽減する』


 マーレンの勘は正しかった。スキルの鑑定が、彼女の経験則をそっくり裏付けている。


「お前の言う通りだ。防腐と殺菌の効果がある」

「ほら見なさい。……貸して。あたしがやるわ」


 マーレンは俺の手から赤根草をひったくり、かまどの前に陣取った。

 燻製肉を一本外し、赤根草の根をすり潰して表面に丁寧に塗り込んでいく。手つきに迷いがない。料理番をやっていたという言葉は伊達じゃないらしい。


「火加減をもう少し落として。煙を多めに当てたいの」

「おい、俺のかまどで勝手に──」

「いいから黙って見てなさい」


 威勢のいい女だ。

 まあ正直、助かる。料理は毎日やる面倒な作業の筆頭だ。誰かがやってくれるなら喜んで丸投げしたい。


 しばらくすると、かまどから立ち昇る煙の色が変わった。

 白い煙に赤根草の甘い薬香が混ざり、鼻の奥をくすぐる。燻製の塩気に重なるその匂いは、前世の記憶を引っ掻き回すような──何かを思い出しそうで思い出せない、不思議な懐かしさがあった。


「はい。食べてみて」


 マーレンが差し出した燻製肉は、見た目からして違った。

 俺が作ったものより色が濃い。表面に赤根草の粉が薄く付着して、緑がかった飴色に光っている。


 一口、かぶりついた。


 歯が沈む。じわりと肉汁が溢れ、舌の上で燻製の塩気と赤根草の仄かな甘みがぶつかった。噛むたびに煙の香りが鼻に抜け、喉の奥を熱い肉の旨みが滑り落ちていく。

 同じ素材、同じかまど。なのに、手を加える人間が変わるだけで、こうも化けるのか。


「…………」

「どう?」


「……うまい。悔しいけど、うまい」


 素直に認めるしかなかった。俺が一人で作っていた燻製とは完全に別物だ。


「でしょう? 料理は素材と火加減と、ほんの少しの知恵よ」

 マーレンが得意げに笑う。目つきが違う。料理の話になると、この女は別人になる。

「あんたの燻製、素材はいいのに仕上げが雑だったのよ」

「……余計なお世話だ」


 他の四人にも肉が配られると、拠点に小さな歓声が上がった。テオも意識を取り戻し、横になったまま肉を頬張って涙ぐんでいる。

 温かい飯。誰かが手をかけた飯。

 前世の俺の食事は、コンビニ弁当かカップ麺ばかりだった。実家を出てから、誰かが俺のために何かを作ってくれた記憶は──たぶん、一度もない。


 (……くそ。ちょっといいな、と思っている自分がいる)


 認めたくないが、他人の飯は、うまい。

 マーレンの勘とスキルの鑑定。この組み合わせは、効率がいい。一人では辿り着けなかった味がある。


「ねえ、あんた」

 夕飯を囲む焚き火の前で、マーレンが膝を抱えて言った。赤い炎が、彼女の赤毛を一層鮮やかに照らしている。

「あんた、なんでこんな森の奥で一人で暮らしてたの?」


「働きたくないから」


「……はぁ?」


 マーレンが真顔で聞き返す。他の三人も口をぽかんと開けた。

 だが俺は至って真剣だ。


「俺はな、この世界で一番快適に怠けるために、仕方なく色々作ってるだけだ。屋根もかまども燻製も、全部楽するためにある」

「……信じられない。命を救ってくれた人の口から出る台詞じゃないわよ」

「だから救ったのも、放置したら寝覚めが悪くなるっていう身勝手な理由だ。感謝はいらん」


 マーレンはしばらく俺の顔を見つめていたが、やがてふっと笑った。

 気が強いだけの女かと思ったが、笑うと少しだけ印象が柔らかくなる。


「変な男ね、あんた。……でも、命の恩人よ。飯くらいは作ってあげる」

「……好きにしろ」


 焚き火が爆ぜ、火の粉が夜空に吸い込まれていく。

 俺の完璧なる一人暮らし計画は、今日をもって崩壊した。居候が五人。食料の消費量は跳ね上がり、水汲みの回数も増える。考えただけで頭が痛い。


 だが──飯がうまくなったことだけは認めよう。それだけは。


「飯は作る。掃除もする。でも、あんたも少しは動きなさいよ?」

 マーレンが予備の布を腰に巻きながら、呆れた顔で言う。

「善処する」

「絶対しないやつの言い方じゃないの、それ」


 こうして、俺の孤独で完璧な怠惰生活に、妙に頼りになる料理番が居座ることになった。

 悪くない──とは、口が裂けても言わないが。

お読みいただきありがとうございました!


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