第4話「昼寝の合間に改良する人生」
朝日が差し込む。鳥が鳴いている。川のせせらぎが聞こえる。
……最高だ。
編んだ草の屋根の隙間から、朝日。
壁のない空間から吹き込む風が、頬を撫でていく。
音楽は川のせせらぎと、森のさざめきだけ。
しばらく、このまま転がっていたい。
永遠に。
「んぐっ……」
しかし、腹の虫は現実的だった。
起きてすぐの空腹。昨日集めた木の実の残りを齧る。
甘みがあって悪くないが、やはり物足りない。
暖かいものが食べたい。肉か魚が食べたい。
腹が満たされないと、良質な睡眠は得られないのだ。
怠惰を極めるには、まず食を整えねばならない。
俺は渋々起き上がり、川へ向かった。
今日の目標は「食」の環境改善だ。
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川辺で、昨日作った石のナイフを使って平べったい石を削る。
【効率化】スキルの導きで、魚取り用の簡易なモリを仕立てるためだ。
『先端角度三十度。返しをつけることで捕獲率が四割向上する』
指示に従い、木の枝と石を蔓で縛る。
不格好だが、先端の鋭さだけは一人前のモリが完成した。
川の浅瀬に入り、じっと水面を見つめる。
魚……いるな。
前世の都会の川とは違い、澄み切った水の中を、掌ほどの銀色に光る魚が悠々と泳いでいる。
『直進予測算出。着水による屈折を補正──三、二、一、今』
ザシュッ!
「おおっ!」
自分の腕じゃないみたいな正確さで、モリが魚を貫いた。
ビチビチと跳ねる魚を陸に放り投げる。
食料確保、一発だ。
前世なら釣り竿があっても半日ボウズだったというのに。
だが、問題はここからである。
昨日、摩擦で火を起こしたとはいえ、毎回毎回あの重労働をやるのはご免だ。
それに、焚き火の直火で焼くと、焦げたり生焼けだったりして効率が悪い。
「……かまど、作るか」
めんどくさい。正直めんどくさい。
だが、ここでかまどを作れば、明日からの俺が楽になる。
未来の自分を救うために、今の自分がちょっとだけ頑張る。それが「怠惰のための労働」だ。
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寝床のすぐ横。
延焼の危険がなく、風の影響を受けすぎない場所をスキルに探させた。
『石材三十個。粘土質の土にて接着推奨。空気の通り道を下部に確保すること』
俺は川原から手頃な石を拾い集め、川底の粘土を掬い取った。
石をコの字型に積み上げ、隙間を粘土で埋めていく。
『煙突効果を利用する形状に修正。開口部をもう少し狭めると、燃焼効率が最大になる』
指示通りに粘土をペタペタと塗りつける。
図工の時間みたいだ。前世じゃ泥んこ遊びなんて小学生以来やっていない。
手が汚れるのも、今は不思議と嫌じゃなかった。
一時間ほどで、立派とは言えないが、機能的で無駄のない「かまど」が完成した。
昨日の残りの火種を移し、乾いた小枝を入れる。
ごうっ、と音を立てて火が燃え上がった。
「完璧」
串に刺した魚を、かまどの火にかざす。
熱が逃げない構造のおかげで、じっくりと均一に火が通っていく。
パチパチと薪が爆ぜる音。
魚の皮がパリッと焦げる香ばしさ。
脂がジュッと滴り落ちて、白い煙がふわりと立ちのぼる。
「……美味そう」
焼き上がった魚に齧り付いた。
「ッ……うまっ!」
塩すらない。ただ焼いただけの淡水魚だ。
だが、臭みはまったくなく、ふっくらとした白い身から上品な脂と旨味が口いっぱいに広がる。
皮は薄くてパリパリで、身はしっとりと柔らかい。
『遠赤外線による最適加熱。過熱を防ぐ構造により、身の旨味が逃げていない』
スキルがなんか解説しているが、どうでもいい。
とにかく美味い。これだ。求めていたのはこれだ。
腹が満たされると、急激な眠気が襲ってきた。
「……よし、寝よう」
かまどの火を弱め、俺は寝床の屋根の下に転がった。
満腹。安全。適度な疲労。
最高の条件が揃っている。
昼寝をして、起きたらまた少しだけ暮らしを良くする。
疲れたらまた寝る。
ただ自分の生活のためだけに、時間と頭を使う。
これこそが、俺の理想──「怠惰のための労働」だ。
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昼寝から目覚めると、もう夕方だった。
寝すぎた。でも誰も怒らない。これが最高なんだ。
寝床から這い出し、俺は小高い丘に登って夕日を眺めた。
オレンジ色の光が、広大な草原と背後の森をやわらかく染め上げている。
前世の俺が見たら、きっと泣いて羨ましがるだろう。
「何もしなくていい」という、究極の贅沢。
だが──焚き火の前に座り直した時、ふいに、空間が広すぎるような感覚を覚えた。
チロチロと燃える炎。
響くのは風の音と、虫の鳴き声だけ。
なんとなく、振り返った。
後ろには誰もいない。いるはずもない。
……なんで俺、振り返ったんだ?
前世からずっと、俺は一人で生きてきた。一人が楽だったはずだ。
会社でも、休日でも、一人の方が気楽だった。
『かまどの保温性能──現状七十%。追加の石材で九十%まで向上可能』
一人なら、七十パーセントで十分だ。
これ以上広くしても、暖かくしても、恩恵を受けるのは俺一人。
「……まあ、悪くない」
独り言が、夕暮れの風に吸い込まれて消えた。
焚き火の前で、満腹の腹をさすりながら星空を見上げる。
いい暮らしだ。本当にいい暮らしだ。
でも──
食料の問題だけが、まだ完全に解決していない。
毎日川に行って魚を突き、木の実を拾い集める。
今日は楽しかったが、これを毎日繰り返すのは……めんどくさい。
保存食、作れないかな。
あと、罠。寝ている間に、勝手に食べ物が手に入る仕組み。
未来の俺を徹底的に楽にする仕組みを──そろそろ、本格的に考えるか。
風が吹いた。焚き火の炎が大きく揺れて、俺の影だけが地面に長く伸びる。
……一人分の影は、夜になると妙に、大きく見える。
お読みいただきありがとうございました!
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