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第24話「完璧な設計と、不器用な情熱」

 土を掘る。ただそれだけの原始的な作業が、これほど美しく、淀みなく進行するはずがない。


 誰も互いにぶつからない。誰も迷って立ち止まらない。

 石のスコップが湿った土を抉る小気味良い音だけが、規則正しく森に響いている。まるで巨大なからくり時計の歯車のように、全てが完璧に噛み合っていた。


「……ふむ。悪くない」


 三日目の朝。俺は掘削現場を見下ろせる高台の切り株に腰を下ろし、腕を組んで満足げに頷いた。

 眼下に広がる水路の溝は、既に全行程の三分の一に達している。十日で終わると宣言した俺の見積もりは、今のところ完璧に的中していた。


 まあ、当然だ。

 俺のスキル【効率化】が弾き出したローテーション表は、人間の限界を知り尽くした究極の交代表なのだから。


 『各人の体力と持久力から算出した最適な作業配分──掘削は連続で半刻まで。それ以上は筋肉の回復が追いつかず、翌日の効率が三割落ちる』


 ドスが全力で土を掘り返す。息が上がり始める、そのちょうど手前で交代の声がかかる。

 交代したドスは座って木の板を削る。板削りは腕の筋肉を休ませながら手先だけで済む軽作業だ。呼吸が整った頃に、また掘削に戻る。


 この循環が五十人近い全員に対して組まれている。

 誰の手も限界ギリギリまで動くが、限界だけは絶対に超えない。滑らかで、無駄がなくて、見ているだけで気持ちが良い。


 ああ、最高だ。俺が一切動かなくても現場が回る。これぞ理想。

 このまま俺は高台の木陰で昼寝をしていれば、十日後には水路が完成している。何もしなくていい幸せ。


 そのとき、掘削の最前線で「カンッ」という金属めいた硬い音が響いた。


「ど、どうした!?」


 カルルが慌てて駆け寄る。スコップを握っていた男がもう一度同じ場所を叩いた。

 カンッ。カンッ。どれだけ力を込めても、刃先が跳ね返される。


「なんだこれ……岩か?」


 俺は重い腰を上げて、しぶしぶ斜面を降りた。せっかくいい感じに昼寝の態勢を整えていたのに。

 溝の底に露出していたのは、真っ黒な岩盤だった。表面は異様に滑らかで、カチンと叩いても傷一つ付かない。


 指先で触れると、ぞくりとするほど平坦だった。自然にできた岩にしては、あまりに均一すぎる。

 まるで——大昔の誰かが、巨大な刃物で一息に削り出したような感触。


「大賢者様、これは一体……?」


「さあな。とにかく、ここより下は掘るな。迂回しろ」


 俺はあっさりと指示を出した。

 正直、気にはなる。だが正体不明の硬い岩をいくら叩いても、道具が欠けるだけだ。水路を通すことが目的であって、余計な謎解きをやりに来たわけじゃない。

 面倒事の芽は、小さいうちに避けて通るに限る。世の中の真理である。


「俺の昼寝の邪魔にならない限り、地面の下に何が埋まっていようが知ったことじゃない」


 俺は再び高台に戻った。

 下では男たちが新しい道筋を掘り始めている。うむ、実に順調だ。このまま放っておけば——


 ——はずだった。


---


 俺——カイは、それを認めざるを得なかった。


 ユウトが組んだ交代表の通りに動くだけで、誰も倒れず、誰も無理をせず、それなのに工事はどんどん進んでいく。三日で三分の一。このまま行けば、本当に十日で水路が完成する。


 だからこそ、胸の奥に溜まっていく苦いものの正体が分からなかった。


 ……いや、嘘だ。分かっている。


 俺は、ただの作業員だ。


 ユウトの指示通りに土を掘り、交代と言われたら座り、また掘れと言われたら掘る。

 それだけだ。俺がやっていることは、隣で黙々とスコップを振るうカルルやドスと何一つ変わらない。


 開拓団を旧大陸からここまで連れてきたのは俺だ。

 飢えと魔物の恐怖に怯える仲間たちを説得し、命がけの船旅を決断させ、先頭に立って新大陸まで渡ってきた。

 なのに今、この集落で皆を導いているのは、俺じゃない。あの、いつも眠そうな目をした男だ。


「カイさん、交代ですよ」


 カルルの控えめな声に、俺は我に返った。


「……ああ」


 スコップを下ろし、斜面に腰を下ろす。汗が顎から滴り落ちて泥に染みた。

 掌を開くと、水ぶくれの皮が破れて赤い肉が覗いている。だがこんなものは、旧大陸で味わった痛みに比べれば何でもない。


 脳裏に、一人の少年の顔が浮かんだ。


 リオ。俺より三つ年下で、いつも俺の後ろをくっついて歩いていた弟分。

 あいつは——俺が目を離した隙に、飢えと過労で動けなくなって、そのまま二度と目を開けなかった。

 冷たくなっていくあいつの手を握りしめながら、俺は何もできなかった。


 あの時、俺がもっと頑張っていれば。俺がもっと早く食い物を見つけていれば。

 リオは死なずに済んだかもしれない。


 だから俺は誓ったんだ。

 この新天地では、誰よりも俺が体を張って、泥を被って、全員を守り抜くと。


 なのに今の俺はどうだ。

 皆に希望と笑顔を与えているのは、俺じゃない。ユウトだ。俺の役割は「力持ちの作業員その一」に成り下がっている。


「……くそっ」


 奥歯を噛み締めた。


 このままじゃいけない。俺がもっと気合を入れて、誰よりも汗を流せば——


「カルル」


「は、はい?」


「交代はもういい。俺が続ける。お前は少し休め」


「え、でも、大賢者様の表だと——」


 俺はカルルからスコップを奪い取り、溝に飛び降りた。

 土を掘る。もっと深く。もっと速く。


「おいお前ら! まだまだ行けるだろ! もっと掘れ! ペースを上げろ!」


 俺の号令に、男たちが引きずられるように動きを速めた。

 交代の時間が来ても、俺は代わらなかった。隣の男にも「まだやれるだろ」と声をかけた。


 肺が焼けるように熱い。腕が悲鳴を上げている。

 だが止まれない。ここで手を止めたら、リオの時と同じだ。


 ——その翌日。


「カイ、頼むからペースを落としてくれ! お前が交代しないから、皆の休みが回らないんだ!」


 カルルが、かすれた声で訴えた。男たちの顔から笑顔は消え、目の下に深い隈が刻まれている。


「弱音を吐くな! 気合を入れろ!」


 俺は血走った目で怒鳴り返した。腕は鉛のように重く、腰は痺れを発している。だが止まれない。止まったら、また誰かを——


「駄目だ、もう指が……痛くて腕が上がらねえ」


 その時だった。

 過労と睡眠不足で足を取られた男が、掘りかけの斜面に盛大に倒れ込んだ。


「あっ——!」


 ドサッ、という鈍い衝撃音。

 男の体が水路の壁面に叩きつけられ、積み上がっていた土砂がガラガラと崩れ落ちる。


「逃げろ! 土が崩れるぞ!!」


 俺が叫んだ瞬間、崩れてくる土砂がカルルの足を直撃した。

 甲高い悲鳴。溝の底に叩きつけられるカルルの細い体。足首を押さえて呻く姿が、舞い上がる土埃の向こうに見えた。


 絶叫と土煙。砕ける木の板の音。


 ユウトの作った完璧な歯車が——俺という不器用な異物のせいで、砕け散った瞬間だった。

お読みいただきありがとうございました!


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