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第21話「合流と、増えすぎた隣人」

 ……いや、流石に人が増えすぎだろ。これはない。


 俺の築き上げた拠点──いや、防壁や水路の規模からすれば、もう集落と呼ぶべきか。

 その入り口で土埃にまみれてへたり込む三十近い顔ぶれを見て、俺は深い、本当に深い、絶望的なため息を漏らした。


 快適なボッチ・スローライフ計画が、ガラガラと音を立てて崩壊していく。


 事の起こりは、ほんの数時間前に遡る。

 見回りに出ていたカルルが、蒼白な顔で拠点に駆け込んできたのだ。


「村長! 大変です! カイの旦那が、旧大陸から開拓民を大勢連れてこっちに向かっています!」


「はぁ?」


 俺は木陰の特等席で飲んでいた冷たい果実水を危うく噴き出しかけた。

 嫌な予感どころか、確信に近い不吉なものが胸を突き刺してくる。


 森の深部にカルルたちと張り巡らせた、精密な魔物除けの罠。

 ドスたち重労働班が汗水垂らして組み上げた、堅牢な木柵の防壁。

 それらは全て、今の二十五人が最小限の労力でダラダラ快適に暮らすために構築した、ギリギリの仕組みだ。


 そこに三十人がなだれ込むのは、積み木の塔に倍の重さを一気に載せるようなものだった。


「ユウト、すまない! 筋違いだと分かってるんだが……!」


 防壁の門をくぐるなり、真っ先に走ってきたのはカイだった。

 土と汗にまみれ、肩で息をしている。

 その背後には、ボロボロの麻布を纏い、疲労と安堵が入り混じった表情で座り込む男女の群れ。泥だらけの小さな足を抱えた子供たちまで混じっていた。


 濃い汗と泥の臭い。何日も体を洗えなかったのだろう、湿った酸い匂いが辺りの空気をじっとりと重くしていた。


「カイ。お前らが魔物に食われず無事だったのは素直に嬉しいが」


 俺はひらひらと手を振りながら、あえて彼らの悲壮感に同調しない声を作った。


「俺は慈善事業をやってるお人好しじゃない。この拠点の物資も設備も、今いる二十五人が快適に生きるために計算して回してるんだ。いきなり三十人なんて養えるわけがない」


「分かってる! だからタダで飯を食わせろとは言わない!」


 カイが必死の形相で一歩踏み出した。

 その目に浮かんでいるのは、ただの熱意じゃない。かつて守れなかった誰かへの後悔を、二度と繰り返すまいとする痛々しい覚悟だった。


「俺たちは働く! 力仕事でも夜通しの見張りでも、泥水すすることになっても何だってやる! あんたのその先を見通す知恵があれば、この化け物だらけの森でも生き延びられる。だから──頼む!」


 ドサッ、と鈍い音。

 二十人の開拓団を気合いだけで率いてきた若きリーダーが、俺の足元の冷たい地面に額を擦りつけた。

 躊躇いなんて微塵もない、全力の土下座だった。


 それを見た背後の開拓民たちも、次々と膝をつき始める。


「お願いだ……助けてくれ……!」


「子供だけでも、壁の中に……!」


 合唱のような懇願が広がる。三十人分の視線と命の重さが、俺一人にのしかかってくる。


 (……あー、もう。本当にめんどくさい。だから他人の人生に責任なんて持ちたくないんだよ)


 前世のブラック企業で、無能な上司から「頼む、お前しかいないんだ」と丸投げされた記憶が蘇る。

 あの時も断れない空気に飲まれて仕事を引き受け、結局は命を落とした。

 他人の「お願い」は、俺の人生を奪う呪いでしかない。


 ──だが。


 今の俺には【効率化】がある。

 ここで追い出せば、恨みを買って後々の厄介事が増えるだけだ。

 逆に、この筋肉の塊みたいな連中に適材適所の役割を叩き込んで村の仕組みに組み込めば?


 最初の手間こそかかるが、将来の「俺自身の労働」を限りなくゼロに近づけられる。

 それに、カイの統率力は惜しい。あいつを現場のまとめ役として使えれば、俺は指示を出すだけで済む。


 ……要するに、こいつらは「労働力」だ。

 俺が楽をするための、歩いて喋る便利な道具。そう思えば受け入れない理由がない。


「……はぁ。分かった、分かったよ。頭を上げろ、土で顔が汚れるぞ」


 俺はガシガシと頭を掻きむしりながら、足元のカイを見下ろした。


「滞在は許可する。その代わり、俺の決めた役割分担には病気以外の理由で反論するな。絶対服従だ。いいな?」


「ああ! 誓う! あんたは俺たちの命の恩人だ!」


 カイがパッと顔を輝かせ、背後の開拓民たちも涙を流して歓喜の声を上げた。

 ……こうして俺の静かなキャンプは、五十人規模の集落へと望まぬ膨張を遂げたのだった。


 (頼むから、これ以上めんどくさいことにならないでくれよ……)


 だが、現実は俺の祈りなど一顧だにしなかった。

 合流初日の夕方。問題は最も直接的で、最悪な形で噴き出した。


「ユウト! どうしよう、全然足りないの!」


 広場の中央で巨大な鍋をかき混ぜていたマーレンが、半泣きの悲鳴を上げた。

 彼女の周りには、空の木皿を握りしめた開拓民たちが血走った目で列をなしている。


「食料はカルルたちの罠の備蓄肉と保存食でギリギリ今日明日は持たせたけど、水が──水がもう完全に空っぽなの!」


 俺は広場の隅に据えた大型の貯水樽を確認して、舌打ちした。


 二十人なら数日は持つはずだった樽が、底が見えるほどカラカラに乾いている。

 三十人の泥だらけの難民が一斉に喉を潤し、傷口を洗えば、数時間で空になるのは当然の結果だった。


 頭の奥で、【効率化】の冷たい声が響く。


 『現在の人口に対し、食料は備蓄と罠の収穫で二日は持つ──だが水の消費が致命的。貯水量は本日中にゼロとなり、現状の手汲みでは三日以内に集落の維持が崩壊する』


 分かってる。分かってるから、その事実を突きつけるな。


「誰か、川まで汲みに行って! 子供たちが泣いてるの!」


 鍋の火に照らされたマーレンの声が、焦燥に引き裂かれていた。


 一番近い水源の川まで、大人の足で往復一時間。

 五十人分の水を、木のバケツでちまちま運ぶ?

 冗談じゃない。最終的に「力が有り余ってて暇そうな」俺に当番が回ってくる未来しか見えない。


 (……俺の昼寝の時間が消滅する。それだけは絶対に阻止しないと)


 早急に設備の大改修が要る。

 それも、俺が一滴の汗もかかずに済む、大掛かりな仕掛けが。


「あー……めんどくさいことになった」


 俺はカラの樽を軽く蹴飛ばし、空腹と渇きでピリピリした空気が漂い始めた夜空を仰いだ。

お読みいただきありがとうございました!


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