第174話「部族が仲間入りしたいって言ってるんだが」
翌朝、南の草原から獣人の使者団が現れた。
先頭を歩いているのは、金色の耳と瞳を持つ大柄な男――ルガだ。
「……直接来たのか」
隣でルナの尻尾がぶんぶん振れている。おい、顔に出すぎだ。嬉しいのはわかるが、外交の場に立つなら少しは落ち着け。
使者団は五人。ルガを先頭に、革鎧を纏った獣人たちが続く。足音が重い。草原の戦士の歩き方だ。地面を踏みしめて、周囲に注意を払いながら進む。町の中を歩いているのに、草原を警戒しながら進軍しているような足取り。
「おはようございます、ルガ殿。本日は正式なご訪問とのこと、外交窓口にてお迎えいたします」
フィーネが滑らかに挨拶した。完璧な外交顧問の顔。昨日の認証状の感動など微塵も見せない切り替えの早さだ。
ルガが頷いた。それから、一歩前に出て――フィーネの首元に顔を近づけた。
匂いを嗅ごうとしている。獣人の挨拶だ。
「そ、それはエルフの慣習にはございません……!」
フィーネが半歩後ずさった。長い耳がぴんと立っている。三百年生きて、首を嗅がれそうになったのは初めてだろう。
「……すまん。人族式でいい」
ルガが手を差し出す。握手。無骨な手だ。フィーネが恐る恐る握った。ルガの手が大きすぎて、フィーネの手が見えなくなっている。
横でルナが「兄さん、フィーネお姉さんはエルフだよ。匂い嗅いじゃだめだよ」と小声で注意していた。ルガの金色の耳がぴくりと動く。妹に叱られる兄の図。
……異文化交流は大変だ。
***
外交窓口の奥。作業場で、同盟の条件を整理することになった。
俺とフィーネ、そしてルガ。ルナは「あたしがいると兄さんが緊張するから」と言って席を外した。嘘だ。お前がいると尻尾が止まらなくて会議にならないからだ。
「同盟の条件を確認させてください。まず、部族が共同体に提供できるものは――」
「斥候だ」
ルガが即答した。
「我らの嗅覚と聴覚は、人族やエルフよりも広い範囲の異変を察知できる。草原方面の警戒を担当する」
「ありがとうございます。次に――」
「薬草もある。草原にしか生えない薬草がいくつかある。それを持ってくる」
ルガの答えが早い。昨日のうちにルナと相談して準備してきたのだろう。不器用だが、真面目だ。
「スキル、頼む」
頭の奥に振動。Lv4の補助起動。
『同盟条件の互恵関係分析――獣人斥候能力の防衛貢献度は高い。現在の町域において、南方面の監視が最も手薄。獣人斥候の配置により監視範囲が約三倍に拡大する。草原薬草の流通は医療面で有益。特にマナ酔いの緩和に効果がある薬草が三種確認されている。一方、共同体から部族への提供品目が未定。均衡が取れていない』
「ルガ、こっちから部族に出せるものを決めないと、条件が釣り合わない。斥候と薬草を出してもらうなら、こっちも何かを出す。対等じゃないと長続きしない」
ルガが俺を見た。金色の瞳が、まっすぐに俺を射抜く。
「……お前、便利だな」
「便利って言うな。楽したいだけだ」
ルガの口元が、かすかに動いた。笑った――のか? この男が笑うのを初めて見た気がする。
「保存食の技術はどうでしょう」
フィーネが提案した。
「草原の部族は長期保存に苦労されていると聞きます。こちらの保存食の技術を共有すれば――」
「それは助かる」
ルガが即答する。獣人の食糧問題は深刻らしい。草原は豊かだが、冬場の保存手段が限られている。
「よし。斥候と薬草を出してもらう代わりに、保存食の技術を共有する。あとは細かい条件をフィーネが詰めてくれ」
「承知いたしました」
楽な仕事だ。条件を見つけて、整理して、あとはフィーネに投げる。最高の分業。
ルガが書面を覗き込んだ。大きな手が紙を摘むように持つ。字を読もうとしているが、書面の書式には慣れていないらしい。不器用に紙をめくっている。
「……読みにくい」
「ルナに口語で説明させるか?」
「……頼む」
威厳ある次期長が、書類に負けている。可愛いとは言わないが――まあ、人間味はある。
***
条件が整った。
広場で、ルナが待っていた。条件の説明をするためにルナを呼んだのだが――尻尾がぶんぶん振れている。
「兄さんが仲間になる!」
「まだ正式に決まってない。条件を詰めてる段階だ」
「でも、もう決まったようなものでしょ!」
尻尾の勢いが扇風機みたいだ。隣に立つと風が来る。
「お前、素直すぎるだろ」
「えへへ」
えへへ、じゃない。外交の場で感情が全身から溢れてたら、交渉にならない。
だが――まあ、悪くない光景だ。
昨日、泣き腫らした顔で帰ってきたルナが、今日はこうやって笑っている。和解の翌日に笑えるのは――いいことだ。たぶん。
ルガが広場を見渡す。水路。建物。畑。行き交う多種族の住民たち。
「……まあ、悪くない場所だ」
低い声で呟いた。ルガの金色の瞳が、町並みを一つ一つ確認するように見ている。戦士の目だ。だが、評価の目でもある。妹が暮らす場所を――認めるかどうかの目。
それから、ルガが俺の方に歩いてきた。
近い。近すぎる。身の丈六尺半の男が目の前に立つと、圧が凄い。
ルガが、俺の首元に顔を近づけた。
「……ッ」
嗅がれた。匂いを嗅がれた。獣人の挨拶。いや、挨拶なのか? さっきフィーネにやろうとして止められただろ。
「……悪くない匂いだ」
ルガの金色の瞳が、至近距離で俺を見ている。
何を判定されたのかわからないが、「悪くない」らしい。合格――なのか。
「いきなり嗅ぐな」
「獣人の礼儀だ」
「せめて断ってからにしてくれ」
ルガの口元が、また微かに動いた。二度目の――笑い?
使者団が帰る支度を始めた。ルガが先頭に立ち、南門に向かう。午後の光が草原を金色に染めている。
去り際に、ルガが振り返った。
「人間」
「ん?」
「妹を――」
言いかけて、止まった。
金色の瞳が揺れた。言おうとしたことを、飲み込んだ。
「……なんでもない。次に来るときは、酒を持ってくる。カイに伝えておけ」
それだけ言って、背を向ける。使者団が南の草原に消えていく。
ルナが横で「兄さん、素直じゃないなあ」と笑っていた。
……あいつ、今「妹を頼む」って言いかけたんじゃないのか。
言わなかった。言えなかったのか、言う必要がないと判断したのか。どちらにせよ――めんどくさい男だ。
でも、嫌いじゃない。
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