Chapter 5 「コロラド川」
レルム君とタルタロスさんの負傷は予想よりも酷かった。
至近距離からドロシーのハイドロカノンの直撃を受けておりかなりの重傷を負っている。
モリ君の回復能力でも完治しきれなかった。
ヒールがなければ命はなかったかもしれない。
今は小康状態で眠ってはいるが、とても動き回れるような傷ではない。
当分は安静か入院生活が続くだろう。
「すまん、オレがドロシーを拘束出来ていれば」
そういうカーターも自力で歩けてはいるが、大怪我を負っており完調とはとても言い難い。
その傷から、何とか取り押さえようと尽力してくれたことはわかる。
「いや、ドロシーが暴走することは予想出来ていたのに、対策していなかった俺にも責任はある」
「それで、そのドロシーは?」
「今は眠っている。ただ、どうやって操られたのかが全く分からない。レルム君達のように寄生生物が付いているわけでもなく」
「そうなると、また暴走する可能性もあるのか」
それが一番の問題だ。
次に暴走したら、伊原は殺すと言っている。
その場合は、流石に俺達が何も言っても弁解は不可能だろう。
「エリア51へは俺達だけで行くしかないな」
戦えるのは俺達3人。
カーターも負傷が大きく、運営の拠点へ殴り込みをかけるから付いて来いとは言えない。
運営の知識を持っているカーターが不在なのはさすがに不安が残るが、行くしかない。
所持金は全てカーターに預けた。
レルム君達の治療に金が必要かもしれないので全額置いていくことにする。
逆に俺達はここから町を通る予定がないので、金を持っていても使うことがない。
食料も手持ちで十分だ。
カーターは生活にだらしない奴ではあるが、流石にこの金をピンハネして酒を買うようなやつではないと信じている。
「ドロシーはどうします?」
「連れて行こう。流石にまた町で暴走されると、今度こそ伊原に殺害される」
こればかりは仕方ない。
再度暴走する危険もあるし、危険でもあるが、ここには置いていけない。
「それはいいが、実質3人だけで大丈夫か?」
「何とかするさ。じゃあ、カーター。レルム君とタルタロスさんの世話は頼むぞ」
「分かった。こっちはなんとかしておく」
馬車を出そうとした時に突然に声をかけられた。
「ラヴィ君じゃないか!」
声がした方へ振り向くと、そこにはホンジュラスの遺跡で別れたハセベさんが立っていた。
その後ろにはウィリーさんとガーネットちゃんの姿も見える。
「ハセベさん、いつこのウィンキーに?」
「たった今だ。とりあえず宿を探すかと歩き始めたところだが」
まずは再会を祝して3人と握手をする。
「でも意外と早かったですね」
「途中まで乗り合い馬車があったおかげだよ。フラニスという港からサルナスという町まで伸びていてな」
「サルナスなら俺達もつい先日まで居ましたよ」
フラニスというとフォルテやアデレイド達が向かった先か。
サルナスに寄ったということなら俺達とはどこかで行き違った形か?
「もしかして祭りの日にかちあったのか。私達は祭りの日は混むからと前日に出たのだが」
それで分かった。
俺達がサルナスで魚人達とバトルをしたり、その後の処理で町に滞在している間に先行されて、その後に馬車を手に入れて移動速度が上がったことで追い抜いたのだろう。
どうやら微妙に行き違いをしているようだ。
まあ、合流出来たので結果オーライだ。
「あの、それでクロウさん達は?」
「そのことだが、クロウ君、レオナさん、マリアさん達とは別れて来た」
「えっ、何が有ったんですか?」
「あの遺跡から船を返しにキューバへ戻ると、近くの町……フロリダが魚人達に襲われているという話が在ったんだ。なので、彼らはそこの防衛へ向かうことになった」
まあ、クロウさん達とはあの遺跡で会ったのが初めてなので、こちらの曖昧な話よりも地元住民の方が大切という判断になるのは仕方がない。
ふと、前に俺が立てた仮説が脳裏をよぎった。
俺達に設定されたレアリティは能力ではなくて日本への執着を捨てて如何に現地……この世界に馴染めるかの度合い。
全員がSSRのクロウさん達は日本へ帰ることに本当に執着がないのかもしれない。
ただ、本当に困っている人を見捨てられないだけという可能性もある。
まだ結論を出すのは早計だ。
ただ、このタイミングでハセベさんが追いついてきてくれたのは天の助けかもしれない。
「着いたばかりお疲れのところでこんな話をするのは忍びないのですが、話を聞いていただけないでしょうか?」
◆ ◆ ◆
俺はハセベさん達に運営の拠点がエリア51にあること。
今からそこへ殴り込みをするつもりだということを告げた。
「オレ達をこの世界に喚び出した連中の拠点を潰しに行くんだろ。断る理由なんて何もないぜ」
ウィリーさんが右拳を左手に打ち付けながら言った。
「マーク……オレ達をこんな状況に叩き込んだクソ野郎どもを一発殴ってやれそうだぞ」
ギリギリと歯軋りの音が聞こえてくる。
無理もない。
ウィリーさんもスタート直後に灯りさえない洞窟へと送られたのだ。
その結果、自らも苦しんだだけではなく仲間の1人を失っている。
運営に対して怒りが有るのは当然だ。
「私も協力させてください。気持ちは同じです」
ガーネットちゃんもウィリーさんと気持ちは同じようだ。
2人からは運営への強い怒りが伝わってくる。
「もちろん、私も協力するつもりだ。運営へ一矢報いる機会があるというなら断る理由はない……が」
ハセベさんは含みのある口調で俺の方を見た。
「それはそれとして、その伊原さんという人物は信用出来るのか?」
「なんとも言えません。ただ、地元の現地人に物資を提供するなどして信頼を得ているのは間違いないので、根っからの悪人ではないと思います」
俺の根拠はそれだ。
あの砂漠の村にいた村人達やナイックさんの話がなければ、流石に知事の昔の知り合いと言えども信頼は出来なかった。
もちろん、砂漠の村に何かしらのリターンが有ることを期待しての先行投資だろうということは分かるが、それでも困っている村人達へ援助を行うような人物が話の全く通じない悪人だとは思えない。
「なるほど、そういうことなら信用しても良さそうだ」
「ありがとうございます。今まではあいつらにされるがままですが、ついに一発やり返すことが出来そうです」
「ああ。その作戦に参加出来るとは私達も良いタイミングでここに着けて良かった。一緒に運営を倒そう」
紆余曲折と無駄な時間はかかったが、これで地母神の遺跡で共闘した最初の6人が揃った。
あの時はつまらない罠に分断されてしまったが、今度はそうはいかない。
この6人が揃えば運営の拠点に攻め入ってもなんとでもなりそうだ。
「では、作戦の説明です。これは俺がハセベさん達のいない時に3人だけで攻め入ることを前提に考えた作戦ですので、修正案は随時受付します。よろしくお願いします」
俺は伊原から貰ったアメリカの地図を広げた。
今までは俺の記憶だけが頼りだったが、こういう正確な地図があるとルートもかなり練りやすい。
「直進最短ルートでエリア51まで行きたいところですが、それだとモハーベ砂漠を何日も走る必要が出てきます」
「モハーベ砂漠ってそんなに大変なところなんですか?」
「世界一過酷な環境と言われているデスバレーがあるのはここ。真っ当な人間なら近寄ろうとも思わらないだろうな」
モリ君に簡単だがエリア51周辺の説明を行う。
「なんでそんなところに基地を……」
「そんな誰も人がいないような場所だから都市伝説が生まれたんだと思う。わざわざ米軍の基地を作るなんて何かあるに違いない。UFOでも隠してるのかって」
UFO関連の都市伝説があるおかげかエリア51は古今東西の創作物でやたら登場回数が多い。
宇宙人から回収した兵器が置かれていたり、やはり宇宙人の実験をしていたり、貞子の誕生場所だったり、時間超人の製造器が有ったり、被検体Eだったり……。
そして、今回は異世界で運営のおもちゃである。
あまりにもフリー素材化されすぎて米国空軍が気の毒になってくる。
「このルートは馬はもちろん俺達も持たないので別の大回りルートを選びます」
地図の上に置いた指先を少し東側にある川へと向ける。
「この町から東へ向かった先にコロラド川という川があります」
「川沿いは走りやすそうだな」
「水の補給はもちろん魚も獲れると思います。そして川を伝って北上するとミード湖という大きな湖があるので、ここで最後の補給をしてからラスベガスに入ります」
「ラスベガスってあのカジノがある?」
「伊原さんの話によるとラスベガスそのものではないですが、異世界から転移してきた別の町があるようです。既に廃墟で人は住んでいないらしいのですが」
ミード湖のほとりにネイティブアメリカンの集落とその廃墟はあるが、巨大カジノがないことは伊原にも確認済だ。
ポケットから鉛筆を取り出してラスベガスに丸を付ける。
「廃墟を1日かけて探索。安全を確保して、休憩場所兼水の補給ポイントの拠点として活用できます」
「ここを拠点にして砂漠の調査を行うのか」
「はい。ただ、ラスベガスから西の約100km近くは何もない砂漠です。運営の拠点を探して無駄に歩き回るのは負担が大きいです」
「ならばどうする予定なんだ?」
ハセベさんの疑問は当然だ。
なので、その点も考慮済だ。
「まずは俺が空から箒で飛び回って運営の拠点を探します。発見次第、全員で運営の拠点へと向かいます」
現状考えたプランはこれだ。
今のところこれが最適ルートだと思う。
「ラスベガスに着いてからのラビさんの負担が大きすぎるのでは?」
こちらはモリ君だ。
もちろん、この作戦では俺の負担が大きいのは事実だ。
「砂漠で無駄に動き回って馬が倒れたらそこで立ち往生になるし、移動で体力を使い切って運営との対決で何も出来ませんでしたとなったら本末転倒だ。そこを俺が1人で頑張れば全員の負荷を下げられる」
俺の話を聞いたモリ君とエリちゃんが悩み始めた。
現状だと今以上の案が出てくるとは思えない。
他にあれば俺自身が立案している。
「反対したいところですけど、それしか案がないのなら仕方ないですね。無理はしないでくださいね」
「ああ、別に倒れるまで無理をするつもりはないよ。他に何かあればよろしくお願いします」
「現在の情報だと確かにそれが最適だろう。異論なしだ」
ハセベさんからもお墨付きを頂いた。
ウィリーさん、ガーネットちゃんも同様のようだ。
「全行程は約300km。4日かけてでラスベガスに到着予定。その後は運営の拠点です」
◆ ◆ ◆
サンディエゴから北東に移動。
コロラド川の支流を見つけてからは川に沿ってひたすら北上である。
アメリカに来てからはずっと砂漠のイメージが強かったが、コロラド川の沿岸はやはり水が有るからか気候も安定している。
冬なのでそれほど緑鮮やかとは言い難いが、木や植物も生えており、景色は平和そのものである。
初日は約80km進んだところでキャンプとなった。
川があるおかげで、綺麗な水も使い放題なのはありがたい。
馬車を引いている2頭の馬、赤城と榛名も乾燥した飼葉ではなくて新鮮な草が食べ放題で喜んでいるようだ。
出来れば全裸になって川に飛び込みたいところだが、流石に男性陣の目があるので自重して、着替えを洗濯するのみにする。
いくら親しい仲間とは言え、異性に素肌を見せるのは教育上よろしくない。
ゾーニングは大切だ。
なんといってもモリ君はセクハラ魔人なだけに、見られると恥ずかしいのもある。
……うん、ダメだな。完全に思考が乙女に寄ってるぞ。
そんなモリ君はブーツを脱いで川に入り、槍を構えて持って水中を突く作業を繰り返していた。
何か獲ろうとしているのだろうか?
「川に何かいる?」
「魚がいるみたいなんですけど、うまく取れないですね」
目を凝らすと、確かに高速で動きまわる影が見える。
ただ、水面の反射もある上に清流という程綺麗でもないので、かなり視認し辛い。
「動きの遅い蟹を狙った方がうまく行くんじゃないかな?」
「蟹がいるんですか?」
「日本だと水草の陰になっている場所で大きめの石を動かしたり、水草をガサガサとすると飛び出してくる時がある。本当は仕掛けを仕込んでおくのが良いんだろうけど」
「試してみます」
モリ君は俺の言った通りに槍で水草をかき回す作業を始めた。
だが、さすがにそんな簡単に出てくることはない。
「2人とも川で何を遊んでるの?」
「夕食の調達」
エリちゃんがドロシーと一緒に川の方へ歩いてきた。
ドロシーは今のところ暴走の兆候もなく以前と同じように見える。
ただ、操られていたとはいえ、自分が仲間を傷付けてしまったことで少し落ち込んでいるようだ。
「魚とか蟹とか獲れたらと思ったんだけどうまくいかなくて」
「そういう時は追い込みの方が良いんじゃない?」
エリちゃんはそう言うとブーツを脱ぎ捨てて素足で川に飛び込み、上流の方でバチャバチャと音を立てながら水草を蹴り始めた。
すると川の縁から何やら黒い影が複数飛び出した。
上流でなおもエリちゃんが音を鳴らしながら歩いているので、どんどんんと俺達の方へ追い込まれてくる。
「そっちに行ったよ」
「よし、捕まえた!」
モリ君が槍を水面に突き入れて持ち上げると、拳ほどの大きさの蟹が突き刺さっていた。
モクズガニの仲間に見える。
「ほらドロシー、蟹だぞ」
モリ君が槍を突き刺したままの蟹を見せると、気に入らなかったのか、エリちゃんの後ろに隠れてしまった。
「ラビさん、この蟹って食べられると思います?」
「身は少なそうだけど、スープにしたら蟹味噌から出汁が出て美味いと思う。味噌で炊き込みたいところけど、ないから何か別の味付けで」
「身が少ないってことは数を獲らないとダメじゃないかな?」
「なら、全員分獲りましょう」
追い込む漁の方法が分かったので、それから一時間程かけて蟹を6匹、謎の川魚を4匹を獲ることが出来た。
川魚は形からしてブルーギルの仲間だろうか?
「なかなか美味そうな蟹だな」
ハセベさんとガーネットちゃんも捕まえた蟹を興味津々と眺めている。
「上海蟹の仲間か?」
そう言うとウィリーさんが蟹を慣れた手付きで掴んで裏返したり足を引っ張ったりと観察を始めた。
「おそらくは。世界中どこでもいるやつですね。寄生虫対策でしっかりと火は通したいところですが」
「中華料理店で3年ほどバイトしていたことがあって料理はそれなりに自信が有るんだが、調理を任せてもらっていいか?」
「そうなんですか? なら是非お願いします」
そういうことならば逆にこちらから頼み込みたいくらいだ。
俺の料理はあくまでも趣味に金を使い切って食費がない友人へ食わせてやるための家庭料理で身に付いた技術しかない。
ここはプロの技術を是非とも拝見したい。
手持ちの調味料……唐辛子やらパプリカパウダーやらを取り出した。
「手持ちの調味料はこれだけです。これで大丈夫でしょうか?」
「蟹味噌からは濃厚なダシが出るはずだから、それを有効活用しよう。味付けは寄生虫対策と蟹味噌に負けないようにチリソースだな」
蟹はウィリーさんに任せて良さそうだ。
「でも7人で食うには具が寂しいな。何か食材はないか?」
「トウモロコシ粉ですいとんでも作ってかさ増ししましょう」
「それは良いな。カニのスープを吸って、なお美味くなるはずだ」
粉に塩を加えて水で溶いだものを鍋に投入すると団子になって浮いてきた。
お手軽だが見事なすいとんだ。
ただ、魚とカニとすいとんだけだと色合いが寂しいのでそこら辺に生えていた草を色合いと臭み取りの意味で投入する。
「完成。名付けるならコロラド川の恵みってところか」
蟹の可食部は少ないが、その分スープは絶品に仕上がった。
結果としては当たりだ。
臭いを消した魚も、蟹ミソのスープを吸って良い感じに仕上がっている。
「保存食ばっかりだと飽きるからな。たまにはこういうものを食べないと」
「サンディエゴ……ウィンキーで結局何も食べられませんでしたからね」
「早く今回の件を片付けて、ゆっくり休みを取ろう」
やはり味気ない保存食と違い、普通の料理は良い。
蟹食った最初の友達だ。
こういうキャンプ飯も機会があれば食べていきたいものだ。
ああキャンプ飯。
」




