Chapter 26 「人の縁」
町の防衛と領主の家族の救出。
俺達が成功させたミッションに対する報酬はなかなかの額だった。
アデレイドは「自分達は何もしていない」と拗らせて報酬の受け取りを拒否しようとしたが、俺達4、フォルテ達4、アデレイド達が2の割合で無理矢理握らせた。
アデレイドが屋敷の1階で暴れ回って注意を引き付けた結果として、2階の部屋に隠れていた領主の息子達が救われたのだから、報酬を受け取るのは当然の権利だ。
もちろんモリ君やフォルテ達も賛成している。
「ワープでやって来たなら旅の荷物なんてなくて手ぶらなんだろ。だったら、報酬で旅に必要な物を買い揃えるといい」
「何度も言わなくてもわかるよ。本当にしつこいな」
「分かればよろしい。まず買うべきはあのエヴァニアという娘の服だぞ。あの薄着だと風邪ひくぞ」
「わかってるよ」
俺達への報酬は日本円で約60万。
馬車代がチャラという感じだ。
「うう……この金でやっぱり馬車を買うべきか……まだ解体せずにあそこにおいたままだよな」
「このお金は生活費と船賃にあてるからダメだよ」
「でも、モーリスが買った馬車を見ただろう! この値段で買えるのは破格だぞ!」
フォルテはやはり馬車に執着があるようだが、スーリアにたしなめられている。
気真面目そうなフォルテがこれほどまでに崩れるとは馬車の魅力恐るべしと言うべきか。
「やっぱり馬車は欲しい! 要らなくなればフラニスで売ればいいんだ!」
意を決したのかフォルテは金貨が入った袋を掴んで城門の方へと走り去っていった。
それを慌てて追うスーリア。
あれはあれで仲良くやっているのだろう。
「売れるのかねぇ、中古のボロ馬車なんて」
「まあ、うちのリーダーの決定なので従いましょう」
マルスとレフティは遅れて後を追っていった。
「じゃあこちらも買い物に行くか。タルタロスさんと子供達の防寒具や寝具を買いに行かないと」
「そうですね、早速行きましょうか」
モリ君がついて来ようとしたので、拒否の意味で手のひらを向けた。
「モリ君とエリちゃんは祭りがダメになった分を楽しんでおいでよ。その間に俺達は買い物をするから」
「でも」
「デモじゃなくて」
まだ何か言いたそうなモリ君とエリちゃんの2人を半ば無理矢理送り出した。
人数も増えたし、子供達と一緒にいると、どうしても2人は高校生ではなく親としての行動を求められてしまっている。
以前のように2人だけでゆっくりする機会はあまりないのだから、たまにはゆっくりとデートを楽しんできて欲しい。
「それはそれとしてオレにも金をくれないか?」
今度はカーターが満面の笑みで手を出してきた。
「また酒か?」
「違うんだ。屋根の上に避難した連中がいただろ。あの人達って酒場の経営者なんだ。だけど町はこんな状況だろ。少しは還元してやらないと思ってな」
「そういう理由なら断る理由ないな。ただし朝まで飲んだりはするなよ。迷惑はかけるなよ」
カーターに金貨を握らせると、大喜びで駆け出していった。
あいつは何時どこでも安定して同じムーブだ。
ブレが全くなくて安心する。
「じゃあ買い物に行こうか」
子供達とタルタロスさんに声をかけると、ローブの裾をスッと掴んでくる者がいることに気付いた。
振り返ると、そこにはアデレイドが立っていた。
「防寒着とか旅に必要なものが分からないから教えてくれると嬉しい」
それだけ言うと頬を赤くした後に顔を背けて黙ってしまった。
目線も何やら泳いでいて落ち着かない。
何なのツンデレなの?
俺がモテてどうすんの?
今の俺は見ての通り女だし二次専てある。年下女子とか困るんだけど。
などと一瞬思ったが、完全気のせいだ。
これは言葉通り、本当に旅に使う道具が分からないから教えて欲しいけど、改めて人に聞くのは少し恥ずかしいというだけである。
ついうっかり反応したら「バカなの」と返ってきて死ぬところだった。
沈黙。これが答えなんだ。
もちろん、俺は困っている人を見捨てるようなつもりなどないので、買い物に付き合って欲しいという要望に対して断る理由など一切ない。
「というか、あの遺跡から今までどうやって旅をしてたんですか?」
「遺跡って何?」
「えっ?」
話を聞いてみると、どうやらこの世界に喚ばれた直後からいきなり運営に声をかけられていたとか。
そして指定される通りのメンバーでチームを組んで扉を開けたら、いきなりセレファイスの町だったらしい。
それから3ヶ月、その町を起点に日帰りでしか冒険をしていないので泊まりの旅をした経験がないということだった。
クロウさん達も大概優遇組だと思っていたが、更にそれ以上に運営側に優遇されていた面子がいたのか。
URとかいう都市機構みたいな名前のレアリティを引き当てたアデレイドはおそらく運営の優遇枠だ。
50連ガチャを引いたら最高レアが出て来たので豪華待遇で迎えて何かをやらせようとしていたのだと思う。
ただ、その最高レアの3人もタウンティンの方々がゲームを無茶苦茶にしてしまったことにより、運営が持て余してしまった。せめて何か使い道はないかと俺達のところへぶつけてきたのだろう。
ふざけんな運営!
他人の人生を何だと思っているのか。
「分かりました。他の2人て……エヴァさん達も連れてきてください。みんなで一緒に買い物をしましょう」
◆ ◆ ◆
「師匠、見てください。ピッタリですよ」
「おお、似合ってる似合ってる」
レルム君が防寒着を見せびらかせに来たのでとりあえず褒めておくことにする。
デザインよりも防寒性能を優先して全身が無駄にモコモコしているあたり流石俺の弟子だ。
「ラビちゃん、うちは?」
今度はドロシー。
やはりモコモコの機能重視なところはあるが、ちょっとだけファッショナブルなあたりは流石女の子だ。
「おお、似合ってる似合ってる」
「レルムとコメントが同じなんやけど、もしかしてちゃんと見てない?」
「俺は語彙力がないので同じような感想しか言えないだけだよ。似合ってると思う」
雑に答えると脛へ的確にローキックを入れてきた。
なんなのこの子。
「私はどうかな?」
今度はアデレイド。元々のミリタリー色の強い服だったのでコートを着るこたで少年兵っぽさが増した。
間違いなく似合っている。
「いや、すごいですね。まるでオーダーメードしたみたいに似合っていますよ」
「褒めても何も出ませんよ」
口調は淡々としているが表情は本心を隠せていない。
なんなのこのチョロい子は。お父さんは心配ですよ。
「お姉さん、あたしは?」
「エヴァニアさんもよくお似合いです。まるでファッションモデルのようですよ。量産品ばかりの店でそれだけ似合うものを選んで着こなせるなんて」
「そうでしょうそうでしょう」
何故かエヴァニアも感想を聞いてきたので無難に答えておくと「そうでしょうそうでしょう」と喜んだ。
やっぱりこの子もチョロいんだけどどうなってるの?
日本人はチョロい奴しかいなの?
「俺はどうでしょう」
「誰だお前は」
突然謎の男が話しかけてきたので誰かと思ったが、アデレイドの仲間のジュウベイだった。
何故君があまり面識もなく会話もない俺に聞くのか?
話を聞くと俺と2歳違いで成人済みの21歳大学生らしい。
それならば、タルタロスさんみたいに大人の余裕を見せてください。
とりあえず全員に大きめの鞄、毛布、防寒着、水筒、幌布、日よけの帽子は買わせた。
流石にこの町では砂漠の行軍装備は手に入らなかったので、それはどこかで調達して欲しい。
「他には何が必要かな?」
「替えの下着は必須だし、今回みたいに濡れた時にすぐに着替えられるよう予備の服も欲しい。あとタオルは何枚か持ってると便利ですよ」
「なるほど」
ここまで重要な話を聞くのを忘れていたことに気付いた。
「それで、みなさんも私達と一緒に日本へ帰るってことでよろしいでしょうか?」
「えっ?」
アデレイド達3人は呆気に取られたような顔をした。
◆ ◆ ◆
アデレイド達と少し込み入った話をするということで、子供達は少しタルタロスさんに預かってもらった。
3人には日本へ帰ることが出来るかもしれないこと。
そのためにアメリカのサンディエゴを目指して旅をしているという話をした。
「100%帰ることが出来るという話ではありません。旅は過酷でしょうし黙って付いて来いとは言えません」
「でも行くんだよね」
「もちろん」
3人の表情が歪んだ。悩んでいるのだろうか?
「買い物も済ませたので私達は明日にはこの町を発つつもりです。来いとは言いませんが、同行されるならば同じ日本人の旅の仲間として歓迎したいと思います」
「本当にそれで良い? 日本に帰ることは正しいの?」
アデレイドは真っ直ぐ俺の目を見て言った。
「私達の能力を使えば多くの人を助けられる。ならば、この世界の困っている人のために力を使うべきでは?」
あの領主の屋敷でアデレイドに初めて会った時にも感じていたが、彼女は自分が使える能力に相当自信を持っているようだ。
それを有効活用すれば多くの人を助けられると信じているのだろう。
おそらくそれは正しい。
彼女の……彼女の仲間達の能力は強力だ。
活用すれば困窮する多くの人達を助けられるだろう。
この世界で英雄として讃えられて名誉や地位を手に入れることも可能に違いない。
だが、あえて言っておきたい。
「私はこの世界の事はこの世界に住む人が解決すべきだと思っています。私達のような異物はさっさと通りすがって消えるべきだと」
これは俺自身のスタンスだ。
所詮は余所者である自分が天から降ってきただけの能力で何かをやろうとは思わない。
俺は地道に細々と生きたいだけなのだ。
他人が能力を有効活用することを否定するつもりはない。それは個人の問題だ。
だが、少なくとも俺はこの世界からは消える予定の通りすがりである。あまり何かを残そうとは思わない。
「あんな世界に戻りたいの? あなたは?」
「えっ?」
あんな世界と言われて最初は何のことか理解出来なかった。
文脈からして日本の話だ。
「日本はそこまでダメでしょうか?」
「ダメだよ。汚いし、毎日が辛くてつまらないし、クソみたいな人間ばかりだらけだよ。本当にくだらない」
そこまでダメだろうか?
俺は漫画やアニメやゲームがたくさんある日本に執着がある。
両親も健在だし、腹を空かせている友人だって待っているだろう。餓死していないことを祈りたい。
他にも地元にも転居したのも含めた友人は大勢いる。
仕事も山積みで……いや今は仕事の話はいいや。
とにかく日本には執着しかない。
そう思っていると、エヴァニアとジュウベイも続いた。
「お姉さん、止めた方がいいよ、日本に帰るなんて。あんな酷い世界」
「そうそう。せっかく強い能力があるんだからこの世界で一から人生をやり直したいです。俺達と一緒に天下を取りに行きましょう」
そこから堰を切ったように3人から次々と日本に対する恨みつらみが吐き出された。
なんだろう、この違和感は?
俺達が出会った日本人はみんな多かれ少なかれ日本に対しての望郷の念があったが、この3人からはそれがまるで感じられない。
それどころか、まるで日本……地球に対しての憎しみすら感じる。
ふと気付いた。
もしかして俺達に設定されているレアリティってそういうことなのか?
日本への執着を捨てて如何に現地……この世界に馴染めるかの度合い。
最初の50人には含まれていない俺とカーターは別基準だとしても、SRばかりで構成された襲撃者集団が日本人の倫理観をあっさり捨て去ったことも考えるとしっくり来る。
ハセベさんやウィリーさんは分からないが、クロウさん達は俺が日本へ帰ることが出来るという話をしても妙に反応が薄かった。
どちらかと言えば船を返すことや、日本へ帰ることが出来るという謎の技術に対しての好奇心の反応だった。
これはオレの単なる思いつきで仮説ですらない。
当たっていて欲しくはない。
「この世界で楽しく生きれば良いじゃない。他の仲間達も説得すればいい」
「日本に帰るなんて無理なんだから、諦めてこの世界で生きようよ。世界は広いんだから、住みやすい国もあるでしょ」
3人が日本にいた頃はどんな環境で、そこで何が有ったのかは分からない。
ただ、それでも日本に帰る気がないというならば、俺達の本音を伝える必要があるだろう。
隠すことのない本音を。
「残念だけど、俺達はこの世界には残れない。仲間達の気持ちは確認済だ。みんな日本に残してきたものがあって、それを取り戻すために必死で帰ろうとしている。だから、この世界で一宿一飯の恩義を返すために人助けをすることはあっても同じ場所に留まり続けるということはない。だから俺達はこれからも旅を続けていく。元の生活を……元の人生を取り戻すために」
そこまで一気に言った。
完全な説教だ。
もうここまで言い切ったからにはきちんと締めた方がいいだろう。
「俺は通りすがりの魔女だ。覚えておけ!」
「そうなんだ、考えは分かったよ」
アデレイドはそう言って席を立った。
他の2人も無言で続く。
「せっかく仲良くなれたと思ったのに。残念だよ」
「そういうこと。ここでお別れだね」
アデレイドが急によく分からない話を始めてこの場を立ち去ろうとしたその手をすかさず取った。
日本に帰る俺達と別れるのはそれはそれだが、別に縁を切るなどと言った覚えはない。
「何なの! あなたと私達の行く道は違うから決裂したんでしょ」
「いや、俺達とアディ達は、ただ進む道が分かれただけだ」
「それは決裂じゃないの?」
「いや、違うだろ。何かのきっかけが会って再会すればまた飯でも食えばいいし、別に友人関係が壊れるわけじゃない」
友人というと突然に3人の表情が曇った。
何が不満なのか。
「みんなで同じ釜の飯を食った時点で仲間だし友達だろ。俺達もフォルテ達もみんな仲間で友達だ」
「友達ってそんな簡単なものでいいの?」
「難しく考えすぎなんだよ。友人関係なんて10年くらい経った頃にふと『あんなやつもいたな』と思い出すくらいの薄い関係でいいんだよ」
流石に壺とか石鹸を売られたり、よく分からん連帯保証人にされるのはお断りだが、愚痴を聞くくらいならばいくらでも付き合おうと思う。
それが人の縁というものだ。
「ただ、偶然でも繋がったなら、俺はその縁を大切にしていきたいと思う」
「私達はそこまでは思ってないけど」
「ならそれでいいじゃないか。俺はみんなを友人だと思っているけど」
「勝手すぎない?」
「勝手で結構。それに、この世界であてもコネもなく旅をするのは無謀だぞ。話くらいは聞いてもらいたい」
俺はポケットの中から短い鉛筆を取り出した。
この世界に召喚された時から初期装備として持っているもはや相棒だ。ただ、書くための紙がない
「何か紙を持っていないですか?」
「あなた達の手配書なら」
アデレイドは「何を図々しい」という顔をしながら、ポケットから俺達の手配書を取り出した。
その裏を再利用するのは正直嫌ではあるが、他に紙がないので仕方ない。
「南北アメリカの地理は分かる?」
「ごめん、あんまり」
だと思った。
そんな状況で出ていくのは流石に無謀すぎるだろう。
手配書の裏に簡単ではあるが地図を書いていく。
なるべく分かり易く。
それでいて町や川や砂漠などの位置と距離関係は可能な限り正確に。
「今はメキシコとアメリカ、ニューメキシコ州との国境近く。東に行くとテロスという石材が主産業の町がある。その先……メキシコ湾沿いにはフォルテ達情報だがフラニスという港町がある」
「なるほど」
「テロスから南に下ると廃墟があって、更に下るとマサトランというやはり大きな港町がある。ここから船でアカプルコまで行けば更にホンジュラス、パナマを経由してペルーまで行く船が有る」
次々に簡易的な地図に主要な町と距離を書き込んでいく。
「ペルーがある位置には50年前の日本人が作った国、タウンティン・スウユ……インカ帝国がある」
「そのインカ帝国に何かあるの?」
「ここはある程度科学が発展していて蒸気機関や電気がある。現代人が住みやすいのは圧倒的にここだと思う」
「電気があるの? セレファイスすらなかったのに」
なるほど、セレファイスには電気がないのか。
それは圧倒的にタウンティンの強みだな。
「行くあてがないならここの度会知事を訪ねていくといい。50年前にこの世界へ召喚された元日本人だけあって、日本人には良くしてくれる。ただしすごくツンデレで表に好意を出さないので、一見するとただの愛想のない婆さんでしかない」
「良い人なのか悪い人なのかハッキリして」
「基本的に善人だけど性格は良くないな。偏屈婆さんだ」
あの豪快な婆さんの顔が脳裏に浮かんできた。
何か色々と嫌味を言われるだろうが、頼っていけば悪いことにはならないはずだ。
「ホンジュラスまで行けばペルー本国まで無線が通じる。そこで連絡を取ることが出来れば、旅費がなくても日本人のよしみでタダで船に乗せてもらえる……と思う」
「偏屈婆さんがそんなに良くしてくれるの?」
「愚痴は聞かされるだろうけどな。それに、ホンジュラスは探掘家だらけの町だ。みんな古代遺跡を見付けて潜って宝を持ち帰って生計をたててる」
「遺跡に潜るの? それはそれで楽しそう」
先程までこちらに対して愛想をつかしたような顔のエヴァニアが急に身を乗り出してきた。
「ただし船に乗る時は注意することがある。これを守らないと地獄を見るぞ」
俺が深刻な顔を始めると、3人が息を飲んだ。
「何が有るの?」
「食事としてカッピカピに乾いた無味のジャガイモで出来たピザが出て来る。飯というよりエサみたいな感じで顎が鍛えられる以外の感想が湧いてこない」
「地獄かな?」
だから最初に言っただろう。地獄だと。
「なので船へ長期間乗るなら、絶対に味変するための調味料を買っておけ。絶対にだ」
「マヨはどこかで買える?」
「マヨなどない。チリソース買えチリ。果物のジャムでもいいぞ」
俺が真剣な顔で語ると3人は笑い始めた。
せっかく重要な話をしているというのに笑うとは何事だ。
「日本にもあなたみたいな友達がいればもっと楽しかっただろうに」
「ここで友達になれたんだからOKだろ。ただ、地球で何があったのかは知らないけど、この世界では今度こそ人の縁は大切にして欲しい」
「そんなに人の縁が大切ならこの世界に残ってほしかった。あなたと一緒に旅をしたかった」
「なんか会話がループしてるんですけど」
まあ、これで一区切りだ。
俺達は日本へ帰る。アデレイド達はこの世界に残る。
それで良いじゃないか。




