Chapter 26 「南の湖」
町の警戒任務は夕方から始めることにした。
軍から正式な依頼を受けるための手続きを行ったら、その時間になったからなのだが、それだけが理由ではない。
初日の襲撃は夕方から夜にかけて始まっている。
再襲撃があるとしたら、やはり同じように夜の闇に潜んでやってくるだろうと予想したからだ。
参加するのはアデレイドたち3人、フォルテたち4人。
それに、初期メンバーの俺とモリ君、エリちゃんの3人だ。
まずは起点となった水門、そして排水口の確認にやってきた。
どちらにも兵士が待機していて、俺たちが警戒に回るまででもなかった。
「東と西、どちらから回りますか?」
サルナスの町にの南西方向に湖は広がっている。
町と湖が面しているのはほんの一部だけだ。
「この人数と距離なら、二手に分かれた方が早いか」
フォルテが城壁を見ながら言った。
「私は生命探知の魔法で、500メートル以内の生命体の位置を知ることができます。アデレイドさんも同じような魔法を使えるんですよね」
スーリアが杖をかざしながらアデレイドに尋ねた。
「私のはアクティブレーダー……いや、まあ、魔法みたいなもんでいいよ。最大半径1キロまでは拾える」
「ラヴィさんは?」
「私は既に見せた通り、鳥の使い魔で空から見るだけですよ。探知とは違うので、物陰に入られると見逃します」
似たような探知能力だが、それぞれ得意分野が微妙に違うようだ。
二手に分かれるというならば、探知能力者を片方に固める意味はないだろう。
「より広い範囲を調べられるアデレイドさんには湖の西側に回ってもらった方が良さそうだな」
フォルテはアデレイドに言った。
「フォルテたちはどうするの?」
「僕たちは東側だ。城門の方に抜けて、北に延びてるアイ川の方まで見に行く」
「広範囲ということでしたら、私たちも西側に回った方が良いでしょうね」
調査範囲は西側の方が広い。
ならば、そちらに人数を集めた方が、効率は良くなる。
東側はフォルテたちに任せて、俺たち日本人組が西側を調べるのが良さそうだ。
「すまない、広い範囲を任せることになるが、頼むよ」
「フォルテの方も気をつけて」
モリ君が挨拶をして、一時別れることになった。
◆ ◆ ◆
日はすっかり暮れて、夜空には星が瞬いている。
ここはメキシコの砂漠だけあって、空の水分量は少ない。
それだけに、今日も星空が近い。
エヴァニアは忠告を聞いてくれたのか、今日は上着を一枚羽織っているので、寒くはなさそうだ。
「まさか、あんたたちと一緒にこうやって冒険することになるとはね」
「人生なんてそんなもんですよ。明日には何が起こるか分からないから、出会った人と仲良くなっておくに越したことはないんです」
エヴァニアに軽く答えた。
実は、こうしている間も、鳥の使い魔を空に放って偵察をさせていた。
そちらに神経を集中させているので、実はそれほど会話に頭が回らなかったりする。
「潜んでいるね」
アデレイドがこめかみに指を当てながら言った。
アクティブレーダーのスキルが、どこかに潜んでいたボクラグを検知したようだ。
「近くに寄ってきそうですか?」
「いや……今のところ全然動いてない。私たちに気づいて身を潜めているのか、それとも別の理由があるのか」
「どのあたりにいますか?」
「あそこの……湖の真ん中のところに、何か浮いてるみたいだけど、そこのところにいる」
アデレイドが指さした場所は、陸から数百メートル離れた湖の中だった。
確認のために上空を飛んでいた鳥を急行させる。
同時に、エリちゃんが暗闇の先に目をこらした。
「木の枠みたいなのが浮かんでるから、生け簀か養殖場の囲いのどっちかだと思う」
「俺は全然見えないんだけど、距離は?」
「800メートルといったところかな? 動かないのは、ボクラグの人が、魚を食べるか、獲るかしているんだと思うよ」
「お食事タイム中なので動かないってわけか」
そうして話している間に、鳥がアデレイドが検知した現場上空に到着した。
それと同時に、水面がわずかだが波打ち、数匹の死んだ魚が水面に浮かび上がる。
どうやら、鳥の接近に気づいて逃げ出していったようだ。
能力の限界は2キロなので、もう1キロほどは追跡できるが、湖の深い部分に逃げられたら終わりだ。
船もなしに追うことはできない。
「こんな感じで漁業関係者の被害はあるみたいだな」
推定ボクラグの移動経路には切断された漁網の残骸などが漂っていた。
町への直接攻撃だけではなく、こうした獣害に近い被害も、町の経済に与える影響は大きい。
放置すれば、経済活動にも支障が出てくるだろう。
「こういう被害は、町の周りを巡回してるだけじゃ止められないわけだ」
「俺たちの知らないところで、漁船が襲われたりとかも起こっているかもしれませんね」
モリ君が近くに係留されているボートを見ながら言った。
シンプルな木製の手漕ぎボートだ。
中には網などの漁具が入っているので、湖で魚などを獲っている漁師のものなのだろう。
「同じ湖で水産資源の取り合いをしているんだから、そりゃこうなるよな」
「お互いに分け合うとかできないわけ?」
「長い間、人間とボクラグは争っていたんですよ。急に和解は無理でしょう」
アデレイドの疑問はもっともだ。
だけど、世の中、正論だけでは動かない。
「昨日、今日、この町にやってきた私たちにできることなんて限られています。なので、その範囲内で、できることをやります」
その時、自分がおかしなことを言っていることに気付いた。
「ラビさん、どうかしたんですか?」
「この町の住民と、ボクラグが争っていたのは、実質的には最大3年のはずなんだ」
「3年? でも、この町は昔から……」
モリ君も自分で言って気づいたようだ。
この町は、本来アメリカにもメキシコにも存在していない異世界の町だ。
たまたま、別の世界からこの場所へやって来ただけで、元々は異世界の違う場所にあったはずだ。
元の世界では1つしかない湖を、人間とボクラグの間で奪い合っていたのだ。
「そうだ。戦い自体は何百年と続いているかもしれないけど、3年前から戦いの前提条件が変わってるんだよ」
「別の世界からやってきたサルナスの町とボクラグが、別に所有権があるわけでもない1つの湖を巡って争ってる……ということですか?」
俺は無言で頷いた。
湖は1つしかないから譲れなかった。
だけど、もしも似たような湖がもう1つあったならば?
「一通り警戒任務を終えたら、フォルテたちにも相談してみよう」
「何か思いついたんですか?」
「引っ越し計画だよ……ボクラグたちがこの湖からいなくなれば、いろいろな問題が解決するはずだ」
さすがにこの計画は司令官や、この町の人間には話せない。
彼らはボクラグを全滅させる方向だからだ。
なので、この件は俺たちだけでまとめる必要がある。
◆ ◆ ◆
警戒を終えて、フォルテたちと合流した。
フォルテたちも、やはり漁場を荒らすボクラグの姿を目撃はしたが、陸から離れた場所にいたので、手が届かなかったようだ。
それでも、漁場を荒らされる前に追い払うことはできており、与えられた依頼はこなせてはいる。
酒を飲んで机の前で寝落ちしていたカーターも呼んできて、無理矢理、会議に参加させる。
カーターの知見がないと話が始まらない。
「この町の近くにある湖は、この世界……幻夢境に前からあった湖だと思います」
気づいたのは鳥を使って偵察していた時だ。
サルナスの湖畔周辺と、そこから離れた場所とは、微妙に植生が違う。
おそらく、サルナスの町自体が別の世界から飛んできて、たまたまここに存在していた湖とくっついたのだ。
カーターが前に説明した通りならば、サルナスは「湖畔の町」なので、湖の近くに出現したのだろう。
ボクラグたちも、この異世界転移に一緒にくっ付いてきた。
細部は違うかもしれないが、だいたいは合っているはずだ。
この町の建物や住民は、中央アジアか、そこから若干西寄りのように見える。
少なくともメキシコに存在する町だとは思えない。
「だいたい合ってると思う。ラビ助の言った通りで土の種類が町とその周りで違う」
「それは魔術的なもので分かるのか?」
「魔術じゃなくて土木の知識だ。土壌調査とかやってたんで、砂を見ればすぐ分かる。ここらは湿地帯だけあって砂は黒っぽいが、町の周りだけは種類が違う茶色い砂だ」
まだ酔いが抜けておらず、顔が赤いカーターがフォルテの靴を指した。
「靴汚れが二種類あるだろ。湖近くの泥と町の砂だ」
カーターの説明に納得したのか、町が転移してきた件について、それ以上の質問は来なかった。
「でも、昔から争ってきた場所とは違うので、過去のわだかまりは捨てて諦めろと? それはさすがに通らないと思う」
「いえ、違います。私たちがこの町に来る途中に、偶然迷い込んだのですが、子供連れで2日の距離に、ここと同じくらいの大きさの湖があります」
フォルテたちにサルナスに来る前に立ち寄った湖の説明をする。
サルナスに面した湖とは同じ湿地帯ではあるので、実質は兄弟湖なのかもしれない。
だが、南の湖の方は、街道からも離れており、周辺には人が住んでいる気配はなかった。
まずはこの前提条件を知ってもらわないと、話が進まない。
「元の世界では、サルナスの町とボクラグは、1つの湖を巡って争いをしていました。でも、この世界には、似たような大きさの湖がもう1つあるとしたら?」
「引っ越すことはできる……か。だけど、住み慣れた環境を捨てて新天地へ移動をするとは考えにくい。もう1つの湖を見て満足する保証はない」
「なので、強要はしません。ただ、ボクラグたちに教えてやるだけです。人間と無理に戦わなくとも、別に住める場所はあるよと」
フォルテは腕を組んで頭を捻った。
別に俺も、領主とその家族や町の人を惨殺したボクラグを許したつもりはない。
ただ、このまま不毛な戦いを続けても町の住民が疲弊するだけだし、俺たちもこの町の防衛を延々と続けることもできない。
なので、適当に引っ越してもらいたいというだけだ。
「強制ではなく、あくまでも情報を伝えるのみで、実際に引っ越しするかはボクラグの判断だと?」
「はい」
「スーリアはどう思う?」
フォルテはスーリアに話を振った。
「悪い選択じゃないと思う。ただ場所を教えるだけで、選択肢が増えるわけだし」
「あとは、どうやって接触するのかと、どうこの情報を相手に信用させるのかという話か」
「それについては考えがあります。意見があればよろしくお願いします」
簡単ではあるが、考えた作戦を説明した。
全員で意見を出し合って、細部を詰めていく。
俺も、すんなり行くとは思ってはいない。
だが、この町に滞在している間にできることはやっておきたい。それだけだ。
これが俺たちなりのボクラグ対策……ボクラグたちの引っ越し作戦だ。
◆ ◆ ◆
「えっと、手綱をしっかりと持って馬に合図を送る」
「合図ってどうやって?」
馬車の御者席に座ったモリ君が、馬車の動かし方の練習を始めていた。
隣に座ったエリちゃんが読み上げるメモの通りに、おそるおそる動かしているのが分かる。
「手綱を軽く振って馬に声をかける」
「馬の人、動いてくれますか?」
馬に声をかけるというのはそう言う話ではない気がするが、今回は馬たちの方が空気を読んでくれたようだ。
ゆっくりと馬車が前に進み始めた。
元は軍馬だけあって頭が良い。
「手綱のたるみは維持。緩めると速度アップ。手綱を引くと速度ダウン。馬が勝手に止まるのは、馬からのメッセージ」
モリ君がぶつぶつと小声で復唱しながら、その通りの動きを行って馬の速度をコントロールする。
「止まる時は馬の速度を落とすか、御者席にレバーが付いているので、それで車輪にブレーキをかける」
今のところ順調に馬車は進んでいる。
サスペンション的なものがないので、車輪が石や木の枝などを踏むと車体が派手にバウンドするが、これは慣れるしかなさそうだ。
早速購入したばかりの馬車の出番がやってきた。
作戦には、ボクラグを人目から隠して運ぶための馬車が必須になる。
「でも、この馬車ってちゃんと走りますかね?」
「まだ何かおかしい?」
エヴァニアが御者席に座るモリ君に話しかけた。
「なんか、真っすぐ進まないみたいで。直してもらっていいですか?」
「うん、いいよ。今回の作戦の肝なんでしょ。直すよ」
エヴァニアが馬車の車輪を手で触ると同時に、青白い光が発せられた。
錬金術師のエヴァニアは、物質の構成情報を、別の物に変換することができるらしい。
敵の攻撃スキルを分解して無力化したり、水から薬品を作り出したりと、物体の質量が変わらない範囲内ならば、様々なことを行えるようだ。
今回やってもらったのは、修理後も残っていた歪みの調整だ。
職人に、車輪や車軸など、動くのに最低限必要な部分だけ直してもらってはいる。
それでも、馬車が受けていたダメージは大きいようで、今のように真っすぐ走れないという問題が発生している。
そこを、エヴァニアのスキルで強引にではあるが、正常な状態に近づける。
モリ君が再度馬に指示を出して馬車を少しだけ移動させた。
「ありがとうございます。大丈夫そうです」
「いえいえ。じゃあ、いよいよ作戦開始しちゃう?」
「はい。またも徹夜作業になると思いますが、よろしくお願いします」
今回の作戦の参加者は、モリ君、フォルテ、アデレイドと俺の4人だ。
夜の間に作戦を済ませて、朝には戻ってくる予定だ。
大変な計画だが、やるしかない。
◆ ◆ ◆
馬車の荷台には分厚いフード付きのマントで姿を隠したボクラグが2体乗っている。
その横にはフォルテとアデレイドが渋い顔をして同乗していた。
さすがに昨日の今日だけに和やかな雰囲気とはならない。
ボクラグの中に、人間の言葉が通じる相手はいるという話だった。
なので、アデレイドのレーダーで、なるべく多くのボクラグがいるコロニーを探してもらった。
そこへ、俺が直接箒で空を飛んで行って呼びかけた。
内容は「通りすがりの魔女である俺がヒュドラを倒した」だ。
ヒュドラが現れた時に何体かのボクラグが逃げ回っていたのを見た覚えがある。
俺がヒュドラを撃退した時にも、遠巻きに様子をうかがっていたはずだ。
ある意味、命の恩人である。
ならば、俺が呼びかければ、何かしら自分たちにメリットがあると考えて何かアクションを起こしてくれるかもしれないと考えてのことだ。
そして、現れた個体に話したのだ。
「この湖にこだわらなくても、すぐ近くに別の大きな湖がある。人間もいない」
交渉に応じたのが、ある程度言葉を解するボクラグと、その護衛らしき、槍を持った大柄な個体の2体である。
部族の代表的な人物……人? 一番偉い立場のボクラグが出てきたとは思えない。
それでも、情報をボクラグ側に伝えるならば十分だ。
自分たちは通りすがりの旅人であり、町の味方というわけではない。
双方にメリットがある話があると伝えて、とりあえず、馬車に乗せるところまでは成功した。
「本当にあるんだろうな、その湖は」
「はい。徒歩でも1日の位置に」
喋る方のボクラグは、ボコボコと泡立つような声で、5分おきくらいに何度も尋ねてくる。
こちらの返答も常に同じだ。
当然ながら、信用はされていない。
あくまでも判断は自分たちで行うということだろう。
「見るだけは見てください。その上でどう判断されるかはあなたたちの自由です。強要はしません」
南の湖には深夜に到着した。
2体のボクラグは馬車から降りると、口をぽかんと開けて信じられないというような目で、月明かりに照らされた美しい湖を眺めていた。
サルナス近くの湖と同じように水辺には葦が群生しており、水と魚を求めてやってきたであろう多くの水鳥が水面に浮かんでいる。
鳥がこれだけいるということは、確実に魚もそれなりの数が棲息しているということだ。
そのうち、槍を持ったボクラグが暗い夜の湖の中へドブンと大きな音を立てて飛び込んでいった。
「ここはどこだ? こんな広い湖が近くにあるなど聞いたことがない」
「ご存じかもしれませんが、あなたたちの集落は、魔術によって全く別の場所に飛ばされています。気づかなくて当然です」
異世界だのと言っても分かるわけもない。
とりあえず魔術的な何かが原因だと説明することにした。
「幻術ではないのだな?」
「幻と思うのならば、一度湖に入ってみてください。すぐに本物だと分かりますよ」
「その必要はない」
しばらく様子を見守っていると、槍を持ったボクラグが穂先に大きな魚を突き刺して戻ってきた。
昨日俺たちも食べたバス系の魚だ。
脂がのっていて、しかも大きい。
白身で淡泊ではあるが、味は俺たちが保証してもいい。
2体のボクラグは、その魚を素手で真っ二つに引き裂いて分け合い、それぞれゴクンと音を立てて一口で丸飲みにする。
そういうところはトカゲ……イモリらしい。
その後に俺たちには理解できない、羽虫の音のような声で何やら話し始めた。
会話の途中に湖の周辺の景色を指差したり、水辺の葦を引き抜いて長さや根の状態を見たり、湖の水を直接飲んだりといった動作を挟む。
5分くらいは会話をしていただろうか。
納得はしたようで、俺たちの方へ戻ってきた。
槍を持った方も既に交戦の意思はないとばかりに手に持っていた槍を背中に背負い、両手を広げている。
「用は済んだ。元の集落へ帰してくれ」
「分かりました」
「あと、帰りは人間があまり通らない山の中を通ってくれ。急ぐ必要はない、もっとゆっくり走ってどんな道なのかを見せてくれ」
「では、人間があまり通らない険しい道を通るようにします」
指定通り、帰りのルートはなるべく山岳地帯を通ることにした。
山沿いルートはそれなりに背の高い木が生えており、直射日光も比較的遮ることができそうだ。
途中に水分補給できそうな水場を見つけたら、なるべく立ち寄るようにはしておく。
水場は一定の間隔で点在しているので休憩地点には良いだろう。
その間、ボクラグは何も言わずに外の景色を見ていた。
戻ってきたのは翌日の昼頃だった。
若干走行距離は伸びたが、今のルートならば地元の人間に見つかることもないだろう。
「以上が南の湖までの経路ですけどいかがでしたか?」
「族長に報告する」
フードを被ったボクラグは、葦の中へと入っていく。
「町の兵士は反攻作戦を考えているようなので、しばらくは町へ襲撃をしないことを勧めます。お互いに被害が増えるだけです」
フードのボクラグの背中に呼びかけると、天に向かって腕を突き上げた後にそのまま姿を消していった。
「これで戦いは回避できるんでしょうか?」
「分からない。どのみち、俺たちは近いうちにこの町を去るんだし、あとは町の住民とボクラグの問題だ」




