Chapter 10 「対人戦」
突如として変異した16チームであるという中年の男と10歳くらいの子供。
この2人を無力化して正気に戻すための戦いが始まった。
まずは俺とカーターのコンビで子供の方を無力化する。
俺はまず手ぶらで子供へと近づいていく。
「おい危ねぇぞ! オレは拘束とかそんなことは出来ないぞ!」
カーターの言うことは無視して更に接近する。
子供は爪の付いた手甲を振り回してきたので、ギリギリの距離でとどまって避ける。
いや、避けたつもりが少し掠り、頬が少し切れた。
まあ軽傷だ。つばでもつけておけばすぐに治るだろう。
「ああ、もうなんでお前はそうなんだよ!」
「拘束を頼むぞ」
「だから拘束なんて出来ないっての! オレに出来るのは――」
子供の動きが突然に緩慢なものになった。
俺はゆっくり振りかざされた子供の手甲を余裕で払いのけて攻撃を回避する。
「――対象の時間操作だ」
何か隠し玉を持っていると思ってはいたが、とんでもない技を隠し持っていた。
今まで隠していたそれを使ってくれたということは、少しは俺達を信用してくれているのだろうか?
「いいけど、これは後払いのコストが高くて制限があるから連発できない上にあんまり長くは持たないぞ」
「後払いってなんだよ?」
「ツケなんだよ!」
意味が分からない。
俺達のスキルは使い放題がメリットではなかったのか?
……いや、こいつの場合は少し事情が違う。
もしかしたらカーターだけは使い放題ではないのかもしれない。
だとすると悪いことをしてしまったかもしれない。
「分かった。そういう理由があるなら大丈夫だ。今回は本当に助かった」
素早く子供が被っている兜の額の部分に旧神の印を刻み込み。加減しつつ顎に一発、速度を調節した鳥を当てる。
明らかに適性外な上にまだ成長しきっていない子供の身体に無理な近接戦闘を強要させるなど、倫理観だけではなく、効率という点でも問題がある行為だ。
戦闘力には期待していなくて、子供を傷付けさせるという、こちらへの精神ダメージのみへの一点特化なのだろうか?
だとしたら実際効果的だ。
既にこちらの精神へかなりダメージが入っている。
子供は見るからに魔法使いタイプで近接戦闘タイプではない。
軽い衝撃を顎に与えれば、脳震盪を起こしてすぐに動かなくなるだろうと見込んでの攻撃だったが、見事に功を奏したようだ。
子供は意識を失いバッタリと倒れ込み、同時に全身を覆っていた鎧が解除されて消えた。
「やはり予想通り、意識がなくなると同時に武装解除か。あとはこの鎧のようなものがどうやって付与されたかを調べて解除しないと。スキルかアイテムか……それとも未知の何かか」
ふと横を見るとカーターが荒い息を吐いている。
俺が最初にスキルを使った時に散々苦労していたのが思い起こされた。少し微笑ましい。
「何か頑張った褒美みたいなのはないのか?」
カーターは俺に何か期待するような目線を送ってきた。
だが、渡せるようなものなど何もない。
「クッキーでいいか?」
「……いや、別にいい」
何を要求しているのかはわからないが、まあいい。
ところでエリちゃんと大男の方はどうなっているのか?
視線を移すと、エリちゃんは大男の両腕を背中側に引っ張り、肘を無理矢理内側に折り曲げていた。
更にそこに自らの手を絡ませることで、てこの原理により、大男の腕を捻るようにねじ曲げる。
痛みからか大男が獣のような叫びを上げている。
鶏を捌くときに羽根を縛り上げているように見えることからついた相手の腕を極める関節技、チキンウイングアームロック。
その両手バージョンのダブルチキンウイング。
普通のプロレスだと、腕を縛り上げて痛みからギブアップを狙う技だが、今回はプロレス技よりも鋭角的な角度で腕を極めている。
締め上げられた大男の肘、手首、肩関節からはメキメキと人体から発せられているとは思えない音が鳴り響いている。
エリちゃんは俺の指示した通り、関節破壊からの戦闘不能へと追い込む気だ。
更にダブルチキンウイングで腕を拘束した状態のまま、後ろに反り繰り返った。
美しいブリッジを描き、大男の巨体を持ち上げてマット……いや、固い地面へと頭から叩きつける。
両腕を拘束することで相手に受け身すら取らせない大技。
タイガースープレックスだ。
プロレスならば相手が受け身を取ってダメージ軽減出来るように角度や速度などを調整して途中ですっぽ抜けるように投げるが、今回の技に調整などない。
脳天を勢い良く叩きつけると同時に、拘束した腕の関節部分に追加でダメージを与える殺意マシマシバージョン。
確かにこの攻撃ならば、相手がどんな硬度の鎧を付けていたとしても、一切関係なくダメージが入るだろう。
……誰もそこまでやれとは言っていない。
傍から見ているこちらの方がドン引きである。
ただ、大男は頭を強く打ったことで昏倒したのだろう。
大男の全身を纏っていた鎧が消えた。
もう追撃は不要なのでゴング代わりに鍋を短剣でカンカンと鳴らしながらエリちゃんに駆け寄り、勝利を宣言する。
「これで一段落か」
とりあえず2人を元の姿に戻すことは出来た。
あとはどうやって大男と子供を正気に戻すかを考えながら、倒れている大男に近付こうとした時に、突然にモリ君に蹴飛ばされた。
「何をするんだ」と抗議の声を上げようとした時に、今まで俺の立っていた前を不透明の「何か」が高速で通り過ぎて行った。
「ラビさん、あれ……」
モリ君が指差す先には1人の男が立っていた。
眉の高さで切りそろえたストレートヘアに丸い眼鏡。
そして高級そうな魔法使い風のローブ。
地母神の遺跡で俺達を襲撃してきた連中の一人、変態眼鏡マンだった。
高速で飛来する何かは、眼鏡マンが放った何らかのスキルだろう。
「何故お前がここに?」
「まさかまた会うことになるとは。世界も狭いものです」
眼鏡マンが杖を振るうと、意識を失い、倒れ伏したままの大男と子供がふわりと宙に浮かび上がった。
2人の身体は浮かび上がったまま眼鏡マンの近くへと飛んで移動していった。
「僕らは貴方達の言うところの運営側に付いたんですよ」
眼鏡マンが眼鏡をクイと持ち上げながら言った。
「この2人は僕らの先兵というわけだ。まあ試作品なので、もう少し調整が必要のようだが」
「2人に何をした!」
「勘違いするなよ。僕が助けなければ、この2人はとっくに死んでいたんだ。それを助けてやった上に有効活用して使えるようにしているんだから、感謝はされど非難される謂われなんてない」
俺は鳥を召喚して、3羽を解放。
魔女の呪いの発射準備に入る。
「おっと、今攻撃すればこの2人に当たるぞ。良いのか? もし僕を倒せたとしても、この2人も間違いなく死――」
「黙れ」
眼鏡男の頭上に盾を形成。
第3のスキルである「極光」を放ち、盾で角度を変えて宙に浮いている2人に当たらないように眼鏡男に直撃させた。
さすがにこのタイミングと速度では回避は出来ないだろう。
「まさかいきなり攻撃されるとは……しかも会話途中に狙ってくるとは、相変わらず酷いな君は」
眼鏡マンは何事もなかったかのように手を振っている。
傷どころかローブに汚れすら入っていない。
何か防御スキルで防いだようにも見えないがどういうことだろう。
「ラビさん、あの眼鏡男はそこにはいません。立体映像みたいに姿が映っているだけです!」
モリ君が俺をかばうように前に入ってきた。
「そっちの男は気付いたか? もちろんこれは幻像だ。肉体労働が嫌いな僕がノコノコと1人でそんなところまで行くわけないだろう」
エリちゃんが石を投げつけると、その石は眼鏡男を突き抜けて行った。
眼鏡マンは幻像で実体がないというのは本当のようだ。
「怒りで冷静さを失っているようで、巻き込むと確実にこの2人まで死ぬ熱線を出さないあたりは、まだ考えて動けているんだな」
「当然だ。こっちは単なる人殺し集団じゃないんだ」
「既に僕の仲間を1人殺しておいて何を言っているんだ?」
1人殺したというのはあの遺跡の戦士のことだろうか?
思い当たるのはそれくらいだ。
だが、別にそれが何と言うのだろう。
「自分達から他人の命を奪いに来ておいて、それで反撃されて死んだら恨み言か?」
「流石にこんな安い挑発には乗らないし、精神的に揺らぐということもないか。流石は僕がライバルと認めただけのことはある」
「ライバルって何を言ってるんだ? 俺はお前のことなんて半分くらい忘れてたぞ」
これは本当である。
最後に見たのはタウンティンだったので、もう二度と会うこともないと思っていた。
「長い付き合いになるんだからよろしく頼みますよ。鹿島櫻子さん」
眼鏡マンはそれだけを言うと、何の予兆もなく突然姿を消した。
倒れた大男と子供の2人もいつの間にか消えている。
赤い女やゲームマスターが転移する時は魔法陣のようなものを発生させた後にワンテンポ遅れての転移だったが、今回はそれもなし。
ノータイム、ノーエフェクトでの転移だ。
以前の眼鏡男は、転移などの芸当は出来なかったはずだ。
俺を櫻子と呼んだことといい、運営に何らかの形で関わっているというのは嘘ではないのだろう。
「あの子供を助けられなかった……」
エリちゃんが落ち込みそうになっているので、手を回して肩を組む。
「助けられるチャンスはある。少し意識を失わせただけであの眼鏡男が慌てて飛んできたんだし、大男と子供の身体を調べられると何かまずかったんだと思う」
「大丈夫かな?」
「大丈夫。今回は急で準備が出来ていなかったけど、事前に分かっていれば対処は出来る」
正直、助けられる根拠など何もない。
これから何をどうしたら良いかについてはノープランだ。
だが、メンタルが弱いエリちゃんを放置は出来ない。
ここは嘘やハッタリでもまずは支えることが重要だ。
同じくモリ君の方も何らかのフォローが必要だろうと見ると、こちらはショックを受けているというより、手を顎のあたりに持っていって何やら思考を巡らせているところのようだった。
「もしかして、何か気付いたことがあったのか?」
「あの大男と子供の2人は案外まだ近くに居るんじゃないでしょうか?」
「どういう意味?」
モリ君の発言は気になった。
俺が見落としている何かに気付いたのかもしれない。
「全くの予備動作なしに一瞬の間に転移というのは、いくらなんでも早すぎます。さっきの幻像といい、視覚を誤魔化すことが得意みたいなので、転移したんじゃなくて俺達に気付かれないようにどこかに隠れているだけなんじゃないですか?」
モリ君の言葉に感嘆した。
確かにそれは一理ある。
完全に転移で何処かへと連れされれたのならば何も出来ることはないが、まだ近くに2人が隠れているならば、助けられる可能性は一気に跳ね上がる。
近くを探すだけならばそこまでの労力はかからない。
やるだけやってみても損はない。
「オレも気付いたことがある」
カーターが真面目な顔つきで言った。
もしや、運営の犬だからこその気付き要素があるのかもしれないと、俺達は期待の目でカーターを見つめる。
「女の子同士仲が良さそうに肩を組んで密着している光景からしか得られない栄養素がある。むしろ、片方の胸が薄い分だけ密着面積が狭いから、もっとくっ付いて欲しい」
「なんでお前は死なないの?」




