Chapter 11 「石造りの町テロス」
テロスの町は周囲が高い岩山に取り囲まれた町だ。
石を積み上げて建てられたであろう、飾り気のない立方形の家が立ち並ぶ。
町の建物は石材で作りあげられたからなのか、全体的に灰色だ。
そして、町のあちこちには石の加工所がある。
山から切り出した石を削って加工した石材を、東へ延びる街道を通じて運び出している。
民家や商店など、町の中は平たい建物ばかりではあるが、唯一の例外が、町の外れにある塔のような建物だ。
おそらく、町の権力者はそこに住んでいるのであろう。
まずは、その権力者から今の町の状況を確認した後に、正式にヘルハウンドとケルベロス討伐依頼を受ける必要がある。
門の前にはろくに鎧も付けていない若者が木の棒にナイフを括り付けただけの槍らしき武器を片手に座り込んでいた。
何もせず、ただぼーっと宙を見ているだけだ。
起きているのか寝ているのかすら分からない。
一応は門番なのかもしれないが、役目を果たせているとは思えない。
「すみません、この町に入りたいのですが?」
モリ君が門番らしき若者に声をかけると、ワンテンポ遅れてから返事があった。
「えっ、この町に入る? えっ!?」
若者は明らかに動揺している。
やはり門番の役目を果たせているとは思えないが、こんな若者を駆り出さないといけないくらいに人材不足なのだろうか?
若者は、灰色のマントに槍という、一見すると騎士のような風体のモリ君をまじまじと見ると、急に立ち上がった。
「もしかして、騎士様でしょうか!?」
「いえ違います。俺たちは……俺たちは何なんでしょう?」
モリ君が決めなければいけないポイントで俺へ助けを求めてきた。
「冒険者とでも名乗ればいいよ。熱き冒険者でも、速き冒険者でも好きなように名乗って」
「そうですね、俺たちは――」
「――こちらのアルバートさんの護衛で雇われた何でも屋だ。町の中に入れてもらってもいいか?」
モリ君がもたもたしている間にカーターが横から会話に割り込んで答えた。
「何でも屋?」
怪訝な顔をする門番にカーターは不敵な笑みを浮かべた。
「そうそう。お金をいただけるならば、トイレの掃除から魔物退治まで何でもやりまーす、がモットーの何でも屋。御用の場合はお気軽にご連絡を」
「魔物退治? もしかしてケルベロス相手でも戦ってもらえるんですか?」
「こちとら商売なんて、タダってわけには。ただし、いただけるものをいただけるならばケルベロスだろうがヘルハウンドだろうが、もうちょちょいのちょいっと」
カーターが人差し指と親指で丸を作って門番に見せた。
要するに、解決したければ金を寄越せということだ。
「できれば、偉い人に取り次いでいただきたいんだが。実力については、こちらの魔法使い、ラビ助が証明済みだ」
「ドーモ門番サン。通りすがりの魔女です」
「むひゃい!」
若者は興奮して意味不明な奇声を上げると、門番の職務を投げ出して町の中へと駆け出していった。
「なっ、交渉ってのはこうやるんだ」
「本当に聞き込みや、こういう交渉ごとだと頼りになるな」
「だって、お前が話すと安請け合いからのタダ働きをしかねないだろ。金が関わる交渉はオレに任せろ」
それからしばらく待ったが、門番は戻ってこなかった。
仕事をしてくれないようなので、俺たちは勝手にテロスの町に入った。
町に入ると、あちこちからカンカンと石に楔を打ち込む音が、心地よいテンポと音階でまるで交響楽団のように響いてくる。
路地を曲がれば、職人が大きな楔を石に打ち込む力強い音が響き渡る。
その向こうでは、誰かがノミで丁寧に模様を刻んでいる繊細な音色が漂ってくる。
軒先には加工済みの石柱や石畳などが山のように積み上げられていた。
横にはそれらの石材を運ぶための荷車……そして、それを牽く巨大な黒い牛が何頭も繋がれている。
「近くの山でいい石がたくさん取れるので、この町は昔からそれを加工して売っているんです。石畳から屋根。富裕層が家に飾る彫刻の素材まで」
アルバートさんの説明を聞きながら石粉が舞う工房や町の中心部を通り過ぎて先へ進む。
そう言われて通りを見ると、確かに建材に混じって彫刻作品も並んでいる。
野ざらしで放置されていて、あまり大切にされているようには見えないので、ただのサンプルかもしれないが。
気になるのは加工所に積まれている未加工の石材がほとんどないことだ。
ヘルハウンドが町で暴れるようになってからは、素材になる石を切り出せていないのだろう。
石の加工が町の主産業という割には、働いている職人の数も少ない。
こういうところにも魔物が町で暴れている影響が出ていそうだ。
「アルバートさんも石の加工の仕事を?」
「いえ、私は町の雑貨店を営んでおりました。こちらです」
雑談をしながら通りに入った。
商店がいくつも立ち並んでいるのだが、その大半は鎧戸を閉めて営業をしていない。
また、焼け焦げた柱以外は何もない、ただの空き地になっている場所も多々ある。
これはケルベロスだかヘルハウンドだかに建物を完全に焼かれてしまったのだろうか?
それでも石材を削る音は鳴りやまない。
いくら脅威があったとしても、収入源である石材加工を止めるわけにはいかないということだろう。
「私の店はこのすぐ先です」
アルバートさんについていくと、通りの奥に小さい商店があった。
どこからか飛んできた火の粉であちこちが燻ぶった痕跡は残っているが、幸いなことに破損や焼損はないようだ。
アルバートが鍵を開けて店内を確認する。
どうやら荒らされることもなく店内は無事のようだ。
アルバートさんも、店や家財が無事で胸をなで下ろしたようだった。
「ここまでありがとうございました。私も、もう少しこの町で頑張ってみることにします」
「アルバートさんもお元気で」
ケビン君は同年代のレルムやドロシーとの別れを名残惜しそうにしていたが、ドロシーの方はどこ吹く風だ。
なぜ女子はこのように、いたいけな少年の心にダメージを与えてしまうのか。
「レルムも元気で。近くに寄ったらまた会いに来てくれ」
「うん。ケビン君も元気で」
レルムの方は短い期間だが同年代の男子ということで友情を深めたようだ。
ケビン君は最初に町で発見した時は肉体的、精神的にもかなり弱っていた。
だが、こうやって同じ年代の子供と遊べたことで少しは回復できたようだ。
このまま元気に育ってほしい。
まあ、これで護衛の任務は一応果たせた。
あとはケルベロスとヘルハウンドを討伐して任務完了だ。
「そろそろ、最初に会った門番君が戻ってくる頃だと思うんだが」
「噂をすれば」
話をしていると、最初に門のところで出会った若者が息も絶え絶えに俺たちのところへ走ってきた。
「ちょ……ちょうちょがおよび」
「落ち着け」
門番にまず息を整えさせる。
バタフライがどうしたというのだ。
慌てすぎて何を言いたいのか分からない。
「ちょ町長があなたがたにお会いしてぇとのことです」
「分かりました。案内してください」
落ち着きのない門番はともかくとして、俺たちが町にやってきたという情報が町長に伝わったようだ。
俺はこの町でヘルハウンドを何匹か倒している。
その実績も含めると、俺たちを無視するということはないはずだ。
カーターが俺の肩をつついて小声で話しかけてきた。
「見事に食いついてくれたようだな。これで報酬ゲットだ」
「全部が金目当てみたいな言い方はやめろよ。まあ、報酬は貰えるならば貰いたいのは事実だけど」
第16チームが加入したことで、今や俺たちの財政は火の車だ。
稼げる時にはできるだけ旅の資金を稼いでおきたいところではある。
◆ ◆ ◆
案内されたのは町はずれの塔……この町の役所だった。
この町がどのような政治体制で成り立っているのかは分からないが、この町の今の権力者は町長でいいようだ。
「初めまして。町長のサムソンと申します」
「モーリスです。俺……私たちは万事屋です」
「何でも屋! 何でも屋!」
「旅の何でも屋です」
モリ君が初手でいきなり間違えかけたが、これは、ただの呼び名だけの問題なのでそこまで影響はない。
ただし、この先はフォローに入った方が良さそうだ。
俺がハッタリ担当、カーターが金額交渉担当だ。
「騎士団でも冒険者でもないのですか?」
最初に騎士の単語が出てきたのはモリ君の今の外観を見ての話だろう。
「私たちは冒険者という制度のない南の国から来た旅人です。そのため冒険者ではありませんが、役割としては似たようなものだとお考えください」
「ここから南ですか? さぞ遠いところからようこそいらっしゃいました」
町長は町長は南から来たという話には興味がないのかさらりと流した。
この町の住人はアルバートさんも含めてタラリオンの存在も知らなかった。
さらに南にマサトランの町があることも知らないのだろう。
「それで、この町にはどのようなご用件で?」
早速来たようだ。
俺が連日、町の中でヘルハウンドを狩って回った話や、門番からケルベロスを倒せるという話は伝わっているはずだ。
なのにこのしらばっくれである。
ここからは交渉しがいが出て来た。
モリ君に代わって俺が前に出る。
「アルバートさんという方の護衛の任務です。お仕事で町を出たところ、モンスターに襲われて、身動きが取れなかったとか」
「アルバートが町から逃げ出したという話は聞き及んでおりますが、逃げたのではなく、仕事だと?」
「はい。通りすがりの私には細かい事情までは分かりませんが、確かにお仕事に向かう途中だったと聞いております。仕入れか何かでは?」
まさか夜逃げしたとここでは言えないので、適当に誤魔化しておく。
大きな港町に行けば仕事があるだろうと考えていたという話だった。
なので、就職活動……仕事の一環だと言って嘘ではないだろう。
多分。知らんけど。
「どうやら、魔物の追撃があまりに厳しくて、小屋から2か月ほど一歩も外に出られなかったようです」
「魔物というのは? まさかヘルハウンドですか?」
「ワイバーンという羽を持って空を飛ぶトカゲです」
「そんな魔物までいるのですか?」
今までポーカーフェイスを保っていた町長がここで少し驚いた顔を見せた。
当然だ。
現状、ヘルハウンドだけで手一杯なところに、別の魔物まで出現となるとどうしようもないからだろう。
「安心してください。そのワイバーンは私たちが巣ごと駆除しております。南にある町で受けた討伐依頼の内容がワイバーンの駆除でしたので」
町長に安堵の表情が浮かんだ。
横でモリ君がすごい顔をしているが、気にしたら負けだ。
前にも言ったはずだ。
俺たちはタウンティンのエージェントで、逃げ出した空飛ぶトカゲの調査と駆除を行っていると。
なので、もしこの町長が後から追跡調査をしたとしても、俺たちの行動に何も矛盾はないと証明されるだけだ。
ここで説明すべきは、俺たちは魔物退治を仕事にしていること。
もし敵の巣に踏み入る必要があっても、それをこなせるだけの行動力と戦闘力があると伝えることだ。
「ワイバーンの駆除の最中に偶然にアルバートさんを見つけました。救出時に彼が町に戻りたいとおっしゃっていましたので、この町まで護衛をして参りました」
「なるほど」
今の話に矛盾点などなかったか、カーターに目線を送ると親指を立ててきた。
特に不自然なところはないという認識でいいだろう。
話を続ける。
「その際、耳にしたのですが、何でも最近このテロスの町にケルベロスなる奇妙な魔物が現れるようになったとか」
「あなたがたを呼んだのもまさにその件です」
これでようやく本題に入れた。
あとは町長の言うことを適当に相づちを打てばOKだ。
「3か月ほど前のことです。石の採掘中に山を切り崩していると、変な洞窟へ繋がってしまい、洞窟の中から魔物が現れたと報告がありまして」
「それがケルベロスだったと」
「はい。ケルベロスと、そいつが連れているヘルハウンドという犬の怪物です」
「私も数日前から町を調査しておりますが、ヘルハウンドの襲撃は夜が多いようですね」
「はい。日中は眠っているのか襲撃はないのですが、日が暮れると洞窟から這い出してきて町を襲うようになりました」
そうなると原因は洞窟か。
おそらくケルベロス以外にも魔物は潜んでいそうだ。
早めに洞窟ごと塞いでしまうのが正解かもしれないが、その辺りはどうなのか?
「日中に洞窟を燻すとか、洞窟の出入り口を塞ぐということは?」
「試みましたが、洞窟に近寄ると、ヘルハウンドは日中でも這い出して襲ってくるのでうまくいきませんでした。それに、洞窟は奥で別の場所に繋がっているようで、無理に1か所を塞いだところで……というのがあります」
出現してから3か月も期間があれば、素人がすぐに思いつくような対処法はすでに試した後か。
その上でダメだったということであれば、俺たちが同じことをやるのは時間の無駄だろう。
洞窟内に踏み入って、巣を直接破壊する。
これしかないだろう。
今の話で引っかかるのは3か月前というところだ。
時期的にはモリ君たちが召喚された時期の少し前になる。
そうなると、このケルベロスについても何かの仕込みだった可能性も浮上してくる。
「町への襲撃という直接的な被害だけではなく、石切り場に魔物が乗っ取られると、新たな石を切り出すことも出来ないので、町の産業も立ち行かなくなり困っております」
「ご存じかもしれませんが、私が事前調査を行った際に、ヘルハウンド数体を倒しております」
「はい、その報告は受けております」
「今のところ、私たちが請け負ったのはアルバートさんからの護衛の仕事のみです。このあとは、町をすぐに立ち去るつもりですが」
「それは困る!」
ようやく町長の表情が崩れた。
完全に俺たちが討伐依頼を受ける流れだったのに、ここでそのまま町を立ち去られたら困るのだろう。
俺の仕事はここで終わりだ。
カーターが横に手のひらを出してきたので軽くタッチして後ろに下がる。
「さすがにオレたちも何でも屋という商売をやっているわけで、タダで討伐の仕事を請けるわけにはいかなくて……」
あとの金銭の交渉はカーターの仕事だ。
適当にうまくまとめてくれるだろう。
依頼は受けることになる。
ゲームマスターたちを含む運営が絡んでいる可能性があるならば、なおさらだ。
俺たちが考えるべきは、どうやってヘルハウンドとケルベロスが出現した洞窟を潰すかという話だ。




