Chapter 5 「千の驚異の街タラリオン」
城塞都市タラリオンの城壁に沿ってしばらく歩くと、城門らしき場所に辿り着いた。
かなり立派な都市に見えるのだが、門には門番らしき者が誰もいなかった。
これほどの大きさの都市で、門番なり受付なりが不在というのはあり得ないと思うのだが、そういう世界だからなのだろうか?
石造りの城壁の入り口は、美しくも複雑なバロック様式の彫刻がその表面を飾っていた。
頭に星のようなものを乗せた人物が、何とも形容し難い異形の「何か」と戦う光景が巧みに彫り込まれている。
「なんか怖いね、これ」
エリちゃんの言うことも分かる。
正義を強調するために悪を醜悪に描くことがコンセプトだとは分かるが、いくらなんでも限度というものがあるのではないだろうか。
「レリーフで天使と悪魔が戦うってのは定番だけど、敵側をここまで異形にする必要があるか?」
天使が戦っている相手は不定形で無数の目が生えており、そのあちこちからは触手が伸びている。
バロック様式の彫刻では悪魔が天使に倒されるというテーマはよく採用されているが、その悪魔はここまで悪趣味でグロテスクな造形ではない。
彫刻を見ているうちに違和感の正体に気づいた。
この彫刻は天使が悪魔と戦っている光景を彫ったものではない。
異形によって天使らしき頭に星を乗せた人物が追い込まれている構図だ。
そして気になったのは彫刻だけではない。
門の上に彫り込まれた文字。
「Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate」
色々な漫画やゲームで多用されて有名だからこそ、知っているメッセージだ。
「よくこんなの読めるな? ラテン語だろ」
俺以外の全員がポカンと口を開けてそのプレートと俺の顔を交互に見ていたので説明をする。
「読めるわけないだろラテン語なんて。たまたまゲームに出てきたやつをデザインとして覚えていただけだ」
「なんだそりゃ」
「ダンテの神曲に出てくる地獄の門に書かれているメッセージ。『ここに入るもの一切の望みを棄てよ』」
「なら、この先は地獄ってことか? 確かに町の入り口に付けるのは変だな」
「変なのはそれだけじゃない。バロック様式の誕生は、近世のキリスト教文化の影響を受けた時期だ。それが、この中世アメリカにあるのはおかしい」
この世界に来て変なものを色々と見てきたが、この町はトップクラスにおかしい。
時代も場所もバラバラすぎる。
「門から見える建物はヨーロッパじゃなくてアラブ風って感じですよね」
「うん。モスクっぽい寺院やら、ローマの石畳、北欧風の民家、トルコ風の建造物。世界各地の建物が無茶苦茶に混じってる。国籍や年代に統一感がないんだよ」
彫刻や町並みから感じられる不気味さはそれが原因だろう。
色&形がバラバラのピースを無理矢理押し込んだ、モザイク柄のジグソーパズルを見せられているような違和感だ。
繋がっているようで、実のところ何も繋がっていない。
「ラビさんどうします? この変な町に入るんですか?」
「少なくともワイバーン駆除だけは済まさないといけないからな。ドロシーちゃんの体調もあるし」
「わかりました。慎重に進みましょう」
「ああ。虎穴に入らずんば虎子を得ずという諺もあるくらいだ。当たって砕けよう」
俺は言い出しっぺとして先頭に立って門を抜けて町の中へと入った。
城塞の中は少しだけ霧が薄いから、それなりの町の作りを見渡せる。
門から見えた通り、世界中の建物が何の法則性もなく立ち並んでいる。
あまりのパッチワークっぷりに、見ているこちらの頭がおかしくなりそうだ。
何より目を引くのが町の中央に立っている尖塔だ。
頂上は濃霧に埋もれていて見通すことはできず、どれくらいの高さがあるのかも分からない。
こちらも門と同じようにあちこちに彫刻が施されているが、宗教的な施設なのだろうか?
門の彫刻はどこかバロック様式……キリスト教の影響が見られたが、塔についてはまた文化が違う。・
この世界独自のものなのだろうか?
その尖塔の下にはトルコの宮殿に似た球状の屋根が付いた建造物が見える。
この町の権力者が住んでいるとしたら、その場所だろうか?
町はあまりに静かなので最初は無人だと思ったのだが、商店や民家には住民が住んでいるようで、窓や扉からこちらの様子を窺っている様子が見える。
どういうわけか住民はみんな目が血走っており、目の下に濃い隈が浮かび上がっていた。
ここの町の住民はみんな酷い花粉症なのか?
そんな花粉症の住民達は、俺達のことを血走った目で必死で観察しているようだった。
白い髪と赤い目を奇異の目で見たマサトランの住民とはまた別のベクトルだ。
外見ではなく、堂々と余所者が町を闊歩していることを警戒している目だ。
それでいて目が合ったり、俺が「こんにちはー!」と元気に挨拶をすると、自分達に敵対意思はないとばかりに目を逸らして陰に隠れてしまう。
「なんかすごく警戒されてますけど、大丈夫でしょうか?」
「シャイガイしかいない町か。こちらがあまりに堂々としすぎて、どう対応すれば良いか分からず、困ってる感じかな?」
住民たちは無視して通りをしばらく歩く。
あちこちから鼻が曲がるような腐臭が漂ってくるのが辛い。
お世辞にも衛生状態が良いとは言えなさそうだ。
「なんか通りから離れたところに白いものが転がってるんですけどなんでしょうかね?」
「人骨だな」
俺は白いものを一瞥した後にさらりと流すと、何故かモリ君が「ふぉえ」と奇声をあげて俺に抱きついてきた。
同時に、後ろにいるエリちゃんの目が鋭くなったのを感じた。
モリ君はわざとやってるのだろうか?
本当にエリちゃんが怖いので止めて欲しい。
「なんで、町中に人の骨が放置されているんですか?」
「さあ? 入り口からしてこの町が普通じゃないってのは分かっていたけど」
「なんでそんなに反応が薄いんですか?」
「ここまで完全に白骨化したら鳥ガラと変わらないし。通りに放置したままじゃなく、歩くのに支障がないよう端の方に寄せているだけ羅生門よりはマシだと思う」
芥川龍之介の「羅生門」でも、平安末期に京都の入り口にある羅生門の前ではゴロゴロ死体が山積みになっていた話が書かれている。
ペストが流行する直前のヨーロッパでも無縁仏は似たような扱いだったという話も聞く。
中世の価値観だとゴロゴロ死体はそこまでおかしな話ではないのかもしれない。
「墓を作らないんですかね」
「よそ者の死体なんて知らんという方針なのか、死者を祀る宗教がないのか……問題は、この白骨死体が、例の扇動者と同じく素体である可能性だ」
「素体……ですか?」
モリ君が白骨死体から目を背けながら言った。
「カーターが調べた術はネクロマンサー的な死体操作の術だった。ならば、当然、動く死体の素材が必要ってわけだ」
例の新しい服を着た白骨死体だ。
そんな都合よく人間の骨なんて手に入らないだろうと思っていたが、この町を見て納得がいった。
素材ならば壁際に山ほど転がっている。
もし、これらの大量の骨が一斉に生前の姿を取り戻して襲い掛かってきたら……相当面倒なことになる。
もちろん、ただの杞憂の可能性もある。
どのみち、ドロシーの体調もあるので、ここで引くという選択はない。
「……もしかして、ドロシーは俺たちをこの町から出さないための仕掛けか?」
横目でカーターを見た。
もちろん、モリ君やエリちゃんには分からないように、例のリトマス試験紙でドロシーを調べろという意味だ。
もし、ドロシーが何らかの魔術で操られたとしたら、かなり厄介なことになる。
既に死んでいて骨が操られているとしたら……いや、それは考えたくない。
更に通りをしばらく歩くと、宿らしき建物に辿り着いた。
「カーター、2部屋確保できるか聞いてきてくれ。予算次第では1部屋で」
「ヘイヘイ」
少し宿の外で待っていると、すぐに戻ってきた。
「1泊食事なしの素泊まりで1部屋が日本円換算で……銀貨を日本円に換算した時の相場が分からんが銀貨3枚だ」
「タウンティンの銀貨が使えるか聞いてくれ。ダメなら別の手段を考える」
カーターはまた宿の中へ入っていき、すぐに戻ってきた。
「銀ならどこの国の通貨だろうが気にはしないらしい。金や銀の価値は通じるみたいだな」
「なら、2部屋借りると伝えてくれ。モリ君、予算をカーターに」
相場はよく分からないが、それほど高いわけではないだろう。
「部屋分けは男女か?」
「ドロシーちゃんとその他だ。この子が単なる風邪ならともかく、何かよく分からない感染症にかかっているならば、同じ部屋で寝泊まりすると全員に感染のリスクが発生する」
ドロシーの容態は気になるものの、流石に謎の病気に感染するリスクまでは許容できない。
それはそれ、これはこれである。
案内された部屋は案の定、町の中と同じく衛生状態が中世だった。
カーターがパナマで飲んでいた、火が点くほどにアルコール分が濃い酒を消毒薬代わりに使うことにする。
布に染み込ませてあちこち拭き取ってドロシーを寝かせた。
アルコールの吸熱効果を期待して、清潔な布に、やはり酒を染み込ませる。
そのままだとかぶれそうだったので、一度別の布で巻いた後に、額の上に解熱シート代わりに乗せておく。
寝具も宿の備品は衛生的にどうかという感じだったので、俺が旅用に使っている毛布をかけてやることにした。
「さて、あとはお粥でも作るか」
所持している保存食の中から、最も米に近い食感のキヌアを取り出す。
どう炊けば粥に近い味と食感になるか考えている最中にエリちゃんが部屋に入ってきた。
「ラビちゃん、その子のお世話って私に任せてくれないかな?」
「エリちゃんが? いや別に断る理由はないけど、理由くらいは聞きたい」
別に介護は誰がやっても良いのだ。
もし、それを誰かに専任できるのならば、俺がその間に調査へ赴けるので、特にデメリットはない。
「私ね、最初にあの部屋へ閉じ込められた時に、この子を含めた3人を恨んでたんだ。あの子供が犠牲になれば私達は助かったのにって」
「それは……」
もし俺が運営の何かの気まぐれに喚ばれることがなければ、モリ君とエリちゃんは最初の部屋に閉じ込められたまま、命は失われていただろう。
そんな限界的環境では、あらゆるものに対して恨み辛みが出たとしてもおかしくはない。
当事者ではない俺には、その考えを否定することはできない。
「でも、子供は何も悪くない。むしろそんなことを考えてしまった自分が許せなくて……だから、せめてその子供に会ったら謝ろう。仲良くしようって……」
俺はエリちゃんに近付いて頭をなでた。
「ちょっ、やめてっ、恥ずかしいから」
「いや、本当に立派に育ってくれた。分かりやすいモリ君の成長ばかりを見ていたけど、エリちゃんもちゃんと成長していたんだなって」
「『も』って言い方やめてくれない? まるで私だけ育っていないみたいだし」
「うん、本当にそれについては謝る」
消毒薬代わりの酒と清潔な布と、綺麗な水が入った予備の水筒をエリちゃんに渡した。
エリちゃんにドロシーの世話を任せても大丈夫だろう。
「その水筒に入ってる水は飲ませる分だけだ。看護に必要な水は、それじゃあ足りないだろうし、どこかで調達してくる」
「食べものはどうする?」
「胃に優しいようにお粥を作るつもりだけど、さすがにこれは俺が何とかする。他の世話は任せたよ」
「任された」
◆ ◆ ◆
「キヌアは水にしっかり漬け込んで、苦みとえぐみを取り除いておく。水を一度全部入れ替えて炊き込む」
新鮮な卵が手に入らないので、代わりに磨り潰した豆の粉から湯葉的な物を作って混ぜ込む。
これだけだと栄養が足りないと思うので、ドライフルーツの中からクコの実的なものを混ぜる。
あとはパクチー的な香草を刻んで振りかけて、塩で味を調えれば偽物のお粥の完成だ。
的が多いのはそのものずばりの食材ではなく、似たような雰囲気の食材を流用しているからだ。
「見た目は完全に粥だな」
調理をしていると、カーターがひょっこり顔を出した。
「まあ、原材料が違うだけで、調理工程や味付けは粥として作ってるからな」
味見してみると、若干アジアン風味ではあったが、概ね薄味の粥だったので良しとする。
何故アジアン風味になるのか、それは分からない。
パクチーか? パクチーのせいか?
カーターが手を開いたので、その上に少し冷ました粥を乗せる。
カーターは口に含んだ途端、何とも言えない表情をしていた。
「味が薄いな」
「病人食で薄味に仕上げたからな。粥はたっぷり作ったので、夕食、そして明日の朝食も全員でこれを食う」
「今からでも塩を足せないか?」
「病人食だって言っただろ。物足りなかったらパナマで買った佃煮を足して食べてもいい」
「せっかく町に来たので、まともな食事を食べたかったんだが……」
「ゴロゴロ死体の町にある食堂でまともな食事が出てくると思うか? 衛生状態も良いとは思てないし、何より水がヤバそうだ」
「ゴロゴロ野菜みたいな、ちょっと美味しそうな言い方はやめてくれ」
そう言うと、真っ白いメモ帳を渡してきた。
受け取って表と裏を見るが、何も書かれていない。
日本ならばどこでも買えそうな手帳のページを破り取ったもののようだ。
「ドロシーは少なくとも、旧支配者、もしくはその仲間の影響は受けていない。この検知法では結果が出ないからだ」
「他に何かがあるんだな」
何もなければ「少なくとも」などと付け足す必要がないからだ。
「ドロシーの服を見ただろ。とても召喚されてから2か月間サバイバルをした感じはなかった。綺麗すぎるんだよ」
「それは気付いていた。服を洗濯をしたとかそんな次元じゃなくて、全然汚れてないのはおかしい」
「ハセベさんやクロウさんたちみたいに、最初の遺跡から転移でこの町に飛ばされたとかでもないんだよな」
「その場合も、じゃあ遺跡を出てから今まで2か月間何をしていたんだって話に戻る」
カーターの話を聞いて大きくため息をついた。
不自然な点がさすがに多すぎる。
「今後の方針は、目が覚めたドロシーから直接話を聞く、霧が晴れたら第16チームの仲間を探すというところか」
そんな話をしていると、モリ君とエリちゃんが部屋に戻ってきた。
今の会話を聞かれるとややこしいことになりそうだったので、再度カーターの手に粥を乗せた。
「何をやってたんですか?」
「夕食の試食だよ」
カーターが誤魔化してくれたが、モリ君とエリちゃんは2人ともドロシーのことで頭がいっぱいなのか、特に追及はしてこなかった。
「ドロシーちゃんの調子は?」
「怪我なんかはないみたい」
「かなり体力が減っているみたいです。ある程度回復するまでは動かさない方がいいと思います」
お医者さんの卵に目覚めつつあるモリ君が言うならばそうなのだろう。
とにかく今は休息が必要だということだ。
それに、ある意味、朗報なのかもしれない。
少なくともドロシーはしばらく起きてはこない。
誰かが何かを企んでいるとしても、しばらくは何も起こらないということだ。
「じゃあ、ドロシーの面倒はしばらく2人に任せた。その間に、カーターと2人だけで町の調査に行ってくる」
「オレが?」
「女子1人にこの地獄を歩かせる気か?」
「女子? ……うん、女子?」
さすがに俺1人が調査というのはおかしいだろうということで、カーターは無理に連れ出すことにした。
ドロシー絡みの情報は、もうしばらく2人には伏せておきたいというのもある。
それに、ドロシーがもし完全にシロだった場合、放置はできない。
看病をするといったエリちゃんと、いざとなれば戦闘も回復もこなせるモリ君に、しばらく拠点となるこの宿を守ってもらいたい。
「2人はドロシーの面倒を頼む。もし起きたら、その粥を食べさせてあげてくれ」
「ラビさんたちはどこに行くんですか?」
「ワイバーンや、魔術師、もしくは旧支配者の情報がないかと……水の調達だ」
俺は空になった水筒を掲げた。
町というからには水くらいあるだろう。
ドロシーの治療を続けることもあるし、しばらくここに立てこもるならば水の補給は絶対に必要だ。
俺たち2人が宿を出ようとすると、宿の主人らしき男が俺達に声をかけてきた。
「あんたら、今から外出するのか?」
「そうですけど、何かあるのですか?」
「よそ者は知らないだろうが、こんな霧が深い日は危険だ。幽鬼やラティが来る」
「エイドロン? ラティ?」
おうむ返しに問い返すが、主人は疑問に答えることなく、何やらぶつぶつ言いながら部屋の奥へ戻っていった。
「ラティってお前の親戚か何かか?」
「ちょっと名前が似てるからって勝手に親戚を作るなよ。全然面識ない奴の連帯保証人にされても困るぞ」
正体は不明だが、「幽鬼」「ラティ」なる謎の存在がこの町に出現することは分かった。
それがワイバーン騒ぎにどう関係しているのか?
町のゴロゴロ死体とどう関係しているのか?
白骨死体を動かしていたやつとの関係性は?
「まあ、まともな相手ではないのは間違いないな」
「だけど、そいつらを倒せば全部解決という可能性も高い。行くぞ」




