Chapter 5 「幽鬼に支配された街」
俺とカーターの2人は霧に包まれた街を歩き始めた。
住民は相変わらず窓からコソコソと俺達の方を監視するのみで近付いてくる者はなし。
民家の近くを歩けば、何かしら調理をしている匂いや音くらい漂ってきてもおかしくはないはずだが、それもなし。
完全に気配を殺して縮こまっているようだ。
商店は薄暗くて開いているのか閉まっているのかよく分からない。
そもそも、街にはそれなりの人口がいるだろうに、誰も買い物や仕事のために通りを歩いていないのは不思議だ。
「石畳も全然整備されてないな。歩きにくい」
召喚されてすぐの頃から比べるとかなり慣れてきたとはいえ、相変わらず石畳が苦手なのは変わらない。
ミュールの踵が石畳が割れて出来た隙間へ挟まったようになって危うく転倒しかけた。
石畳は一部割れたり完全に剥がれて土が露出していたりする。
これらが放置されているということは、この町を支配している「何か」はインフラの整備など行う気はないのだろう。
「文明レベルが低いだけって可能性は?」
「下水が垂れ流されているわけでもないし、少なくとも見えるところにゴミなども転がっていない」
「死体は転がっているけどな」
「そうだな。ただ、石畳や建物の構造もかなりしっかりした造りだし、文明レベルが低いというよりも管理を放置されているという感じがする」
建物も東洋西洋と時代が無茶苦茶に混じり合っているまるで何かのテーマパークに来たようだ。放置されている無人の廃屋などはない。
誰かしら人が住んで、自分の家だけは管理されている証拠だ。
しばらく歩いていると、通りに共用の井戸が有ったので釣瓶を上げて井戸の中の水を汲み上げた。
水は泥を含んで濁っているだけではなく、表面には何か得体のしれない油分が浮いていた。
流石に味見をする気もせず、その場に全て捨てた。
「ダメだな。出来れば水の補給をしたかったけど流石に何か浮いてるのは嫌すぎる。こんなのを入れたら水筒自体がダメになりそうだ」
「なら、ここの住人はこの井戸で何をやってるって言うんだ?」
「飲んでるんだろ。他に水がないんだから」
2人で井戸の水を見ていると、通りの向こう側からジャラジャラという鎖の音が響いてきた。
霧の奥から2つの人影が肩を並べて近付いてきているのが見える。
シルエットだけは人間のように見えるが、深い霧に隠されて全貌は分からない。
鎖の音が鳴り響くと同時に、俺達の様子を窺っていた住民達が窓をバタンと大きな音を立てて勢い良く閉じ始めた。
窓だけではなく、入り口の鎧戸を下ろして、まるで災害にでも備えるかのような動きを見せている商店まである。
明らかに鎖の音を恐れている。
「こんなに過剰に住民が恐れるものって何だと思う?」
「まあ、まともな相手じゃないよな」
話には聞いていた「ラティ」か? それとも「幽鬼」か?
鳥を呼び出し、箒を構えて臨戦態勢を取る。
カーターも背負っていたライフル銃の安全装置を外しいつでも射撃できるよう両手で構えている。
深い霧なから現れたのは青白いヒトガタ。そうとしか形容のしようがない存在だった。
シルエットこそは人間に似ているが、全身は不気味なまでに青白い肌で着衣のようなものは付けていない。
頭部には昆虫のように大きな複眼と四方向に開く顎。
腕や足には逞しく盛り上がった筋肉。
生まれつき備えている外骨格が変形したものなのか? それとも後付けなのか? 皮膚と同じ色の装甲板のようなものが各部に配置されている。
見た感じは性別を示す造形物はなし。
各々が先端に首輪が付いた鎖のようなものを手にぶら下げており、それらが揺らめく度に金属が擦れる不快な鎖の音が鳴り響いている。
否、あえてこちらに恐怖や不快の感情を与えるためにわざと鳴らしているのか?
「まともな人間でもなく、怪物でもなく」
「俺には特撮の怪人に見える。一番こいつらを表現している言葉はそれだ」
「怪人……なるほど、言い得て妙だな」
怪人がぶら下げている首輪はおそらく俺達を拘束してどこかに連れていくためのものだろう。
「オレはハードなSMプレイに興味はないんだけどお前は?」
「有ると思うか?」
「まあ、おっかなびっくりソロプレイが精一杯の処女だもんな」
ダメだ。
こいつと話してるとペースが無茶苦茶になる。
「……今はあいつら優先だから良いが、あとで絶対に殺すから」
「まあまあ。それよりもラヴィさん、あのビームでさっさとやっちまってください」
「町中で使えるわけないだろ! そこらの民家の住人を全部霧散消滅させたら俺が怪人扱いされるわ!」
周辺の生命体を霧化して吸収する「収穫」も凶悪だし、それに加えて、半径15mで数キロほどの射程距離を持つ核反応級の熱量を持つ熱線を町中で使おうとは思わない。
どこにどれだけの被害が出るのか、考えただけでも頭が痛い。
接近戦は専門外なのだが、周辺の被害を考えるならば仕方がない。
箒を紐で背中に引っ掛けて、腰にベルトでぶら下げている儀式用短剣と白木の柄の短刀を両手で抜いた。
「あの怪人に旧神の印って効くと思う?」
「分からん。一応やってみれば?」
カーターから無責任な回答が飛んできた。
本当にこいつは肝心なところで役にたたない。
やるだけやってみるしかないだろう。
「1人1体のノルマで任せるぞ。俺は右、お前は左」
「オイ、オレってこういう肉体派の戦闘は苦手なんだけど!」
「大丈夫、いけるいける。魔女の俺が近接戦をやろうとしてるんだから」
「いけねぇよ!」
カーターが文句を言いながらもライフル銃を左の相手の脳天目掛けて発砲した。
不満を抱えながらも、交戦はしてくれるようだ。
弾は見事に外れて霧の中に消えていったが、それで戦いの火蓋が切られた。
まずは箒に掴まり、引きずられながら、井戸のある広場から抜け出す。
流石に民家が近い場所にあると、誤射を考えないといけないので、まともには戦えない。
幸いにも一体が俺を走って追いかけてくる。
もう一体はカーターと交戦中なのだろう。
広い場所を探しているうちに、最後に調査しようと思っていた尖塔の下にある宮殿前までやってきてしまった。
宮殿前は開けており、定期間隔でケヤキらしき樹木が植えられている公園のようになっている。
周りを見回すと、宮殿近くには民家はなく、人も歩いていない。
ここならば民家への誤射を含めた周囲への影響を考えず、自由に戦えるだろう。
「盾を形成!」
盾を白い怪人の目の前に展開して、振るってきた鎖を弾き返した。
あまりに至近距離で跳ね返ったことで、鎖は白い怪人の二の腕に直撃した。
まさか攻撃が自分に戻ってくると思っていなかったのか、白い怪人はあからさまに狼狽えている。
怯んだ隙を狙って短剣で横一文字、更に斜め下から振り上げて、白い怪人の胸にナの字の傷を刻み付けた。
蛙の神との決戦の時に気付いたが、普段はただの銅の短剣でしかないバルザイの偃月刀は、魔法陣を描く……刻み込むという用途で使用した時にのみ、凄まじい切れ味を発揮する。
白い怪人の装甲もかなりの強度があると予想されるが、実際に攻撃するとこの通りだ。
もちろん、単体では猫に引っかかれたような傷でしかない。これだけ敵を倒すことは出来ない。
魔法陣を完成させて、初めて効果が発揮される。
白い怪人は俺を拘束することを諦めたのか、手に持っていた鎖を投げ捨てて直接素手で殴りかかってきた。
余程腕力に自信があるのか、ひ弱そうな少女など軽く殴ればすぐに動かなくなると見越したのか?
その見立ては概ね正確だ。
貧弱な少女である俺は怪人に殴られればただでは済まない。
なので、当然まともに正面から攻撃を受けてなどいられない。
白い怪人が大地を蹴り上げた瞬間を狙って、軸足に鳥を2羽当てる。
これだけで足を破壊出来たのならば楽なのだが、バランスを崩してくれるだけでも十分だ。
白い怪人は転倒しようとしたのを無理に抵抗したのだろう。
身体を不自然な方向に傾け、足を大股開きにして耐えようと変なポーズのままで、歩みを止めて固まっている。
「隙だらけだ!」
すかさず両手の剣で胸元に十文字の切り傷を乗せる。
「これで四画!」
追撃として鳥を5羽召喚。
どこが弱点か分からないので、首筋、わき腹、鳩尾など、ダメージが入りそうなところ5か所に体当たりをさせる。
「五画!」
怯んだところに、縦の切り傷を入れて五芒星を描きあげる。
更に中央に突きによる点模様を入れて旧神の印は完成。
これで、おそらく弱体化は成功したはずなので、そこに最後に3番目のスキル、極光でトドメだ。
普段は箒の先から出すが、構えなおすのは面倒なので、今回は短剣の先から半径10mの熱と圧力を持つ虹色の閃光を放つ。
ランクアップ前ならともかく、今のこの攻撃範囲の広さを住宅密集地で使うのは無理だろう。
実際、閃光は怪人の後ろにある樹木を数本巻き込んで焼いている。
鳥は確実に強化されたが、極光は強化されたのか、それとも劣化したのか判断に困るところだ。
魔女なのだから、一般人への影響など考えずに使いまくれということなのかもしれないが。
剣先から放たれた半径10mの虹色の閃光は、白い怪物の全身を包み込み、その表皮を焼き焦がしていく。
極光は見た目は派手さの割にはダメージが少ないことが欠点だったが、これを旧神の印と組み合わせるとどうなるか?
虹色の閃光を受けた旧神の印は極光の光に負けないほどの眩い白い光を放っていた。
極光のエネルギーを全て吸収して、白い怪人に注ぎ込んでいるようにも見える。
30秒間照射された虹色の閃光が止まると、白い怪人は両手を振り上げたポーズのまま動かくなった。
そして、そのままゆっくりと倒れ込み……
何故か炎を上げて爆発した。
「いや、なんで最後爆発した!? そこまで様式美は守らなくていいぞ」
◆ ◆ ◆
井戸が在った場所に戻ってくると、傷だらけのカーターが1人座り込んでいた。
白い怪人の姿はどこにもないので、カーターも無事に怪人を倒せたようだ。
「そっちは終わったのか?」
「いや、そんなことよりお前大丈夫かよ! 傷だらけだぞ」
慌ててカーターに駆け寄って傷の様子を見る。
あちこちに鎖の形がくっきりと付いていることからして、おそらく相手の攻撃を避けきれずに直撃を受けてしまったのだろう。
「すまない。お前1人でもなんとかなると思った俺のミスだ」
「いや、実際オレ1人でなんとかなったんだが、あいつらを調べようと油断したオレのミスだ」
「わかったから、一度宿に戻ってモリ君にヒールを頼もう」
肩を貸して歩こうとすると、頭の上にポンと手を置かれた。
「オレ1人でも歩けるから大丈夫だ」
「でも……」
「それよりも、あまりオレに構いすぎるな。守備範囲がちょっと変わりそうで怖いんだわ」
「訳の分からんことはいいから」
カーターを連れていこうと腕を引っ張っていると、近くの民家が窓を開けだした。
住民達が騒然とし始めている。
これは俺達が白い怪人を倒したことに対する反応だろう。
「これはまた『余計なことしやがって』という、石を投げつけられる流れか?」
先んじて鳥を喚び出して盾を形成して、石か何かを投げられることに対して身構えたが、何も飛んでくることはなかった。
しばらく警戒していると、民家から一人の中年の男が出てきて近付いてきた。
それを皮切りに次々と住民達が民家から姿を現す。
「あんた達……もしかして、あの幽鬼を倒せるのか?」
「幽鬼というのが、先程まで現れていた白い怪人を指している言葉ならば、私達ならば倒せます」
「もしかしたら、あのラティも……」
どうやらあの白い怪人は倒しても良かった相手のようだ。
流石に、この流れから「やっぱり許せん死ねぇ!」と石を投げてくることはないだろう。
「まずは話を聞かせてください。この街で何が起こっているのか? その幽鬼というのは何なのか?」




